September 01, 2005

パラサイト主婦?

めずらしく朝から銀行へ行く。大した用事ではないけど、女性週刊誌を座り読みする。かなり古いような気がしたんだけど気のせいだろうか。めぼしい話題もなく、それでいてまだやっているのかと、パラサイト主婦の話題。

年収1500万円の世帯で、夫だけが稼いでいる場合より、夫婦で共稼ぎしているほうが税負担が大きいという話や年金のこと。気持ちはわからなくもないけど、一生そうである場合を想定しているところがいい加減な気がした。共稼ぎの家庭が増えれば保育所なども増やす必要性があるし、それを考えれば税負担があるのは当然のような気がするけど、どうなんだろう。それに、年金を受け取れないのではなく、個人で働いた分はきちんと貰えるわけでしょ? それに今は家で遊んでいるけど、いざ働き出せばそれなりにがっちり税金を取られてしまうのだから同じことのような・・・

が、しかし・・・・わたしが働けば、その分誰かが職を失う可能性が高く、家にいても文句を言われ、働いても文句を言われてしまう。それでいてダンナのサラリーが雀の涙の頃には諸事情で働けず、今なら働けるかなぁ・・という頃にはサラリーがアップして働く必要性がない。

なんか、人生はうまくいかない。

・・・・・・・・つまらん話題ばかりですみません・・・・だるだるな秋なので。

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August 31, 2005

他人の眼

やる気を出さねば・・・
あの子たち、今頃どうしているだろう・・・わたしが家庭教師していた子たち。どうせ、結婚して幸せに暮らしているだろうな。(だといい)

だいたい、わたしなんかに家庭教師を頼む家の子たちはみんな裕福で、1人を除いて、頭が悪く、顔が可愛かった。親がパートしながら無理に教育費を捻出している、というところは申し訳なくなり、無料体験?で終わった。

最初の子は高校生。顔は可愛いのだけど、「えっ」と思うくらい頭が悪い。でも、一人娘だし、大学の付属高校へ通っているのでせめて推薦で、と思うのも親心。ところが、娘のほうはまるでやる気がなく、親の経営する会社のショールームが銀座にあるので、卒業したらそこで働くと言っていた。このため、効果ないから辞めさせてもらった。お母さんが、またすごくいいお母さんで、ちょっと悲しそうな目をしていたのが印象的。

次の子は小学生。この子は小学校から私立。ただし、あまりにも成績が悪いため学校から中学へ上げられないと言われてしまい、親のほうがあせって家庭教師を、というくち。親が4件歯科医院を経営し、青山で池のある家の生活だし、週末にはクルーザーで釣りへ。本人はまるでやる気なし。マネーがよかったので続けていたけど、やはり寄付金で解決したほうが手っ取り早かったのか、途中で断られてしまった。コンパスで消しゴムを刺すのが好きな子だった。ちょっと大柄で朗らかなお母さん。午後になると双子たちにそれぞれの家庭教師が来るので、その間にお出かけしたり電話したりしていることが多かった。

その次の子も小学生。この子が一番教えやすかった。教えたそばから吸収してくれて、辞めたくなかったのだけど、研究が忙しくなったので辞めさせてもらった。知的で頭の良さそうなお母さん。大きな犬。子ども部屋は狭い。ある日、餃子の匂いがたちこめていたのが印象的。広いリビングと大きな犬と餃子の匂いというのがヘンにミスマッチで印象に残っているのかも。

・・・・・・・・・・他人の子は責任ないから気楽だよなぁ・・・が、しかし、他人から見たわが子という眼を学んでしまい、ちょっとせつない。(他人から見たわたしについては考えないことにしている)

投稿者 Blue Wind : 04:32 AM | コメント (0) | トラックバック

やりがい

職業に貴賎はないと言うけれど、だるだる度の違いはあると思う。定食屋さんで店員をするのは案外刺激的だったかもしれない・・・少なくても会社で切り貼りしているよりも。大学を出て、しばし事務員をしながら・・という生活はだるだる度が高い。

わたしの友達も結局転職してしまった。それでいて、親戚の家で公認会計士の仕事を手伝うというのは素晴らしいはずもなく、さらにちょっとマスコミ系のイベント会社に転職。もう、「辞めたい辞めたい辞めたい」の連発だったけど、服を買ったりバッグを買ったりローンが残っているからとりあえず働く意欲が出るそう。だったら自分で何か資格を取って開業したら、って思ったけど、そこまでの気力はないみたい。会うと、「結婚したい」ってそればかり。要するに、仕事を辞めたいから結婚したいという動機がなんともはや。そういうヤツに限って今でも働いている。

主婦なんてだるだる。働くよりもだるだるな気がするんだけど、このだるだるな生活がまだ刺激的でやりがいに満ちたものに感じられるほどのだるだるさって一体何なんだろう。

なんで東大が素晴らしいのかわからないけど、東大に限らず筑波大でも国立系ってどこか違うもの。たとえば平凡に公務員しているだけでもビジョンがあるというか・・・地域の活性とかまちおこしとか、そういうことを考えているだけで楽しいような気がする。

もっともそういうことなら主婦でも考えられるけど。たとえば、ここへ引っ越してきただけで、最初は何もないから役所に提出する要望書の書き方から教えられた。地域に何が必要かとか? たとえば、信号機をつけるだけでも要望書を提出しなければならない。学校へボランティアへ行ったり、学校では足りない部分をどうやって補足していくかとかね、案外やることは多いみたい。

薬学部が6年制になった。これで志望者がぐっと減ったそう。わたしにはその理由がいまいち理解できなかったけど、去年イタリアへ行って何となくわかった。おちびがものもらいになり、イタリアで医者へ行ったらあまりにも高そうだったので薬屋へ行く。すると、薬剤師さんがおちびの眼を見て、その場で薬を処方してくれる。おかげで薬代だけで済み、安かった。日本だといちいち医者へ行かないとならない。

今、国にお金がないため、いろいろ政府も考えているんだろう、ということが何となく。つまり、薬だけなら薬剤師で充分なので、そのうち自動車保険の免責みたいに3万円以下の医療費は自費とかね・・・そうなる可能性も高い。医療費が高かったらいちいち風邪ひいたくらいで医者には行かないだろう。

それで困るのが開業医。だから、紹介状が無ければ病院へは直接いけないような仕組みになってきている。実際、大きな病院は風邪くらいで来られても迷惑。軽い疾患は薬剤師、本当の病気は医師という具合?

昔は、専門学校でも薬剤師の資格が取れたと思ったんだけど、違うのだろうか。わたしは理系のことは知らない。

・・・・・・・・誰が何を考えて、薬学部を6年制にしたのかは知らないけど、誰かが何かを考えてそういう具合にしたとしたら、その「誰か」になるほうがやりがいがあるような気がするんだけど、どうなんでしょう・・・(ヒソヒソ・・・・やっぱ東大?・・・・・・・・ヒソヒソヒソ・・・・・・・)

主婦・・・・
バカにする人も多いけど、だるだるで事務員をしているなら、よっぽど刺激的かもしれない。今さら履歴書を持って就職活動をしようとは思わないけど、娘がもう少し大きくなったら自分でも何かできることがあるような気がする。金にはならないかもしれないけど・・・

投稿者 Blue Wind : 02:25 AM | コメント (0) | トラックバック

実務教育?

実務教育というわけじゃないけど、わたしは案外そういう教育を受けている、親から。

高校1年の夏休みには、新橋のサラリーマン街でランチタイムだけバイトに。ランチタイムは戦争・・・猫の手も借りたいくらい忙しい。定食のメニューがあり、時間になると一気に人が雪崩れ込んでくる。わたしの仕事はトレーを拭いたり、ご飯やお味噌汁をお客さんが入ってきたら配膳すること。一度だけレジに入ったけど、緊張してしまいたった500円のレジが打てない。死ぬかと思った・・・いつの間にかレジの前に列が出来ている。

皆が忙しく働く中、3メートルの範囲内がわたしの持ち場のスペースで、洗い場からあがってきたお椀を拭いたりトレーを拭いたりしている間に配膳をしていったり・・・「いらっしゃいませ」と言えるようになればいい、というのが狙いだったそう、母曰く。突っ立っていてはいけない、というくらいは理解できる。

大学1年の夏休みには、赤坂の信販系の会社の営業所へ行かされた。OL見習い。主に切り貼りをするのが仕事。毎日同じ時間に営業所へ行き、毎日決まった仕事をする。それだけ。和気藹々とした雰囲気で、ランチタイムになるとOLさんたちに混じって食べる。

一番仕事の出来るOLさんは酷く童顔で、通勤にはジーパンとジャンバーなどのラフな格好でやってくる。ユニフォームに着替えると普通のOL。わたしより一回り上のOLさんで、トラバーユしたばかりの人がいて、会社の帰りに買い物に誘われた。いきなり3万円くらいの化粧品を買っているので驚いた。27歳を過ぎたのだから当たり前らしい。ジャンバーでやってくる人とはずいぶん違うと思ったけど、あまりややこしいことは考えない。

きわめつけは、所長さんから呼ばれて何の用事かと思ったら、「彼は慶応を卒業して、実家は○○県で村長をしていて・・・」という具合で、同じ営業所で営業の仕事をしているらしい人を紹介された。営業の人たちとはめったに会わないから顔も知らない。うげげ・・・・わたし、その時、まだ十代で大学に入ったばかり。いきなり縁談かよーと思ったけど、社会人だとそれが当たり前なのだろうか。かろうじて30代がその所長さんだけで、ほかの人たちは20代らしい。まだ出来たばかりの営業所だったので。微笑みながらのらくら逃げ出したことは言うまでもないだろう。

あっさり語れば、親のもくろみは知らないけど、わたしはこれらのだるだるな経験により、OLになるのは辞めようと決意した。3年が限界というのもわかるような・・・気がした。

投稿者 Blue Wind : 01:10 AM | コメント (0) | トラックバック

August 29, 2005

きっかけなんて

話を整理すると、これはダンナにも言ったんだけど、きっかけはほんのささやかなこと。つまりは、おちびの絶交事件があり、それが原因で1人下校が禁止されているためややこしいことに。まあ、友達同士ですったもんだしているだけなので、このことはすでに自然解消というか、自然に仲直りしたらしく終わった。

が、しかし、これがきっかけでおちびがスクールバスのある学校へ行きたいと言い出す。そうすれば、誰と一緒に帰るとか帰らないとかでトラブルこともない。バスに乗って登下校するだけのことだもの。

でも、一度決めると、「しらいしさんのところも受験するの〜?」という具合になるのが世間っちゅーものじゃないだろか?しかもおちびの成績も上がってきたし・・・成績が悪いうちはダンナにも親バカ的諦めがあり、娘が絵が好きならそれでいいや、みたいな感じ。ところが成績が上がるともっとがんばれってなるのも親じゃないだろか?

きっかけはいつもささやかなことなんだよなぁ・・・・

いや・・・・いろんな話はあるよ・・・・すべりどめみたいな感じで入ってしまった子たちはそれが悔しいから入ったときからさらに受験勉強を開始するとかね。だったらわざわざ私立へ通わせる必要性はないような気がするんだけど、たぶんお金が余っているんだろう。

というわけで、なんかやたらと疲れる日本の母親。いっそのこと受験がなかったら優雅にあれこれ絵だのスキーだの遊んでいるうちに卒業になるように気がするんだけど、どうなんだろう。

一つわかっているのは、日本人は仕事が好きってこと。

投稿者 Blue Wind : 11:25 PM | コメント (0) | トラックバック

ぐったりな一日

今日はもう、くたくた・・・
朝からオープンスクールへ行き、その後、展覧会へ行き、一日中誰かと話していた気がするくらいよくしゃべった。あーだるだる。

なんでも経験なので、学校の個別相談会というのに参加する。そこで先生と話す。

なんかね・・・・銀行員と話しているような気がして、まさしく・・・・なんと説明していいのか・・・・・駆け引きというか・・・・・・う〜む。

何から、というか、何を話していいのかわからなかったので、スクールバスのことを訊く。午前便・午後便のバスの数とか。・・・・・まあ、つまらない質問ですな。それでいてさりげなく「塾の先生に東京の女子校を勧められているのですが」ということをほのめかす。TXが開通したから・・・状況が掴めない。つくばから都内へ行く生徒が増える一方で、その逆もありうる。

次に話題を変えて、「将来は美術のほうへ」と切り出す。(・・・・・・・・なんか負けそう、これでは。)それで路線を変えて、「美術ではなかなか食べていけないですから、本音としては獣医とか」と言う。すると、はっきり医学部や獣医学科は推薦(大学での)は難しいと言われた。

あっさり語れば、「ふふん、どうせ勉強ができないんだろう」くらいに内心思われていることがひしひし伝わってくる。

そこで、この辺でズバッと訊く。「推薦と一般入試とどちらで受けたほうがいいでしょうか」と。つまり、美術で推薦というとどの程度バリューがあるか?ということを知りたいですよね・・・正直。

まあ、一般論としての回答があり、一般入試というのは試験の成績がすべてだからという説明。推薦というのは、たとえば野球や剣道などでトロフィーを貰ったとかね・・・だとすると、監督推薦を貰って来い、みたいな流れがあって、中には本当に面接の時に実物のトロフィーをいくつも担いでやって来た生徒がいて、それならペーパーで、というのが発祥らしい。

そこで一言。「だったら受験校へ入れて、東大を狙ったほうがいいですよね」と微笑む。だって、せっかく大学の付属中学に入学しても外から受験するより推薦のほうが難しいとかね・・・この一言で、先生の態度がコロッと変わる。正直、「東大」というセリフがこんなに効果があるなんて・・・恐ろしい。「医学部」ではダメ。だって医者の子は多いし、大抵は付属だからという安易な考えの人たちが多すぎるから、先生も慣れすぎている。

しかも、個別相談会の順番待ちをしている間、隣の教室へ優先的に案内された金髪のおばさんがいて、その時先生が、「特待についてのご相談の方はこちらへどうぞ」だって・・・グサッ。受験の世界は成績がすべて・・・(泣)

そこで、「東大」という流れで押してみる。つまり、県立では本人が美大へ行きたいと言っても、先生が「東大へ行くのも才能だ」と東大をプッシュされるという話を振る。つまり、「先生ならどのように指導しますか?」ということを訊くわけ。

その後、留学の話やら、二国をやらせないのかとか一般的な会話をしながら、娘のいる教室へ戻る。そこでは美術の授業が行われている。それ以前に、廊下などに展示してある絵を眺めて、あまりのレベルの高さに驚く。正直、その中学校はまだできたばかりでバカにしていたのよね・・・が、しかし、めちゃくちゃレベルが高い。講師が商業出版系の人で、小説などの表紙絵を描いているそう。

わたしね・・・今まで美術教育ということで学校を見学して、学校教育→美大という流れでしか眺めていなかったせいか、それにより目からうろこ。普通だったら高校2年を過ぎて、あるいは専門学校や大学へ進学してから学ぶんじゃないかなーということをすでに中学生のレベルでやっている。今回は小学生相手にどんな授業をするのかと思って。まるで同じレベル。ロジカル。教えるのも才能。

そこで次に、その話を美術教室へ行ってする。美術教室の先生もそこの中学校のことはまだ出来たばかりで様子がわからないため、忙しいにもかかわらず話し込む。

美術の世界のことなど知らないわたしが説明するのはかなり困難だった。それでもどうにか事情を説明し、娘は今まで自分が習っていなかったことをやらされたため、体験学習で描いた絵を先生には見せたくないらしい。見せたら簡単なのに・・・と思いつつ諦める。

それでいて娘の美術教室の先生ももともと商業出版系出身。ふたつのことを同時に理解してくれるというのはありがたい。

つまりね、あっさり語れば大手の広告代理店に就職できるのならいいわけさ、親って。食べていけるもの。が、しかし・・・・今はこういう時代だし、たとえば東京芸大を卒業したというだけで企業からボイコットされてみたり・・・そういう現実を考えると、いかに美術の世界が混沌としているかわかるってものだわ。

美大進学系の児童教育の中の美術教育という点で考えると、都内の名門私立小学校への就職が決まっている先生の話とかね・・・そういう世界へ進むなら、レトロでアカデミックなほうがいい。ところが、商業出版系だとそういうわけにはいかない。しかも、専門学校などの乱立で近頃ではカタカナ職業を名乗る人たちが増え、その大多数の人たちが就職活動の際、電話だけで断られているという現状・・・

しっちゃかめちゃか・・・

ちなみに某高校の美術科の受験の際、面接で、「漫画家になりたい」と言ったら落とされたという話もあるんですが・・・(わたしが言ったんじゃないですよー!ちなみに・・)

もっと言えば、わたしは就職の面接に行ったわけじゃないんですよー・・・疲れるぅ。

・・・・・・・・だるだるになりながらも、とりあえず、美術教室の先生に推薦状を書いてもらうことにした。要するに、美術で推薦状を書いてもらった以上それで入学してしまったらそれなりにそこの授業についていけないというのでは困る。それに関しては何の問題もないということで、美術教室の推薦を勝ち取る。実際に学校から連絡があるらしいのね・・・ペーパー・・・書類に書いてあることに嘘がないかどうか。推薦に偽りあり、とうのでは次の子たちに迷惑がかかるでしょ?その点では学校と同じ。快く引き受けてくださったことに感謝。

が、しかし・・・・
もうそれだけでもだるだるなのに、今度はオープンスクールへ行かなかったダンナからの攻撃が始まる。つまり、獣医学科への推薦も出せないような学校へ行かせても無意味だから、それなら受験校へ入れて東大を狙わせたほうがマシというのが彼の本音だからね。おちびなんて泣いている。

今日、学校へ行った感触として、娘はその気になってしまっている。つまり、そこの学校へ行きたいと思っちゃったから大変。制服が可愛いとかスクールバスがあるとか、子どもの発想や反論ってその程度でしょ?でも、実際にはそこの学校でがんばりたい、つまり絵の勉強を続けたい、という強い希望が発生し、かつ入れそうなニュアンスなので、すっかりその気になってしまっているという・・・(まあ、推薦を落ちる可能性も結構あるんだけどね、ラッキー??)

アーだるだるだるだるだるだるだるだる。
まだ自分の受験のほうがマシ。
なんか、ぐったり・・・・

投稿者 Blue Wind : 12:14 AM | コメント (0) | トラックバック

August 27, 2005

ややこしい若者

新婚旅行でハワイへ行った時、どこで話したのか忘れたけど、「私たち、年に4回ハワイに来ているのよ〜」とうれしそうに話している中年(以上)だと思うおばさんたちがいた。わたしはひたすら驚き、「わたしだったら世界中回るけどなぁ・・」と答えた。するとあっさり、「ハワイに来たいから働いているのよ〜」とおばさんたちはにっこり。

今頃になってなんでそんなことを思い出したのか不思議だ。

いや・・・・美大を出て普通に就職したはずのダンナの姪が仕事を辞めて、その理由が「やりたい仕事じゃないから」と言っているからなのかもしれない。何のために働くのかわからない、とか、いろいろなんですな、今の若者は。ニートではない。スケッチブックを持って、あちこち面接に行っているらしいから。大抵は、奇抜なものは扱わない、という理由で断られるそう。(どんな絵を描いているんだろ?)

アートな人たちって正直我の強い人が多いから、結構大変そう。普通の仕事だったらいてほしいけど、そっちでは要らないって言われたら傷つくのもわかるような・・・それでも負けずに歩いているのかと思うとずいぶん変わったなぁ・・というのが率直な印象。昔はすごくおとなしくて、常識的で、・・・というか、今でもそうなんだけど、おそらくは美大で鍛えられたのだろうか?根性を・・・

それとは裏腹に、わが家ではあっさり方針を変更。その話とはまったく関係ない。ただ、これもある意味ネットで学んだことなのかもしれないけど、アートはきつい。それならその前にきちんと手に職ではないけれど、親が死んでも大丈夫なように娘に仕事を持たせたい。

というわけで、プロボウラー、獣医、など、何か食べていくための方略を。一つだけでは足りない。普通に企業にお勤めして辞めて再就職が難しいというのはどうも好ましくない。人間やりたいことを続けるためには金がいる。そのために働け、というほうがナチュラルな気がするけど、どうなんでしょうか。

ハワイで出会ったおばさんたちは、すっきりしているもの。要するにハワイが好きで、ハワイに来たい。だから働く。それだけ。

ハワイでなくても、バッグが欲しいから働くとか、服が欲しいから働く、のでもいいし、家を買いたいたいからとか、バイクが欲しいからでもいい。要するに、何か目的があって働くというほうがわたしから考えれば理解しやすい。

にもかかわらず、今は生き甲斐のある仕事とか、やりたいこととか、さ。おおげさでおおげさで・・・

ハワイへ行きたい、それが楽しみで働いている、というのも生き甲斐だろうし、それが無くなったらもしかすると仕事を辞めてしまうのかもしれないし、それくらいシンプルで楽しそうだった。生き甲斐ってそういうシンプルなことだと思っていたんだけど、どうなんでしょうか・・・・わからん。

娘の偏差値を上げるとか、東大を受験させるとか、絵の勉強をさせるというのもわたしの生き甲斐でして、親って単純だから成績が上がったり、絵が上達するとすごくうれしい。われながらくだらないと思いつつも生き甲斐なんだから仕方が無い。

勤労の喜びも子育ての喜びもささやかなものかもしれない。でも、そういうささやかなことだからこそ生き甲斐にもなるような・・・おおげさなことはやりがいはあるかもしれないけど、生き甲斐とは逆のベクトル・・・つまり死に甲斐みたいな気がして好ましくない。

ババアの戯言として言えば、なんで、ささやかなことに生き甲斐を見出せないのか不思議だ、いまどきの若者たちが。ババアはオトとマリの世話をしているだけでも生き甲斐なんですけどね。あっ、今頃何してるかしら?って気になって仕方が無い、ちょっと留守にすると。

逆にぜんぜん気にならないことだけど(忘れていたいことか?)、それでも雑草は勝手に伸びているし・・・・やることは絶えない。

投稿者 Blue Wind : 01:41 AM | コメント (0) | トラックバック

August 26, 2005

国という抽象的存在

人間らしさとか、普通の生活とか?
簡単・・・

たとえば、わたしが老いたとして、そのとき、わたしの心配をしてくれるのが”国”や”みんな”というのがいやなだけ。みんなで話し合って、年金がどうたらこうたら、という社会より、娘に、「お母さん、お母さん、大丈夫ー?」って言われたいだけ。

義姉が姑さんに言っていた・・・
「お母さん、そのために今は年金があるの」と。
つまり、親の生活のことや介護のことはみんなで考えるべきもので、だからこそ社会保険があり、国に支払った結果それが親に間接的に入るという仕組みについて。
あっさり言えば、誰も親の世話をしたくないし、一緒に住みたくないってことを国の責任にしちゃっているだけのような・・・

かく言うわたしだって姑の苦労を積極的にしたいとは思えない。姑さんにしてみれば嫁の苦労をしたくない。財布をきっちり分けたい。そのためには間接的な関係がうるわしい。つまり、トラブルを回避するために間接的な仲立ちが必要なだけらしい。もっともサラリーマンの家庭ではないためにある程度の話し合いは必要なんだけどね。でも、それはわたしには関係ないから・・・

国だと思うから、がっちりせしめたくなるけど、それが娘の稼ぎとなるとそういうわけにはいかない。国という抽象的な関係より、娘という愛する存在との関係のほうが大切。

あら?
愛国心って・・・
んなもんないってたまに思う。

投稿者 Blue Wind : 12:30 PM | コメント (0) | トラックバック

August 24, 2005

育ち盛り

先日、おちびのボウリングのハイ・スコアが172まで伸びた。コンスタントに140前後で投げられるようになったので、小学生としては合格点。目標としては、中学生で160前後、高校生で180前後、アベレージが180以上というのが女子プロの条件。結構イイセンいってるよね。

いまどきボウリングなんて・・・とバカにしているとしっぺ返しが。というのは、ボウリングが爆発的に流行ったのがわたしが小学生の頃で、その当時、ボウリングにはまっていた人たちが60歳以上になり、ちまたでは年齢に関係なくできる手軽なスポーツということで案外人気が出てきているらしい。

ちまたでは2007年問題がそろそろ話題になり始め、680万人の定年退職者が一度に出るそう。よくそんなに退職金が支払えるかと感心してしまう。そうなると、こんな時代ではそれは地道にプールされるのだろうか。

子どもはいいよ・・・だって、おとなになって働いて買いなさい、って言えるもの。でも、年寄りになっちゃうとなかなかそういうわけにはいかない。それでいてヒマだとか、健康のためだとか、いろいろなことを考えないとダメになる。時間があるってそういうこと。日頃、定年退職者のような生活をしているために、そのことは何となく理解できるような気がする。自分でやらなかったら機械的に仕事が与えられるということもなく、何をやりたいとか食べたいとか日々日日のことですらあれこれ自分で考えないとならなくなる。

というわけで、ボウリングとかペットとか? 子どもが大きくなると何となく寂しいからペットを飼う人たちが増える。近頃ではマンションでもペットを飼えるようになってきたため、今後ますますペットが流行りそう。となると不足するのは獣医さん。いっそのことおちびを獣医にしたらどうか?

かく言うわが家もなかなかいい獣医さんがいないため、夏休みにオトくんたちを預けるのも案外遠くへ連れて行っている。マリがこの前、庭で足を怪我したようだったけど、しばらくすると痛がらなくなったのでそのまま旅行へ出かけてしまった。その間に、獣医さんで悪い箇所を発見してくれたので、留守中に治療まで。肉球が少し腫れていたそう。ペットショップへ預けたのではなかなかそこまではしてくれない。

というわけで、いっそのことおちびが獣医になってくれたら、わたしも安心して旅行へ行ける。なんか違うなぁ・・と思いつつ、自己中ってつおい。とりあえず、プロボウラーになり、ついでに獣医になって、自分で働きながら絵の勉強しろ、とかね。働いてわたしに毎月3万円ずつ小遣いをくれるそう、うちのおちびさん。うきゃきゃ。

・・・・・・・・娘にとってわたしってどんな母親なのだろう?悩む。

投稿者 Blue Wind : 01:40 AM | コメント (0) | トラックバック

August 23, 2005

半民半官

公務員の街に住んでそろそろ10年以上経つけれども、無意識のうちにものすごく影響を受けているような気がする。役人根性というのはあると思う。

どこが違うのかといえば、役人というのは物事を阻止するために存在しているような・・・民間の悪に対して抗議するのが使命のような・・・何が悪なのか、その感覚が違うため、深く追求しないほうがよいように思える。

うまく説明できないけど、同じ商品を30万円で売ろうが15万円で売ろうが業者の勝手でしょ? 賃金にも地域格差があるし物価も違う。渋谷に住んでいた頃を例にとると、駅から離れたスーパーで大根1本100円で売っていたとして、ちょっと歩いて駅まで行くと150円に値上がりし、店によっては200円になったり300円になったりする。家から徒歩圏内であってもまるで物価が違う。

この傾向は同じ店での買い物でも、客によって支払う値段が違ったとしても当然ということを示す。一応は定価というものがあるけれども、似たような商品に価格差があり、Aの客には100万円の品、Bの客には25万円の品、Cの客には2〜3万円のワゴンの中から。驚くに値しない。

ところが、少しでも公費が絡むとそういうわけにはいかなくなる。医療費だって医師や病院が勝手に決めてもよいと思うのね・・・技量も経験も違うわけだし。ところが、保険で定められているため、勝手に医療費を決めるわけにはいかない。保険外の治療となるとおっそろしいほど高いために保険の取り扱いをせずに営業するのは無理。このためいつも規制に従わざるを得ない。

日本は煙草が安い。それでもほとんどが税金であり、価格という点でも自由がない。このためライターをサービスでつけてみたり、店によっていろいろなことを考えるみたい。公団がダメになったのも、価格を値下げできず売れ残りが発生し、どうして価格を下げられないかといえば住民の反対があるから。民間だったら考えられないけど、公費が絡むってそういうこと。

景気がよければ、無用な価格競争を抑えるためにはある程度干渉があったほうがスムーズなのかもしれない。ところが不景気になると、どこまで邪魔をするんだろう、という気がしてしまうから不思議。

私立の学校の寄付金にしても、以前早稲田で入試の面接の際に試験官に言われたということが問題になったことがあり、近頃では学校によっては入学後に貼り紙をして寄付を促すようなところもあるらしい。どういう貼り紙かというと、児童の名前の横に何口の寄付があったか書いて貼ってあるらしい。(えぐい・・)

以前だったら、私立は寄付金がないとやっていけない、というのが常識だったためにそんなことがいちいち問題になるなんて考えられなかった。国立や公立だったら予算があるため民間の私立よりも楽なのでは、という発想しかない。ところがこのところの不景気で予算がカットになり、そうなると逆に私立みたいに寄付を募るわけにもいかず、案外大変なのかもしれない。これが私立なら学校の経営努力により生徒数を増やしてみたり、寄付金を集めたり、いろいろ工夫できる。

こう、何と言うか、似たような賃金で似たような官舎に住み、似たような価値観で生きている人たちの中にいると、それはそれで楽なのはたしか。ややこしいことを考えないからかもしれない。

が、しかし・・・・
多少の窮屈さに慣れてしまえば、私立より国立に行く方が学費が安いし、その他諸々公のサービスに甘んじていたほうが財布にやさしい。

対立の中に入るより、あっさり何かを受け入れてしまったほうが楽。そういう柔軟体質ももしかすると民間で培われた何かなのかもしれないけど・・・こんなんでいいのだろうか。

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August 22, 2005

ジャパン・マネー健在?

それはグアムのホテルの廊下を歩いている時だった。

わたしたちは子連れゆえ、朝食の時間、レストランのテーブルを見渡せば子どもの座っていないテーブルがないほど子連れが利用するホテルを利用していた。従ってホテルの中の廊下を歩いている女は母か子である。このため普段なら通用する、「うちは子連れだから・・」という甘えが通用しないことを思い知る。

それはホテルの廊下を歩いていても、プールサイドにいても、すべての女がわたしと同じ条件で存在しているため、子連れというハンデが通用しないという意味であり、わたしの前をシャネルの紙袋を持って颯爽と歩いている女をダンナと娘と一緒に眺めることになる。

シャネルで買い物をすればもう一度グアムへ来る旅費くらい軽く出ちゃいますからね・・・おりしもその時、わたしたちはDFSからの帰りであり、わたしはヴィトンの新作のバッグの値札に2800ドルの数字を眺め、さすがに税関で申告しなければならないほどの買い物は主婦にはできないなぁ・・と思いながら、プラダへ回り、新作を眺めてこれくらいならいいかなぁ・・と思いながら逡巡し、シンガポールのバーゲンなら90%オフという現実を想い描きながらグアムで買うのはやめようと数字を計算しながらホテルに戻ったときのことであった。

いや・・・・そのシャネルの紙袋を持った人がわたしたちよりも上の階で降りたのならすぐに忘れてしまったと思うの。同じエレベーターに乗り込み、颯爽と5階で降りられた日にはたまらない。5階というのは客室としては最下層であり、いわゆる部屋指定なしのツアー客が泊まっていることが多い。とりあえずわたしたちは最上階とまではいかないまでも19階に宿泊していたわけで、一瞬その差額を計算してしまうところがわたしだ。

それでね・・・一応はわが家は家族主義なので、家族みんなに共通するところにはお金をかけることにしている。そうなると節約すれば軽くプラダの新作バッグくらい買えちゃうなぁ・・ということになる。日頃そういうことはあまり考えないのだけれど、わたしが独身だったら当然宿泊費などは節約してバッグを買っちゃうなぁ・・などと鬱々と考えたり。が、しかし・・・宿泊したホテルはファミリー客ばかりが泊まっている。

バッグが欲しいわけではなく・・・・うまく説明できないけど、権限の問題なのかもしれないし、考え方なのかもしれないし、予算配分の問題なのかもしれないし、そういう発想は何も語らなくても周囲に鬱攻撃を仕掛けてしまう。

そこで翌日わたしは買い物に出かけることにした。ダンナが怪訝な顔で、「どこへ行くの?」と問う。「DFSじゃないわ」と答え、別のブランドショップばかり入っているショッピング・センターの名前を告げる。その間、娘とダンナは海やプールで遊んでいればいい。

・・・・・・・・と思ったとたん、娘が一緒に行くと言う。女の子だからショッピングが好きなのは仕方がない。たぶん。

家族連ればかりの中でおじさんが1人でプールに取り残されるのはいやだったのだろう、わたしはついて来られて迷惑な気がしたのだけど、結局、ダンナも一緒に出かけることになった。

が、しかし、ショッピング・センターの中を3人で一周し、やっぱやめよかなぁ・・と思っているとなかなか帰りのバスが来ない。現金をほとんど持ち歩かない主義なのでタクシーも気が進まない。そこでわたしは急に売り場に引き返すことにした。ダンナの顔を見ると、2800ドルではなくせいぜい700〜800ドルくらいの値札の多いことはすでに確かめてあるので、「それくらいならいいかな」という顔をしているのがわかる。

チャ〜ンス!
そこでダンナはロビーに座っていると言うので、わたしとおちびはヴィトンへ駆け込む。娘とあれこれ眺めながら、どちらがいいか娘に訊く。娘に訊くのは幼児の頃からの習慣で、彼女はセンスがいいのでわたしは当たり前のように娘に訊くことにしている。

・・・・・・・・・が、しかし、なんなんだ。「お母さん、こっち!」とうれしそうに娘が選んだのはまさしく娘の好みであり、内心、「あんたのために買うんじゃないわよ〜」って思いながらも、わたしも娘には弱い。それに同じようなバッグなのにDFSでは2800ドル以上したのにこっちのヴィトンの店では1300ドル程度。どうやったらそんな差額が発生するのか不思議・・・どちらも新作でございます。ヘンだ。その瞬間脳裏によぎったのは、DFSで買い物するやつはあほ!ってことだった。

自分でもバカみたいって思うんだけどね・・・それでいて娘が欲しそうにしているとうれしくなってしまう。「東大に入ったらあげるわ〜」などと言いながら娘の前にちらつかせる。

たまたまニートの本を読んでいたせいか、物欲があるって素晴らしいとすら感じる。東大へ入ったらあげるわ〜とか、自分で働けばいくらでも買えるわよ〜とか。

たまたま同じ店にいた中年の女性のふたり組と出口で出くわす。日本人ではない。わたしと同じくらい粗末な格好をしている。それでいてふたり並んで紙袋をいくつも提げている。しかもわたしに訊くのである、「そのTシャツどこで買ったの?」と。一瞬、「はあ?」と思ったけど、親切に教えてあげた。バスで二つ目くらい先のところなんだけど、しっかりタクシーに乗り込んで行った。ABCストアで買ったんだけどね・・・・Tシャツ。

グアムはいいな。どこが不景気なのかわからない。たまたまお盆だからなのだろうか・・・それとも普段からあの調子なのだろうか。ほかのところへ行って買い物をしても大して面白いとは思えない。が、しかし・・・・100万円くらいの買い物をぽんぽんしている日本人に囲まれていると、しばし公務員の街のことは忘れてしまった。

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August 19, 2005

恋愛バトン?

いや〜、久しぶりにまともに自分のブログを見た気がします。一度だけこっそり深夜にグアムでホテルの無料ネットサービスを使ったんですが、どういうわけか日本語入力ができない。もしかすると使えるのかもしれないけど、キーボードがいつもと違うとまるで勝手が違うので、そのまま履歴まで消してこそこそ部屋に戻りました。(笑)

それにしてもデスクトップをお使いの皆さま・・・・うちのブログ、趣味悪いですね。何やら色が薄くて、文字ばかり目立って・・・デザインって難しい。

それと、箱を眺めていると、なんかヘン。
いかにも機械を操作しているような気がして・・・
いつもノートPCを使っているせいか、どちらかというとノートにでもメモするような感覚でネットをしています。入力というより、メモっているような・・・それがデスクトップの昔ながらの箱だと単に機械文字を打ち込んでいるだけみたいな気がして、うまく説明できないのですけど、やはり自分のパソコンでないからでしょうか・・・やけに興醒めしてしまいました。

で、ネタを探していると・・・
なんなんだ、このTBは!?

いきなり、ぐたさま から恋愛バトンが回ってきていました。わたしは秘密主義者だというのに。(ほんとか?)

**************

―蚓はいつですか?

あっさり言うけど・・・忘れた(笑)。

∈まで付き合った人数は?

付き合ったというか・・・この人だったら結婚してもいいかな、と思った人は3人います。実際のプロポーズは4回あります。あれ?計算が合わない・・・
世の中ってね、うまくいなかいものなのよ。こちらがいいな、と思っても状況が許さないとか若すぎるとか。あちらがいいな、と思ってくださってもこちらはまるでその気がないとか。

9イな人とデートに行きたい場所はどこですか?

さあ・・・
わたしってアバウトなので、お任せ主義です。
そのくせ、わがままだし、気分屋だし・・・困ったやつです。すまん。

すイな人と観たい映画はありますか?

昔はよく観たなぁ・・・という記憶があるだけで。恋愛映画だったら、『愛と青春の旅立ち』が好きだった。ほかには、『ターミネーター』とか。

スイな人に言われて一番嬉しかったことは何ですか?

「女の子は自分を客観的に見てはいけないよ」

なんて言うのかなぁ・・・なんか、すごく自由になったんですよ、この一言で。自己からの解放というか。亭主の好きな赤烏帽子ではないけれど、ほかの人は関係ないんだな・・というのがとても気楽で。相手に合わせるというのではなく、要するに、「これ、どお?」って訊いて、「似合うよ」で終わりみたいな関係。

好きな人はいますか?その人の好きなところは?

ややこしいことを言わないところ。好きにさせてくれる。

Г海鵑平佑論簑侈詰っていうのはありますか?

あるけど、うまく説明できそうにないので、パス。

恋愛対象は何歳〜何歳

わたしは、年上の人がダメなんです。何となく頭を押さえつけられてしまいそうになるからかな。子ども扱いされると、もうそれだけでぐわっと腹が立ってしまって、それだけで逃げちゃいました。

浮気は許せますか?

許しません。
許せるとか許せない、ということではなく、許さないと決めているので。
泥沼みたいになったらつまらないでしょ?
だったら、さっさと違う人生を。

同棲してみたいですか?

うちって、親が公認で同棲していたようなものだったから・・・つまり、互いに学生だったから、ダンナが正式に卒業が決まったらお式をして・・・という感じで。籍を入れるか入れないかの違いだけで、先に籍を入れてとか別れたら籍が汚れるとか外野はいろいろ言っていた気がするけど、ふたりでいる分にはあまり関係ないという感じ。
結婚後に旅行へ行ったとき、なんか周囲の目がうるわしくなかったから、まさかその辺の人たちに「わたしたちは夫婦なのよー」とは言えないし、その点、子連れは素晴らしいです(笑)。家族という感じになる。まあ、世の中ってそんなもん。
結婚前でも姑さんと歩いていると嫁さんになるし・・・たまに娘に間違われたり。てきとーなんだね、世間なんて。でも、正直、結婚前のほうが姑さんに対してはお気楽だった。何かどこかが違う。

あなたが愛情を感じる行動は?

なんだろう・・・
親子で川の字で寝ているときとか???

自分が必要とされている感覚があるとき。自分がひとりじゃないって思うとき。ちょっとしたことなんだと思うけど、ちょっとしたやさしさや何気ない言葉の中や、その他諸々、I miss you.という感覚があるとき。

愛と恋の違いは何だと思いますか?

恋は惹きつけあうもので、愛は支えあうもの。

一番長く続いた恋愛は?

もう、出会って20年以上になるのでしょうか・・・
恋あり、愛あり、両方があるからよろしいのでは。

付き合いたい芸能人、有名人はいますか?

いない。
自己顕示欲の強いタイプはどうも苦手で・・・
静かで知的な人が好みみたいです。

究極の選択
一生愛することができなくなるor一生人に愛されなくなる

どちらもイヤだなぁ・・・
あえて選ぶなら、一生人に愛されなくなるというほうが・・・
ほんで、自己憐憫に浸りながら、つまらない歌でも詠んでいるほうがいいような。
人に愛されなくても、神さまは愛してくれるとか?

絢,縫丱肇鵑魏鵑坑疑

回したいところはたくさんあるのだけど、グッと我慢、我慢・・・
きゃーー、あっちにもこっちにも回したいーーーー!!!!(こらっ)
(拾ってやって、誰か・・)

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August 12, 2005

お墓もノン宗派、共同の時代につき・・・

出発前の時間つぶしに家でネットをやっている・・・
成田でもたしか無料でネットが出来るような・・・
ホテルでも24時間無料ネットサービスがあるような・・・
う〜む・・・
日本史の本もトランクに入れました。
モーリヤックとニート関連も。
聖書は置いてあるだろうとは思ったけど、考えてみたら近頃ではそういうサービスないね・・・海外は特に。あれは日本のホテルが海外からのゲストのために行っているサービスなのかもしれない。そのため、トランクの中に聖書を一冊。昔はそういうことを考えたことがなかったから、あっさり語れば、置いてあるもの、という発想は幻想なのかも。

よぉ〜っく考えてみたら、寺檀家制度というのも江戸時代にキリスト教を弾圧するために幕府がつくった制度で、どこかの寺に所属していないとクリスチャンだと言われて拷問とか?
きゃーーーーーっ!

というわけで、世襲制とか身分制度とか、江戸時代の名残がいまだに根強く日本の社会に残っており、年貢を納める場所として”国”という概念が田舎へ行くほど根強く官という意識で残っているような気がする。都会で暮らしているとあまりそういう根の深さを感じることができないほど破壊しつくされた何かが存在するため、今までそういうことを深く考えたことはない。墓も共同墓地の時代だし・・・宗派に関係なくという意味で共同なんだろうな・・・よく知らないけど。

昨日、お寺の方がいらっしゃいまして、お盆でもあるし、お盆だというのにつくばに取り残されたわたくしたちに布教と勧誘。墓はあるんだけど、遠いのよ。そういう世代、そういう世相。何となく時代を感じてしまいました。うちの近所の人たち、どうなさっているのでしょうか。墓もノン宗派の時代ですし・・・

投稿者 Blue Wind : 02:08 PM | コメント (0) | トラックバック

世襲制郵便局

そういえば、高校時代の同窓会で、郵便局へ嫁いだ友達が言っていたことを思い出す。結婚して一番驚いたのが、通帳を郵便局が預かっていることらしい。都会で知り合って普通に恋愛し、いざ結婚するとなったら相手の実家が郵便局だった。つまり、田舎の郵便局の跡取り息子だったのね・・・彼が。

その時に知ったのが、郵便局というのが世襲制で、都会とは違って田舎だと郵便局は親から継がないとならない家業だということ。つまり、田舎の開業医やお寺のように、村に一つしかないから、誰かがやらないと潰れてしまう。それでは檀家じゃない・・客が困るため跡取りが必要。ダンナの同級生にもいたな・・・無医村になってしまうから将来は絶対に実家に戻らないとダメという人。少ないようでいて案外多い。

そうやって世襲制で代々郵便局を営んでいる人たちにしてみれば、郵政事業というのは官なんだろうな。でなければ、通帳を平気で預けたりしない?

その感覚が不思議なんだけど、人によっては通帳と印鑑をそのまま無料の貸し金庫だと思って郵便局に預けている人もいる。田舎だとおばあちゃんの年金なんて小遣いみたいなもので、日頃はまるで使うこともなく預けっぱなし。

郵便局へ嫁いだ友達には娘しかいない。昔だったらあーでもないこーでもないと揉めただろうけど、今は男子でないと困るというわけでもないらしく、長女が将来局長さんをするようなことを話していた。彼女自身は店のことはほとんど何もしないし、公務員をしているわけではない。それでいて田舎の嫁らしく跡取りを気にしなければならない。

そうやって考えると、郵便局のどこが官なのか理解できない。寺も医者も官ではない。それでも世襲制の地域はそうやって細々とつないでいくしかない。が、しかし・・・・そうやって考えるとますます理解できない。なんで、郵便局が官でないとダメなのか・・・世襲制は難しい。

投稿者 Blue Wind : 11:06 AM | コメント (0) | トラックバック

環境設定

ニート関連の本を積んでおいたら、娘がニートにはなりたくないと言う。今の小学生は油断も隙もない。そういう言葉をどこで覚えたのか知らないけれども、どうせ友達の影響なのだろう。「だってニートにはなりたくないじゃん」と言いながら、あれにこれにと将来について誰かと話していたりして・・・あっさり言って、わたしの知らないところで何を話しているのかわからない。

例えば・・・
娘は茶髪が嫌い。茶髪でミニスカートの高校生が歩きながらケイタイで話しているのを観て、そういう学校には行きたくないと言う。

娘がそういう風に言うと、わたしはそういう話を娘にしたかどうか考える。・・・・・でも、記憶にない。ママ友とメールを交換しながら、具体的に学校のことを訊いたり様子を書いたりすることはある。でも、正直、そういう話を具体的に娘と話したことはなく、でも娘が言うのだから誰かがそういう話をしているのだろう。それとも、地獄耳だから電話で話しているのを聞いていたりして・・・

まあ・・・・茶髪でケイタイというのも一つの世相というか流行のようなので、ちまたに溢れている以上、親が言っても無理なんだろうし、そういう意味では親がぼやいていたとしても子どもには関係ない。ただ、それについて娘がどういう反応をするのかには多少は興味はある。その結果、一つわかったのは、娘はわたし以上に保守的な性格ということで、それはある意味環境因子が作用しているような気がする。

投稿者 Blue Wind : 01:58 AM | コメント (0) | トラックバック

August 11, 2005

女性の気風

娘の模試の結果が戻ってきて、がっかり・・・
とてもじゃないけど、旅行へ行く気分じゃない。
こんなことなら旅行の予約をしなければよかったと思いつつ、予約の確約書などを印刷しているうちにようやくウキウキ。考えてみたらほかに大して楽しみのある人生でもないし、せめてヴァカンスくらい楽しまなくっちゃ。

でも、いろいろなことを振り返ると、わたしはわたしだけで生きてきたわけではなく、名前一つにしても祖母の性格がわかるんだなぁ・・ということを感慨深く思う。いや、普通の人です、わたしの祖母は。でも、叔母たちの名前一つにしても性格が滲む。そんなことをぐたさんの記事 から思う。

伯母は大恐慌の頃に生まれたから英子(日英同盟から)、母は5.15やら2.26事件の頃に生まれたから房子(市川房枝から)、その後第一次世界大戦が始まりそうになると叔母は弘子(弘法大師から)という具合。その時代の世相や願いがストレートに名前に表れている。

そういう祖母の性格を受けて、叔母たちも勝気で男勝り。でも、戦い方が違うのだと思う・・・大正デモクラシーの影響からか、颯爽と着飾って銀座を闊歩するだけでもそれはそれで一つの女性の戦い方。わたしはそういう影響を強く受けて育っただけのような気がする。性格なんだろうな・・・だから、シャンゼリゼをサン・ローランを着て歩かされる。そういう育ち方。母の世代の人たちは白人コンプレックスが強い。ところが実際の欧米人はなんと言うか・・・う〜む・・・・・・映画とは違いますよね。

ステテコとかもんぺとか、今はそういう衣服そのものが無くなってしまったけど、都市部と農村の違いが大きく出るのは服装で、しかも戦時中となるとお洒落とは無縁。そういう有様だったから、戦争が終わり、女性のスタイルが華やかになるということはみんなの憧れでもあった。

が、しかし・・・・
子育てを始めてしまうと、動きやすい服装のほうがよくなる。ひらひら系よりもカジュアル系へ。そうやって考えるとファッションも一つの世相。

姑さんはたしかにお洒落な人ではあるが、小柄でお人形さんのような顔をしつつ性格は勝気だし、うちのダンナのほうはみんな理系。

気風というのはあるなぁ・・・

投稿者 Blue Wind : 12:04 PM | コメント (0) | トラックバック

August 10, 2005

20世紀

この夏、リアルタイム、ノンフィクションで政治や議会が進行していくため、単なるペーパー学習よりも役に立つ。子どもに口で説明しても通じないことでも、「日清、日露、第一次世界大戦、ロシア革命、富山の米騒動、国際連盟、関東大震災、世界大恐慌、満州事変、5.15事件、2.26事件、日中戦争、太平洋戦争、原爆投下、終戦、日本国憲法、20歳以上の男女に選挙権が与えられて初の選挙、北緯38度、朝鮮戦争、日米安保、東京オリンピック、ベトナム戦争、文化大革命、アポロ、オイルショック、ロッキード、日中国交回復、アフガン侵攻、イラン・イラク戦争、バブル、平成、ベルリンの壁崩壊、湾岸戦争、EU・Jリーグ・出産、神戸の震災、9.11、イラク戦争」という具合に続けるとわかりやすい。

なんで戦争ばかりやっているのかわたしに訊かれても・・・
20世紀はそういう時代だったのよ、
としか語れない。

投稿者 Blue Wind : 10:31 AM | コメント (0) | トラックバック

August 09, 2005

「何もしてくれない」

一体、誰の言うことを信じたらよいのか・・・
一つわかっているのは、あれにこれにと面倒をみてくれる学校とそうでない学校があり、少なくても公立では何もしてくれないらしい。私立でも何もしてくれないところはしてくれないらしく、「何もしてくれない」という意味をわたしは正しく理解していなかった気がする。

学校が進路指導をしてくれないということは、親が受験先を模試の成績表を持って回らなければならないらしく、首都圏模試なら首都圏模試を受験させ、その結果を持って受験先で個別相談を行い、その成績で、「うちに来るならあと偏差値を3上げてください」とか、「この成績なら99%合格です。当日の成績により学費一切を免除します」と内定が出たりするらしい。ちなみにこれは首都圏の高校受験のお話。

うちの近所は・・・・相変わらず県立志向が強く、県立のほうが国立への推薦枠があるから人気が高いのかもしれない。だから、私立は昔ながらにすべり止めという感じに近い。それでいて中学受験となると、どうなんだろう。学校によって違うのかもしれないし、結局は落ちる子は落ちるし受かる子は受かるし、遊んでいようが勉強していようが、どうも公平には行かないような気がするのだけど、実際のところはわからない。

なんか釈然としない。
一つわかっているのは、内定の時代なので面倒見のよい学校へ入れれば何となく推薦で進路が決まり、何もしてくれない学校へ入れば本人のやる気次第で結果がはっきりしてしまうということらしい。それにしてもどこかビジネスライクで殺伐とした感じ。

投稿者 Blue Wind : 11:48 PM | コメント (0) | トラックバック

ヴェロちゃり

ヴェロタクシー

写真は、 「三太・ケンチク・日記」さん
からお借りしてきたんですけど、ヴェロタクシー。

娘の送迎に明け暮れているだけなら、これで充分なんですよね・・・実際、真夏も窓全開で突っ走るほうが快適だし・・・走行距離も短いし・・・

この形ならガーデンセンターへ行って植木を買っても乗せられるし・・・
でも、100万円だって。(泣)

帰りは娘が漕ぐんでしょうね・・・当然、母を乗せて。
何のために送迎してるんだろう・・・

投稿者 Blue Wind : 11:13 AM | コメント (0) | トラックバック

August 05, 2005

天井崩壊

「マンションを買いませんか」
と電話がかかってくる。
今度は秋葉原らしい。
受話器の向こうで、声が流れる。
「秋葉原の1ルームなんですけど、将来お子さまのためにお考えになることはありませんか」
喉元まで出かかった声を抑え、てきとーに電話を切る。今さらわたしが言わなくても、同じことを誰かに言われているだろう。

なんでこんな時代に、秋葉原に1ルーム・マンションを娘のために買わないといけないの?

TXの開通で、秋葉原の再開発が進んでいることはテレビで言っていた。駅の様子が画面に現れる。どうやら既存の沿線に乗り換えるのは案外不便らしいことを知る。浅草では600mも乗り換えのために歩かなくてはならないそう。が、しかし・・・浅草で乗り換える必要性はない。

わたしがタイムテーブルを調べたところ、守谷から先は普通の通勤電車の感覚で、今のところつくばからはバスのほうが本数も多い。姑さんもバスのほうが確実に座って行けるので、電車が開通してもバスを利用すると言っている。15分に1本くらいの割で東京駅とつくばセンターを往復している高速バスが、鉄道の開通で本数が減ったらそちらのほうが迷惑な気がする。それでも上りは電車のほうがずっと速いだろう。

そんなことを考えながら大通りを走っていると、東京駅へ行くバスが2階建てになっていた。

ララ・ガーデンができたとき、県から意見書が提出されたそう。ララ・ガーデンというのは、ハワイのモールにも似たショッピング・センター。三井不動産が手がけたらしく、店内は英語放送も流れ少しだけ高級感も演出された造りになっている。

今は落ち着いて渋滞もない。ところがオープン当初は交通渋滞が酷く、その迂回のために住宅地にも車が通るようになり、このためすったもんだしていたそう。そうなると三井不動産だろうがドンキホーテだろうが同じ扱いなんだなーと不思議な気分。わが家の近所もいつの間にやら国際会議場やらホテルやらの話は住民側の反対で消えた様子。

あっさり語ると、いやなのね。都会のようにあっちもこっちも人だらけ車だらけというのが。

あんな風になったらどうしよう・・・という危惧がある。あっちもこっちも建物だらけ。子どもの遊び場もない。いつも知らない人たちがやってきては無神経に去っていく。そんなところに誰が住みたいだろうか。ここは都会ではない。

そういう意味で、大手はダメかも。理由は今までのやり方がいまだに通用すると勘違いしているようで。ララ・ガーデンが建設されたときも、「こんな田舎にこんなお洒落な建物をつくってやる」という態度だったそう。それで住民を怒らせて、学者が調査した意見書を県から提出。

三井に対しては自分的にはそんなものだと思っているところもあり、案外気にもならない。逆に車で行く側なのでショッピング・センターが増えたら便利になる。それではそんなところに住みたいかといえば、ヤダ。うるさいから地価も下がるし、住民が減れば生活に障る。・・・・・・・・う〜む。ドンキホーテを嫌う理由に似ている。

家を建てるときにも、そういえば・・・
銀行をいくつか当たってみたとき、都市銀は職員の対応がいまいち。横柄。そんなことを思っているうちに消えた支店も多い。今、なんていう名前になったのかも実は知らない。それで都市銀はやめて、ローンの返済を考えたら地元の銀行のほうが、と思ったけど、結局、横浜の業者を通じて横浜の銀行に口座を開いた。でも、正直、近所に支店もないし、あまりにも不便なのでほかには使えそうにない。

あれにこれにと動き回るより、家の中で静かに子育てしているほうが気楽だ。

投稿者 Blue Wind : 06:57 PM | コメント (0) | トラックバック

August 03, 2005

夏休みの生活

娘が、”幕の内弁当”でよいというので、せっかく6時に起きたのに時間が余ってしょうがない。小分けしてある冷凍食品をチンすれば終わり。から揚げですら1個から小分けしてある。ちなみに今日はから揚げはやめてチーズ入りのかまぼこのトッピング。相変わらずシュウマイやらグラタンやらおひたしやらたった2個のエビチリやら詰めるだけ。しかも、冷凍のまま詰めたら自然解凍して食べられるというものもある。

5分もかからない・・・
朝の6時から起きて5分で終わり。

ちなみに水曜日は忙しくお昼を食べる暇がないというので、先週はダンナの分までつくったけど、今日は娘のお弁当を見て要らないと言われてしまった。あんなのを優雅に食べている暇がないから、おにぎりとかね・・・売店へ駆け込み5分で食事を済ませる。50分も休み時間のある娘とは違う。娘には食べ終わるまでもっと時間のかかるお弁当をつくらなければならない。

このようにして夏は過ぎていく。

こうやって考えると、学校というのはミニチュア職場のようなもので、連帯責任というわけではないでしょうけど、学校のレベルとか評価の世界。だから、1人変な子がいるとなると大騒ぎになるのだろう。

登校拒否の理由が、「学校にお母さんがいないから」で、校内暴力(?)の原因は・・・知らん。元気が良すぎるとか?

で、「みんなで無視しましょう」というのが先生の指導方針らしい。わたしはよく知らなかったけど、結局、高学年になると女の子でもぶったり蹴ったりやり返すらしく、集団暴行(?)になってしまう。そうすると、やられたほうがますます怒ってやり返す。そうなるとそれが延々と続くから、「みんなで無視」するのが一番よいということになるらしい。

県内でも学力はトップレベルと先生は言う。しっかりしている子も多い。・・・・・・・女の冷たさがヒシヒシ伝わってくる。こう、なんていうか、男同士ってどこか和解に導き合うものがある気がする。ところが、女が強いとそういうわけにはいかない。あいつは悪いヤツだ、気持ち悪い、そばに寄るな、となったら、それがはっきり顔にも態度にも露骨に表れる。特に隠す理由もないし・・・

近頃では娘にも空手を習わせたり、一人娘だったりすると特に父親が教育熱心だったりする。そうすると、「女の子を虐めるなんてサイテーだ」と怒る。みんな怒ってるもんね、お父さんたち・・・むしろ母親のほうが微笑んでノラクラしている。喧嘩したくないから・・・

塾へ行くとほっとする。
女の子たちが塾の帰りにアイスをみんなで買って親を待っている。華やかなのよね・・・雰囲気が。和む。そのまま似たような学校へ行き、大学へ行っても似たようなメンバーなんだろうな。特にガツガツして勉強しているふうでもなく、そこが不思議だ。クラスにも拠るのかもしれないが。幼稚園時代からの友達も多い。

公立の学校は成績による階層社会なので、県立へ進学するとなれば上位から成績により割り振られる。私立のようにスクールカラーなどで選択する余地もない。ある意味公平なのかもしれないけど、自動的に振り分けられるとなれば、勉強するしかないではないか・・・

塾なら辞めればいい。でも、学校はそういうわけにはいかない。しかも連帯責任、成績による自動振り分け。個性もへったくれもないよね。組織なんだから。

娘に訊くと、学校は楽しいらしい。でも、友達は塾のほうがいいらしい。夏休み、子どもを観察しているうちに普段見過ごす何かを感じたりする。娘はどこまでも普通の子なので、学校でも目立たないし、塾でも目立たない。つまりは、どこへ行っても周囲に合わせるコツを知っている。

娘が夏休みの宿題をお絵かき教室へ持って行って、やっていた。お絵かき教室・・・美術研究所。とりあえず、美術教室とこれからは呼ぶことにしよう。

美術教室で描いた絵をコピーしてトレペで写し、それを学校へ提出するらしい。なんかすごい手抜き。娘に訊くと、学校では本気になれないからだそう。(本末転倒では?)

今はまだ癒し系絵画教室だけど、それが中学からはデッサン科になる。もちろん趣味や遊びでやることも可能。そうすると教室が違う。小学生までは差がない。ところがデッサン科になると、次第に辞めてしまい、最終的には6人くらいしか残らないそう。形を取る、となったらひたすら球なら球をきちんと描けるようになるまで描かせられる。”感性”なんて生やさしい世界ではない。

が、しかし、だれだれ君がどうたらこうたらと騒いで、ついでに成績階層社会でピーチカパーチカやっているなら、そうやって真剣勝負のような世界でしばし時間を費やす方が癒される。

投稿者 Blue Wind : 10:23 AM | コメント (0) | トラックバック

August 02, 2005

お弁当

今日は模試。このところ毎日お弁当をつくっている。今日も模試が終わった後に授業がある。模試の日くらい早く帰ってきたらいいのに、と思うんだけど、さすが夏休み。学校が休みだというのに、学校がある日より気ぜわしい。

初日、娘にコンビニで買わせた。
それで娘が戻ってきてから、コンビニ組がどの程度いるか訊く。
数名。

仕方がないので翌日からお弁当つくりが始まった。コンビニのお弁当はまずいと娘が言うので諦める。わたしは1人ならコンビニでも充分なんですけどね・・・まったくあの人たちは。

毎日メニューが違う。おにぎり、サンドウィッチ、パスタ、ワッフル、日の丸弁当。
サンドウィッチだってサンドウィッチ用のパン、フランスパン、ロールパン、日替わり。パスタの日は、クラコットをつけた。

娘のお弁当はめずらしいらしく、単にハムの間にチーズをはさんでまいただけなのに、美味しいと言っているそう・・・友達が。なんなんだ・・・しかも、毎日デザートをつける。理由は、娘が行っていた幼稚園ではないけど、ある幼稚園の案内に「お弁当にかならずデザートを添えてください」と書いてあったので。フルーツでもこんにゃくゼリーでもなんでもいいからデザートをつける。

うちのダンナはお弁当が嫌い。理由は高校時代、お弁当が重箱でたまにマツタケなどが入っていたから。(さすが姑さん!) 親に恥ずかしいからやめてくれと言いたいけど、元来がおとなしい人なので何も言わない。それですっかりお弁当が憂鬱になり、今でもお弁当が苦手。

おじいさんが学生時代には、大阪から母親がパンを焼いて東京へ。当時はパンなんて売ってない。明治時代に父親がアメリカへ留学していた時の名残。当然黴だらけだから一言やめてくれって言えばいいのに言わない。大阪から荷物を発送してそれが1日で東京に着くなんてことは考えられない時代ですからね・・・

先代の姑さんがそういう性格だったので、負けず嫌いの姑さんがどんなお弁当をつくっていたか想像に難くない・・・

うちは娘なので案外はっきり言う。量が少ないとか、友達のお弁当はこんな風だとか。
それで仕方がないので、昨日スーパーで冷凍食品が4割引だったのでお弁当用の簡単素材を仕入れてきた。それでさっそく今日は日の丸弁当。ご飯は3分の1。残りはシュウマイだのグラタンだの冷食をいろいろ詰めてやった。

朝、娘に訊く、「みんなのお弁当、こんな感じでしょ?」と。「うん」だって・・・あーあ。

********
えっ、おかずを入れたら日の丸弁当じゃない??
ぐたさまからご指摘が。
はずかしい。
今の今まで、ご飯の上に梅干を一個乗せてあるお弁当はすべて日の丸弁当だと思っていました・・・
死語か?

********
結論としては、2〜3日に一度めずらしいお弁当をつくるくらいがいいのかも。・・・・・・が、しかし、お弁当は家庭の雰囲気がまるわかりになるので、やっぱ給食のある学校に入れます。なんか疲れる・・・

投稿者 Blue Wind : 10:10 AM | コメント (0) | トラックバック

August 01, 2005

自衛官考

娘の幼稚園時代の仲良かった友達のお父さんは自衛官。卒園と同時に恵庭(北海道)に転勤していった。

わたしは反戦論者なんだけど、自衛官は偉いと思っている。なんせ、感性が違う。
イラク戦争の時も、わたしはもちろん自衛隊の派兵には反対。が、しかし、世の中が反対すればするほど、彼らの任務が実に重要なものになり、それがますます彼らをやる気にさせるらしい。

たとえばね・・・うまく説明できないけど、万が一衝突があった場合、大変なことになるでしょ? だから、慎重にも慎重を重ね、日頃から厳しい訓練を積んだ人たちが選ばれて任務に当たる。隊員がそれを自覚しているところがすごい。日の丸背負ってるからね・・・自分たちの仕事により、世界の平和や日本のために役に立つという喜びに満ちあふれている。そこが違うよね・・・国のために働くことがうれしいなんて!

イラクへ行くことが決まったら、うれしくってウキウキしているという噂は本当らしい。う〜む・・・・

そのほか、各種災害の救援活動とか?
自衛隊でないとできない仕事が世の中には山ほどある。
それに喜びを見いだしているところが、さすが。

投稿者 Blue Wind : 12:04 PM | コメント (0) | トラックバック

漁師考

たまに思うんだけど、暴走族って海の上なら普通。バイクで陸を走るからまずいわけで、ジェットスキーで海を走っているだけなら特に問題もない。

なんで急にそんなことを考えたかというと、以前、漁師の息子のメル友がいて、それが都会でサラリーマンをしているからちぐはぐ。いや、特にちぐはぐなところはないんだけど、ちょっとしたこと。運転が下手だとか・・・下手なのではなく、船に慣れているからどうも陸だと感性が合わないらしい。事故ばかり起こしているので、奥さんからクルマ禁止令が言い渡されているそう。

わたしは山に住んでいるから休みの日には海へ行きたくなる。あちらは海では旅行気分が出ないらしく、奥さんとふたりで山へ星を見に行くそう。つまり、都会では星が見えない、見ようとすると高くつくかららしい。星を観察していて飽きないのも漁師の遺伝子かも、と言ったら、本人もそうかもしれないと言っていた。

木更津出身の元暴走族。元頭。買ったばかりのハーレーを1ヶ月でおじゃん。
今にして考えたら、彼はジェットスキーを買うべきだったのかも・・・
あの世界、20歳でふたりくらい子どもがいても驚かない。

20歳になっても、都会の大学生はまるで生活能力がない。

これが漁師だったら、若いうちほどがんがんに借金しても若いから働いて返せる。高校中退になっても平気。20歳過ぎれば立派なおやじ。実際、結婚して子どもがいても驚かない。嫁さんも若い。わたしの年には孫がいても驚かない。

建設ラッシュで、ちょっと田舎へ行くと高速道路もがらがら。首都高とは違う。

結局、全国一律で教育しようとするから弊害があるんだろうな。
が、しかし・・・ちょっとドライブでこの辺にやってきたら大変な騒ぎになるかもしれない。実際、千葉や栃木から週末や夏休みにはやってきている。特に何もなくても、クルマに乗っている人に声をかけられたと言って、以前の6年生の女の子たちが走ってコンビニへ逃げ、警察と学校に通報。

都会からたまに海に行くとどうなるか?
先日も九十九里浜で落雷に遭い重軽傷の人たちが・・・
皆、避難しているというのに、わからん。海の上にも避雷針があると勘違いしてるんだろか・・・

投稿者 Blue Wind : 10:27 AM | コメント (0) | トラックバック

海辺のポルシェ

夏だから思うわけじゃないけど、茨城県でも海のほうへ行くと、浜辺にポルシェが並んでいる。青い海に颯爽と。しかも、海辺の町に豪邸・・・

漁師というのはよっぽど儲かるんだろうか?

このシンプルな問いにあっさり回答が。
要するに、漁師というのはギャンブラーらしい。だから、いくら借金してもへいちゃら。回遊魚を相手にしているので当たれば大きい。ン千万がポンと入ってくる。その代わり外れると、「借金返せません・・」と役所に泣きつく。う〜む・・・・事業資金の貸付なら何とかならないこともないが、借金の使い道が豪邸やポルシェだったりすると・・・(ちなみに返済は漁獲高の何パーセントと決まっているから、余分に返す必要性はないらしい)

一生懸命に勉強して役人になって、挙句、漁師の愚痴を聞いているだけ・・となったら、たしかに仕事を辞めたくなっても無理はないなぁ・・・と、つまらないことを考える。しかもあっちは借金へいちゃら。なんかね・・・

夏場ちゃらちゃら姉ちゃんをポルシェでナンパしている漁師と、真面目な公務員とを比較するほうが難しい。やっぱ好みの問題なんだろうか。わからん。

投稿者 Blue Wind : 01:28 AM | コメント (0) | トラックバック

July 31, 2005

身近な宇宙

宇宙飛行士の写真を眺めながら、あれこれ想像するのは楽しい。わたしはババアだし体力にも知力にも今さら自信がないので応募するのも虚しい。おちび・・・も似合わない。オトだったらおバカだから宇宙飛行犬で犬用の宇宙服を着てへらへら笑っている姿が目に浮ぶ。あいつなら宇宙でも生きていけそうだ。

孫が生まれたら宇宙へ飛ばそうか?

・・・・・・・宇宙センターの職員だからといってすべてが宇宙飛行士で飛んでいるわけではない。それでいてどうせなら宇宙工学でも専攻して宇宙センターに就職したら近所に住んで、・・・・・なんか、夢が現実になるつまらない瞬間映像が。公務員は給料が安いけど官舎があるからいいか・・・とか? う〜む・・・・ 民間だったら5分くらい大気圏外で遊んでくるだけで2000万円以上掛かるけど、仕事だったらタダ。

ご主人が宇宙センターにお勤めしていて、NASAへ研修。ちょっと考えるとかっこいいけど、知り合ったきっかけが奥さんが図書館の司書さんをしているとき、そこにご主人が来て・・・という至って平凡な出会い。で、官舎で子育てしながら、たまに息抜きに習い事をしたり? なんかね・・・・まあ、宇宙で暮らすわけじゃないから、現実はそんなものなのかもしれない。

宇宙もずいぶん身近になった・・・

投稿者 Blue Wind : 11:50 PM | コメント (0) | トラックバック

世間音痴

世の中って、まるきりわからない。
学歴社会と言われてもピンと来ない。
一生懸命に就職難、企業の学歴差別、と書いてあっても未知。

学生時代の友人に、とても家柄の良い人がいた。祖父・叔父・従兄が有名政治家。伯母は某有名企業の会長夫人。親も有名企業の社長。

で、卒業後どうするのだろうと思っていたら、御茶ノ水の聞いたこともないような旅行社に勤めていた。
「ハワイ・ツアーなんて3000円しか儲からないのよ〜」とうれしそうに語っていた・・・バブルの頃・・・
その後、結婚。社宅。のち、渡米。

・・・・・・・・わたし、研究室にたまに出没する生活。ダンナは医者。世間音痴。地球はまるい。

投稿者 Blue Wind : 04:57 AM | コメント (0) | トラックバック

深呼吸したくなる世界

子どもの世界が残酷なのか、学校がそういうところなのかわからないけれども、幼児の頃から子どもたちを観察していると面白い反面ストレスがある。

たとえば、幼児の頃に公園でやりたい放題だった子は、学校へ行くととたんにへなちょこになってしまう。公園だと母親がいて、一応は叱っているフリをしながらもわが子を甘やかす。頼むよ〜って心の中で思っても言えば親同士が喧嘩になるから逃げる。ところが、学校ではそうやって庇ってくれる存在がいないため、女の子からでさえバカにされる始末。先生曰く、今は女の子のほうがだんだん強くなり、平気で言い返すし、負けないらしい。

2年生の頃、登校拒否になった男の子がいた。特に何に問題があったわけでもなく、事実、上のお子さんたちは普通。理由は、学校には「お母さんがいないから」だそう。一瞬、「はあ?」って思ったけど、うちの娘も3歳の頃あまり幼稚園へ行きたがらず心配したことがある。その時も、後になって知ったのは、「お母さんがいないから」だった。

ダンナがテレビを観ながら、娘に言う、「女王の教室」へ入れようかな〜と。まあ、親からすればあれくらい厳しく躾けてくれるほうがすっきりするというのもある意味本音だろう。そういう視点から眺めてみると、大抵は親が子どもを甘やかすというクレームが世の中に蔓延している昨今、親の代わりにビシバシやってくれる存在は貴重なのかもしれない、おとなにとっては。

うちの娘の反応は、「いい子ぶりっこするからいいもん」というセリフ。
う〜む・・・・
まあ、たしかにいい子ぶりっこしてたら叱られないから。
公務員の街のせいか、そういえばやけにいい子ぶりっこが多い。うちの娘でも学校と家では様子がまるで違う。そういうのはわが家だけかと思っていたら、どこの家でも大抵はそんなものらしく、公園ですらしゃきっとしてしまう。で、家に帰ったとたんに、「ふぅ・・」となるらしい。親からみても、よく疲れないと思って感心してしまう。

そういう傾向は学校でも強い。たとえば、以前、担任の先生が語っていたのは、普通だったら先生が注意するべきところを子ども同士で注意しあうということ。やって良いことと悪いことがはっきりしている。でも、これの弊害もある。それがイジメにまで発展する可能性が高い。その理由がはっきりしているところがつらい。

たとえば、女の子が嫌がることをする。耳を舐めたり、消しゴムを勝手に取ったり、打ったり、水を掛けたり。あっさり語れば、迷惑行為をやめたら終わる。ところが、先生が注意しても直らないし、親が叱っても無理。そのうち親から電話が掛ってきて弁解が始まる。男の子だし、親に甘えているようなものだとか、幼稚なだけだ、とか。わかっちゃいるが、やられている側は次第にその子の隣の席は嫌だとか、同じ班になりたくない、となる。

イジメって何だろう?

女の子の親からしてみれば、自分の子が男の子にイジメられている、と言う。そりゃそうだよね・・・耳を舐められたり、水を掛けられたりしたらたまらない。その結果、それを先生に言い、直ちに席替えしてもらったり、登校班を変えてもらったり忙しい。

その結果、「あいつは悪いヤツだ」ということになり、嫌われ者のレッテルが貼られる。そうすると、ある日の放課後、理科室か音楽室にいた生徒たちが皆でその子がベランダに出た隙に窓に鍵を掛けてしまった。それでもベランダ伝いに隣の教室から中へ入れるし、一過性のものならそれで終わる。が、しかし、問題はその時締め出されてしまった子が怒って窓を割ってしまい怪我をしたこと。

娘はその時その場にはいなかったけど、その子が怪我をしても、「自業自得」で終わり。まあ、たしかにそうなんだけどね・・・たしかにそうだ。いつも悪さばかりで、その時だってまた何かやったのだろう。それで女の子たちに締め出されてしまった。でも、隣から戻ればいいじゃん、で終わるはず。なのに怒って窓を割ったのは本人が悪い、というのが理屈らしい。

どっちが悪いというより、そのストレスが1クラスしかないためずっと卒業するまで続いていくほうがたまらない。

直ったら終わる。それもまた事実。なのに終わらない。

そんなことを考えると、普通だったら逆だろう、と思いつつ、娘がそういう子のいない学校へ行きたいと語る気持ちもわかる。要するに、厳しい学校へ行きたいのだそう。年中すったもんだしては加害者の子の親のほうがもっとつらいんです、と言われ我慢を強いられるのにもうんざり。わかっちゃいるが、すっきりしない。だったら先生が厳しく言ってくれるところのほうがいいらしい。

たまに思うんだけど、うちの娘は逆に自分がそうやって追い込まれる立場になるかもしれない、と思わないのかな、と。親としてはこれから思春期を迎え、わが子といえども何があるかわからないと心配している。それがかくもあっさりそうやって切り捨てられると、それはまたそれで心配。

世の中って、案外、悪を孕みながら存在している。イジメというと、昔は弱いものイジメとかね・・・そういう印象だったんだけど、どうも近頃は違うらしい。最初に悪があり、それに対するキャパが狭い。そうすると、コンセに従いねちねちしたイジメに発展する。で、何かの拍子に爆発する子が後を絶たない。

投稿者 Blue Wind : 04:10 AM | コメント (0) | トラックバック

July 30, 2005

品位・・・・・?

自分の年になると、ある程度厳しく育ててくれた親にも感謝しなければならないのかもしれない、と思えるようになる。どうしてほかの子たちは自由にしているのに自分だけ叱られるのだろうとか、そういう鬱憤は学校でも続き、どうして校則やらルールやらで雁字搦めにされないとダメなのか、実は本当の意味でわたしは今でも理解していないのかもしれないと思ってしまう。

そういう意味で、国際公務員の慶長さんのブログは面白い。実は、自分には関係ないと思ってうきゃきゃと読んでいる無責任なあたし・・・主婦はクビにならないし・・・

今度は、ブログへのコメントが原因でクビになった大学教師の話

ちなみにブログはBBSと違って自分では削除できない。このため一度投稿すると管理者でないと削除できないため注意が必要。

それにしても、女子学生の性的魅力について教師がコメント欄に書くか?

いや・・・・わからん。女子校や女子大だと基本的に教師は男だと思っていない学生も多い。このため、案外、服装にはやかましい。大学だというのに制服まであったし・・・さらにフォーマルだと白手袋をする。グレーのスーツに白手袋というのはおおげさな気がするけど、そういう習慣も。寮からそのまま短パンで授業に出席した学生が呼び出されたり、ミス・コンに応募し、写真週刊誌に載った学生は危うく退学になるところだった。

理由は、品位が落ちるからだそう。

品位というのがどういうものかの議論はともかく、そういう意味では厳しい。

日頃、ビジネスには疎い生活をしているため、いまだにクールビズと言われてもピンと来ない。でも、オフィスに女性が増えて冷え性になったり、その原因があの夏でも暑苦しいスーツやネクタイだとすると、それが簡易化されるのは当たり前のような気がしてしまう。ニューヨークではフットワークの軽いスニーカーを履いている人たちが多いというし、ロンドンではスーツにビーチ・サンダル?

それに関しては大して興味がないので・・・・気にならない。

で、次はホワイトハウスに招待されたラクロスの選手たち? 綺麗に着飾った女性の選手たちの足もとがサンダルで物議を醸している? ちなみにホワイトハウスは教会ではないから・・と思いつつ、首相官邸に学生が招かれたら当然制服だよなぁ・・・と制服のある学生時代を過ごしたわたしは考える。学内でのティ・パーティを考えたら当然制服に白手袋。制服がなければそれに準ずる服装を連想してしまう。

で、トドメはブログ・コメントでクビ。

こうなるとなんて言ったらいいのか、実はわからない。どこの大学とは言わないけど、大学になると自由なんだなーと思ったことがある。カジュアルなのはよろしいのだけど、それがファッションと言われてしまうとさすがに返答に困る。うちの娘でさえ、タンクトップでは学校には行かない。小学生だけど・・・リゾートで買った服や水着は学校には着ていけないということくらい、特に親が言わなくても理解しているらしい。

学校ってそういう意味では面白くないところかもしれないけど、厳しいには厳しいなりのわけがあることを、ババアになって知った。学校選び、か。なるほど

投稿者 Blue Wind : 01:43 PM | コメント (0) | トラックバック

July 29, 2005

学園ドラマ

気のせいかもしれないけど、近頃、学園ドラマが多い。娘やダンナが観ているせいだろうか。

わたしはドラマのストーリーにはあまり興味はない。大抵は、誰かが退学になったりなりそうだったり、あれこれ問題が発生したり、友達がどうたらこうたらとか、パターンがある。どうにもならないような子どもたちが立ち直るという筋書きも多い。ほかにネタがないのだろうかと思うけど、まるで時代劇のように定番がある。

それでいて、ドラマの中の教師のタイプを観察し比較するのは面白い。

わたしが子どもの頃にもこの手のドラマは多かった。サッカー部だったり柔道部だったり、そのうち金八先生やスクール・ウォーズ。大抵は、こんな先生がいたらいいな、というドラマだった。それがどんどんエスカレートし、やたらと破天荒な先生や女の先生。ものわかりのよい先生もいれば、とんでもない先生もいる。近頃、娘が観ているのは、女王様のような教師。言うことをきかない生徒や成績の悪い生徒は代表委員(雑用係)になる。

こんな先生がいたらいいな、という時代は終わったのだろうか。

ドラマの中で、悪役は大人たち。悪とは受験。先生はステレオタイプ。強い保護者。そこに生徒のために戦う先生。それがさらに進むと、権力者としての教師。抑圧される生徒。権力に媚を売るか友情をとるか。

時代劇なんだよね・・・「現代版の時代劇=学園ドラマ」みたい。

学校というのがそんな感じだから、何も変わらないのかもしれない。

校則は厳しかったかもしれないけど、権力志向のないところ。どこがとは言わないが・・・まるで違う世界。おそらくはルールも人間関係も何もかも違うのかもしれない。

ところで、なんであんなドラマばかり流行るんだろう・・・
そっちのほうが変だ。なんか感性が合わない・・・

投稿者 Blue Wind : 10:31 PM | コメント (0) | トラックバック

July 28, 2005

父親似

炭酸水を使って天婦羅を揚げてみた。たしかにカラッと揚がって美味しい。娘がテレビでやっていたというので、冷蔵庫の中に入れっぱなしになっていた炭酸水があったはずなのでそれを使う。以前、誰かがジュースと間違えて買ったもの。そのまま忘れていた。シソも自家製。

少し野菜の苗を買って来ようかな。犬の好きな草というのもあり、オトくんたちの食用に庭に植え替えた。

時代、か。
発想が違うんだよなぁ・・・

娘が中学に行くようになったら、今度はボウリングのレッスン。テニスでもゴルフでもいいんだけど、要するにプロの資格を取る。アベレージ180以上というのはかなりきついけど、不可能な数字ではないと思う。このためボウルの選び方、つくり方、使い方、投法などを学ぶ。基礎トレは今は何も特別なことはしていない。少なくてもあの重いかばんを背負って毎日2.5キロを歩くだけでも体力はつく。

絵は本命。
赤ちゃんの頃から描いてるからね・・・要するに絵が好き。
が、しかし・・・・好きだから危険。この道しかないと思いこんでしまったらどうにもならない。挫折したときの大きさを考えると、今から対策を考えておく必要がある。

勉強は、要するに基礎学力。一つわかったのは、文学部へ行くような器じゃないですね・・・うちの娘は。それなら微生物でも専攻して顕微鏡を覗きながら絵を描いているほうが向いている。

そのすべてが無駄な努力になったとしても、結構、料理も子どもも動物も好きだし、親の手伝いも好きだし、普通に結婚してもそれなりにやっていくだろう。

あれにこれに考えると、やっぱ、子どもって父親に似てしまう。娘は100%わたしに似ていると言う。お父さんと似ているのはいやだと言う。それでいて娘は父親に似ているような気がする。産んで育てているのはわたしなのに・・・

でも、ある意味、父親に似ているほうが母親としては育てやすい。なんでだろ・・・責任ないような気がするからかもしれない。「わたしは絵が苦手だったのよ、なのにマホちゃんは上手ね」で終わり。ボウリングもそう。理系に進学したいと言い出せば、「わたしは文系だったからわからないわ」で終わりだろうな。娘を見ていると面白い。娘のくせに父親には負けたくないのである。

投稿者 Blue Wind : 10:59 AM | コメント (0) | トラックバック

July 27, 2005

平凡さ

ネットの接続が不安定。1時間くらい自動的に落ちたり接続したりしているみたい。2度くらい再起動してみたんだけど、状態は相変わらず。

その間に、庭で遊ばせていたマリは2度も脱走するし、いくら躾けても無理だということを学ぶ。オトくんはマリより大きいので柵を越えられない。マリは小さいから柵にしているトレリスの格子の間から外へ出てしまう。なんだか落ち着かない。

いや・・・・受験のことを考えるのは楽しい。
が、しかし、落ちた時のことを考えると、今からがっかりする。
受験というのはそういうものなんだよなぁ・・・と思いつつ、娘に行きたい学校を尋ねると、一番入りやすそうな学校だったりする。さすがわが子。しなくてもすむ苦労はしないという・・・

なんせ、2年生で入院し、そのままのんきに構えているうちに3年生で算数1というどつぼの状態からのリカバリー。ちょうどその時の担任の先生が6年でも担任。面談に行ったら、今度は歴史。算数は心配要らないという。その代わり、歴史が苦手。つまり、権力交代や制度の成り立ちといった社会的感性がどうも欠如しているらしい。小学校も6年生になると憲法やら環境問題やら非常に理屈っぽくなる。

受験勉強をさせてよかったと思う。受験はシビアだから、できない部分をカバーして行かなければならない。このままノラクラしながら大学受験で必修科目しか勉強しないとなると、おそらくは一生欠けた部分はそのまま欠けたまま通過してしまうのだろう。まるで栄養バランスを考えるかのように、娘に勉強をさせている。

それにしても、世の中どこか変だ。一番入りたい学校が実は進学校だったりする。入りたい学校というより入りやすい学校と言うべきか。公立の学校の2倍近いカリキュラムを消化していかねばならない。校則も厳しい。だから、人気がないのかもしれない。子どもにしてみたら、いや親にしてみても、あまりにもかったるいからこのまま大学の付属に行かせたくなってしまう。そうすると、学校へ入ってもあまり勉強しなくなるせいか、”小指1本引っ掛けて”的になってしまう。

いや、うちの娘は美大へ進学したいのではないか?
なんか、本末転倒。

中学校から、理系、文系、文理系と分かれて、受験勉強している子たちは素直でいかにも健全な日本社会を背負っていきそうな顔をしている。そうやって素直に育った子たちが年頃に素直に結婚し、どうやって考えても健全な日本社会を形成していく。

誰かが一生懸命に何かを言っても、社会というのはそういうものだという諦めに近いものを感じてしまう。こんなんでいいのか?・・・・・・・そこで指定校推薦の欄を眺める。「あっそう」みたいな気分に陥る。子どもの頃に親に何となく騙されてしまった時のよう。酷く平凡でつまらない気がするけど、それが一番なのかも・・・

投稿者 Blue Wind : 11:16 AM | コメント (0) | トラックバック

July 26, 2005

手がバジル臭い。
台風が来るというので、昨晩あわてて庭に置いてあった苗を部屋の中に仕舞いこんだ。植えようと思っているうちに、2日間くらい放置しておいたら、シソとバジルの葉が穴だらけ。ちょっと庭に置いておくと、いつもこんな感じ。家の中でハーブポットを育てるほうが食用になりそうな気がする。

それとコスモスの苗。
今の時期にこれくらいの大きさでは、そんなに背は高くならないだろう。春に咲くコスモスくらいの大きさだろうか。まちがえてこぼれ種で生えてくると来年はかなり背が高くなりそう。

プランターは難しい。
特に夏は。
旅行中、部屋の中に置いておけば暑さで枯れてしまうし、外へ出しておくと台風が心配。せっかく綺麗にプランターに並んでいるサフィニアを買ってきたけど、庭に植えてから旅行に行こうか迷う。

投稿者 Blue Wind : 08:38 AM | コメント (0) | トラックバック

July 25, 2005

そういえば・・・地震?

そういえば、東京に震度5強の地震があったんだっけ・・・一昨日くらい?
お見舞い申し上げます。

この辺も震度4くらいの揺れがあったらしい。
娘とダンナはその頃クルマの中で、まるで知らなかったと言うし、わたしは塾の迎えをダンナに任せたとたん急激な眠気に襲われて、寝ながら揺れている気はしたものの連日の夜更かしのせいで、一度睡魔が襲ってきたらどうにもならない。

こんなんでいいのだろうか・・・?

投稿者 Blue Wind : 02:03 AM | コメント (0) | トラックバック

July 23, 2005

徒然ブログ

真夜中を過ぎても娘が起きて勉強をしている。その横でわたしはこの『日記』を書いている。ブログというのはどうやら日記のことらしい。

が、しかし・・・・
ウェブ日記というのは果たして日記なのだろうか?

わたしが初めて日記をつけたのがいつか思い出せないのは夏休みの絵日記の宿題を間際になって適当に書いて提出する習慣が長かったからかもしれないし、はたまた小学生の頃初めて入選した書道展の帰りに父に日記を買ってもらったことをよく覚えてはいるけれども、その日記を実際に使ったのはその数年後のことであり、いつも日記が最後まで埋められることがなく新しいものに変わっていったからかもしれない。

学校へ日記を提出するという宿題は変だ。

変だと思いながらもとりあえず宿題なので提出する。そうやって宿題として提出する日記と、自分が密かに書く日記とはまるで性質の違うものであり、そういった傾向はどうもブログ社会にも存在しているような気がする。

他人に見せるための日記というものがあるとすれば、まさしく夏休みの宿題文化なんでしょうし、隠れて書いた日記がその後根掘り葉掘り出現するのは詩人の日記などが存在するからなのかもしれないし、日本文学の場合、日記そのものが文学であるらしく、日記というのが徒然なるままに書くものであるという暗黙の了解も日本の伝統文化の一つなのかもしれない。

日記なんてものは自由なんだろう。

家計簿を見ればその日に何をしたかわかるし、主婦の場合家計簿をつけているだけで立派な日記になる。わたしの場合、今はつけていないけど。その日の出来事を記憶に残すだけなら家計簿ほどわかりやすいものはない。

短歌のブログをつくるということは、短歌でその日の出来事を記録していくということなのかもしれない。その中にはその日の出来事もあれば徒然なるままに感じたことも含まれているかもしれないし、考えてみれば、うたというのもそういうものなのかもしれない。

それでいて、文芸とか創作とか・・・

作品があり、その裏に日記がある、というほうがナチュラルな気がするのだけど、日記文学というカテゴリーが存在するため、その辺の基準が非常に曖昧になる。

ブログ発祥のアメリカではブログというのはニュースが主体らしい。9.11テロ以来、反戦の機運が高まる中、個人でニュースや意見を発信し、もはや一方的に与えられる情報では満足できなくなった人たちがブログをつくり急速に広まった。その中で小説を書いて発表する人たちも出没したり、ブログの使い方自体が多様化し、それが日本に伝わると古来からの日記文学の影響を受けてさらに多様化していく。

わたしの隣では娘が相変わらず明日の塾のための宿題をやっている。

やっと終わったようだ。
わたしもこれを投稿してしまおうっと。

投稿者 Blue Wind : 12:36 AM | コメント (0) | トラックバック

July 22, 2005

学校選び

学校選びって難しい。中途半端に近いとスクールバスが出ないし、遠ければ通学が大変だし、都会のように散歩をすれば地下鉄・バスに突き当たるという世界ではないために、足の確保は案外重要なポイント。

このためとうとう娘の小学校は1年生だけ帰りはバスが出るようになってしまった。普通の公立の小学校なんだけど。わずかなことで子どもの安全か図れるのならそっちのほうがよいに決まっている。

娘が絶交していた友達と仲直りした。にもかかわらず、わたしは結局娘の送迎に明け暮れている。だったらほかの学年にもスクールバスを・・・って思っているうちに卒業になってしまう。

ほかの人たちがどうしているかというと、中学生以上の通学の足は自転車が多い。高校生くらいになるとフットワークが軽いから毎日おそろしいほど乗ってもへいちゃらなんだろうな。それはよいことだと思う反面、女の子は親が毎日送迎しているということもめずらしくない。世の中変な人も多いし・・・

今日から塾の夏期講習が始まり、朝早いのでダンナに娘を送って行ってもらった。ところが通常なら20分の往復送迎が朝の渋滞に巻き込まれ50分掛ってしまったらしく、明日からはわたしが送迎しなければならないことになった。職場まで5分で行くところが50分になったらそりゃ怒っても無理はないかと。

こんなことでは塾より遠い中学ではスクールバスがないと無理だ。それかえっちらおっちら自転車で娘を通学させるとか? 健康のためにはそれも悪くないような気がするけど、こんな時代だからそれも心配だ。

つくばエキスプレスが開通し、たしかに秋葉原までは45分で行くのかもしれないけど、本数が少なすぎる。他県の学校へ通学させることを考えた場合、6時34分か、54分の電車に乗らなければならない。乗り換えや駅からの距離を考えるとおっそろしいほど時間が掛る。それもバカらしい。今、指定校推薦というのが増えて、わざわざ大学の付属へ行かなくてもどこかへ推薦で入れる仕組みらしく、ますます遠くへ通学させる意味がない。

受かったらわたしが送迎するしかないとなると、ますます不安になるらしい・・・うちのダンナは。わたしが朝寝ていたら娘が学校へ行けなくなる。親のせいで娘が遅刻するっていうのも情けない。なんせ6年間ですからね・・・本人が病気というのなら仕方がないけど、親が病気で学校へ行けません、なんて理屈が通るわけがない。

周囲を見ていると、子どもが大学へ行くようになっても親が駅まで送迎していることもめずらしくない。つくばエキスプレスが開通すればそれもずいぶん緩和される可能性もあるけど、それ以前には土浦や荒川沖までえっちらおっちら親が送迎していたんだから、それを考えるとすごすぎる。

現実を重視しなければ・・・
どうしてこの辺に寮のある学校が多いのかようやく理解できた気がする。家から近くても足がなければ寮に住むしかない。とりあえずスクールバスが充実した学校でないと無理かもしれない。選択の基準がどうも都会とは違うような気がする。

投稿者 Blue Wind : 12:14 AM | コメント (0) | トラックバック

July 21, 2005

夏休み

夏。
あっという間に刈った枝が枯れる。
おちびの夏休み。
通信簿がない。
2学期制になった。
塾。

投稿者 Blue Wind : 10:48 AM | コメント (0) | トラックバック

July 20, 2005

看護師さん、ありがとう

わたしは冷たいのかもしれないけど、母の世話を近頃ではすっかり看護師さんに任せてしまっている。今年の秋で倒れて6年になるため、最初の半年、それこそ自発呼吸が戻るか戻らないかくらいの頃はさすがに心配したけれども、そのまま母が70歳を迎えると次第にこれが日常になっていってしまう。

介護は机上の空論ではなく、あっさり語ればわたしの母の場合、退院すれば死んでしまうような状態なので、自宅で介護というのが不可能。それでもいろいろ手続きなどやることは多く、去年の秋までは弟に任せっきりだった。ところが弟が結婚すると嫁さんからクレームが発生し、わたしがしなければならなくなった。

母の洗濯一つしてくれないと嫁さんを怒るより、母が嫁さんが病室に見舞いに来ただけで血圧が上がってしまい、再び脳出血の再発を疑われる有様ではどうにもならない。・・・・・・・・ほとんど意識がないようでいてしっかり意識があることをこの事実から知ったというのも皮肉な話だけど。

それが現実だよなぁ・・・・

近頃では、入院中に必要な物、例えば紙おむつや手袋の補給も、洗濯も病院で手配してもらっている。これにより入院したての頃みたいに台風の日に歯ブラシがないと呼び出されたり、地震の日にティッシュがないと電話が掛ってくることがなくなった。

本当にヒマならいいけど、娘を迎えに行く時間と重なったり、連日して洗濯をして持って行かなければならない苦労を考えるとほっとする。自宅で介護していなくても、何から何までやろうとすれば毎日のように病室に居なければならなくなる。それでいて、次はリハビリがあります、おむつを交換します、タンを取ります、その他諸々病室になんて居られない。入院していても風邪だの骨折だの忙しい。年寄りは弱い。すぐに医者を呼ばなければならなくなる。

姑さんとも話すのだけど、万が一寝たきりになった時、下の世話をわたしにやられるのは嫌らしい。そこまではっきり言ってくれると考えやすい。だったら、娘ならよいか、と言えば、それも抵抗があるらしいし、仕事のことやら婿さんに気を使うことを考えると鬱が増し、逆に病気に障る。

『癩者の接吻』のノエミみたいに偽善に生きるより、互いにさっぱり生きて行く方が気楽かもしれない。


(トラステへのトラバ⇒「親の介護どうしよう」)

投稿者 Blue Wind : 02:26 AM | コメント (0) | トラックバック

July 19, 2005

定年後の人たちを観る

クルマを走らせていると、不意にカーラジオから俳句の宣伝が流れた。俳句の何を宣伝していたのかまでは覚えていないけど、「心を豊かにするために俳句を詠む人たちが増えています」と言っていたような・・・

ほおお・・・・

このところやけに本屋で俳句の本を目にするようになった。俳句の同人などをつくって大学の同窓生が集まってネットで遊んでいるという話をBBSを通して知った。その話をしていたのは60歳を過ぎて定年退職し、ひまつぶしにネットで時事問題について書いていた人。北海道の人のせいか、話題が雪印のことになったら奥さんからクレームが発生したらしく、しばらくサイトを放置しているうちに消えていた。書きたい放題に書いているようで、ちゃんとチェックが入るんだなーと、何となく可笑しかった。

囲碁や俳句、か。叔父さんがそういえばいつのまにか60歳を過ぎて、心筋梗塞でオペをした。いまだに仕事はしているらしいけど、叔母の話だと近頃趣味でパソコンを始めたらしい。パソコンを始めるという言い方は変なんだけど、息子に訊くのがいやなのでパソコン教室に通っていたらしい。そこがね・・・・笑ってしまう。近頃、年賀状を皆がパソを使ってつくっているのに触発されたのだろうか。(怖くて訊けない)

友達のお父さんが定年したら、ひたすら本を読んでいるらしい。それも歴史小説ばかり。宮本武蔵とか、その他諸々その手の類の本がやたらと増えたそう。若い頃に読んだ本なんでしょうけど、それにしても延々と読み続けているのだろうか。逆に若い頃に体育の先生をしていたというお母さんのほうは、40代から勤め始め、60歳を過ぎてもまだ働いているそう。

何と言うか、うちは義父も父も定年のある仕事ではなかったので、結局亡くなる間際まで働いていたけど、このように世の中を見渡すと結構ヒマにしている人たちが多いので驚く。

ちなみに義父は囲碁のこととなると人間が変わる。震災直後は仕方がないのでパソコンで囲碁のゲームをやっていたらしいけど、機械が弱すぎると怒っていた。囲碁なんて急に打てるものではないことを知る。誰も相手できん。

わたくしも40歳を過ぎたので、いささかそうやって周囲を観察すると面白い。野菜をつくる人、囲碁や俳句をする人、パソコンを始める人、ひたすら本を読む人。

投稿者 Blue Wind : 12:07 AM | コメント (0) | トラックバック

July 18, 2005

避暑的読書

静かにモーリヤックを読み始めた。静かにという表現は間違っている。BGMはジプシー・キングス。ビールのCMにも使われた曲がうるさいほど流れている。

蝉の声さえ聴こえなくなるほどでないと、モーリヤックなんて読めない。予定としてはモーリヤック著作集の2巻から読み始めるつもりだった。が、しかし、1巻から読み始めている。

きっかけは些細なこと。

エル・グレコの画集でも買おうかと本屋へ行き、近頃では流行っていないせいか美術文庫しか売ってなかった。このため、ピカソとエル・グレコの美術文庫を買い、アートバイブルを読む勢いで目を通す。ピカソに関しては、どうして彼と同じ時代に生きていなかったのかと残念になるほど。91歳まで生きただけあって、彼の作品は彼の時代そのものであり、時代が彼であった。

激動の20世紀。ピカソは20世紀そのもの。

そんなことを考えながら、大雑把に新書を2冊読み終え、ピカソやグレコの世界に浸っているうちに、急に最初から読みたくなった・・・モーリヤックを。

投稿者 Blue Wind : 04:55 PM | コメント (0) | トラックバック

July 16, 2005

仕事中心

明日はボウリングの競技会がある。プロも参加する正式な競技会らしい。前回、ボウリング講座と間違えて参加したうちのアホ父子は、今回も参加することになった。1人6ゲーム投げるらしい。・・・・・・・・・そのパワーを模試に向けてくれないかとわたし的には思うのだけど、近頃諦めている。考えてみたらボウリングとゴルフは年齢に関係なく参加できるし、80歳過ぎたカップルがすごいスコアで投げているのを見て、ダンナがわたしにもやれとうるさい。

それを考えたら、娘が一緒に遊んでくれているのだからよしとしますか。だって、わたしはボウリングより、明日こそ梯子を買って庭の木を切るぞ〜っと思っているのだから。隣の家のご主人みたいにまめに庭の手入れをしてくれるのならともかく、都会育ちのうちのダンナはまるでやる気がない。

それでいて、この前、テレビで笠間の貸し別荘の話題をやっていたら、しきりに羨ましがっていた。わたしは詳しいことはほとんど観ていなかったので知らないけど、年間40万円で、都会から週末やってきて、野菜をつくっているという話。ログハウス。

つくばに住んでいるのに、なんでわざわざ笠間に野菜をつくりに行かないとダメなんだ?
そこが理解に苦しむ。
わざわざ庭をドッグランにしたにもかかわらず、相変わらずわんわんランドにも行っているし・・・

つまり、仕事をしていない時間を、どうやって使ってよいのか戸惑うらしい、うちのダンナは。老後にいいなーと思ったそう。

まあ、それだけ生活が仕事中心に回っているわけで、それでいて今から老後の心配をしてどうするんだろう。たしかに男性は仕事を辞めると急に老けたりボケたりするらしいので、老後を心配する気持ちもわからなくもないんだけど、わたしなんて今が老後のような生活だから、今さら何を心配していいのかわからない。

オトとマリも連れて旅行に行きたい、という気持ちは理解できるんだけど・・・

それにしても、生活が仕事を中心に回っているということは、仕事を辞めたとたんに支えを失う、ということで、その上子どもが独立したらわたしたちは一体どうなってしまうのでしょう・・・(いや・・・わたしはよいのです。案外、多趣味で楽しみの多い生活してるので。あちらがヒマになったら困るのよ・・)

投稿者 Blue Wind : 11:59 PM | コメント (0) | トラックバック

July 15, 2005

グローバルか、ネイティブか?

本音って難しい。
このままだと出生率が低下し、50年後にはネイティブ日本人の数が恐ろしいほど減少する。そうなると年金や高齢者の世話はどうなるんだろうと、そちらを心配しなければならない。経済も発展しにくいだろうし、今とはまったく違う社会になっている可能性すら、ある。

でも、自分の本音としてはどうなんだろう?
自分の娘のことだけを考えた場合、孫の顔も見たいけど、孫が必ずしもネイティブである必要性もない。それどころか国際結婚で海外で暮らしている友達が羨ましい。親になっても、姻戚のことやら結婚の煩雑さを考えるとさっぱり海外で挙式してくれたほうがいいような気さえしてしまう時代だもの。わたしは姑の苦労をほとんどしていないけど、少子化の影響で長男やひとりっこのほうが多い。

それにしても20人に1人が国際結婚というのは相当な数。縄文人が弥生人に変わっていったのももしかするとこんな風だったのかもしれない。そうなると100年後には新しい民族が形成されている可能性も高い。

多言語、多宗教、混血種。
日本語も変わるだろうし、新しい文化も発生するだろうし、不思議。
台湾のネイティブな人たちは2%しかいないらしい。アイヌはどれくらいいるんだろう。
そうやって考えると、国家ってわからん。単に統治システムの問題なのかも。

山村美紗の小説だったかな・・・祇園の舞妓さんかホステスさんはほとんど京女がいないと書いてあったのは。熊本出身の人が京都弁で話しているらしい。極真空手も日本人が優勝するのもめずらしくなりつつある。柔道もそのうち?相撲も外国人力士が当たり前。

グローバル、か。

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July 14, 2005

蜂の巣退治

昨日、蜂に刺された。2箇所。
百合の花が終わり、雑草を整理していたとき、いきなり刺された。ちょうど百合の葉の陰になっており、まるで気がつかなかった。

蚊に刺されるほど腫れることはない代わりに、痛い。今でも痕が残っている。気のせいかもしれないけど、少し指先までしびれたような・・・

それでも、わたしはすでに蜂に刺されたのが3度目なので、誰も心配してくれない。自分でも死なないことを知っているせいかこのところ気が強くなり、刺された後、家の中から殺虫剤を持ち出し、蜂の巣にかけた。ひたすらスプレー。小さな蜂の巣には蜂が密集しており、少々気持ち悪かったけど許せない。

蜂が一匹落ちたのを見計らい、箒を取り出し、蜂の巣を落とした。

雨も降っていたし、そのまま安心して忘れていた。ところが、今日の夕方再び見たら、別のところに昨日と同じくらいの蜂の巣が出来ている。娘が気がついた。そうなると、今度は殺虫剤を使わず、そのまま竹箒で落とした。

かわいそうな、オト。

蜂たちはわたしを襲わず、無邪気に寄ってきたオトを襲撃した。わたしは最初気がつかなかった。だけど、オトがめずらしくマリのような吠えるともなくよわよわしい鳴き声を出したのでよく見たらオトの体のまわりは蜂だらけだった。

おおお・・・

オトはそのまま家の中に走りこみ、まるで何事もなかったかのよう。わたしはオトが刺されたと思ったんだけど、ダンナに言ってもその時はまださほど腫れていなかったため信じてくれない。幸いマリはこのところ脱走するため、娘が居るときには庭に出してもらえない。あれがオトではなくマリだったらもっと大変なことになっていたかもしれない。

ちなみにミニピンの子犬は小さいのでねずみに間違われてカラスに襲われる、という話を聞いたことがある。マリはさすがにねずみよりは大きくなったのでカラスに襲われることはないだろうけど、危険がいっぱい。

それにしても、わたしが蜂アレルギーだったらとっくに死んでるね。一番最初に刺された時が一番心配だった。アレルギーがあるなら2度目には5分で死んでしまうらしい。救急車も間に合わない。

3度目・・・・

こうなると、さっさと退治しに行ってしまう。
が、しかし、その煽りでオトとマリのほうが心配。

投稿者 Blue Wind : 11:25 PM | コメント (0) | トラックバック

July 13, 2005

気分屋の散策道

本屋って不思議ですね。どこで買っても同じ本なんだけど、どんな本が欲しいかで行き先が微妙に違います。無意識のうちに使い分けているよう。広ければいいってもんじゃないし、数があればいいってもんでもない。それと不思議なことにそこへ行くとその本を買ってしまうということもよくある。

例えば、わたしは旅行関係の本を買うときには西武デパートへ行く。ついでに旅行社のパンフなどを仕入れて眺める。ガーデニングの本を買うときには、住宅地にある本屋まで行き、昔ながらの薄暗い店内などを一周しながら買う。はたまた児童書などを買うときには隣の駅まで遠征し、ショッピング・センターの本売り場で買う。短歌関係の本は近所で。どういうわけか近頃品数が増えたから。それと潰れてしまったけど、ダイエーの本屋に行くと手芸書が欲しくなった。本屋の売り場の前が手芸コーナーだったせいかも。

学生時代もそんな感じだった。駅の裏手の本屋の前を通るとパズル誌を買ってしまう。その後にスーパーへ寄る。

もう少し品数を求める時には、御茶ノ水へ行く。三省堂は坂の往復があるのと、店内をエスカレーターで上がるのがかったるくてめったに行かない。その代わり、丸善の中を散歩する。その後、本を読みながらお茶して地下鉄に乗る。駅ビルの中の本屋はせいぜい文庫本コーナーしか眺めないし、無目的に買っても重いじゃないですか・・・本って。

(トラステへのトラバ⇒「好きな本屋さん」)

投稿者 Blue Wind : 11:43 PM | コメント (0) | トラックバック

「頭スカスカ女」

娘をお絵かき教室へ送っていく前、ブログを眺めていたら面白い言葉を拾ってしまい、さっそく使っているわたし・・・(ネタ元⇒風のまどい )

オリジナルは、NHKの連続ドラマの主人公のセリフらしいのですが、「若いだけがとりえの、頭スカスカ女とは違うのよ」と夢の中での会話。

ドラマの中の画面設定はよくわからないけど、このセリフでわたしに思い浮かんだのは娘の顔。近頃だんだん生意気になってきて、あちらはこれから思春期を迎えるから、何か言っても、「まだ子どもだもん」という感じ。逆に、親をババア扱いするので、このところちょっときてますからね、わたしは。まだまだアンタなんかには負けないわよ、という母の意地でしょうか。(おバカ!)

ちなみにこのところ手足の大きさを抜かされ、まだ身長や体重ではわたしのほうが上らしいのですが(それもうれしくない・・)、ボウリングのスコアや絵ではすでに娘には敵わないです。でも、もう少し例の如く算数と物理をやってもらわんと。

それで、今日、送って行きがてら、さっそく言ってやりました。「絵が上手なだけの、頭スカスカ女なんて!」と。

わたしだったら、その昔なら、「頭がいいだけの、脳ミソカチカチ女なんて!」と言い返していたと思うのですが、娘はまだまだその点母には敵わないですね。ほほほ。

・・・・・・・・・というか、この先、どうして勉強しなければならないかとか、ラッセンは学校へ行かなかったとか、戯れにややこしいことを考えたり言い出したりする年頃なので、そういう時にどう言うか? あるいは逆にもう少し勉強に対するやる気を起こさせるにはどうしたらよいか、とか、ある程度本人のプライドを傷つけない程度に刺激するにはどうしたらよいか、とか、だるだるな葛藤が続いていくことを思いやると、「頭スカスカ女」というのは魅力的なセリフに思える。

頭スカスカ女 vs 脳ミソカチカチ女?

さてさて・・・

(投稿日 2005-07-12 21:41:13)

投稿者 Blue Wind : 03:59 PM | コメント (0) | トラックバック

ババアと呼んで?

OLさんのブログ・・・
刺激強すぎ。

いえ、普通の日記なんです。普通の日記だから、何となく恥ずかしい。いえ、わたしが恥ずかしがる理由は何もないのです。でも、ある意味、エログより恥ずかしかった。(かたはらいたい)

彼からメールが着て・・・
デートして・・・
友達が結婚します・・・

普通のことなんだけど、そういえば、うちのバカップルにもそういう時代があったんだと思ったら、恥ずかしい。高校生の頃に書いた日記が丸文字だったりすると、「えっ、これ、ほんとにわたしが書いたの?」みたいな・・・そういう瞬間、自分とは他人になりたいです。

恥ずかしいよ〜、普通の授業のノートでもやたらと小さな丸文字だったりすると。

娘が幼稚園の頃までは、「おかあさ〜ん」と甘えて飛んできたのに、小学校へ入ると他人の前ではよそよそしくなるのでがっかりしたものだけど、何となく娘の気持ちが少しわかる・・・

ババアと呼ばれたほうが安堵するっていうのもなぁ・・・

投稿者 Blue Wind : 01:16 PM | コメント (0) | トラックバック

July 11, 2005

「中国は人口が多すぎるから・・」

さすが台湾、さすが国民党・・・
と思うことがある。

この前、『ワイルド・スワン』 の書評を書いていたとき、ついでに書きたかったけど、やっぱやめとこ、みたいな。

うちのダンナの大学の先輩に台湾人の医師がいる。すごく優秀で人柄もいい。台湾の大学を出てから、留学で日本の大学へやってきたのだから、何年学生をしていたのだろう。当然、家族も一緒。子どもは日本で生まれて日本人らしい。そこがいまいち理解できないんだけど、国籍ってそういうものなのかも。

初めてお会いしたとき、多少の社交辞令もあって、「今度、中国語を教えてください」と言ったら、ニヤニヤ話を逸らされてしまった。奥さんの話によると、台湾社会は大きく3つに分かれるらしく、一つがもともとの台湾人、もう一つは中国国民党の流れの人たち、もう一つはよくわからないけど、そのどちらでもなく台湾に住んでいる人たちなのだろうか。

わたしは昔からズケズケと尋ねるほうなので訊いてみる。なんで、日本なんかに来たのか、と。もともとは単なる留学だったから、奥さんの話によるとそのまま台湾に戻って教授になるとかね・・・わたし的には、もともと裕福なんだから何も日本へ来て、ましてやこんな田舎で開業医になるなんてあまりにも不思議で・・・

あっさり語ると、中国は人口が多すぎるから、とリプライがあったとき、よく理解できなかった。
その後何度かお話するうちに、少しだけ理解できてきた。(ような気がする・・)

奥さんの話だけ聞いているだけでも、そりゃ疲れるというか・・・お祖母さんの代に蒋介石と共に中国大陸から逃げ出し、本国で特権を奪われた人たちの生活。変わらんのよ・・・要するに。その奥さんも4人兄弟で、女の子も含めて全部海外で教育を受け、今では台湾に残っているのが姉1人。親からして台湾が不満で、「こんな小さい国(台湾)にいてはいけない」とばかりに、ほかの兄弟もアメリカや日本で暮らしているそう。(台湾が不満でも「中国は人口が多すぎるから」というのが流行語なんだろうか?)

まず、台湾で生まれたのに、台湾が嫌いでたまらないらしい。だから、今は日本で暮らしているせいか、家庭内でも中国語は話さない。このため、子どもたちはすでに中国語はまるでわからない。朝から和食、カラオケ、この前、台湾に帰国した際も逆に日本人に間違われたそう。ちなみにわたしは海外へ行くと中国人に間違えられるから・・・・なんと言いますか、朝から和食なんて食べないし、カラオケも嫌いだし・・・ついでに香港で仕入れた服などを着ているとどっちが中国人かわからないよね、たしかに。

一応は中国人なんだから(わたしの感性からすると)、少しは中国古来の文化とかね・・・何かあっても良さそうなものだと思うわけ。だけど、子どもたちはすでに日本人だと説明されると、そんなものなのかなーと。日本人だと親が2人とも日本人だとすれば子どもも国籍に関係なく(帰国子女のケースなど?)日本人なんじゃないかな、と思うんだけど、日本人より日本人的な日系ブラジル人が自分たちはブラジル人だと考えていたようなので、もしかするとわたしのほうが間違っているのかもしれない。

なんか疲れる・・・
夏休みは沖縄へ行って、家族だけで過ごすというのが癒しなのかも。

投稿者 Blue Wind : 05:26 PM | コメント (0) | トラックバック

July 10, 2005

500円でわかる人生観の違い

あと10日くらいで梅雨が明けるはずなのに、このところ連日して雨の日が続いている。正確には日中は鬱蒼と曇っており、夜になると雨。これくらいのほうが庭仕事はやりやすい。ただし手がドロドロ。水のない国も大変だと思うけど、ちょっと油断するとあらくさ(雑草)だらけ、木は生い茂る、という国の主婦もそれなりに大変かもしれない。

たしかにコンクリで固めてしまったり、除草剤を撒きたくなる気持ちもわかる。わたしが外で仕事でもしていたらにっちもさっちも。いや・・・わたしという人は家にいてもこうなんだから、せっせと稼いで庭は植木屋さんに手入れしてもらうくらいのほうがましか?

外の仕事が楽しい人たちならそれもいいかもしれないけど、案外、庭仕事は面白い。そうなるとこれを他人に譲って何かをするのはもったいない。子育ても嫌いな人たちならともかく、子どもが好きなら案外やりがいのある楽しい仕事。要するに、母は土いじりも子どもの世話も嫌いだったのだから仕方がない。

好きなんだよなぁ・・・
たしかに。

母は家に3日もいると腐る。かなりストレスがたまってヒステリックになってくる。家にじっとしているのが嫌いな人だった。年中仕事や旅で飛び回っているのが好きだった。買い物もお洒落も好きだったし、旅行先でわたしが使い捨て傘を買ったら怒ったくらいだもの・・・つまり、なんでタクシーに乗らないのか、と。晴れたら傘が邪魔になるでしょう、と言って叱られた。

わたしは捨ててもいいから傘を買って歩く人なのである。

そこが違うよなぁ・・・
タクシーも傘も同じ値段だとしたら、わたしは傘を買って歩く人だし、母はタクシーに乗る人。結局は、傘は邪魔だから誰かにあげて手ぶらで旅を続けた。

というわけで、わたしたち母子はいつもつまらないことで喧嘩ばかりしていた記憶がある。母にしてみればちょっとタクシーに乗れば濡れないですむし、邪魔な荷物を増やすこともないのに、と気分が悪いのである。わたしはどしゃぶりの夏の北海道が気持ちいいから歩きたかった。それとホテルはすぐそこだったし・・・

わずかなことだけど、これがすごく大きな溝。母はお洒落な人だったからせっかくの洋服や髪が雨に濡れて台無しになることのほうを嫌う。わたしは雨の中を歩きたい人だから濡れても平気な格好を好む。もう、ぜんぜん価値観が違う。バカバカしいほど。

あの母に雨の日に傘を持って歩きなさい、というのは拷問なのかもしれない。わたしにとっては楽しみなんだけど。どしゃぶりの夕立の中で500円をどういう風に使うかも人生観なのかもしれない。


注) この話はかなり昔の出来事です。1人で散歩に出かけて夕立にあってしまった時のお話。

投稿者 Blue Wind : 02:33 PM | コメント (0) | トラックバック

July 09, 2005

100円の箒

いかんなー、近頃、庭仕事が面白くてたまらない。きっかけはとても些細なこと。わたしは嫌いではないのだけど、庭仕事を知らなさすぎ。このため木を育てすぎたり、花を植えすぎたり、結局、業者がサービスで付けてくれたウッドデッキが壊れたため、去年の夏、突然庭が芝庭になってしまった。

本当はウッドデッキをつくるなら、腐らないように土台にコンクリを張る必要があるそう。だけど一つにはサービスだったからということもあるんでしょうけど、それ以上に大反対していたから・・・工務店の人が。横浜の業者を頼んだせいか、土があるのにウッドデッキをつくるというのがもったいなくてたまらないらしく、わたしにしてみたら庭仕事なんてできそうにないから庭を潰してしまいたい。そうなると、「奥さん、10年で腐ってしまいますよ」と予告され、当初の図面の半分の大きさのウッドデッキが完成することになった。それでも巨大だったかも。

つまり、その巨大なウッドデッキを解体するために木や花を伐採する必要があったのである。

それと、オトくんのためにドッグランを。
オトが来なかったら、一面の芝みたいな庭にはしなかったかもしれない。どちらかというとイングリッシュガーデンをイメージしていたので、遊歩道のような庭のほうが好きだったし・・・

が、しかし、遊歩道がいつしか巨大化した木に遮られるようになると雑草さえも伸び放題になる。これではいかんなーと反省しながらも、何となくそのままになっていた。自分としてはそれなりにウッドデッキが隠れ家のような気分で、裏の家の猫が昼寝しているくらいがちょうどよかった。

でも、まあ、ウッドデッキが消えて、芝生になると案外うちの家の庭は広い。そうなると今度は雑草が生えてこないようにせっせと手入れが必要になる。せっかくお金をかけて庭をつくりかえたのだからこれで荒れたら悔しい。

このため、小学校のボランティアへ参加した際、手際よく雑草を処分している人の仕事ぶりを観察し、おおお・・・(説明できない)という具合に道具などもそろえ、何とか頑張っていたのだけど、なかなか・・・苦慮。

ところが、うちの近所に雑草1本生えていないのではないかという家があり、芝生も張っていないのに、まるで業者さんにやってもらったばかりのようにいつも庭が綺麗。そりゃせっせとやっているならわかるのよね・・・綺麗なのは当たり前。でも、そんなに苦労しているとは思えない。

それがひょんなことから好かれてしまったらしく、何度かお話をするうちにお庭を見せていただいた。で、どうしていつもあんなに綺麗なのかを訊いた。するとどこからともなく1本の箒を持って来て、「これだけなのよ」と語る。100円ショップで売っている普通の箒。毎日土の上を箒で掃いているだけらしい。

まさかぁ・・・って思ったんだけど、自分でやってみたらこれがなかなかのすぐれもの。根がはっきりするせいか、ちょこっと抜けばいい。あっという間に土が綺麗になる。こうなると面白くてたまらない。

結局、園芸の本やガーデニングの本を何冊買っても教えてくれなかったささやかな情報により、わたしはすかりガーデニングにはまってしまっている。

投稿者 Blue Wind : 02:29 AM | コメント (0) | トラックバック

June 29, 2005

嫁いびり

むすめが突然訊く。
「お母さん、初恋、いつ?」

はあ?
正直な話、まるで覚えていない。
逆に、むすめに訊いたら、あっさり答えが戻って来た。

近所のSくん。
むすめが小学校へ入学したばかりの頃の班長さん。6年生の男の子で、そういえば昔、Sくんのお母さんから電話がかかってきて、むすめがチョコを渡しに行ったらしい。

が、しかし・・・・バレンタインの1ヶ月くらい前で、しかもチョコではなく自分のおやつを持って行ったそう。それで意味がわからず、あちらも念のために電話をくれた。わたしも訳がわからず、思わずふきだしてしまった。

それがむすめが小2で、Sくんがたしか中学へ入学した頃だったからなおさら笑ってしまった。いや・・・小3だったかな・・・もう忘れてしまった。いずれにせよ、おちびが自分のおやつを持ってSくんの家に行ったことだけは確からしい。

残念ながら、すでにSくんは年齢が違いすぎるらしい・・・・おちびに言わせると。そりゃそーだよなー、近頃まったく見かけないような気がするけれど、考えてみたらあちらはすでに高校生? 道ですれ違ってもすぐには気がつかないだろう。

いや・・・・・・Sくん、いいよ。ナイス。次男だし、お母さんも朗らかで、しかも近所に住んでいるし、昔はサッカーばかりしていて、年中骨折とかね・・・怪我ばかりしていたけど、今はどうしているんだろう。むすめに彼氏ができて、Sくん? なんか笑ってしまうけど、親としてはどーでもいいよーな・・・

それにしても、むすめと初恋の話をしていて、相手の子の母親の顔を思い浮かべるというのはわたしもそれなりにババアなんだと自覚してしまう。相楽さんのブログで、カースト制度の記事を読んでいるとなおさら。カースト制度というより、ダウリー(持参金)をめぐるトラブルが多発しているため、なおさら悲壮感が漂う。

持参金というのが何のために必要なのかわからないけど、その昔、新婚旅行から戻った姑さんが嫁さん時代、そのまた先代の姑さんから開口一番言われたことは、「持参金が少ない」というセリフだったそう。とにかく負けず嫌いの姑さんが言うには、「見合いの時に兄弟(正確には姉がたくさん)が多いから過分にはできません」、「それで構いません」、という具合に親同士の話は終わっていたのにそうやって言うのよ、・・・という話は延々と怨恨となり今でも続いているような気がすることがある。

このため、わたしも母に言ったことがあるんだけどね・・・・「持参金、ちょうだい」って。だって、姑に虐められたらいやじゃん。はあ、まあ、そのとたん母が怒ったのなんのって。「持参金をつけなければならないような娘じゃありません!」って。うわっ、もう、その剣幕たるや、何かあったらババア同士を喧嘩させようと思ったくらい凄まじかった。

もしかして、その一言が言いたいために、わたしはおそろしいほど金をかけられて育てられたのではないかと思ってしまう。確かに、わたしは服でも靴でもバッグでも、あるいはアクセサリーでもダンナに買ってもらわなくても充分にある。つまりは、姑さんに嫌味の一つも言われるようなことは何もない。もともとケチだからお金使わないし・・・

家財道具、車の果てまで。ついでに家の頭金まで・・・? こんだけ親がしても、結局は家でジーンズとTシャツ、化粧もほとんどしない嫁。家はダンナのほうが用意してくれることになっていたのに、震災がきたから仕方がない。その上、むすめを働かせて・・・ということになったら、面目が立たない?

結局、家庭の中だけのことなら話題にもならない・・・今さら。ほんで、親の世話まで?

インドの悪口を書くわけじゃないけど、テレビや冷蔵庫のことで娘を殺されてたらかなわん。でも、本当にそんなものが原因で嫁を殺すんだろうか・・・人間ってわからん。宗教とはまた違うような気がする。というのは、こんなに豊かな国でも子どもの虐待は増加しているらしいから、わが国でも。

投稿者 Blue Wind : 04:38 PM | コメント (0) | トラックバック

June 27, 2005

日本の夏休み

本音を語るとどうなんだろう?

いや・・・・受験のこと。
本音を語ると、夏休みまで勉強で埋め尽くすスケジュールを親は喜んでいるのではないだろうか?

「9月から新学期が始まると、夏休みは春休みのようなものだからずっと遊んでいられるのよ?」

そうやってわたしがダンナに語ると、「オトをずっと預けるの?」というお返事。
つまり、夏休みをめいっぱい遊べるとして、めいっぱいの夏休みを堪能している間、ペットをどこに預けるかとか、「日本に生まれたのだから仕方がないでしょ。中国や韓国よりマシ」というお返事。

そうやって言われてしまうと、たしかに夏休みが終わり学校が始まるとほっとするのはどうしてだろう? 一日中娘が家にいて、朝には朝の、昼には昼の食事の支度があり、買い物に連れて行ったり、遊びに連れて行ったり、友達と遊ぶにしても家を行ったり来たり。公園で遊んでいる頃は楽なような気はしてもそれなりに治安・防犯という点では油断も隙もない。

その点、夏休みでも子どもが勉強しているというのは考えようによっては親には楽なのである。少なくてもそれは大学受験が終わるまで続き、大学へ入る頃にはそれなりに成長しており、難しい思春期をひたすら勉強してくれるのだから、考えようによってはこんなに親にとっては安心な仕組みはないのかもしれない。

もし、夏休みがヒマになり、年中友達から電話が掛ってきては気がついたら勝手に遊びに行かれているようではかなわない。せいぜい塾や予備校をさぼってゲーセン行ってるくらいなら安全圏なのかもしれない? どっちにしろ受験は待ってくれないからね・・・そんなことをしている場合ではない。本人もそれがわかっているからこそ、つまらないことでも息抜きになる。それこそマンガを読んでいるだけでも息抜きになるっていう情けなさ。

ゆとり教育の評判のわるいことといったらないね。
こんなことなら土曜日も学校があればいいのに、という人のほうが多い。
いや・・・・子どもがそうやって言っているのではなく、親が。

夏休み、ずっと遊んでいられることになったとしても、ダンナの休みは少ない。そうなるとまた留守番?
それもなぁ・・・・・・めったにないことだから文句も言わないけど、毎年のことになったら目がつりあがりそうな気がする。去年なんて、電話代だけでも5万円も余分に予算が掛かってしまった。それもつまらない話ばかり。オトは大丈夫だろうか、とか、父さんは大丈夫だろうか、とか、湿布を持って来てほしい、とか、他愛もない話題。それを考えるとバカらしい。

とりあえず受験勉強があれば大学に入るまではそれで終わり、大学時代に恋人をつくり、次には結婚するなら金が要るとばかりに休みなく働く人生が待っている。

それが素晴らしいとは思わないけど、少なくても親にとっては楽だよなぁ・・・そのありがたみは自分が親になってから感じていたりして。

オスはあほだね。オトを観ているとしみじみそう思う。今まではしっぽふりふりあっちの犬こっちの犬みたいだったけど、マリが来てからすっかり落ち着いてしまった。わるさが減り、凶暴さも減り、近頃おとなしい。おっさんになってきたせいもあるかもしれないけど。結婚するとすっかり落ち着いてしまう人が多いことにも似ている。

マリは誰か来てもオトみたいに吠えたり噛んだりしないし、散歩へ行ってもオトみたいにマーキングに悩まされたりうんちを拾って歩いたりしなくてもすむ。躾が楽。その代わりオトの耳を齧るのは何故なんだろう? おっさんをからかっている女子高生を連想してしまう。情けない、オト。

そのように考えると、ある程度の年齢に達するまではひたすら勉強やらスポーツに明け暮れているほうが平和な気がする。娘は箱入り・・・・外へは出さない。それが自然界の法則なのかも。(うっそぴょん)

兵役も宗教もない国だからね・・・・なんかないと。

投稿者 Blue Wind : 10:37 PM | コメント (0) | トラックバック

だるだるな平和

久しぶりに早寝してしまった。
おちびに社会をやらせているうちに次第に眠くなり、理科に移った頃には眠くて眠くてそのまま寝てしまった。なんで勉強するとこんなにも眠くなるのだろう・・・むすめよりわたしのほうがだるだるになり、あまりにもかったるいから寝てしまう。

歴史はともかく、理科となると何十年も勉強していないことがわかる。
忘れちまったのか、それとも最初から一夜づけだけで通り過ぎてしまったから覚えていないのか、それすら定かではない。むすめのほうが習ったばかりだから何でもよく知っているなーと感心してしまう。あかん・・・

もしかするとむすめといっしょに模試を受けたら、わたしは番外かもしれん・・・ダメだなー、すっかり自信を無くし、ダンナに訊いても嘘ばっか。(こら!) うちのダンナに至っては九九も間違うんだからどーにもならん。ふざけとんのか、あのおやじ・・・・(←単なる酔っ払い?)

昔は成績よかったはずなんだけどね・・・・遠い目・・・・・試験が終わったらぷわ〜っと気持ちよく何でもよく忘れてしまうのはさすがだ。(こらこら・・・)

つくば高学歴社会・・・・まわり見ると、あかんわ。だるだるで生きている人が多い。むかしの秀才、今、おじさん、おばさん。禁句かもしれないけど・・・なんでながいき社会なのかわかる。庭仕事でもして、か。

健全なんだよね・・・

投稿者 Blue Wind : 08:48 AM | コメント (0) | トラックバック

June 26, 2005

算数と日常

算数ってよく考えるとわからないのに、あまり考えないとよくわかる。
そんなことを娘と一緒に試験問題を解きながら考えた。

結局、算数が何の役に立ったかといえば、スーパーで買い物をする際、例えばグリンピースの缶詰を買うとき、80gが98円のものを買うか、150gが158円のものを買うかの違いなんだと思う。10g単価で考えると容量の多いものを買うべきだけど、実際にはそんなに必要ないという場合のほうが多く、どちらが損か得かなどということは結果論にすぎない。

もっと酷いのはバリ島でドルをルピーに直されてその場でカードで支払えば終わるのに、わざわざそれをドル建てのトラベラーズチェックを使いたいと言い、おっそろしいほど余分に取られたケースだろう。わたしにしてみればルピーに直す前の金額で支払えば簡単だろうって思ったら、フロントの女の子がルピーをドルに再計算しているという・・・

時間はかかるし、相手におバカだと言いたいけど、言葉が通じない。しかも計算も満足にできない。あーなるとどーにもならないってことがよくわかる。読み書きができて、計算ができて、若干の語学力があるってことがこんなにも大切なことなのかと思い知る瞬間でもある。それでいて人生は不毛だ。

それにしても、酸素が20%って書いてあるとうちの娘の場合もう目の前が真っ暗になるらしい。あほじゃ。一クラス30人でメガネをかけている子が2割って言えば計算できるのに、問題によっては言葉を見ただけでアレルギー反応が・・・あほじゃ、あほじゃ、あほじゃ。まずはそれから直さないと。

100円の買い物をすると105円支払わなければならない。このことから消費税は何%でしょう?という書き方で出題するとすごく迷うというのは変じゃないだろうか?

ええい、受験なんてやめじゃ、やめじゃ、やめじゃ!
・・・・・・・・・あたしって気が短い。

なんでこんなこともできないんじゃーーって思う瞬間が親にとっては人生で一番絶望に近い瞬間かもしれない。自分のことは忘れて・・・・ピアノをそれで失敗しているため、ひたすら自分との闘い。自分のほうがが我慢できなくなってしまう。この絶望感に。おろかじゃ・・・・・・・わかっちゃいるがおろかじゃ。

分数の計算もできない大学生の話を考えると、分数の計算ができるだけよしとしますか・・・

あーあ、いやな時代。
なんかね・・・やっぱ、昔の子どものほうが賢かった気がする。それともうちの娘が単に頭がわるいのだろうか?なんかうつうつするな・・・ゆとり教育・・・まだ続くわけ?この先も?教科書がわるいのかも。

投稿者 Blue Wind : 01:16 AM | コメント (0) | トラックバック

June 25, 2005

1年は長い

ミニチュア・ピンシャのマリちゃんがわが家にやってきてそろそろ1ヵ月半くらいかな。ゴールデンウィーク明けだったから。

最初来たときにはケージに上がるのも大変だったのに、今では勝手に階段を上り下りしている。月齢も5ヶ月になり、体重も1.8キロ。ベッドの上でもソファの上でもひょいと上る。お尻一つ分胴も伸びた。子犬の成長は早い。

マリがおとなしいと思ったのは最初のうちだけだった。オトくんも2歳になり、2匹で走り回られるとうるさい。オトが唸っているからどうしたのかと思うと、大抵マリちゃんに耳を齧られていたりする。小さくてもマリは気が強いらしく、オトのほうが我慢している。それでもマリに噛まれてももひよこにつつかれたようなもので、痛くも痒くもない。マリはまだ、ワンと吠えることもできない。

それぞれ別々に同じ餌をあげているのだからおとなしく食べたらいいのに、オトはマリのをとるし、マリはオトのをとる。マリは食べるのが遅いし、オトにとられないように自分のケージのなかにいちいち餌をくわえていってから食べている。そのため、マリの食事のとき、オトは繋がれている。なさけない・・・理由はオトが勝手にマリの分を食べると太るかららしい。

冗談ぬきに、マリが成長するのはかまわないけど、このところオトの首輪のサイズを穴一つ分広げた。人間だったらズボンのベルトなどで太ったとかやせたとか感じるのかもしれないけど、犬の場合は首輪。オトがおでぶになると困る。

マリが来る前はオトはわるいやつで、甘えたなやつだと思っていたけど、今ではすっかりお兄さんというよりおじさんになってしまった。犬の2歳というと人間だと26歳くらい? それでもマリが来る前はオトが抱っことうるさかったのが、今はマリがいちいち抱っことうるさい。

マリが来る前は、何かというと娘とオトが喧嘩していたんだけど、今はすっかり代がわりしてしまい、オトとマリが喧嘩している。オトを叱ろうとしてもわるいのはマリ。ほんでもマリは子どもだから仕方がないという諦めがみんなに充満し、このため近頃オトがおとなしくなった。

去年はオトくんだけペットホテルに預けた。迎えに行ったときのオトくんのうるうる眼と興奮を思い出す。捨てられたと思ったのだろうか。家にいるときより、ペットホテルのほうが手間のかからないよいこだったというのが不思議。それでも今年は2匹が一緒なのでなんとなく心強い。

それにしても犬はあっという間に成長して、おじさんになってしまう。1年は長い。

投稿者 Blue Wind : 12:12 PM | コメント (0) | トラックバック

June 23, 2005

子どもをとりまく背景

朝のワイドショーは貴乃花と金被告。

貴乃花はこれから相続税や相続の遺留分の支払いのため、あるいは相撲部屋の維持のため稼がなくてはならない。急に饒舌になったのではなく、ビジネス。親の代のタニマチさんも高齢だし、サポーター制度を導入すると言っても人気力士が育たなければ部屋にサポーターがつくわけもない。他人の子を預かるのだから、そりゃ大変。しかも十代の難しい年頃の青少年たち。考えただけで憂鬱になる世界かもしれない。

「ごっつあんです」

いいな、昔の関取って・・・
どんどん食わして強くする。
なんでそうなのかわからないけど、癒されるよね。どんな食糧難でも力士には食わせる。だって力士なのだもの。だからこそ食いたいから力自慢の少年がやって来る。ほんで、「ごっつあんです。」
なんか、平和。
気はやさしくて力持ち。そういう少年が育つのを見ているのは楽しい。どんどん食え、って言いたくなる。それが喜びなんだよね・・・年寄りの。平和な日本社会の象徴。

金被告。

牧師とか教会という言葉を使うべきでないと思う。少女への性的暴行?死刑にしてほしい。いや、死刑では足りない。ほんで新しいカルトの代表がまた変なことをしている。勘弁してほしい。単なる暗示とか催眠なのかもしれない。変な目つきだし、気持ち悪い集団だ。

そんな時(つまり画面を見てくさくさする時)、わたしはカルチェリの庵をめざして汗を拭き拭き歩いている小太りのシスターを思い出すことにしている。いいよ・・・着いたらちょこんと座ってチョコレート食べていたり・・・4キロの山坂を歩くって真夏の日照りのなか結構きつい。

わが家はダンナが一緒だったのであっさり聖キアーラ教会の脇からタクシーに乗った。ダイアナカットのヒラリー・クリントンみたいな雰囲気の女性ドライバーがベンツのタクシーを運転している。わたしたちの前に友達を呼びに行った客がいたのだけれど、わたしが声をかけると、「ジャッポーネ!」とうれしそうに呟きエンジンを入れた。急いで乗れとばかりにドアを開け、わたしたちが座ると、戻って来た人たちに後ろのタクシーを指差し、発進してしまった。イタリア人っぽい。

それでいて運転しながら窓を開け、知り合いに挨拶。途中で停止するからどうしたのかと思ったら、いきなり通行人と窓越しに世間話。帰りはほかの客も一緒に乗って降りてきた。しっかりしてる〜!

まあ、日本のタクシーでもロンドンタクシーでもないし、事前に料金交渉して乗っているわけだから特に損をしているわけでもないし、彼女がアシジ駅への8回分の送迎をカルチェリ1往復で稼いだからといって誰かに迷惑をかけているわけでもない。

でも、善良さってえっちらおっちら暑いやまみちを汗を拭き拭きうれしそうに登ることなのかもしれないとも思う。

それでいて、まあ、気の短いジャポネーゼやほかの親子連れがいるからタクシードライバーはウキウキするわけで、子連れは忙しい。車で戻り、ランチと昼寝と一泳ぎでスケジュールは一杯。なまけもの〜!
ヴァカンスだからね。

投稿者 Blue Wind : 02:09 AM | コメント (0) | トラックバック

June 22, 2005

結婚指輪と献体

結婚指輪で思い出すのが、ICUの星野 命先生。献体の話をしながら指輪を眺めている姿。結婚指輪と献体がどうして結びつくのか・・・記憶って不思議。

その昔、わたしが学生時代、独身の頃。どういう経緯でそういう話になったのかは思いだせないけど、授業中に献体の話になった。星野先生は死んだら肉体は単なる屍だから献体の手続きをしたいと言う。ところが妻が反対するからできないと指輪を眺めながらお話されていた。

「妻が泣くんですよ」

何気ないセリフだったけど、グサッときた。

その後、その話を当時医学生だったダンナに話した記憶がある。彼は解剖のことをゼクと呼ぶ。解剖実習のことではない。ゼクというのは案外簡単なものらしい。病巣部を採り出しホルマリンの中に入れ、その後に新聞紙を詰めておく。

献体というのは解剖実習用。

日本人の死生観からすると、死体にメスを入れるのを嫌がる人たちが多い。だから、臓器移植でも提供者が少ない。それは生まれ変わりを信じているのか、それとも仏様だから嫌なのか。

父が亡くなったとき、見送りにきてくれた看護婦さんが泣いていた。半ば病院を住まいにしていた父はとても人間臭い人であり、情にもろい人でもあり、めそめそとしてしまう。それでいて、組織を採るだけだと知っているのでゼクには協力した。生きている間にも4回もオペをしたわけだし、死んでからならなおさら痛みすらない。

移植に反対する人たちは多いけれども、わたし的には滑稽だと思っている。それは宗教とか主義とか医療などの問題ではく、金、という点であまりにも滑稽。

移植手術にいくら掛かるか?
2000万円掛かるとして、そのオペが成功するとは限らない。しかも成功したとしても予後がよいとは限らない。子どもだとすれば親は何をさしおいてでもやりたいだろう。でも、それが高齢の親だとしたらどうだろう?

でも、世の中にはいるのである・・・家を売ってでもやりたいと言う人が。でも、その話は結局親子で話し合ってボツになったらしい。お金がありあまっているのならやればいいけど、家を売って、というのは・・・もちろんその話の裏にはいろいろ相続をめぐる骨肉の争いがあり、一筋縄ではいきそうにないから売ってしまおうと思ったのかもしれない。

星野先生は結婚指輪をかっこよくはめていたけれども、ゼクをする立場のうちのダンナは結婚式の時にはめていただけ。わたしは毎日はめている。それでも妊娠中、ある日指が痛くなり、慌てて外した。石鹸をつけてむくんだ指から無理やり・・・あまりの痛さに涙が出た。その話を看護婦さんにしたら、どうして外しておかないんだと笑われた。指輪が抜けなくなり、それでいて妊娠で指がむくんで指の先が充血してしまい、中にはペンチで指輪を切った人もいるらしい。

わたし自身は、結婚指輪はすでに指の一部のようになっている。それでいて毎日はめているのでそれなりに傷んでくる。ダンナの指輪は使わないから傷まない。ある日、引越しの片づけをしている時、ダンナの指輪が出てきた。それを眺めてわたしが考えたのは、自分の指輪が古くなったらダンナの分をサイズを詰めてわたしが使おうかな・・・ってことだった。


(トラステへのTB : テーマ 「結婚指輪はつける? つけない?」)

投稿者 Blue Wind : 01:30 AM | コメント (0) | トラックバック

June 21, 2005

ふん。その2。

あーだるだる。
昨日の昼下がり、娘が発熱したということで学校へ迎えに行く。夜、少し熱が上がったもののずっと微熱。おそらくは疲れているのかも・・・

学校だけでも放課後練習を入れるとハードなのに、塾やら受験勉強やらきつい。それでもみんなやっていることだし、昔に比べればずいぶん楽なのではないかと思ったけど、朝から夜までハードな生活には違いない。

学校が週休二日制になったせいで、平日は昔に比べたら逆にもっとハードになったらしい。どこがゆとり教育なんだかわからない・・・しかも教科書が薄っぺらになったせいで、学校のカリキュラムは減ったものの受験勉強のカリキュラムは減らないらしく、だるだるな生活はつづく。

この先、子どもの学校のことがあるからと父親だけ単身赴任になっていたり、都内から茨城に通勤していたり、今まで他人事だと思っていたことがずっしりとのしかかる。そうなると男の子なんてまるで母親の言うことなどきかないため、塾をさぼってゲーセンへ行ってるとかね・・・いまだに大学に受からないとか、それでどちらの親が悪いとかあれにこれにとつまらないネタも多い。

たまに思うんだけど、子どもって父親がそれでいいって言えばいいんだな、って。父親が子の状態が気に入らないと夫婦喧嘩になる。母はフレキシブル。出来がよくてもわるくてもわが子はわが子だから子どもを庇うし・・・

結局、娘は地元の学校でないとあかんらしい。
理由?
要するに通学が大変でしょ?
そうなると娘が可哀想だからと学校の近くに住む。その結果、ダンナの仕事をどうするこうするでややこしくなるし、もしかするとダンナだけこちらに取り残される可能性が高い。それかダンナが通勤するか・・・わが家の場合、こういった場合必ず父さんが犠牲になると決まっているため、それを考えると憂鬱になるらしい。
それより彼は休日に娘を連れて遊びまわっているほうが幸せなんだから仕方ない。

ヴァカンス・・・
だるだるな生活。
おちびやミニピン。

娘がおバカになったら父親がわるい。
一生責任とって働いてもらいやしょう。

ふん。

投稿者 Blue Wind : 05:20 PM | コメント (0) | トラックバック

June 20, 2005

娘たちにつくす日

日曜日にも定例試験があり、年中塾から電話が掛ってくるようになるとさすがに今年は父の日どころではない?

娘にも訊いたところ、一応はわかっているらしいが、今年は母の日もしなかったから平等に父の日もしないらしい。母の日に何をしていたかと問われても記憶がない。日記を読んだら連休明けで塾から連絡があり、娘が塾の宿題をさぼっていると言われてしまったようで、やはりそれどころではない。

というわけで、昨日の主役の行動を振り返ると、娘が試験を受けに行っている間、マリの脱走防止のために庭のレンガをいくつか買い足しに行き、戻ってくるなりマリを動物病院へ連れて行き、さらに戻ってくるなり娘を迎えに行きがてらボウリングをやってきた。

このようにして考えると、父の日というのは父が娘たちにつくす日らしい・・・(汗

投稿者 Blue Wind : 09:06 AM | コメント (0) | トラックバック

June 19, 2005

遠い眼・・・・

そろそろ真面目に娘の学校を考えなくては・・・
どうも本気になれない。

本人は美大へ進学するつもりでいるので、よほどのことがなければこれは変更はなさそう。ところが塾の面談へ行ってきたら、あっさりつくばエクスプレスが開通するため、都内の私立を勧められてしまった。なんで都内が通学圏内になってしまうのだろうか。それでいて大学の付属だったら遠くてもかまわないのかもしれないけど、美大へ進学させるつもりならそれではかなり都合が悪い。

要するに、私立の場合は大学の付属か、進学校かどちらか。
明らかにうちの娘は自ら積極的に受験勉強をするタイプではない。
そのことにより、都内の女子校ってことになるらしい。

親はスクールバスがあるほうがありがたい・・・・うぅ。
なまじか遠くの学校へ通学させるということはスクールバスどころか駅までわたしが送迎しなければならない?
ぐわっ。
本末転倒・・・・
困った。
いっそのこと高校で美術科に進学させたほうが賢いかもしれん。
かといってまるきり勉強もしないようでは困る。

美大を卒業したダンナの姪も結局普通の会社に就職してしまった。それはそれでこの不景気な時代にありがたい話なのかもしれないし、どうせ何年かすれば結婚してしまうのだから、それを考えれば大学は単なる学歴の一つにすぎない。ってことは女子大を出ても変わらないよなぁ・・・正直な気持ち、親としては。

----あのう・・・芸術の道は険しいのでは?

なんでもええねん。孫に期待してるから。

夢をみた。
夢の中で娘が男の子を2人連れている。わたしは何となく娘には息子が2人いるのか、と思ってうれしかった。名前まで呼んでいて、ゆうくんとかずくん。夢の中ではわたしには2人の孫がいて、自分が娘だけだったから孫に男の子が2人いて幸せな気分に陥っていた。

われながら、名前まで呼んでいるところがすごい。
ゆうくんとかずくんに期待することにして、娘はなんでもいいや。(こらっ!)

遠い眼・・・・

投稿者 Blue Wind : 11:46 AM | コメント (0) | トラックバック

June 18, 2005

ふん。

久しぶりにガラスクルーを持ち出し、パソコンの画面を掃除する。あっけないほどピカピカになった。が、しかし・・・・よせばいいのについでにキーボードの間などもちょこちょこティッシュで拭いたため、入力がおかしい。こういう時には、調べる前にシステムを復元するに限る。だってわからないもの。うっかりパソコンの掃除なんてやった日にはいつもこれだ。

パソコンの場合は初期化が可能だし、システムも復元すれば多少のトラブルは解決してしまう。残念ながら人間の場合はそう簡単にはいかない。ちょっとやばくなったから時間を戻して・・・なーんてね。そういうわけにはいかないかわりに忘却機能が備わっているらしく、大抵のトラブルは時間が解決してくれるとばかりに放置するに限る。

が、しかし・・・・せっかく平和に暮らしているのに、過去が甦ることもある。

そんな風に書くとおおげさだけど、ダンナの健康が快復したとたんにまた過去が追いかけてくる。それはよいことなのかもしれない。ずっと第一線でやってきて、あまりにもしんどいから逃げる。その時にたまたま結核が見つかったので、大義名分というものが成立し、結局事が荒立たずすべてが解決してしまった。

健康上の理由で、しばらく楽な仕事をして・・・・?

一度楽な生活を覚えてしまうと、再びあの戦場のような生活に舞い戻れるだろうか?
だるだる。
だるだるだる。

別にあたしが働くわけじゃないからいいんだけどね・・・生活費を入れてくれればなんでも。一度だるだるの生活を覚えてしまうと、外へ出るのはしんどい。結局、だるだるのまま子を育て、犬の世話をし、つまらん読書をし、ネットをやって遊んでいるだけ。

他人の自己中を責めるわりには、自己中には自己中のよさというものがあり、世の中のことにも他人のことにも無頓着。それはある意味自分についても無頓着ということでもあり、家の中で好きなことをやり、気ままに暮らす。

遠藤周作の小説の中にも出てくるけれども、生活の顔と人生の顔という言葉。遠藤氏の場合は、人生の顔という点では母と妻だけと書いてあった。結局、男というのはそうやって生きていくようになっているらしい。妻のパワーというのは、いかにそういう生活に汚染された顔を跳ね返すかという強さなのかもしれない。

その結果、「あの人も嫌い、この人も嫌い」ということになる。

なんか・・・・・嫌いなら嫌いでいいらしい。ダンナの場合は仕事があるから、嫌いでも逃げられない関係というのも多々あり、そういう場合でもわたしが嫌っていると家の中にまでそういう関係が入り込まない。その結果、わが家は世間では恐妻家ということで通っている?

たまに思うんだけど、そりゃないんじゃない?
嫌いなら嫌いって自分ではっきり言えばいいのに・・・

まあ、それをはっきり言えるくらいなら誰も苦労しないよね。
苦労するのはダンナだけで充分でしょう・・・たぶん。

ふん。

投稿者 Blue Wind : 10:46 AM | コメント (0) | トラックバック

June 17, 2005

日常通信

近頃、ブログを更新しようとすると娘がやってきてローリーをクリックしたがるので困る。
あーやだなー、そのうちブログをお引越ししようかと思ってしまう。インターネットは便利だけど、うっかり誰が読んでいるかわからないってところが怖い。(今さら・・)

近頃、娘のほうが手足が大きくなってきたような気がする。握力や腕力という点ではかなわないかも。まだ小学生と思っているうちにあと1年もしないうちに中学生になる。あと数年のうちに背を越され、わたしの服を勝手に着られ、そのうちわたしが娘のお下がりを着るようになったりして・・・(泣)

去年から無線LANのキットを買ってきてはあるのだけど、娘に勝手にいじられるのがいやで結局そのままになっている。小学生からネットにはまったら大変だし・・・(オイ!)

「お母さん、『風マリア』開いて」
「なんで?」
「ローリーをクリックするから」
「(・・・・・・・・)」

そのうちわたしのいないうちにわたしのブログを勝手に開いているのだろう・・・アイツは。

言っておくが(って誰にだよー!)、このブログはわたしのブログである。
ほしかったら自分でつくれ!
わたしのパソコンを使うな!!自分のがあるだろ!!!
わからない?
あたしだってまるでわからないところからやってんのよ!!!
親に甘えるな!!

投稿者 Blue Wind : 04:55 PM | コメント (0) | トラックバック

四半世紀もなんのその・・

結婚すると、どうしても裏方の仕事が多くなるから、大抵は家の中にいることが多いし、ご近所のことでも特別なことがないかぎりせいぜい立ち話や電話で用事を済ませてしまう。結婚する前は恋愛の話ばかり、結婚したら今度は家庭やご近所のことばかり・・・あとは学校とか?

そういう傾向は今だけではなく、どうやら死ぬまで続くらしい。うちの近所も結構65歳以上の人たちが住んでいるらしいけど、大抵は家の中にいることが多いのでめったに顔をあわせない。そのため民生委員の人が毎年調査に歩いている。その民生委員をしている人ですら60歳を過ぎているので驚く。

息子が、孫が、と言われても、よく考えたらそちらの世代のほうがわたしに近いことも多い。そして、彼女たちの息子の世代はすでに世の中ではオヤジと呼ばれている。

あーなんなんだ、この世代間ギャップ!

このため、今年はわたしが町内の仕事をしているのだけれど、何年経ってもわたしは若年層に含まれる。今回呼び出されたのは近所のご家庭でご不幸があり、お母さまが亡くなったらしいのだけれど、90歳を過ぎて離れて暮らしているらしく、町内でおくるみをするかしないかという話題。

あるいは、ずっと留守がちのお宅があるのだけれど、それは親の介護に行っているかららしい。とはいうものの介護する側も60歳を過ぎている。なんか遠い世界の出来事のようであり、それでいてわたしは若年ながらもすでに親を送った経験もあり、母も寝たきり。一応、共通の話題はあるんだけど、なんか複雑な眩暈に襲われそうになる。

いっそのこと民生委員にでもなろか?

いずれにせよ、年を取ったほうがいくらでも仕事があるらしいのはこの頃よく感じる。この前回ってきたコープの新人さんも60歳を過ぎた主婦の人だったし・・・「70歳を過ぎたら辞めるわ」などと言いながらいまだに元気にジュエリーショップで働いていたり・・・

若い頃には若い頃の生活があるように、加齢すればしたなりに生活はある。共通しているのは、ババアになればなるほどその他は傍役になっていってしまうということかも。良い意味で独立しているから、自己中は・・・

深く考えるのやめよう。
この際、四半世紀の年の差くらい忘れること。
それが高齢化社会と上手に付き合っていく方略かもしれない。

投稿者 Blue Wind : 02:47 AM | コメント (0) | トラックバック

June 15, 2005

草木は眠る

草木を愛するというのは、犬や猫を愛するのと似ている。彼らの長所は何のために生きているのかわからないとか、その手の人間特有の戯言を発さないところ。とは言うものの、大抵は生きるのに一生懸命で、その手の類を考えるのは鬱と呼ばれる人たちだけなのかもしれない。だから、鬱は贅沢病と言われてしまう。

そのくせ、わたしはあの少年の声を忘れない。あれは土浦に住んでいた頃、マンションの駐車場から響いてきたものらしい。当時わたしは娘の出産を控え、そのマンションの一番上の階に住んでいた。なのに聴こえるのだもの・・・その少年は何度も何度も「お父さん、やめてー」と叫んでいたので、わたしは暴力でも振るわれているのではないかと思った。ところが・・・

その声が聴こえなくなったとたんに救急車のサイレンが近づき、止まった。

ほっとして下へ降りてみる。集まってきた人たちの話から察するに、どうやら自殺。車の中で一酸化中毒を起こし、救急車で運ばれたものの助からなかったらしい。数日後、ひっそりとお葬式をやっていた。どうしてお葬式をしているのがわかったかといえば、やたらと2階で降りる人たちが多かったから。

その時の正直な感想としては、わたしは日々健やかに過ごそうと胎教に励んでおり、その手の精神的ダメージからもしお腹の中の赤ちゃんに悪い影響を与えたらどうなるのだろうかと、むしろそちらのほうが気がかりだった。

そんなものかもしれない。

初代マリは病気だからずっと抱っこしていたつもりだったけど、今度のマリも結局ずっと抱っこしている。無防備な寝顔を見ているとほっとする。

その後、あの少年のトラウマを考えるとぞっとする。が、しかし・・・マリもオトも、庭の草木も人間特有の戯言を発さない。素晴らしい。

わたしは人間嫌いというわけではないけれど、人間特有の戯言にはやすらぎを感じない。

投稿者 Blue Wind : 12:22 PM | コメント (0) | トラックバック

June 12, 2005

”インドの老婆”

うちの近所に、わたしがこの前”インドの老婆”と名付けた猫が住んでいる。どうしてそんなつまらない名前を思いついたかと言えば、たまたま娘を学校まで迎えに行く途中に通った道路に彼女?が寝ており、違法駐車をしている車の陰でゆうゆうとこちらを睨みつけていたから。

あの猫があんなに貧相でやせっぽちなことに初めて気がついた。ほとんどベージュに近い白猫で、顔の一部に赤毛が混じっている。大抵は夜に徘徊しており、昼間姿を見せることのほうがめずらしい。近所の公園付近や空き地の中に寝ていることが多い。

公園の前を徐行しながら走っていると、ゆうゆうと前を横切るいやな猫。大抵は夕暮れ時に出没するため、今までまじまじと眺めたことはなかった。

どうしていやな猫かというと、母が昔よく言っていたから・・・猫に前を横切られると縁起が悪いって。わたしはそれを信じているわけではないけど、猫が横切ると願い事が叶わないとかね・・・そんなことを言われたら誰でもいやになるだろう。

逆に考えると、猫が目の前を横切るとき、わたしは今自分が何を願っているのかを考えるようになってしまった。

それがまたいやな感覚。何を願っているのかを考えるまではいいんだけど、たまたま思いついたとして、母的ジンクスから言えば、それが叶わないんだから・・・だったら何も思いつかないほうがいい。

よく行くペットショップに、アビシニアンがいる。ペットショップだからいつも犬や猫はそれなりにいるんだけど、何となく気になる猫。ひそかに飼おうかと思っているけど、そのうち売れてしまうだろう。ルディという色なのかな・・・まるで野良猫カラーで、なんであの猫があんなに高いのか不思議になる。まるでうちの近所の野良に対する冒瀆のような気がするくらいだ。

まだウッドデッキがあり、裏の奥さんが存命だった頃には、うちの庭にはシロという白猫がよく寝いていた。今はでっぷり太り、ご主人が家のなかで飼っているらしく、めったに外には出てこない。出てきたとしても抱っこされていたりして、あんなに猫を飼うのをいやがっていたのに不思議になるくらいだ。

シロもいい加減に高齢だろう。最初は野良猫で、それでいて餌はキャットフードしか食べないと裏の奥さんが言っていた。残り物など出しておいても魚を出しておいてもまるで食べないらしい。可愛い顔をしていたのでそれなりに餌場あるせいかと思っていたけど、いつの間にか裏の家の猫になっていた。

シロとインドの老婆を比較しても仕方ないけど、どっちもおそらくは年寄りだからね・・・何となく比較してしまう。色も白だし、どっちも。そこにさらにペットショップのアビシニアンを加えて考察するに、やっぱ猫にも人生ならぬ猫生があるなーと思ってしまう。

初代マリアの葬儀の帰り道、前を走っていた車が犬を轢いた。大通りの中央分離帯から犬が飛び出してきた。ひき逃げ。うちは隣の車線にいたのであっという間に通過。轢いた車のすぐ後ろにダンプが走っており、とてもじゃないけど現場に戻る勇気はなかった。

その時も複雑な気分だった。マリの死で悲嘆にくれていたのに、ひき逃げされた犬を見て、複雑な気分に襲われていた。もしうちの車が轢いていたらどうだったかな・・とか。当日の火葬には間に合いそうにない。しかも、まだ息があったとしたら? 

マリはうちの子だから・・・って思った。

わたしは決して博愛主義者ではない。マルクスも嫌いだ。インドの老婆を見ても可哀想だとも思わない。でも、マリも可哀想だったけど、ひき逃げされた犬はもっと憐れだった。

インドの話を考えると鬱々するでしょ?

そういう時には、わたしはインドの老婆のあのふてぶてしい顔を思い出すことにした。やっぱ、野良だからたくましいし、やせっぽちでもビクともしない。それでいて騙されて、弱っているのかと思ってしまうくらいゆうゆうと道路に寝ている。

ペットショップのアビシニアンもそれなりに憎たらしい。にゃあと小さな牙を向けてくる。おそらくは飼えばわたしの目の前をゆうゆうと横切り、好きな場所に寝転び、どうせオトと喧嘩ばかりしているだろう。ちなみに、マリがわるさんぼうですぐにオトを噛もうとちょっかい出すためにオトはかなり我慢している。そのうち家中を走り回って、近頃うるさい。オトを叱ろうとすると、どうも悪いのはマリのほうみたいで・・・

わたしの使う”人間臭い”という言葉は、まるで彼らのためにあるかのよう・・・

投稿者 Blue Wind : 01:11 PM | コメント (0) | トラックバック

June 09, 2005

来年はワールドカップ

ジーコ、愛してるよ〜♪
ドイツ一番のり〜〜♪

というわけで、ワールドカップアジア最終予選(B組)は北朝鮮を2−0でくだし、無事に来年のワールドカップへの出場権を獲得。

テレビを観ている途中、おちびとダンナのテレビのチャンネル権争いが発生し、もともとサッカーには興味のない娘にどうやってW杯が特別なのか説明するのに苦労した。しかも代々木競技場に集まっている人たちのことや、どうして試合が北朝鮮ではなくタイで無観客で行われているのかなど、子どもに説明するのは案外大変だということに気づく。

わたしは一言、娘に、「あなたに興味のないことでも世の中には重大なことがたくさんあるのよ」と言って誤魔化した。

本当にこれは本音に近い。
わたしが興味がなくても世の中には重大なことがたくさんあり、サッカーの試合一つで大騒ぎになり暴動や戦争が発生するんだなーと不思議な気分。ましてや娘にそんなことを言っても伝わらない。

サッカーは格闘技だからね。審判によっては違反を取ったり取らなかったり、すぐに喧嘩の種になる。今回は北朝鮮が対戦相手だったので、試合の途中、柳沢がゴールを決めては喜び、「あーこれが北朝鮮でやっていたら今頃乱闘だなー」とかね・・・なんか、複雑な気分。

試合終了間際に北朝鮮の選手にレッドカードが出されていたけど、その前にやっちゃってるから、無観客試合であることを喜ぶべきかも。

投稿者 Blue Wind : 01:23 AM | コメント (0) | トラックバック

June 02, 2005

骨折

明るいことなんて書けない。

ダンナが帰って来て、「おかあさん、足を骨折したって」と言うからてっきり神戸の姑さんのことかと思ったら、わたしの母だった。

「・・・・・・太もものこの辺の部分。骨がこう斜めにずれちゃっていて。幸い寝たきりだからこのままにしていたらくっつくって整形外科の先生が言ってたから。ずっと寝たきりだから骨がもうスカスカであれは仕方ないな。入浴中に・・・・・・・・・婦長さんも申し訳ないって言っていたし・・・・・・・・・・・・・・(延々続く)」

「で、オペはしなくていいの?」

「いや、自然とくっつくから。でも、ある程度動かさないと今度は褥痣(じょくそう)が酷くなるし・・・・・」

ダンナと話しながら弟にメールを書く。極めて要件だけ。

うちのダンナが饒舌な時にはろくなことがない。

投稿者 Blue Wind : 09:52 PM | コメント (0) | トラックバック

June 01, 2005

病床はミステリアス

こうやって駄文を書いていると、どうして少子化が進むのかわかるよね・・・少なくても、子どもを産んだからといって子どもが成長してしまえば姥捨て現象すら発生してしまう。老後の生き甲斐とか、空の巣症候群とか、その他諸々育児を促進させる世の中ではない。だったら自分で働いて・・・となるほうが普通だ。

嫁さんにしてみれば姑の苦労は嫌だし、姑さんにしてみれば嫁の世話にはなりたくない。それとうまく説明できないけど、自分の子は自分で育てたいというのも人情で、それでいて保育所のほうが人間関係がさっぱりしているもの。彼女の孫なのか、私の子なのか、でドンパチすることもないし・・・それでいて、高い。保育料だってバカにできない。親の世話から子どもの世話まで全部他人に任せると恐ろしいほど金が掛ってしまう。せめて年金やら介護保険があるから救われる。それが現実だよな。

そういうのを眺めていて、誰が結婚したくなるだろう?だから結婚はどんどん遅くなる。結婚しないほうがちやほやされる。仕事が面白くなればそのほうがいいかもしれないし、それでいていき遅れのレッテルが貼られ、内心はじわじわあせり出すのが30代なのかも。さらにそれを通過して40代になる頃には60歳になったら結婚しようとかね・・・わけわからん。

ふふん!

終わったな。
わたしの場合、その手の社会的杞憂はすでに終わっている。
あれこれ考える間もなくパタパタといろいろな苦労がやって来る。それでも終わってしまえば誰でもやっていることで、わたしなどは昔に比べればはるかに苦労が少ない部類に入るだろう。

結婚しないで恋愛だの不倫だの?

ふふん!

バカバカしい。あんなのは遊び。若い頃には理解できなかった”遊び”という言葉。男に騙されて〜、っとか?あーバカバカしい。女がバカなのよ。あっさり語れば。女がバカなのである。

その理由は・・・・・老人病院を歩けばわかるだろう。どんなに立派な人でも老いぼれてしまえばただの屍。それが現実。体は弱り、自分では何もできなくなる。

最期には家族。

そのことに気づき出すと、老いてから何かを探そうとする人たちもいれば、神さまへの感謝のうちに亡くなる人たちもいる。

人に期待すれば裏切られるけど、神さまは裏切らない。

やっぱ、生きているからいろいろなわけで、それぞれに人生があるから。生活やら都合やらその他諸々いろいろなことがあり、それが生きるということであり、自分もまたそうやって自分の生活や都合を優先させながら生きている。それが普通。いざ死にますよ〜ってなっても病院というところはそういう人はめずらしくなく、特に死ぬからといって特別扱いしてくれるわけでもない。いくらお金を使っても死ぬ時には死んでしまう。愛想笑いをしようと思っても目を開くことも苦しいかもしれない。

それでいて、末期癌なのに自然治癒してしまった患者さまがいるらしい・・・・めったにないけど、そういうこともあるんだなーと。ダンナの語る話だから本当なんだろう。あの人はその手のことはまるで信じていない人なので。

ほんといろいろだ。

いつかは死んじゃうんだから・・・って締め括ろうと思うと、末期癌なのにケロッと何もしないで治った人のお話が舞い込む。なんかね・・・・わからん。

投稿者 Blue Wind : 11:09 PM | コメント (0) | トラックバック

さっぱりと鬱

遠藤周作の『生き上手死に上手』 の中では90歳以上のお年寄りの話だったけれども、こういうのは年齢に関係がない。いや、関係あるのかもしれないけど、現実には茨城県だと90歳を過ぎてもまだまだ元気な年寄りは多いし、うちの母みたいに60代で寝たきりになってしまう年寄りもいる。うちの母でさえ、「まだお若いのに」と言われるというのが不思議なんだけどね。

この前、実に快調だった姑さんが急にパニック発作になり、神戸へ戻ることになった原因はわたしの母である。会ってもいないのだから母に責任があるわけではない。が、しかし、ある晩急に姑さんが母の見舞いに行くと言い出し、その翌朝どうも様子が変。ハアハア言っている。「まさか・・」と思ったけど、そのまさかだった。

無理なんだよね・・・母の見舞いなんて。鬱(病)なんだから・・・
自分なんて生きていてもしょうがない、何のために生きているのかわからない、死んだほうがマシだ、となる病気。

大体、鬱じゃなくてもダメなんだから・・・・叔母たちでもはっきり言うもの、わたしの母のようになりたくないって。自分では何もできず、ただ生きているだけ。しかも子どもたちに迷惑を掛けるばかり。姑さんなんてもっとはっきり言う。死んでもいいって。寝たきりになるより死んだほうがマシだって。

たまに思うんだけど、わたしは彼女の娘である。にもかかわらず、叔母たちも姑さんもそうやってわたしに言う。そこがまた不思議だ。結局、母がいるから弟はずっと結婚できなかったし、今度は弟が結婚したらわたしが母の面倒をみなければならない。

姑さんが、その昔母がまだ元気だった頃、一番心配し、怒っていた理由はそこにある。もし、わたしが自分の親の世話するようになったら誰が姑さんの世話をするのだろう?ダンナのお姉さんたち??いささかでもそういう不安が広がると皆が一斉に怒り出した。なんて無責任な嫁だろう、と。要するに誰も自分の親の面倒などみる気がない。

というわけで、姑さんが3年前にほとんど寝たきりに近くなった時、結局、老人ホームとかね・・・だったらうちが世話するとばかりに、ダンナが言い出す。それだって自宅で介護するわけではない。それでも息子が世話をしてくれるということで、かなり姑さんは快復し、一時期は体重が30キロくらいまで落ちてしまっていたのが今では43キロある。

*****

茨城は農家が多いから、年寄りが元気で長生きなんだと思う。なんだかんだ言っても敬老の意識は高いし、年寄りを粗末にしたら何を言われるかわからない。それに一緒に暮らしているし、家族も近くにいるし、そういう点では恵まれている。嫁の苦労という点ではありがたくはないかもしれないけど・・・それでも年寄りには生きていきやすい社会。

ある日、早期癌が見つかり、非常にラッキーな人がいた。ところが、そのラッキーな人は、「農繁期に入院するわけにはいかない」の一点張り。命と農繁期とどちらが大切なんだろう・・・と思う。が、しかし、あっさり農繁期と言われると返す言葉がない。

そっかー、命より農繁期のほうが大事なのかー♪

さっぱりしている。
わたしは、茨城が好きだ。

投稿者 Blue Wind : 08:41 AM | コメント (0) | トラックバック