August 31, 2005

統計データを活用せよ

めずらしくアメブロからまともな記事が・・・(こらっ)
→ 9−11 衆院選挙ブログリサーチ

おおざっぱに内容を整理すると、今後どうやって世論調整にブログを活用するか、ってことなんでしょうか。

政府や政治家、政党に意見を送信するのならダイレクトにやればいいですよね。わたしはこの方法を活用しています。数日後、係の方からご丁寧に返信まであり、案外勢いだけで送信しているのが申し訳ないような気がしました。

リサーチという点では、各政党ごとのマニフェストに対し、TBやコメント等で意見を集めるのも一つだけど、それよりも統計データを活用し、数字を見ながら考える必要性も高い。というのは、意見というのは好き勝手なことが言えるじゃないですか・・・自分の都合だけで。

だけど、年金や少子化対策など、どうして増税が必要になってくるのか、そこのところ資料を見て判断しないとなんとも言えない気がするのです。もし、本当の意味で公平で、かつどこの政党にも加担せず、数字を見ながら匿名で考える、ということであれば、つまり自分の立場を度外視して、あるいは組織を離れて客観的に考えるというか、そういう純粋化された世論は大切。

ほとんどのブロガーは匿名で遊んでいるだけ。その代わり、立場を超えた意見発信も可能。統計的数値というだけなら責任ないし・・・実際の選挙の結果と比較するのもおもしろいかも。データ発信ブログ、つまり国民の本音をリサーチするブログっておもしろそう。ただし、2chは嫌だ。もっとまじめに。

投稿者 Blue Wind : 03:49 PM | コメント (0) | トラックバック

他人の眼

やる気を出さねば・・・
あの子たち、今頃どうしているだろう・・・わたしが家庭教師していた子たち。どうせ、結婚して幸せに暮らしているだろうな。(だといい)

だいたい、わたしなんかに家庭教師を頼む家の子たちはみんな裕福で、1人を除いて、頭が悪く、顔が可愛かった。親がパートしながら無理に教育費を捻出している、というところは申し訳なくなり、無料体験?で終わった。

最初の子は高校生。顔は可愛いのだけど、「えっ」と思うくらい頭が悪い。でも、一人娘だし、大学の付属高校へ通っているのでせめて推薦で、と思うのも親心。ところが、娘のほうはまるでやる気がなく、親の経営する会社のショールームが銀座にあるので、卒業したらそこで働くと言っていた。このため、効果ないから辞めさせてもらった。お母さんが、またすごくいいお母さんで、ちょっと悲しそうな目をしていたのが印象的。

次の子は小学生。この子は小学校から私立。ただし、あまりにも成績が悪いため学校から中学へ上げられないと言われてしまい、親のほうがあせって家庭教師を、というくち。親が4件歯科医院を経営し、青山で池のある家の生活だし、週末にはクルーザーで釣りへ。本人はまるでやる気なし。マネーがよかったので続けていたけど、やはり寄付金で解決したほうが手っ取り早かったのか、途中で断られてしまった。コンパスで消しゴムを刺すのが好きな子だった。ちょっと大柄で朗らかなお母さん。午後になると双子たちにそれぞれの家庭教師が来るので、その間にお出かけしたり電話したりしていることが多かった。

その次の子も小学生。この子が一番教えやすかった。教えたそばから吸収してくれて、辞めたくなかったのだけど、研究が忙しくなったので辞めさせてもらった。知的で頭の良さそうなお母さん。大きな犬。子ども部屋は狭い。ある日、餃子の匂いがたちこめていたのが印象的。広いリビングと大きな犬と餃子の匂いというのがヘンにミスマッチで印象に残っているのかも。

・・・・・・・・・・他人の子は責任ないから気楽だよなぁ・・・が、しかし、他人から見たわが子という眼を学んでしまい、ちょっとせつない。(他人から見たわたしについては考えないことにしている)

投稿者 Blue Wind : 04:32 AM | コメント (0) | トラックバック

やりがい

職業に貴賎はないと言うけれど、だるだる度の違いはあると思う。定食屋さんで店員をするのは案外刺激的だったかもしれない・・・少なくても会社で切り貼りしているよりも。大学を出て、しばし事務員をしながら・・という生活はだるだる度が高い。

わたしの友達も結局転職してしまった。それでいて、親戚の家で公認会計士の仕事を手伝うというのは素晴らしいはずもなく、さらにちょっとマスコミ系のイベント会社に転職。もう、「辞めたい辞めたい辞めたい」の連発だったけど、服を買ったりバッグを買ったりローンが残っているからとりあえず働く意欲が出るそう。だったら自分で何か資格を取って開業したら、って思ったけど、そこまでの気力はないみたい。会うと、「結婚したい」ってそればかり。要するに、仕事を辞めたいから結婚したいという動機がなんともはや。そういうヤツに限って今でも働いている。

主婦なんてだるだる。働くよりもだるだるな気がするんだけど、このだるだるな生活がまだ刺激的でやりがいに満ちたものに感じられるほどのだるだるさって一体何なんだろう。

なんで東大が素晴らしいのかわからないけど、東大に限らず筑波大でも国立系ってどこか違うもの。たとえば平凡に公務員しているだけでもビジョンがあるというか・・・地域の活性とかまちおこしとか、そういうことを考えているだけで楽しいような気がする。

もっともそういうことなら主婦でも考えられるけど。たとえば、ここへ引っ越してきただけで、最初は何もないから役所に提出する要望書の書き方から教えられた。地域に何が必要かとか? たとえば、信号機をつけるだけでも要望書を提出しなければならない。学校へボランティアへ行ったり、学校では足りない部分をどうやって補足していくかとかね、案外やることは多いみたい。

薬学部が6年制になった。これで志望者がぐっと減ったそう。わたしにはその理由がいまいち理解できなかったけど、去年イタリアへ行って何となくわかった。おちびがものもらいになり、イタリアで医者へ行ったらあまりにも高そうだったので薬屋へ行く。すると、薬剤師さんがおちびの眼を見て、その場で薬を処方してくれる。おかげで薬代だけで済み、安かった。日本だといちいち医者へ行かないとならない。

今、国にお金がないため、いろいろ政府も考えているんだろう、ということが何となく。つまり、薬だけなら薬剤師で充分なので、そのうち自動車保険の免責みたいに3万円以下の医療費は自費とかね・・・そうなる可能性も高い。医療費が高かったらいちいち風邪ひいたくらいで医者には行かないだろう。

それで困るのが開業医。だから、紹介状が無ければ病院へは直接いけないような仕組みになってきている。実際、大きな病院は風邪くらいで来られても迷惑。軽い疾患は薬剤師、本当の病気は医師という具合?

昔は、専門学校でも薬剤師の資格が取れたと思ったんだけど、違うのだろうか。わたしは理系のことは知らない。

・・・・・・・・誰が何を考えて、薬学部を6年制にしたのかは知らないけど、誰かが何かを考えてそういう具合にしたとしたら、その「誰か」になるほうがやりがいがあるような気がするんだけど、どうなんでしょう・・・(ヒソヒソ・・・・やっぱ東大?・・・・・・・・ヒソヒソヒソ・・・・・・・)

主婦・・・・
バカにする人も多いけど、だるだるで事務員をしているなら、よっぽど刺激的かもしれない。今さら履歴書を持って就職活動をしようとは思わないけど、娘がもう少し大きくなったら自分でも何かできることがあるような気がする。金にはならないかもしれないけど・・・

投稿者 Blue Wind : 02:25 AM | コメント (0) | トラックバック

実務教育?

実務教育というわけじゃないけど、わたしは案外そういう教育を受けている、親から。

高校1年の夏休みには、新橋のサラリーマン街でランチタイムだけバイトに。ランチタイムは戦争・・・猫の手も借りたいくらい忙しい。定食のメニューがあり、時間になると一気に人が雪崩れ込んでくる。わたしの仕事はトレーを拭いたり、ご飯やお味噌汁をお客さんが入ってきたら配膳すること。一度だけレジに入ったけど、緊張してしまいたった500円のレジが打てない。死ぬかと思った・・・いつの間にかレジの前に列が出来ている。

皆が忙しく働く中、3メートルの範囲内がわたしの持ち場のスペースで、洗い場からあがってきたお椀を拭いたりトレーを拭いたりしている間に配膳をしていったり・・・「いらっしゃいませ」と言えるようになればいい、というのが狙いだったそう、母曰く。突っ立っていてはいけない、というくらいは理解できる。

大学1年の夏休みには、赤坂の信販系の会社の営業所へ行かされた。OL見習い。主に切り貼りをするのが仕事。毎日同じ時間に営業所へ行き、毎日決まった仕事をする。それだけ。和気藹々とした雰囲気で、ランチタイムになるとOLさんたちに混じって食べる。

一番仕事の出来るOLさんは酷く童顔で、通勤にはジーパンとジャンバーなどのラフな格好でやってくる。ユニフォームに着替えると普通のOL。わたしより一回り上のOLさんで、トラバーユしたばかりの人がいて、会社の帰りに買い物に誘われた。いきなり3万円くらいの化粧品を買っているので驚いた。27歳を過ぎたのだから当たり前らしい。ジャンバーでやってくる人とはずいぶん違うと思ったけど、あまりややこしいことは考えない。

きわめつけは、所長さんから呼ばれて何の用事かと思ったら、「彼は慶応を卒業して、実家は○○県で村長をしていて・・・」という具合で、同じ営業所で営業の仕事をしているらしい人を紹介された。営業の人たちとはめったに会わないから顔も知らない。うげげ・・・・わたし、その時、まだ十代で大学に入ったばかり。いきなり縁談かよーと思ったけど、社会人だとそれが当たり前なのだろうか。かろうじて30代がその所長さんだけで、ほかの人たちは20代らしい。まだ出来たばかりの営業所だったので。微笑みながらのらくら逃げ出したことは言うまでもないだろう。

あっさり語れば、親のもくろみは知らないけど、わたしはこれらのだるだるな経験により、OLになるのは辞めようと決意した。3年が限界というのもわかるような・・・気がした。

投稿者 Blue Wind : 01:10 AM | コメント (0) | トラックバック

August 30, 2005

どうせやるなら、個人で販売できる程度までバックアップしてほしい

全然待っていなかったけど、アメブロでも自費出版のサービスが始まった。他社ブログのサービスと比較する前に、せっかくだから感想を。

アメブロ運営局 スタッフブログ
アメブロde本

正直に語れば、今はまだ「待ち」をかけたほうがよいのでは・・・
理由はいくつかある。

一番大きな理由は始まったばかりだということ、サンプル数が少ないということ、表紙くらいもっと凝ったものを使ってもよいのではないかと思ったこと。

その次に、期間で記事を絞り込まなければならないということ。
(ちなみにエキサイトの場合は、印刷したい記事だけを抽出することが可能。)

******

どうせやるなら、個人で販売できる程度までバックアップしてほしい。アメブロなんだから、それくらいできるのではないか?・・・なんてね。

投稿者 Blue Wind : 03:34 AM | コメント (0) | トラックバック

【今日の短歌】 生きること?死ぬことよりも簡単さ。罪あらば人生きるしかなく。

ホセア書をのんびり開いて眺めれば幾年のごとく短きは人
欲望を否定するか?・・・と尋ねれば神殿の外、見あげれば星。
生き甲斐と死に甲斐の差はだるだるに繋がれた糸引き抜くようだ
営利のち晴れることなどあるまいと厳しきは夏。蝉の鳴き声。

求めれば与えられると営利には循環の水流れるままに
家の中こもっていても動いてもわがこころだに動かんと空
吾子のため、さりとて思う人の渦、次なる山は次なる河へ。
流れればたどりつくのか河の流れ追い求めつつ空の下には

生きること?死ぬことよりも簡単さ。罪あらば人生きるしかなく。

投稿者 Blue Wind : 02:00 AM | コメント (0) | トラックバック

August 29, 2005

きっかけなんて

話を整理すると、これはダンナにも言ったんだけど、きっかけはほんのささやかなこと。つまりは、おちびの絶交事件があり、それが原因で1人下校が禁止されているためややこしいことに。まあ、友達同士ですったもんだしているだけなので、このことはすでに自然解消というか、自然に仲直りしたらしく終わった。

が、しかし、これがきっかけでおちびがスクールバスのある学校へ行きたいと言い出す。そうすれば、誰と一緒に帰るとか帰らないとかでトラブルこともない。バスに乗って登下校するだけのことだもの。

でも、一度決めると、「しらいしさんのところも受験するの〜?」という具合になるのが世間っちゅーものじゃないだろか?しかもおちびの成績も上がってきたし・・・成績が悪いうちはダンナにも親バカ的諦めがあり、娘が絵が好きならそれでいいや、みたいな感じ。ところが成績が上がるともっとがんばれってなるのも親じゃないだろか?

きっかけはいつもささやかなことなんだよなぁ・・・・

いや・・・・いろんな話はあるよ・・・・すべりどめみたいな感じで入ってしまった子たちはそれが悔しいから入ったときからさらに受験勉強を開始するとかね。だったらわざわざ私立へ通わせる必要性はないような気がするんだけど、たぶんお金が余っているんだろう。

というわけで、なんかやたらと疲れる日本の母親。いっそのこと受験がなかったら優雅にあれこれ絵だのスキーだの遊んでいるうちに卒業になるように気がするんだけど、どうなんだろう。

一つわかっているのは、日本人は仕事が好きってこと。

投稿者 Blue Wind : 11:25 PM | コメント (0) | トラックバック

ど素人以下

ど素人以下には以下の強みがある。
あっさり語れば、きつい。

たとえば、娘が絵で食べて行きたいと言ったとしても、ちょっと見てね、「ふん!」で終わらせてしまうくらいきつい。ちょっと専門学校へ行ったから、美大を出たから、というくらいでは相手にされないことくらいはど素人以下だからこそ理解できる。

もっと言ってしまえば、それがすごく価値のあるものであったとしても、たとえば素晴らしいガラス工芸の作品だったとしても、わたくしは主婦なのでそっちは鑑賞用、自分で買って使うのは実用的なもの。つまり、電子レンジや食器洗い機で使えるものとか。収納するときのことや、食器洗い機の企画サイズに収まるかどうかとか。だって自分で手で洗うのはいやだもの。

それなら、自分で食器を焼いて、自分で使っているほうがずっと楽しいのでは・・・?

あるいは、フラワーアレンジメントや華道などをやりながら、ちょっと使いたい器を自分で焼くとかね・・・そっちのほうがお洒落だし、そんなことをしているうちに、器の焼き方を誰かに教えているほうが実用的な生き方のような気がするけど、どうなんでしょう・・・

みんな、不正直で困る。

たとえば、美術なんて食べていけないわ、なんて言いながら、「あの学校では美術の推薦枠があるのよ」という噂が広まるとどういうわけか小4くらいでいきなり絵の勉強を始める子が増えたり・・・何のために絵を習わせるのか、謎。うちはまだ道楽の部類だから、まだマシのような気がする。

親の思惑とは別に、子どもは絵を描く面白さに目覚めると、次にはそういう子たちが集まる中に行きたがる。そういうのは本能のような気がするけど、どうなんだろう・・・1人で無理解な人たちに囲まれて劣等感を抱えながら生きるより、そっちのほうが居心地がいいのは当たり前。

そのうち自然とそういう子どものニーズが高まると学校でも本腰を入れるようになる。すると、「あの学校は美術に力を入れている」という噂が広まる。そうなるとそういう希望を持った子たちが集まるようになる。

つまりはね・・・わたしのように絵の下手な人間が群れているところで教師だけが一生懸命になっても反応しないのよ、群れたちは。退屈だから。ところが、絵が好きな子たちが集まっていれば面白いくらいに才能が伸びる。そうなると先生もさらに高度なことを教えても大丈夫ということに気づきだす。

世の中なんてそんなものではないだろうか。

たとえば、美術推薦の話をどうして美術教室へ行ってするか?つまりは、そういう学校が増えれば、美術教室も流行るし、流行れば今まで埋もれていた才能たちが芽を出すチャンスに恵まれる。実際の学校というのは学力重視だからせっかく絵の才能があっても埋もれてしまう。そうなると美容師になろうかとか、専門学校へ行って普通の学校では教えてくれなかったポイントなどを勉強しようか、とかね・・・正直に語れば、落ちこぼれのレッテルを貼られてしまう・・・勉強が出来ないから仕方なく、というのでは。

そうなると悔しいので、結局、勉強させよう、って思ってしまうのは親が悪いのだろうか?

いくらマスコミや世間が、カリスマ美容師の話をしても、作家や漫画家の話をしても、なんか説得力がないわけ。そういうのはいわば特殊な人たちだけという気がして。それなら役人にでもするほうが手っ取り早いような・・・

某作家のブログを読んで、「はあ?」と思ったことがある。居酒屋で働いていても相手にされなかったけど、作家になったらちやほやされるというお話が書いてあった。ほんで、誰にちやほやされたいのか?って欄を読み、ぐったりしてしまった。それなら、作家をちやほやする側に回ったほうが・・・まあ、エリートになれないから敗者復活的に・・・? なんかね・・・作家がそんな風だから、世の中がちっとも変わらないような気がして、わたし的には非常につまらないような気がしたのだけど、そういうのに憧れる人たちが多いってことが現実なのかもしれない。

投稿者 Blue Wind : 03:11 PM | コメント (0) | トラックバック

ぐったりな一日

今日はもう、くたくた・・・
朝からオープンスクールへ行き、その後、展覧会へ行き、一日中誰かと話していた気がするくらいよくしゃべった。あーだるだる。

なんでも経験なので、学校の個別相談会というのに参加する。そこで先生と話す。

なんかね・・・・銀行員と話しているような気がして、まさしく・・・・なんと説明していいのか・・・・・駆け引きというか・・・・・・う〜む。

何から、というか、何を話していいのかわからなかったので、スクールバスのことを訊く。午前便・午後便のバスの数とか。・・・・・まあ、つまらない質問ですな。それでいてさりげなく「塾の先生に東京の女子校を勧められているのですが」ということをほのめかす。TXが開通したから・・・状況が掴めない。つくばから都内へ行く生徒が増える一方で、その逆もありうる。

次に話題を変えて、「将来は美術のほうへ」と切り出す。(・・・・・・・・なんか負けそう、これでは。)それで路線を変えて、「美術ではなかなか食べていけないですから、本音としては獣医とか」と言う。すると、はっきり医学部や獣医学科は推薦(大学での)は難しいと言われた。

あっさり語れば、「ふふん、どうせ勉強ができないんだろう」くらいに内心思われていることがひしひし伝わってくる。

そこで、この辺でズバッと訊く。「推薦と一般入試とどちらで受けたほうがいいでしょうか」と。つまり、美術で推薦というとどの程度バリューがあるか?ということを知りたいですよね・・・正直。

まあ、一般論としての回答があり、一般入試というのは試験の成績がすべてだからという説明。推薦というのは、たとえば野球や剣道などでトロフィーを貰ったとかね・・・だとすると、監督推薦を貰って来い、みたいな流れがあって、中には本当に面接の時に実物のトロフィーをいくつも担いでやって来た生徒がいて、それならペーパーで、というのが発祥らしい。

そこで一言。「だったら受験校へ入れて、東大を狙ったほうがいいですよね」と微笑む。だって、せっかく大学の付属中学に入学しても外から受験するより推薦のほうが難しいとかね・・・この一言で、先生の態度がコロッと変わる。正直、「東大」というセリフがこんなに効果があるなんて・・・恐ろしい。「医学部」ではダメ。だって医者の子は多いし、大抵は付属だからという安易な考えの人たちが多すぎるから、先生も慣れすぎている。

しかも、個別相談会の順番待ちをしている間、隣の教室へ優先的に案内された金髪のおばさんがいて、その時先生が、「特待についてのご相談の方はこちらへどうぞ」だって・・・グサッ。受験の世界は成績がすべて・・・(泣)

そこで、「東大」という流れで押してみる。つまり、県立では本人が美大へ行きたいと言っても、先生が「東大へ行くのも才能だ」と東大をプッシュされるという話を振る。つまり、「先生ならどのように指導しますか?」ということを訊くわけ。

その後、留学の話やら、二国をやらせないのかとか一般的な会話をしながら、娘のいる教室へ戻る。そこでは美術の授業が行われている。それ以前に、廊下などに展示してある絵を眺めて、あまりのレベルの高さに驚く。正直、その中学校はまだできたばかりでバカにしていたのよね・・・が、しかし、めちゃくちゃレベルが高い。講師が商業出版系の人で、小説などの表紙絵を描いているそう。

わたしね・・・今まで美術教育ということで学校を見学して、学校教育→美大という流れでしか眺めていなかったせいか、それにより目からうろこ。普通だったら高校2年を過ぎて、あるいは専門学校や大学へ進学してから学ぶんじゃないかなーということをすでに中学生のレベルでやっている。今回は小学生相手にどんな授業をするのかと思って。まるで同じレベル。ロジカル。教えるのも才能。

そこで次に、その話を美術教室へ行ってする。美術教室の先生もそこの中学校のことはまだ出来たばかりで様子がわからないため、忙しいにもかかわらず話し込む。

美術の世界のことなど知らないわたしが説明するのはかなり困難だった。それでもどうにか事情を説明し、娘は今まで自分が習っていなかったことをやらされたため、体験学習で描いた絵を先生には見せたくないらしい。見せたら簡単なのに・・・と思いつつ諦める。

それでいて娘の美術教室の先生ももともと商業出版系出身。ふたつのことを同時に理解してくれるというのはありがたい。

つまりね、あっさり語れば大手の広告代理店に就職できるのならいいわけさ、親って。食べていけるもの。が、しかし・・・・今はこういう時代だし、たとえば東京芸大を卒業したというだけで企業からボイコットされてみたり・・・そういう現実を考えると、いかに美術の世界が混沌としているかわかるってものだわ。

美大進学系の児童教育の中の美術教育という点で考えると、都内の名門私立小学校への就職が決まっている先生の話とかね・・・そういう世界へ進むなら、レトロでアカデミックなほうがいい。ところが、商業出版系だとそういうわけにはいかない。しかも、専門学校などの乱立で近頃ではカタカナ職業を名乗る人たちが増え、その大多数の人たちが就職活動の際、電話だけで断られているという現状・・・

しっちゃかめちゃか・・・

ちなみに某高校の美術科の受験の際、面接で、「漫画家になりたい」と言ったら落とされたという話もあるんですが・・・(わたしが言ったんじゃないですよー!ちなみに・・)

もっと言えば、わたしは就職の面接に行ったわけじゃないんですよー・・・疲れるぅ。

・・・・・・・・だるだるになりながらも、とりあえず、美術教室の先生に推薦状を書いてもらうことにした。要するに、美術で推薦状を書いてもらった以上それで入学してしまったらそれなりにそこの授業についていけないというのでは困る。それに関しては何の問題もないということで、美術教室の推薦を勝ち取る。実際に学校から連絡があるらしいのね・・・ペーパー・・・書類に書いてあることに嘘がないかどうか。推薦に偽りあり、とうのでは次の子たちに迷惑がかかるでしょ?その点では学校と同じ。快く引き受けてくださったことに感謝。

が、しかし・・・・
もうそれだけでもだるだるなのに、今度はオープンスクールへ行かなかったダンナからの攻撃が始まる。つまり、獣医学科への推薦も出せないような学校へ行かせても無意味だから、それなら受験校へ入れて東大を狙わせたほうがマシというのが彼の本音だからね。おちびなんて泣いている。

今日、学校へ行った感触として、娘はその気になってしまっている。つまり、そこの学校へ行きたいと思っちゃったから大変。制服が可愛いとかスクールバスがあるとか、子どもの発想や反論ってその程度でしょ?でも、実際にはそこの学校でがんばりたい、つまり絵の勉強を続けたい、という強い希望が発生し、かつ入れそうなニュアンスなので、すっかりその気になってしまっているという・・・(まあ、推薦を落ちる可能性も結構あるんだけどね、ラッキー??)

アーだるだるだるだるだるだるだるだる。
まだ自分の受験のほうがマシ。
なんか、ぐったり・・・・

投稿者 Blue Wind : 12:14 AM | コメント (0) | トラックバック

August 28, 2005

また芸能人を使って・・

また芸能人を使って選挙活動しているヤツがいる。
いやらしい。
やめたらいいのに。
懲りない。

あんなんで入れるひとたちの気がしれない。

投稿者 Blue Wind : 02:48 AM | コメント (0) | トラックバック

August 27, 2005

【今日の短歌】 汗だくでまつりつくばの山車みれば浴衣姿の海彼(かいひ)の人ら

汗だくでまつりつくばの山車みれば浴衣姿の海彼(かいひ)の人ら
青森のねぶたまつりのくりだせば山車に神輿に見知らぬ地名
つくばって広いんだなと見渡しつ人の流れのまんなか歩く
貸切のバスの並んでくりだせば高速バスを不思議にながむ
地下鉄の降り口のあるつくば市になっちまったか、キラキラと夜。
地下鉄の出口のとなり交番の慣れない明かりスポットライト

だるだるに渋滞の道走らせたことがあるだけ。まつりに日には。
無機質に似合わないほど人歩く鬱蒼と夜、鬱蒼と人。

投稿者 Blue Wind : 10:44 PM | コメント (0) | トラックバック

生き甲斐・死に甲斐

生き甲斐というのは娘を東大へ入れることで、
死に甲斐というのは孫の赤紙を破り捨てること。

う〜む・・・・
自己中はつおい。

投稿者 Blue Wind : 12:13 PM | コメント (0) | トラックバック

ややこしい若者

新婚旅行でハワイへ行った時、どこで話したのか忘れたけど、「私たち、年に4回ハワイに来ているのよ〜」とうれしそうに話している中年(以上)だと思うおばさんたちがいた。わたしはひたすら驚き、「わたしだったら世界中回るけどなぁ・・」と答えた。するとあっさり、「ハワイに来たいから働いているのよ〜」とおばさんたちはにっこり。

今頃になってなんでそんなことを思い出したのか不思議だ。

いや・・・・美大を出て普通に就職したはずのダンナの姪が仕事を辞めて、その理由が「やりたい仕事じゃないから」と言っているからなのかもしれない。何のために働くのかわからない、とか、いろいろなんですな、今の若者は。ニートではない。スケッチブックを持って、あちこち面接に行っているらしいから。大抵は、奇抜なものは扱わない、という理由で断られるそう。(どんな絵を描いているんだろ?)

アートな人たちって正直我の強い人が多いから、結構大変そう。普通の仕事だったらいてほしいけど、そっちでは要らないって言われたら傷つくのもわかるような・・・それでも負けずに歩いているのかと思うとずいぶん変わったなぁ・・というのが率直な印象。昔はすごくおとなしくて、常識的で、・・・というか、今でもそうなんだけど、おそらくは美大で鍛えられたのだろうか?根性を・・・

それとは裏腹に、わが家ではあっさり方針を変更。その話とはまったく関係ない。ただ、これもある意味ネットで学んだことなのかもしれないけど、アートはきつい。それならその前にきちんと手に職ではないけれど、親が死んでも大丈夫なように娘に仕事を持たせたい。

というわけで、プロボウラー、獣医、など、何か食べていくための方略を。一つだけでは足りない。普通に企業にお勤めして辞めて再就職が難しいというのはどうも好ましくない。人間やりたいことを続けるためには金がいる。そのために働け、というほうがナチュラルな気がするけど、どうなんでしょうか。

ハワイで出会ったおばさんたちは、すっきりしているもの。要するにハワイが好きで、ハワイに来たい。だから働く。それだけ。

ハワイでなくても、バッグが欲しいから働くとか、服が欲しいから働く、のでもいいし、家を買いたいたいからとか、バイクが欲しいからでもいい。要するに、何か目的があって働くというほうがわたしから考えれば理解しやすい。

にもかかわらず、今は生き甲斐のある仕事とか、やりたいこととか、さ。おおげさでおおげさで・・・

ハワイへ行きたい、それが楽しみで働いている、というのも生き甲斐だろうし、それが無くなったらもしかすると仕事を辞めてしまうのかもしれないし、それくらいシンプルで楽しそうだった。生き甲斐ってそういうシンプルなことだと思っていたんだけど、どうなんでしょうか・・・・わからん。

娘の偏差値を上げるとか、東大を受験させるとか、絵の勉強をさせるというのもわたしの生き甲斐でして、親って単純だから成績が上がったり、絵が上達するとすごくうれしい。われながらくだらないと思いつつも生き甲斐なんだから仕方が無い。

勤労の喜びも子育ての喜びもささやかなものかもしれない。でも、そういうささやかなことだからこそ生き甲斐にもなるような・・・おおげさなことはやりがいはあるかもしれないけど、生き甲斐とは逆のベクトル・・・つまり死に甲斐みたいな気がして好ましくない。

ババアの戯言として言えば、なんで、ささやかなことに生き甲斐を見出せないのか不思議だ、いまどきの若者たちが。ババアはオトとマリの世話をしているだけでも生き甲斐なんですけどね。あっ、今頃何してるかしら?って気になって仕方が無い、ちょっと留守にすると。

逆にぜんぜん気にならないことだけど(忘れていたいことか?)、それでも雑草は勝手に伸びているし・・・・やることは絶えない。

投稿者 Blue Wind : 01:41 AM | コメント (0) | トラックバック

August 26, 2005

国という抽象的存在

人間らしさとか、普通の生活とか?
簡単・・・

たとえば、わたしが老いたとして、そのとき、わたしの心配をしてくれるのが”国”や”みんな”というのがいやなだけ。みんなで話し合って、年金がどうたらこうたら、という社会より、娘に、「お母さん、お母さん、大丈夫ー?」って言われたいだけ。

義姉が姑さんに言っていた・・・
「お母さん、そのために今は年金があるの」と。
つまり、親の生活のことや介護のことはみんなで考えるべきもので、だからこそ社会保険があり、国に支払った結果それが親に間接的に入るという仕組みについて。
あっさり言えば、誰も親の世話をしたくないし、一緒に住みたくないってことを国の責任にしちゃっているだけのような・・・

かく言うわたしだって姑の苦労を積極的にしたいとは思えない。姑さんにしてみれば嫁の苦労をしたくない。財布をきっちり分けたい。そのためには間接的な関係がうるわしい。つまり、トラブルを回避するために間接的な仲立ちが必要なだけらしい。もっともサラリーマンの家庭ではないためにある程度の話し合いは必要なんだけどね。でも、それはわたしには関係ないから・・・

国だと思うから、がっちりせしめたくなるけど、それが娘の稼ぎとなるとそういうわけにはいかない。国という抽象的な関係より、娘という愛する存在との関係のほうが大切。

あら?
愛国心って・・・
んなもんないってたまに思う。

投稿者 Blue Wind : 12:30 PM | コメント (0) | トラックバック

愚か者の平和な夜

あと2年もしたら世の中がどんどん変わっていくのだろうか。ある程度まとまったお金があって、年金があるなら、あとは物価が安くて食べ物の美味しいところでのんびり余生を楽しみたいというほうが人情だ。仕事があるから拘束もされ、自由のない生活。都会のほうが便利でよいという人たちも多いだろうけど、あの姑さんでさえそのうちつくばに来ると言い出したし、世の中わからん。一つわかっているのは、今が一番しんどいということかも。2007年をピークにリタイアする人たちのほうが増えて、そうなると2017年頃までには就職難も緩和される可能性が高い。

たまに誰の言うことが正しいのかわからなくなることがある。そういう時には、頭が二つあることが多い。たとえば、業界の人の言うことを鵜呑みにしたところで実際の売り場に立てば、推奨本は推奨本として存在し、参考書はどうしても必需品だし、辞書の種類ですらあっという間に増え、いつも必要なものは与えられている。国の教育方針のほうが影響力が強い。一方で護憲派がおり、一方で目立たず軍事力は増強されており、それでいて自衛隊がサマーワでやっているのは設計図を書いたり裏方の仕事?北朝鮮のテポドンって何なのさ・・・謎。

官僚主導型の社会がどうたらこうたらとか、大企業がどうたらこうたらとか、国民がどうたらこうたらとか。一つわかっているのは、体制というのを支えているのが国であり、その国の仕事をしている人たちを観察するに、どうやって考えても生活自体はザ・公務員。

外は台風・・・
静かな夜。

投稿者 Blue Wind : 01:57 AM | コメント (0) | トラックバック

August 25, 2005

本屋の官民対決

公務員社会に洗脳されたわたしの脳裡において、もしそれが本当の意味で値打ちがあると思う本であれば、図書館にあるべきものとして扱われ、立派な装丁がほどこされて売られている理由が理解できる。みんなで使うものにはしかるべくお金がかけられる。あるいは教科書により無償配布されたり・・・あるいは、この前本屋でいい本だなぁ・・と思っていたアフガニスタンの写真集の続編が、小学生のための夏休みの課題図書になっていたり・・・

その一方で、不景気に喘ぐ民間は薄利多売とばかり、新聞掲載や雑誌、早々の文庫化などにより廉価で売り出される。いささかその内容が俗悪になっていようが、薄利多売でしのぐしかないのかもしれない。昔の出版社は・・、作家は・・、などと怒っても無意味な理由がここにある。

誰がそのルールを決めて、保護し推奨すべき作品とそれ以外を区分するのだろうか?
読者? 消費者? 編集者?

駅の売店の前にごみ箱がある。
「青少年に悪影響を与える書籍は捨てましょう」と書かれて・・・
捨てる基準がどこにあるのかわからないけど、あっさり語ればそんなものは買わなければいいわけで、それでいて売れるんだろうな。だったら立ち読みすればいいのに、って思うんだけど、さすがに売店ではできない。コミックなんて本屋でも店員が全部にビニール・カバーをしてしまう。

読者・・・というより、消費者の感覚に近い。価値のないものにはお金を払いたくない。それでいて欲しい本は高い。

このバトルの激しさ・・・

投稿者 Blue Wind : 02:18 PM | コメント (0) | トラックバック

【短歌】 世のためと言って動けぬガリバーの横たわるうえ蟻たわむれる。

嵐待つ、蒸し暑き夜、寝苦しき。漠たる怒りとおりすぐまで。
政治すらせせら笑ってせらせらと果つる夜さえ日はみつむるか。
世のためと言って動けぬガリバーの横たわるうえ蟻たわむれる。

あっそう、と言ってしまえば”反対”の文字はふるきと”改革”の文字。
改革に反対すれば保守なのと言いたいけれど、活断層あり。
震わせる地の音を聞く深夜には地下鉄の音のかそけく消える。

だるだるなにっぽんじんの真似すればマネーに泣くよ、それだけは言う・・
さくらんぼ・・・ぐわっとヴィトン、それだけはやめてくれよと言いたくもあり。

500億選挙のために使うなら2007年・・・定年を待つ。
ところてん想い描いてピラミッド逆さになって地球は浮ぶ

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August 24, 2005

青写真

テレビで佐藤ゆかりさんが郵政の金の使途の一つに中小企業への貸し出しを挙げていた。わたし的な素朴な疑問として、どうして今まで郵貯マネーが銀行がダメになった時点でそこへ回らなかったのか不思議でたまらない。

なんでなんでなんで?
銀行が貸し渋っている話はずっとあるし、中小企業の連鎖倒産の話もめずらしくなくなったし、要するに会社が倒産し、人々が失業に喘がないと許してくれないってことなんだろうか・・・わからん。失業対策の一つに公共事業とか?

あのぉ・・・・・その前に失業者が出ないように救済があってもよかったはずでは?
わからん・・・・ほんと、わからん。
まあ、たしかに”みんなの金”であるため、うっかり何かやって銀行みたいなことになったら大変なのはわかるけど、あまりにも何かどこかが窒息体質のようで息苦しくなってしまう。

パラサイト化している若年層は、失業保険をもらいながら転職しているほうが得。公務員は転勤が多いし、家を買わないでいるほうが手当てがつくから得。うちの近所でも退職してから家を建てる人が多い。

二神さんの『希望のニート』の中でも、積極的にパラサイトを推奨していた。つまり、20代では収入が少ないのは当たり前だし、今の若年層に1人でやっていくように語っても無理。ということは、年収300万円で暮らすためには積極的に親子でパラサイト化していくしかない。親の年金と子の収入で孫を育てていくのだそう。(それが素晴らしいかどうかは知らんが)

もっとわからないのは、郵貯の金が海外に流れる可能性があるから民営化に反対と語っている人がいた。
??????
わたしは経済のことはまるでわからないので意味わからん。


もっとわからないのは、郵貯の上限1000万円が2000万円、3000万円になることがどうしていけないの?
もう、さっぱりわからないことだらけ。
一つわかっているのは、そういう官意識の高い金の使い道が国債とか公共事業に使われているらしいということ。わけわからん。国債というのは国の借金だし、公共事業というのは無駄遣いするためにあるような・・・・
わからんわからんわからん。

まあ、どうでもいいんだけどね・・・
公務員の街というのは、官の影響で民でも福祉はよいし、福祉がよいということは、さあ、いざどうしよう、というときのことを心配する必要性が薄いということで、官のレベルで暮らしていたほうが財布にもやさしいし、多少の窒息感を我慢すれば、追い立てられるように金に堰かされることもなく、案外居心地がいい。世の中がせっせと堰かされるように自己実現だのキャリアアップだの派遣社員だのと騒ぐ中、のんびり家で遊んでいられるのは官の街だからかもしれない。

まじに金かからんのよ。まず、交通費がかからない。つくばから秋葉原へ行くだけで1500円以上かかるそう。おーバカらしい。それなら地元にいたほうが経済的。まあ、仕事だったら経費で落ちるのかもしれないけど、学生だったらちょっとバカらしいかな。

不景気・・・・・イコール物価が下がって生活しやすくなることかと思っていた。

投稿者 Blue Wind : 11:28 PM | コメント (0) | トラックバック

育ち盛り

先日、おちびのボウリングのハイ・スコアが172まで伸びた。コンスタントに140前後で投げられるようになったので、小学生としては合格点。目標としては、中学生で160前後、高校生で180前後、アベレージが180以上というのが女子プロの条件。結構イイセンいってるよね。

いまどきボウリングなんて・・・とバカにしているとしっぺ返しが。というのは、ボウリングが爆発的に流行ったのがわたしが小学生の頃で、その当時、ボウリングにはまっていた人たちが60歳以上になり、ちまたでは年齢に関係なくできる手軽なスポーツということで案外人気が出てきているらしい。

ちまたでは2007年問題がそろそろ話題になり始め、680万人の定年退職者が一度に出るそう。よくそんなに退職金が支払えるかと感心してしまう。そうなると、こんな時代ではそれは地道にプールされるのだろうか。

子どもはいいよ・・・だって、おとなになって働いて買いなさい、って言えるもの。でも、年寄りになっちゃうとなかなかそういうわけにはいかない。それでいてヒマだとか、健康のためだとか、いろいろなことを考えないとダメになる。時間があるってそういうこと。日頃、定年退職者のような生活をしているために、そのことは何となく理解できるような気がする。自分でやらなかったら機械的に仕事が与えられるということもなく、何をやりたいとか食べたいとか日々日日のことですらあれこれ自分で考えないとならなくなる。

というわけで、ボウリングとかペットとか? 子どもが大きくなると何となく寂しいからペットを飼う人たちが増える。近頃ではマンションでもペットを飼えるようになってきたため、今後ますますペットが流行りそう。となると不足するのは獣医さん。いっそのことおちびを獣医にしたらどうか?

かく言うわが家もなかなかいい獣医さんがいないため、夏休みにオトくんたちを預けるのも案外遠くへ連れて行っている。マリがこの前、庭で足を怪我したようだったけど、しばらくすると痛がらなくなったのでそのまま旅行へ出かけてしまった。その間に、獣医さんで悪い箇所を発見してくれたので、留守中に治療まで。肉球が少し腫れていたそう。ペットショップへ預けたのではなかなかそこまではしてくれない。

というわけで、いっそのことおちびが獣医になってくれたら、わたしも安心して旅行へ行ける。なんか違うなぁ・・と思いつつ、自己中ってつおい。とりあえず、プロボウラーになり、ついでに獣医になって、自分で働きながら絵の勉強しろ、とかね。働いてわたしに毎月3万円ずつ小遣いをくれるそう、うちのおちびさん。うきゃきゃ。

・・・・・・・・娘にとってわたしってどんな母親なのだろう?悩む。

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August 23, 2005

だるだるで少し不景気がいい

郵政民営化が通りそうなので、ほっとしてしまった。どんな大きな船でも、皆が乗ろうとすれば沈没してしまうのは当たり前の話で、船が沈没しまってからでは遅い。不景気になり社会不安が増大し、これ以上国の負担が増えるということは国が沈没してしまうということで、その負担が結局は生活に跳ね返ってくる。

だるだるで少し不景気なくらいが一番暮らしていきやすい。

投稿者 Blue Wind : 09:00 AM | コメント (0) | トラックバック

半民半官

公務員の街に住んでそろそろ10年以上経つけれども、無意識のうちにものすごく影響を受けているような気がする。役人根性というのはあると思う。

どこが違うのかといえば、役人というのは物事を阻止するために存在しているような・・・民間の悪に対して抗議するのが使命のような・・・何が悪なのか、その感覚が違うため、深く追求しないほうがよいように思える。

うまく説明できないけど、同じ商品を30万円で売ろうが15万円で売ろうが業者の勝手でしょ? 賃金にも地域格差があるし物価も違う。渋谷に住んでいた頃を例にとると、駅から離れたスーパーで大根1本100円で売っていたとして、ちょっと歩いて駅まで行くと150円に値上がりし、店によっては200円になったり300円になったりする。家から徒歩圏内であってもまるで物価が違う。

この傾向は同じ店での買い物でも、客によって支払う値段が違ったとしても当然ということを示す。一応は定価というものがあるけれども、似たような商品に価格差があり、Aの客には100万円の品、Bの客には25万円の品、Cの客には2〜3万円のワゴンの中から。驚くに値しない。

ところが、少しでも公費が絡むとそういうわけにはいかなくなる。医療費だって医師や病院が勝手に決めてもよいと思うのね・・・技量も経験も違うわけだし。ところが、保険で定められているため、勝手に医療費を決めるわけにはいかない。保険外の治療となるとおっそろしいほど高いために保険の取り扱いをせずに営業するのは無理。このためいつも規制に従わざるを得ない。

日本は煙草が安い。それでもほとんどが税金であり、価格という点でも自由がない。このためライターをサービスでつけてみたり、店によっていろいろなことを考えるみたい。公団がダメになったのも、価格を値下げできず売れ残りが発生し、どうして価格を下げられないかといえば住民の反対があるから。民間だったら考えられないけど、公費が絡むってそういうこと。

景気がよければ、無用な価格競争を抑えるためにはある程度干渉があったほうがスムーズなのかもしれない。ところが不景気になると、どこまで邪魔をするんだろう、という気がしてしまうから不思議。

私立の学校の寄付金にしても、以前早稲田で入試の面接の際に試験官に言われたということが問題になったことがあり、近頃では学校によっては入学後に貼り紙をして寄付を促すようなところもあるらしい。どういう貼り紙かというと、児童の名前の横に何口の寄付があったか書いて貼ってあるらしい。(えぐい・・)

以前だったら、私立は寄付金がないとやっていけない、というのが常識だったためにそんなことがいちいち問題になるなんて考えられなかった。国立や公立だったら予算があるため民間の私立よりも楽なのでは、という発想しかない。ところがこのところの不景気で予算がカットになり、そうなると逆に私立みたいに寄付を募るわけにもいかず、案外大変なのかもしれない。これが私立なら学校の経営努力により生徒数を増やしてみたり、寄付金を集めたり、いろいろ工夫できる。

こう、何と言うか、似たような賃金で似たような官舎に住み、似たような価値観で生きている人たちの中にいると、それはそれで楽なのはたしか。ややこしいことを考えないからかもしれない。

が、しかし・・・・
多少の窮屈さに慣れてしまえば、私立より国立に行く方が学費が安いし、その他諸々公のサービスに甘んじていたほうが財布にやさしい。

対立の中に入るより、あっさり何かを受け入れてしまったほうが楽。そういう柔軟体質ももしかすると民間で培われた何かなのかもしれないけど・・・こんなんでいいのだろうか。

投稿者 Blue Wind : 01:15 AM | コメント (0) | トラックバック

August 22, 2005

ジャパン・マネー健在?

それはグアムのホテルの廊下を歩いている時だった。

わたしたちは子連れゆえ、朝食の時間、レストランのテーブルを見渡せば子どもの座っていないテーブルがないほど子連れが利用するホテルを利用していた。従ってホテルの中の廊下を歩いている女は母か子である。このため普段なら通用する、「うちは子連れだから・・」という甘えが通用しないことを思い知る。

それはホテルの廊下を歩いていても、プールサイドにいても、すべての女がわたしと同じ条件で存在しているため、子連れというハンデが通用しないという意味であり、わたしの前をシャネルの紙袋を持って颯爽と歩いている女をダンナと娘と一緒に眺めることになる。

シャネルで買い物をすればもう一度グアムへ来る旅費くらい軽く出ちゃいますからね・・・おりしもその時、わたしたちはDFSからの帰りであり、わたしはヴィトンの新作のバッグの値札に2800ドルの数字を眺め、さすがに税関で申告しなければならないほどの買い物は主婦にはできないなぁ・・と思いながら、プラダへ回り、新作を眺めてこれくらいならいいかなぁ・・と思いながら逡巡し、シンガポールのバーゲンなら90%オフという現実を想い描きながらグアムで買うのはやめようと数字を計算しながらホテルに戻ったときのことであった。

いや・・・・そのシャネルの紙袋を持った人がわたしたちよりも上の階で降りたのならすぐに忘れてしまったと思うの。同じエレベーターに乗り込み、颯爽と5階で降りられた日にはたまらない。5階というのは客室としては最下層であり、いわゆる部屋指定なしのツアー客が泊まっていることが多い。とりあえずわたしたちは最上階とまではいかないまでも19階に宿泊していたわけで、一瞬その差額を計算してしまうところがわたしだ。

それでね・・・一応はわが家は家族主義なので、家族みんなに共通するところにはお金をかけることにしている。そうなると節約すれば軽くプラダの新作バッグくらい買えちゃうなぁ・・ということになる。日頃そういうことはあまり考えないのだけれど、わたしが独身だったら当然宿泊費などは節約してバッグを買っちゃうなぁ・・などと鬱々と考えたり。が、しかし・・・宿泊したホテルはファミリー客ばかりが泊まっている。

バッグが欲しいわけではなく・・・・うまく説明できないけど、権限の問題なのかもしれないし、考え方なのかもしれないし、予算配分の問題なのかもしれないし、そういう発想は何も語らなくても周囲に鬱攻撃を仕掛けてしまう。

そこで翌日わたしは買い物に出かけることにした。ダンナが怪訝な顔で、「どこへ行くの?」と問う。「DFSじゃないわ」と答え、別のブランドショップばかり入っているショッピング・センターの名前を告げる。その間、娘とダンナは海やプールで遊んでいればいい。

・・・・・・・・と思ったとたん、娘が一緒に行くと言う。女の子だからショッピングが好きなのは仕方がない。たぶん。

家族連ればかりの中でおじさんが1人でプールに取り残されるのはいやだったのだろう、わたしはついて来られて迷惑な気がしたのだけど、結局、ダンナも一緒に出かけることになった。

が、しかし、ショッピング・センターの中を3人で一周し、やっぱやめよかなぁ・・と思っているとなかなか帰りのバスが来ない。現金をほとんど持ち歩かない主義なのでタクシーも気が進まない。そこでわたしは急に売り場に引き返すことにした。ダンナの顔を見ると、2800ドルではなくせいぜい700〜800ドルくらいの値札の多いことはすでに確かめてあるので、「それくらいならいいかな」という顔をしているのがわかる。

チャ〜ンス!
そこでダンナはロビーに座っていると言うので、わたしとおちびはヴィトンへ駆け込む。娘とあれこれ眺めながら、どちらがいいか娘に訊く。娘に訊くのは幼児の頃からの習慣で、彼女はセンスがいいのでわたしは当たり前のように娘に訊くことにしている。

・・・・・・・・・が、しかし、なんなんだ。「お母さん、こっち!」とうれしそうに娘が選んだのはまさしく娘の好みであり、内心、「あんたのために買うんじゃないわよ〜」って思いながらも、わたしも娘には弱い。それに同じようなバッグなのにDFSでは2800ドル以上したのにこっちのヴィトンの店では1300ドル程度。どうやったらそんな差額が発生するのか不思議・・・どちらも新作でございます。ヘンだ。その瞬間脳裏によぎったのは、DFSで買い物するやつはあほ!ってことだった。

自分でもバカみたいって思うんだけどね・・・それでいて娘が欲しそうにしているとうれしくなってしまう。「東大に入ったらあげるわ〜」などと言いながら娘の前にちらつかせる。

たまたまニートの本を読んでいたせいか、物欲があるって素晴らしいとすら感じる。東大へ入ったらあげるわ〜とか、自分で働けばいくらでも買えるわよ〜とか。

たまたま同じ店にいた中年の女性のふたり組と出口で出くわす。日本人ではない。わたしと同じくらい粗末な格好をしている。それでいてふたり並んで紙袋をいくつも提げている。しかもわたしに訊くのである、「そのTシャツどこで買ったの?」と。一瞬、「はあ?」と思ったけど、親切に教えてあげた。バスで二つ目くらい先のところなんだけど、しっかりタクシーに乗り込んで行った。ABCストアで買ったんだけどね・・・・Tシャツ。

グアムはいいな。どこが不景気なのかわからない。たまたまお盆だからなのだろうか・・・それとも普段からあの調子なのだろうか。ほかのところへ行って買い物をしても大して面白いとは思えない。が、しかし・・・・100万円くらいの買い物をぽんぽんしている日本人に囲まれていると、しばし公務員の街のことは忘れてしまった。

投稿者 Blue Wind : 12:09 PM | コメント (0) | トラックバック

『一市民の反抗―良心の声に従う自由と権利』 ヘンリー・デイヴィッド・ソロー著 (山口晃訳)

面白い本を見つけた。ヘンリー・デイヴィッド・ソロー(山口晃訳)の『一市民の反抗―良心の声に従う自由と権利』

世界でもっとも影響力のあったエッセイ、というフレコミどおり、この静かな本は本質をわたしたちに教えてくれる何かがある。ガンディーもキング牧師もマンデラもこのエッセイを読んでいた。

『「政府というものはできるだけ国民に干渉しないほうがいい」という言葉を私は心から受け入れます。』という書き出しで始まるこのエッセイは、政府というのが木でつくった銃のようなもので実は何も出来ない代物であることを教えてくれる。

『自由の国を維持しているのは政府ではありません。西部を人の住めるようにしているのも政府ではありません。教育するのも政府ではありません。いずれもアメリカ国民に本来そなわっている性格によって成し遂げられてきたものなのです。もし政府が時どき口をさしはさまなければ、さらに多くのことが成し遂げられていたでしょう。というのは、できることなら人々がお互いに干渉しないための方便として政府があるのです。』(同書 p.9-10 より引用)

『軍隊は政府の腕にすぎません。政府は、国民が自らの意思を実行するために選んだ方法にすぎないのですが、それを通して行動する前に、軍隊がそうであるように、悪用され、本来の目的からそれてしまいがちです。現在のメキシコ戦争をよく見てください。あれは政府を自分の道具のように使っている少数の個人がやっていることです。国民はあんなやり方に、はじめは同意していなかったはずです。』(同書 p.8 より引用)

あれにこれにと引用したくなる部分がたくさんあり、法に忠実になりすぎれば逆に良心を失い、悪を働くかもしれないという人間のもろさについて書かれている。

投稿者 Blue Wind : 02:41 AM | コメント (0) | トラックバック

August 21, 2005

啓蒙から娯楽へ

どうして小説が流行らなくなってきたのか・・・
それはあっさり語ればニーズの問題である。

受験を例に取れば、かつて統計的データを用いてその年の傾向や対策について語ろうとしたとき、母親ではそれがなかなか理解できなかったそう。このため父親に説明し出したところ、お受験パパが数多出没するようになったらしい。

わたしは、サルトルの小説を読んだことはないけれども、翻訳書を本屋で眺めたときに、やたらとひらがなが多用されていたことに驚いた。つまり、どうしてそのような小説が必要になったのかといえば、とてもわかりにくい思想をわかりやすく説明するために小説という技法が用いられたのであり、そういった傾向はあらゆる芸術に共通したものであった。

ややこしいことは理解できなくても、音楽や戯曲などを通して触りを理解する。どうしてそういったややこしいことが必要だったのか、あえて書く必要もないだろう。

今はそうやって回りくどい説明をしなくても、ストレートに通じる時代らしい。

時代が小説やアートに期待しているのはもはや啓蒙ではなく、娯楽。海外に行けない時代には読んだり見たりすることで想像するしかない。未知の世界。だからこそイマジネーションが膨らんだ。

が、しかし・・・
あっさり語れば、「地球の歩き方」が発売されて以来、自分の足で歩くことを覚えてしまった人たちにもはやフィクションはつまらない。

出版業界に打撃を与えているのは実はインターネットではなく、そういった現実主義なのかもしれない。そして、理屈っぽくなった言語の枠を破壊できるのは一枚の絵や写真なのかもしれないと思うことも多い。あるいは、実際に行くこと。

一つわかっているのは、ややこしく言っても通じないことでもメタファーなら静かに理屈を越えて浸透していくということ。

はっきり言えば、啓蒙と娯楽とはまったくベクトルが違う。

投稿者 Blue Wind : 01:30 PM | コメント (0) | トラックバック

【今日の短歌】 落とす顔、夏の終わりのひまわりに、ひとつふたつと秋の野を待つ。

カラフルに植えてしまったペチュニアと黄花コスモス、留守番の花。
あらくさの激しく伸びる夏の日に雨の面影、太陽の下。

北斎の波なら波で高波の向こうの富士の小さき姿
カラゲンキ、出すなら出すで停滞は信号を待つブレーキの上。

ひまわりの虚ろに咲くか太陽はうつむくままにあちこちの顔
いつの日かひまわりの顔太陽にそろいあおぎし夢路を歩く
落とす顔、夏の終わりのひまわりに、ひとつふたつと秋の野を待つ。

投稿者 Blue Wind : 09:00 AM | コメント (0) | トラックバック

ダークな鬱憤

今月に入り、わたしのブログは急にトーンが変わった。こういうのは単なる気まぐれで、気分屋だからそのうちまたもとに戻るのかもしれない。

日頃、ノン・ポリティークをモットーにしているために、その手の話は書かないし、どうして書かないかと言えば、単に興味がないせい。急に社会派(?)ブログになってしまったのにはいくつか理由がある気がする。

一つは、娘の受験。
これまた実は本当は乗り気ではなく、学校があまりにも狭く小さいためにどこかガス抜きが必要というくらいの気持ちだった。そのうち娘の絶交事件があり、これを境に娘が急にスクールバスのある学校へ行きたいと言い出したため、流れが変わった。

子どもだからね・・・ほんとにささやかなことが原因だったりする。親からみれば大したことではないようなことでも、子どもには子どもの世界があり、その中の出来事が本人に与える影響はバカに出来ない。

そこからだなぁ・・・それまではなんでもいいや・・みたいな気分だったので、学校訪問にもあまり興味が持てなかったし、初めから遠くの学校へ行かせる気もないため、近所の人に様子を尋ねるくらいで・・・

ところが、そうなると出るわ出るわ膿の山。
どこがゆとり教育なのか・・・
ゆとりが出来たのは教師だけかもしれない。
いや・・・そうではなく、矛盾する二つの出来事を学校がどうやって解消してよいのかわからないというのが実情なのかもしれない。

流れ作業というか、社会に一つの目標があり、教育も社会も同じような価値観で動いているうちはよかった。

そのうち落ちこぼれをなくそうとか、競争をなくそうとか、休日を増やそうとか、世相を受けて何かが変化するようになると手と足がバラバラに動くような違和感が立ち込める。その裏で塾や親の仕事が増える。そういう厄介な仕事は先生はやらなくなる。その一方で、少しでも顔色が悪いと学校から迎えに来てくれと電話が入り、おおげさなほど休むことが奨励されたりする。

う〜ん・・・・・家で娘の様子を観察しているだけでは、特に困ったことは何もない。学校へ行っても、特に荒廃したムードなんてない。ないから困る。あれば、というか目に見えることならわかりやすい。足りない何かが何なのか。道徳教育がなくなったとかね・・・そういうことなんだろうか。

国会もね・・・今回は生まれて初めて腹の底から政治家に対して怒りが発生したような気分。

正直に語れば、政治家に対して怒っているのではなく、自分が何に対して怒っているのか、自分でもよくわからない。

ただ、無性に腹が立った。

国民の声がどうたらこうたらなんてあんたに言われたくないわ〜、みたいな怒り方。

主婦ってね、有権者なの。おわかり?クスクス・・・
みたいないじわるな気分かもしれない。
女性に選挙権が与えられるまでの葛藤を眺めると、今は生まれたときから無料で与えられるものの一つになってしまったがゆえに価値さえもみえない。誰でも持ってるものだから、かな。でも、これを手に入れるためにどれほどの人たちが苦労したか計り知れない。

たまに思うのだけど、社会=会社だと勘違いしているような人に何を言っても無駄なのではないかと。

たとえば、年金、医療、年寄りの世話、子どもの教育、就労、その他諸々ちまたの話題は生活に密着したものばかり。いわば国会なんて茶の間の話題の延長にある。

それでいてあのおおげさなこと・・・

一つ理想があり、その理想があるならそれに向かって突っ走れ!

そういうまっすぐなパワーが欠如している。そういうまっすぐな人たちが少ない。いつも何かに遠慮するように裏表が存在し、臭いものには蓋をするように躾けられてきた。

投稿者 Blue Wind : 01:05 AM | コメント (0) | トラックバック

August 20, 2005

『希望のニート 現場からのメッセージ』 二神能基著

今回、グアムでうだうだと日に焼けながら読んでいたのは、『希望のニート 現場からのメッセージ』 (二神能基著)。モーリヤックとどちらにしようか迷いつつ・・・

感想としては、ニートになるのはあながち彼らの責任ではないかもしれないということ。誰が悪いと言うより、まずは就職難が背景にあり、普通に大学を出ても就職が難しいというのに、途中でそういう軌道から外れてしまうと親子して立ち往生してしまうのも無理はない気がする。

他人事ではなく、例えば、若い頃うちのダンナが大学を辞めてしまったら今頃何をしていたかわからない。医学部は厳しいから毎年自主退学や放校になる学生はめずらしくない。卒業しても国家試験に合格しない人もいる。もう一度人生をやり直すには疲れていすぎ。

というわけで、すべてのニートがそういう人ではないけれども、高校や大学を中退したり、引きこもりになったり、さらなる就職難。それでいて親が自分の好きなことを探せと言う・・・目にしているのは厳しいサラリーマンライフの晩年を迎えた父親? 母親の心配そうな顔?

しかも、せっかく就職したのに途中で退社してしまったり・・・実は、そちらのほうがもっと深刻らしい。なまじか大きな会社に就職し、そこからさらに再就職先を探すというと、今度はプライドが邪魔をしてそのまま引きこもってしまったり・・・

さらに女性の場合も、再就職が難しいがゆえに妥協した結婚はしたくないとばかりに晩婚化が進む。

著者の二神さんの場合、自身が高校を中退し早稲田大学に進学。その傍ら学習塾や幼稚園を経営。しかも、あっさりそれを捨ててニート歴も長い。そして今はニートのための寮をつくったり、NPOを主宰したり忙しい。

本音を語ると、深く共鳴共感しつつもわたしの場合、娘がいなかったらすでにどうでもいいようなことのようが気がしている。自分に置き換えるにしてもわたしの場合、すでに充分にババアになっているし、今さら就職がどうたらこうたらなど考える気もなく、それでいて何かあれば働かなければならないのだろうし、その時のことはその時になってから考えたらよいとばかりに生きている。

それでいて、今のような窒息しそうな社会が素晴らしいとは思えないし、だからこそ若者は転職を繰り返すようになってしまったのかもしれないし、カラパゴス諸島のウミイグアナとリクイグアナの交配が新種のイグアナを生み出し、彼らがウミイグアナの鋭い爪を持ちリクイグアナのようにサボテンを食べ、親や先祖に足りないところを補いながら生き延びていく姿を思い描いているほうが楽しい。

一つわかっているのは、このままの社会では日本人の数は確実に減少し、そのうち朱鷺のように絶滅してしまうだろうということ。そういう中で、どうやって生き延びていくかは一つの進化の過程なのかもしれないし、地球ですら危うい時代、すでに100年後の世界がどうなっているかも想像できない。

それでいて窒息しそうな社会からの脱出は案外簡単だった。

普通に生きること。

投稿者 Blue Wind : 02:30 AM | コメント (0) | トラックバック

August 19, 2005

統治下

ハワイとグアムは違う。どこが違うのかよくわからないけれども、ハワイはグアムよりもアメリカっぽい。アメリカ領なのだからアメリカなのは当たり前なのだけど、実際に誰が住んで暮らしているのかで随分違う印象を受ける。

グアムは、いかにも太平洋の島らしく、働いているのもチャモロ(?)というか、もともとのポリネシアの人たちが多い。ただ、法律がアメリカなんだよなぁ・・・というか。つまり、アメリカの統治下にあるからアメリカの法律が有効なわけで、そこに日本から客がやってくる。

今までそういうことを考えたことはなかったのだけど、たまたまお盆だったせいか、あるいは終戦記念日をグアムで迎えたせいか、統治、ということを何となく感じてしまった。日本には日本の法律があり、アメリカにはアメリカの法律がある。誰がその法律を決めたかといえば、原則的にそこの国の国民が話し合って決めたことになっているらしい。

法律の違いというのは実にささやかなことで感じたりする。

例えば、煙草。アメリカへ入国する際、免税になるのは1カートン。日本の場合には外国製1カートン+日本製1カートンまで無税。なんたる細かさ!

そのほか、道路の通行や、右折のルールの違いや、信号機の違いなどで微妙にルールの違いを感じたりする。

もっと細かいところを言えば、ライター。
今回、テロ対策ということで徹底的なライター狩りが行われているアメリカ線。1個でもダメ。ヨーロッパ線は、1個までOK。・・・・・・・・それ以外の国は知らん。

噂の写真と指紋の押捺については、機械がカウンターに置いてあったけど、さすがに使ってはいなかった。テロリストがどういう理由があってグアムみたいな準州を襲撃するのか、誰でも考えざるを得ないだろう。バカバカしい。ほとんどアジアからの旅行者しか歩いていないのに・・・

よく考えたら、「グアム島の人たちはアメリカから独立しようと思わないのだろうか?」なんてね・・・世の中グリーンカードがほしい人たちだらけの実情を考えたら、そんな愚かなことをグアムの人たちが考えるとは思えない。

でも、おそろしいほど重税がかけられていたり、生活が圧迫されていたら、そりゃ治安も悪くなるってものだろう。が、しかし・・・あんな辺鄙な島でものんびり暮らしていけるのは資本がほかから投下されているからなのかもしれないし、現実を考えれば、フィリピンよりもマシかもしれない。いっそのことまとめてアメリカ政府がめんどーをみてあげたら、なんてことを考えてしまう。

それにしても、日本のルールってどうなっているのだろう?
わたしには自分が決めているという実感はない。どちらかといえば、ねずみとりに引っかからないようにするにはどうしたらよいか、とかね・・・なんかそういうことのほうが現実味を感じてしまうんだけど。

代表を選んで、その人たちが勝手に決めるのではなく・・・できれば投票する側としてはあらかじめその議員や政党がその法案に対してどういうリアクションをするのか知らされている、ってことは最低限度国民に対する礼儀のような気がするんだけど、どうなんでしょう。

投稿者 Blue Wind : 04:25 PM | コメント (0) | トラックバック

【短歌】 白鷺の舞う利根川を越えゆかば白き飛行機の待つ滑走路

チャンネルの一つになりしNHK世界は狭く世界は広く
アメリカの統治のもとに太平洋、働くチャモロ、歩いてヴィトン。
日本語の下に英語のふりがなが並んでおりしメニューを眺む
鬱蒼とビーチの淵へたどりつく緑の草の海と砂浜
大砲の置かれたプール島影は青い海空、飛行機の音。
アメリカは遠くにありて思うもの。熱帯の浜、ジパングの旗。
大雨と雷さえも一日の時差があるのか、熱帯の空。
島民の暮らしておりしグアムの町。隣の島から買い物の客。
法律は静かな空気テンションの統治の色の濃い魚影みし

白鷺の舞う利根川を越えゆかば白き飛行機の待つ滑走路
ひまわりのけだるいように並びたるけだるい夏が今年も来たり
残骸の円い形は紫陽花の色失いて木陰の翠

スコールと呼んでみたけどしょぼい雨。濡れつつ歩く夕焼けのみち。
太陽が遠慮しながら雲の陰うっすら消える。黄金の海。

グアムよりも蒸し暑き蝉鳴いている夏の日過ぎる、いつもの時間。

投稿者 Blue Wind : 02:21 PM | コメント (0) | トラックバック

恋愛バトン?

いや〜、久しぶりにまともに自分のブログを見た気がします。一度だけこっそり深夜にグアムでホテルの無料ネットサービスを使ったんですが、どういうわけか日本語入力ができない。もしかすると使えるのかもしれないけど、キーボードがいつもと違うとまるで勝手が違うので、そのまま履歴まで消してこそこそ部屋に戻りました。(笑)

それにしてもデスクトップをお使いの皆さま・・・・うちのブログ、趣味悪いですね。何やら色が薄くて、文字ばかり目立って・・・デザインって難しい。

それと、箱を眺めていると、なんかヘン。
いかにも機械を操作しているような気がして・・・
いつもノートPCを使っているせいか、どちらかというとノートにでもメモするような感覚でネットをしています。入力というより、メモっているような・・・それがデスクトップの昔ながらの箱だと単に機械文字を打ち込んでいるだけみたいな気がして、うまく説明できないのですけど、やはり自分のパソコンでないからでしょうか・・・やけに興醒めしてしまいました。

で、ネタを探していると・・・
なんなんだ、このTBは!?

いきなり、ぐたさま から恋愛バトンが回ってきていました。わたしは秘密主義者だというのに。(ほんとか?)

**************

―蚓はいつですか?

あっさり言うけど・・・忘れた(笑)。

∈まで付き合った人数は?

付き合ったというか・・・この人だったら結婚してもいいかな、と思った人は3人います。実際のプロポーズは4回あります。あれ?計算が合わない・・・
世の中ってね、うまくいなかいものなのよ。こちらがいいな、と思っても状況が許さないとか若すぎるとか。あちらがいいな、と思ってくださってもこちらはまるでその気がないとか。

9イな人とデートに行きたい場所はどこですか?

さあ・・・
わたしってアバウトなので、お任せ主義です。
そのくせ、わがままだし、気分屋だし・・・困ったやつです。すまん。

すイな人と観たい映画はありますか?

昔はよく観たなぁ・・・という記憶があるだけで。恋愛映画だったら、『愛と青春の旅立ち』が好きだった。ほかには、『ターミネーター』とか。

スイな人に言われて一番嬉しかったことは何ですか?

「女の子は自分を客観的に見てはいけないよ」

なんて言うのかなぁ・・・なんか、すごく自由になったんですよ、この一言で。自己からの解放というか。亭主の好きな赤烏帽子ではないけれど、ほかの人は関係ないんだな・・というのがとても気楽で。相手に合わせるというのではなく、要するに、「これ、どお?」って訊いて、「似合うよ」で終わりみたいな関係。

好きな人はいますか?その人の好きなところは?

ややこしいことを言わないところ。好きにさせてくれる。

Г海鵑平佑論簑侈詰っていうのはありますか?

あるけど、うまく説明できそうにないので、パス。

恋愛対象は何歳〜何歳

わたしは、年上の人がダメなんです。何となく頭を押さえつけられてしまいそうになるからかな。子ども扱いされると、もうそれだけでぐわっと腹が立ってしまって、それだけで逃げちゃいました。

浮気は許せますか?

許しません。
許せるとか許せない、ということではなく、許さないと決めているので。
泥沼みたいになったらつまらないでしょ?
だったら、さっさと違う人生を。

同棲してみたいですか?

うちって、親が公認で同棲していたようなものだったから・・・つまり、互いに学生だったから、ダンナが正式に卒業が決まったらお式をして・・・という感じで。籍を入れるか入れないかの違いだけで、先に籍を入れてとか別れたら籍が汚れるとか外野はいろいろ言っていた気がするけど、ふたりでいる分にはあまり関係ないという感じ。
結婚後に旅行へ行ったとき、なんか周囲の目がうるわしくなかったから、まさかその辺の人たちに「わたしたちは夫婦なのよー」とは言えないし、その点、子連れは素晴らしいです(笑)。家族という感じになる。まあ、世の中ってそんなもん。
結婚前でも姑さんと歩いていると嫁さんになるし・・・たまに娘に間違われたり。てきとーなんだね、世間なんて。でも、正直、結婚前のほうが姑さんに対してはお気楽だった。何かどこかが違う。

あなたが愛情を感じる行動は?

なんだろう・・・
親子で川の字で寝ているときとか???

自分が必要とされている感覚があるとき。自分がひとりじゃないって思うとき。ちょっとしたことなんだと思うけど、ちょっとしたやさしさや何気ない言葉の中や、その他諸々、I miss you.という感覚があるとき。

愛と恋の違いは何だと思いますか?

恋は惹きつけあうもので、愛は支えあうもの。

一番長く続いた恋愛は?

もう、出会って20年以上になるのでしょうか・・・
恋あり、愛あり、両方があるからよろしいのでは。

付き合いたい芸能人、有名人はいますか?

いない。
自己顕示欲の強いタイプはどうも苦手で・・・
静かで知的な人が好みみたいです。

究極の選択
一生愛することができなくなるor一生人に愛されなくなる

どちらもイヤだなぁ・・・
あえて選ぶなら、一生人に愛されなくなるというほうが・・・
ほんで、自己憐憫に浸りながら、つまらない歌でも詠んでいるほうがいいような。
人に愛されなくても、神さまは愛してくれるとか?

絢,縫丱肇鵑魏鵑坑疑

回したいところはたくさんあるのだけど、グッと我慢、我慢・・・
きゃーー、あっちにもこっちにも回したいーーーー!!!!(こらっ)
(拾ってやって、誰か・・)

投稿者 Blue Wind : 02:29 AM | コメント (0) | トラックバック

August 12, 2005

お墓もノン宗派、共同の時代につき・・・

出発前の時間つぶしに家でネットをやっている・・・
成田でもたしか無料でネットが出来るような・・・
ホテルでも24時間無料ネットサービスがあるような・・・
う〜む・・・
日本史の本もトランクに入れました。
モーリヤックとニート関連も。
聖書は置いてあるだろうとは思ったけど、考えてみたら近頃ではそういうサービスないね・・・海外は特に。あれは日本のホテルが海外からのゲストのために行っているサービスなのかもしれない。そのため、トランクの中に聖書を一冊。昔はそういうことを考えたことがなかったから、あっさり語れば、置いてあるもの、という発想は幻想なのかも。

よぉ〜っく考えてみたら、寺檀家制度というのも江戸時代にキリスト教を弾圧するために幕府がつくった制度で、どこかの寺に所属していないとクリスチャンだと言われて拷問とか?
きゃーーーーーっ!

というわけで、世襲制とか身分制度とか、江戸時代の名残がいまだに根強く日本の社会に残っており、年貢を納める場所として”国”という概念が田舎へ行くほど根強く官という意識で残っているような気がする。都会で暮らしているとあまりそういう根の深さを感じることができないほど破壊しつくされた何かが存在するため、今までそういうことを深く考えたことはない。墓も共同墓地の時代だし・・・宗派に関係なくという意味で共同なんだろうな・・・よく知らないけど。

昨日、お寺の方がいらっしゃいまして、お盆でもあるし、お盆だというのにつくばに取り残されたわたくしたちに布教と勧誘。墓はあるんだけど、遠いのよ。そういう世代、そういう世相。何となく時代を感じてしまいました。うちの近所の人たち、どうなさっているのでしょうか。墓もノン宗派の時代ですし・・・

投稿者 Blue Wind : 02:08 PM | コメント (0) | トラックバック

世襲制郵便局

そういえば、高校時代の同窓会で、郵便局へ嫁いだ友達が言っていたことを思い出す。結婚して一番驚いたのが、通帳を郵便局が預かっていることらしい。都会で知り合って普通に恋愛し、いざ結婚するとなったら相手の実家が郵便局だった。つまり、田舎の郵便局の跡取り息子だったのね・・・彼が。

その時に知ったのが、郵便局というのが世襲制で、都会とは違って田舎だと郵便局は親から継がないとならない家業だということ。つまり、田舎の開業医やお寺のように、村に一つしかないから、誰かがやらないと潰れてしまう。それでは檀家じゃない・・客が困るため跡取りが必要。ダンナの同級生にもいたな・・・無医村になってしまうから将来は絶対に実家に戻らないとダメという人。少ないようでいて案外多い。

そうやって世襲制で代々郵便局を営んでいる人たちにしてみれば、郵政事業というのは官なんだろうな。でなければ、通帳を平気で預けたりしない?

その感覚が不思議なんだけど、人によっては通帳と印鑑をそのまま無料の貸し金庫だと思って郵便局に預けている人もいる。田舎だとおばあちゃんの年金なんて小遣いみたいなもので、日頃はまるで使うこともなく預けっぱなし。

郵便局へ嫁いだ友達には娘しかいない。昔だったらあーでもないこーでもないと揉めただろうけど、今は男子でないと困るというわけでもないらしく、長女が将来局長さんをするようなことを話していた。彼女自身は店のことはほとんど何もしないし、公務員をしているわけではない。それでいて田舎の嫁らしく跡取りを気にしなければならない。

そうやって考えると、郵便局のどこが官なのか理解できない。寺も医者も官ではない。それでも世襲制の地域はそうやって細々とつないでいくしかない。が、しかし・・・・そうやって考えるとますます理解できない。なんで、郵便局が官でないとダメなのか・・・世襲制は難しい。

投稿者 Blue Wind : 11:06 AM | コメント (0) | トラックバック

環境設定

ニート関連の本を積んでおいたら、娘がニートにはなりたくないと言う。今の小学生は油断も隙もない。そういう言葉をどこで覚えたのか知らないけれども、どうせ友達の影響なのだろう。「だってニートにはなりたくないじゃん」と言いながら、あれにこれにと将来について誰かと話していたりして・・・あっさり言って、わたしの知らないところで何を話しているのかわからない。

例えば・・・
娘は茶髪が嫌い。茶髪でミニスカートの高校生が歩きながらケイタイで話しているのを観て、そういう学校には行きたくないと言う。

娘がそういう風に言うと、わたしはそういう話を娘にしたかどうか考える。・・・・・でも、記憶にない。ママ友とメールを交換しながら、具体的に学校のことを訊いたり様子を書いたりすることはある。でも、正直、そういう話を具体的に娘と話したことはなく、でも娘が言うのだから誰かがそういう話をしているのだろう。それとも、地獄耳だから電話で話しているのを聞いていたりして・・・

まあ・・・・茶髪でケイタイというのも一つの世相というか流行のようなので、ちまたに溢れている以上、親が言っても無理なんだろうし、そういう意味では親がぼやいていたとしても子どもには関係ない。ただ、それについて娘がどういう反応をするのかには多少は興味はある。その結果、一つわかったのは、娘はわたし以上に保守的な性格ということで、それはある意味環境因子が作用しているような気がする。

投稿者 Blue Wind : 01:58 AM | コメント (0) | トラックバック

August 11, 2005

女性の気風

娘の模試の結果が戻ってきて、がっかり・・・
とてもじゃないけど、旅行へ行く気分じゃない。
こんなことなら旅行の予約をしなければよかったと思いつつ、予約の確約書などを印刷しているうちにようやくウキウキ。考えてみたらほかに大して楽しみのある人生でもないし、せめてヴァカンスくらい楽しまなくっちゃ。

でも、いろいろなことを振り返ると、わたしはわたしだけで生きてきたわけではなく、名前一つにしても祖母の性格がわかるんだなぁ・・ということを感慨深く思う。いや、普通の人です、わたしの祖母は。でも、叔母たちの名前一つにしても性格が滲む。そんなことをぐたさんの記事 から思う。

伯母は大恐慌の頃に生まれたから英子(日英同盟から)、母は5.15やら2.26事件の頃に生まれたから房子(市川房枝から)、その後第一次世界大戦が始まりそうになると叔母は弘子(弘法大師から)という具合。その時代の世相や願いがストレートに名前に表れている。

そういう祖母の性格を受けて、叔母たちも勝気で男勝り。でも、戦い方が違うのだと思う・・・大正デモクラシーの影響からか、颯爽と着飾って銀座を闊歩するだけでもそれはそれで一つの女性の戦い方。わたしはそういう影響を強く受けて育っただけのような気がする。性格なんだろうな・・・だから、シャンゼリゼをサン・ローランを着て歩かされる。そういう育ち方。母の世代の人たちは白人コンプレックスが強い。ところが実際の欧米人はなんと言うか・・・う〜む・・・・・・映画とは違いますよね。

ステテコとかもんぺとか、今はそういう衣服そのものが無くなってしまったけど、都市部と農村の違いが大きく出るのは服装で、しかも戦時中となるとお洒落とは無縁。そういう有様だったから、戦争が終わり、女性のスタイルが華やかになるということはみんなの憧れでもあった。

が、しかし・・・・
子育てを始めてしまうと、動きやすい服装のほうがよくなる。ひらひら系よりもカジュアル系へ。そうやって考えるとファッションも一つの世相。

姑さんはたしかにお洒落な人ではあるが、小柄でお人形さんのような顔をしつつ性格は勝気だし、うちのダンナのほうはみんな理系。

気風というのはあるなぁ・・・

投稿者 Blue Wind : 12:04 PM | コメント (0) | トラックバック

August 10, 2005

ニートの台頭?

やっぱ、どうやって考えても、だるだるで小さな政府のほうが・・・なまじか金が動かせると勘違いされるから、戦争のたびに金を出せとか人を出せとか言われてしまうわけで、政府や政治家の権限が小さいほうが平和な気がする。

日本の軍部?
自衛隊?
戦争はなくても天災はなくならないから、それはそれで。

なんか、夏休みだというのに、こんな話ばかり。
旅行の支度をするにしてもグアムだぜ・・・なんかやる気がなくなるではないですか。しかも今年は『ニート』を読もうかと。これ以上ニートが増えるとまた生活保護やら大貧民層の拡大だのやたらと大変なことになりそうで。層が増えるということはそれはそれで新たな勢力の台頭。

なんか、大変な時代。

投稿者 Blue Wind : 12:49 PM | コメント (0) | トラックバック

20世紀

この夏、リアルタイム、ノンフィクションで政治や議会が進行していくため、単なるペーパー学習よりも役に立つ。子どもに口で説明しても通じないことでも、「日清、日露、第一次世界大戦、ロシア革命、富山の米騒動、国際連盟、関東大震災、世界大恐慌、満州事変、5.15事件、2.26事件、日中戦争、太平洋戦争、原爆投下、終戦、日本国憲法、20歳以上の男女に選挙権が与えられて初の選挙、北緯38度、朝鮮戦争、日米安保、東京オリンピック、ベトナム戦争、文化大革命、アポロ、オイルショック、ロッキード、日中国交回復、アフガン侵攻、イラン・イラク戦争、バブル、平成、ベルリンの壁崩壊、湾岸戦争、EU・Jリーグ・出産、神戸の震災、9.11、イラク戦争」という具合に続けるとわかりやすい。

なんで戦争ばかりやっているのかわたしに訊かれても・・・
20世紀はそういう時代だったのよ、
としか語れない。

投稿者 Blue Wind : 10:31 AM | コメント (0) | トラックバック

知識

それにしても歴史というのは大学入試でも中学入試でも大して差がないことに気づく。知っているか知らないか、だけ。今日は日清戦争から朝鮮戦争まで。満州事変や日中戦争まで試験問題に。参考書には南京の大虐殺まで書かれている。教科書とは違う世界。学校と塾。教育と受験。建前と本音。普通選挙への道のり。軍部と政府との軋轢。おりしも8月。衆議院の解散。議会。昔よりもストレート。80年代まで一気に。

暑い。

投稿者 Blue Wind : 02:03 AM | コメント (0) | トラックバック

August 09, 2005

「何もしてくれない」

一体、誰の言うことを信じたらよいのか・・・
一つわかっているのは、あれにこれにと面倒をみてくれる学校とそうでない学校があり、少なくても公立では何もしてくれないらしい。私立でも何もしてくれないところはしてくれないらしく、「何もしてくれない」という意味をわたしは正しく理解していなかった気がする。

学校が進路指導をしてくれないということは、親が受験先を模試の成績表を持って回らなければならないらしく、首都圏模試なら首都圏模試を受験させ、その結果を持って受験先で個別相談を行い、その成績で、「うちに来るならあと偏差値を3上げてください」とか、「この成績なら99%合格です。当日の成績により学費一切を免除します」と内定が出たりするらしい。ちなみにこれは首都圏の高校受験のお話。

うちの近所は・・・・相変わらず県立志向が強く、県立のほうが国立への推薦枠があるから人気が高いのかもしれない。だから、私立は昔ながらにすべり止めという感じに近い。それでいて中学受験となると、どうなんだろう。学校によって違うのかもしれないし、結局は落ちる子は落ちるし受かる子は受かるし、遊んでいようが勉強していようが、どうも公平には行かないような気がするのだけど、実際のところはわからない。

なんか釈然としない。
一つわかっているのは、内定の時代なので面倒見のよい学校へ入れれば何となく推薦で進路が決まり、何もしてくれない学校へ入れば本人のやる気次第で結果がはっきりしてしまうということらしい。それにしてもどこかビジネスライクで殺伐とした感じ。

投稿者 Blue Wind : 11:48 PM | コメント (0) | トラックバック

ヴェロちゃり

ヴェロタクシー

写真は、 「三太・ケンチク・日記」さん
からお借りしてきたんですけど、ヴェロタクシー。

娘の送迎に明け暮れているだけなら、これで充分なんですよね・・・実際、真夏も窓全開で突っ走るほうが快適だし・・・走行距離も短いし・・・

この形ならガーデンセンターへ行って植木を買っても乗せられるし・・・
でも、100万円だって。(泣)

帰りは娘が漕ぐんでしょうね・・・当然、母を乗せて。
何のために送迎してるんだろう・・・

投稿者 Blue Wind : 11:13 AM | コメント (0) | トラックバック

小泉大統領・・・

いつから日本は大統領制になったのだろうと思う反面、ノリの軽いわたしは政府のメルマガサイトから小泉応援メールを書いた。そういうおバカな読者に支えられて間もなく200号を迎えようとしている。ネットって軽いからね・・・おそらくはそういうおバカはわたしだけではないでしょうし、1万通くらいそういうメールが届いているのではないかしら。

ちなみにはわたしは自民党を支持しているわけではなく、この前の参院選も自民党には入れていない。正直に語れば公明党の議員に入れた。公明党に入れたからといって公明党を支持しているわけでも創価学会に関与しているわけでもなく、要するに政策だけで判断しているつもり。要するに、単なる浮動票。主婦っていうのはそれでいいような気がしているから。

安定政権が必要とは言うけれど、そんなことは実はどうでもいい。株をやっているわけではないし・・・

だから主婦は・・・と言われても、最初に郵政の民営化を訴えていたのは民主党なのに、いつの間にか反対に回っているわけで、政党や政治ですらそういう有様だから、それに対していちいち細かく判断していくのは当たり前だろう。

今回、自民党から郵政民営化法案の反対票に回った人たちって、よく顔ぶれを眺めれば本当の意味で自民党的な人たちなのかもしれない。あっさり語れば、あっかんべ。全部まとめて消えてほしい。地元基盤がしっかりした人たちが多いから、そう簡単に消えることはないかもしれないけど、正直言って、うんざり。昭和の亡霊に見えてしまう。派閥やら癒着やらいつまでもそういう旧い長老体質の中で議員をしている。権力構造だから強いバックボーンがあればそりゃ政界でも有利なのだろう。

それより政策とかね・・・きっちり仕事をしてくれるタイプの政治家のほうがいい。派閥だの談合だの要職だの、それはそれでわかりやすいのだけれど、それよりも民意を問い、その結果が望ましくないものだったとしても、それはそれでそれが日本だと諦めがつく。

実際、政権交代してもいつもそれが失望に変わることにも慣れている。それでも変わるほうがいいな・・・21世紀だから。

投稿者 Blue Wind : 09:53 AM | コメント (0) | トラックバック

間接戦争

戦後から60年が経過したとは言うけれど、実際にはアメリカを通して間接的にはいつも戦争に関与しているわけで、本当のところがどうなっているのかわたしにはわからない。また、知りたくもない。

わたしが知っているのはせいぜいアメリカの基地が日本にあり、アジアで紛争や戦争があれば日本がそれに協力してきたという事実。中東半島はあまりにも遠いけれども、石油が絡んでいるせいか、湾岸戦争でもイラク戦争でも日本が知らん顔するわけにはいかないということくらい。一方で平和憲法をかかげながら、陰では戦争に協力しているわけで、そういう政府の二枚舌政策にも慣れてしまっているし、そこに北朝鮮からテポドンが都合よく飛んでくると、それも仕方ないような気さえしてしまう。

ナチを憎んでいるはずのユダヤ人科学者がアメリカで原爆を開発し、日本がどうしてその実験台にならなければならなかったのか、その事実を考えると、因果は巡るというか、江戸時代、日本が鎖国に踏み切ったのはキリスト教徒の弾圧のためでもあり、そのキリスト教徒がユダヤ人を虐殺し、その結果、間接的に日本は被爆国になったのだけど、今度は原爆を落としたアメリカにイスラム教徒がテロを仕掛けている。なんなんだ・・・一体、世の中どうなっているのだろう。

なんでこういうことになるのか、誰か知っていたら教えてほしい。

投稿者 Blue Wind : 12:34 AM | コメント (0) | トラックバック

August 08, 2005

【今日の短歌】 ホリエモン、小泉首相、平成は北斎の波。富士の山、あり。

落雷に権力闘争ながむれば嵐のような田園の雨
こうやってあぶりだされて浮世絵は江戸からつづく裾野の絵図に
円安になっちまった夏休みいつもと違う世相に押され
農政を改革するか60年。戦争のため米買いつづけ。

なってるかなってないかは梨の実の収穫を待つ。小さな夏日。
民主主義、多数決って言うけれど、談合すれば民意は遠く。
独裁を責めるのならばアメリカの真似しただけと。総理総裁。
ホリエモン、小泉首相、平成は北斎の波。富士の山、あり。

投稿者 Blue Wind : 06:28 PM | コメント (0) | トラックバック

国より都市

冒険を望まないから公務員なんだよなぁ・・・という体質が浮き彫り。簡保は損なんだよ、と言っても田舎では簡保が当たり前。民間だと確かに倒産そのものを心配しないとダメになるけど、保険料や条件を比較した場合、郵便局を支えているのは”国”という安心感だけなんだと思う。官の財産が民に流れるのが嫌だという共産党の説明が一番わかりやすい。そのどんよりとした空気・・・

さて、衆議院が解散。郵政民営化法案自体はすでに廃案となってしまった。
参議院は良識を重んじるのだから、それはそれで仕方がない。
農家は民主党。
農家が変わらなければ日本は変わらない?
いいんだけどね・・・つくばの並木路や公園が美しいのは農家の人手があるからだし、郵政もまた日本の文化の一つらしい。ほんで、延々と国債を買うのね・・・偉いのう。おひとよし文化だ。わたしは国より市民でありたい。

投稿者 Blue Wind : 02:39 PM | コメント (0) | トラックバック

不機嫌さ

わたしは今、漠然として不機嫌である。
何がどうして不機嫌というわけではなく、ただTXが開通することにより、かつての公団の呼び名が変わり、職員の対応がすごく事務的で感じが悪くなったことを思い出したからなのかもしれないし、母が倒れたとき、高速で往復すると高速料金とガソリン代だけでも6000円以上掛かり、その上、病院のパーキングが30分毎に加算され、娘の延長保育の料金が加算され、結果的に1日1万円くらいポンと消えてしまったのを思い出したから不機嫌なのかもしれないし、やたらと辺鄙なところにあるのに小学校にまで子ども貯金の説明にやってきて半ば強制的に口座を開かせる郵便局長の顔を思い出したから不機嫌なのかもしれないし、民主党のビラが入ってきて、”つくば市民を増やそう”って書いてあったのがやたらと不機嫌な理由なのかもしれないし、いずれにせよ、生活には直接関係のないことでやたらと不機嫌になっている。

悪いことばかりではない。広島の原爆記念日を前後して6カ国協議が開かれ、北朝鮮に核廃絶を迫っているのがアメリカという図式。それを考えたら原爆記念館の前でピースサインをする高校生を責めるのは間違っている気がするほど。一つわかっているのは、原爆を投下したのはアメリカ軍の飛行機だけど、各地に地震を発生させているエネルギーは彼らに属しているわけではなく、一度にたくさんの人たちが亡くなり、街が一気に壊滅状態になってしまったのは戦争だけが原因ではないということ。

インドのダウリー殺人事件を考えるより、リサイクル代金のほうがうざいと思ってしまうし、まだ充分に走れるくせに娘が幼稚園の頃から乗っているクルマを買い換えたいとずっと思っていながらそういうクルマに限って壊れもぶつけられもせず元気だということが癪なのかもしれないし、毎日暑い日が続き、運動をしていた、あるいは道を歩いていただけで日射病に倒れる人がひっきりなしに存在するという事実が気に食わないのかもしれないし、夏の炎天下で運動などするべきではないという事実があるにもかかわらず今が夏休みだということが気に食わないのかもしれないし、ソーラーシステムがそのうち条例で義務付けられたらどうしようという危惧があるのにいつ切り替えたらよいのかわからないことが癪なのかもしれないし、スーパーの24時間営業がすっかり定着し、夜中でも賑わっていることに慣れること自体が田舎に対する冒瀆のような気がするからかもしれないし、なんか、いたれりつくせりの世の中がやたらと不機嫌の理由なのかもしれない。

投稿者 Blue Wind : 02:11 AM | コメント (0) | トラックバック

August 07, 2005

国内旅行は不経済

本当だったら娘を連れて国内旅行へ、って毎年のように思うのだけど、結局、海外へ行く。理由はそのほうが安いからでもあるし、交通渋滞が嫌なのかもしれないし、混んだ電車を想像するだけで疲れるからなのかもしれないし、成田まで近いからなのかもしれないし、温泉へ行く、というだけなら日帰りで筑波山へ行けばよいと思っているからなのかもしれない。

高速道路がどうしていつまでも有料なんだろう。しかも料金所渋滞まである。公共事業って一体なんだろうって思ってしまう。茨城県に評判のよい郵貯の宿(?)があるそう。一度行こうと思って調べたらいちいち葉書で申し込んで、しかも抽選らしい。いまどき海外のホテルでもその場で予約できるというのに・・・

沖縄へ行ってみたい。が、しかし、夏のこのシーズン台風の季節。で、結局、海外へ。沖縄でなくても台風はあるんだけどね、この季節には。それでも海外ならキャンセルになるということはスト以外考えられない。もっとも長時間の飛行機にもいささかうんざりでもあるが。娘が耳栓を買ってとうるさいし・・・

郵便局で集めたお金で公共事業・・・
そのセリフを考えただけで怒りが。それが嫌だから自民党が嫌いだというのに。かといってほかの政党が素晴らしいと思ったこともないけど。瀬戸大橋も渡ってみたいけど、いまだに行ったことがない。あれもタダではないらしい。単なる橋を渡るのにあちこちで金を取られる。道路を走れば金を取られる。高速に乗ってしまうとパーキングエリアで休むしかない。途中で降りても案外何もないところが多いからかもしれないけど。降りて気のきいたドライブインがあったりすればそっちのほうが便利かもしれない。でも、大抵は降りて走らないと何もないし、クルマを返すのも道を知らないと大変。

産業道路ってなんかね・・・
高速道路や橋がタダになったら物価も下がるかもしれないし、国内旅行へ行く気になるかもしれない。

投稿者 Blue Wind : 04:33 PM | コメント (0) | トラックバック

都市は計画し造られるものである

都市は計画し造られるものである。

当たり前のことなんだけど、日本って江戸時代の雛形をそのまま使っているだけ。新しい都市を造って、そこで自分たちの理想とする生活をする。そういう発想が欠如している。

お城があれば、お堀を造り、城下町が発展する。イタリアではドォーモが町の中心にある。学生街では大学を中心に、つくばのような科学都市では研究所がたくさんつくられ、その周辺に町が形成されている。

生活に必要なものって決まってるでしょ?
学校、病院、公園、ショップ、公共施設。大抵、必要なものは決まっている。そうやって町が計画され、道路や建物が建設される。

日本なんて、行き当たりばったり。大工業地帯は大都市の近くに造られる。労働者を確保しやすいから。結局はそうやって大都市を結んで国が造られてきた。

ラッシュにも文句を言わず、地価高騰にも耐え、道路は渋滞、光化学スモッグ、今度は灼熱地獄にも耐え、ほんと我慢強いというか何というか・・・

いっそのこと豊田みたいに企業が都市を造るとかね・・・そういうほうがまともな気がしてきてしまう。実際のところどうなのかまでは知らないけど・・市民じゃないから。

もっと職住接近でね・・・職場が近くて通勤も楽で、生活にもゆとりがある・・・そっちのほうが。で、今度は食糧の自給率がどうたらこうたらということになり、人間の暮らす地域は限定されてしまう。そういう発想がどこから出てきたのか、いまいち。江戸時代?そのために農業技術の向上というのがあるのでは・・・と思うのは屁理屈なのだろうか。

つくばにお洒落なショッピングセンターは要らない?
う〜む・・・・・わからん。
香港やシンガポールのバーゲンを狙ったほうが。今は韓国?
ちなみにわたしはどうでもいいな・・・すでに。世界中のDFSはどこも似たような感じだし、それなら神戸を歩いているほうが面白いものが見つかったりして・・・そういう記憶があるけど、今はどうなんだろう。

それにしてもそろそろ旅行の支度をしなければならないというのに、なんか今年はのんきだ。いつもか。この分ではモーリヤックではなくニートについてビーチで読んでそうな気がする。

・・・・・・・・・・・”公共事業”が原因でうるさくて夜眠れない都会の夜を思い出してしまったからかも。毎年同じ時期に同じ場所でガガガガやっている。高速道路は高いし・・・・もううんざりだ。

投稿者 Blue Wind : 10:53 AM | コメント (0) | トラックバック

次は増税・・・・・だよね、あーあ

郵政民営化法案が通らない?
案外、ムッています。

バッカじゃない?
内閣ではなく参議院を解散するべきだろう。参議院で否決され、内閣が総辞職になれば総選挙。当たり前でしょう。民意を問え。民主主義なんだから。

離島の郵便局などは残すんでしょ?だったらいいじゃん。

素直に考えて、国が破綻しそうなのにあまりにものんきなので、いささかげんなりしているのです。もちろん何でも民営化すればいいってもんじゃない。が、しかし・・・・今、地元の郵便局はがんばっています。もう法案が通ると思っているからかもしれないけど。

ローソンの宅配がいつのまにかクロネコではなくゆうパックになっているのには驚いたけど。近頃では書籍など小さな荷物が民間で大きな荷物は郵便局が扱っているのか?

たしかに、記念切手の予約価格が1000円なのには驚いたけど。今までだったら切手代オンリーだったのに倍の値段。しかも予約を受け付けている。切手を買ったら使わなかったらもったいない。でも、記念切手だし?

ほんで、次には増税。これは郵政民営化が通らなかったらなおさら早急にやらないとダメになるかも。要するに経費を節約するか、増税するか、の二者択一しかない。

年金の受け取り?
ATMがあるだろう・・・って思うんだけど。離島の暮らしまではわからないけど、それこそ都会より治安がいいし、それならATMを1台、役所にでも置いておけば。今はコンビニにでもあるのだし・・・電子マネーにするとか。

関心がないのではなく、通るだろうと思っているから興味がない、というのが正直な気持ちに近い。が、しかし、通らなかったらもっと大変なことになるような・・・わたし、これからは年賀状も失礼するし、ゆうパックは使いません。

投稿者 Blue Wind : 10:00 AM | コメント (0) | トラックバック

August 06, 2005

上映されない「バッシング」?

3ヶ月くらい前の古い記事にトラックバックをいただいて知ったのですが、せっかくだから広島原爆記念日だから記事にしておこうかと。朝からワイドショーではこのところの広島原爆記念館への嫌がらせが報道されていたし、これもまた世相なのかも。

カンヌ映画祭では高い評価を受け、世界8カ国で上映が決まっている小林千穂監督の『バッシング』が日本では上映されないそうです。高遠菜穂子さんのイラク人質事件からインスパイアされた作品らしいのですが、カンヌ映画祭の記事で知るくらいでほとんど誰も観たことがないというのではにっちもさっちも。

日頃映画なんて観ない生活をしているから上映されてもされなくても関係ないような気がするけど、それが上映拒否されて上映されないとなるとどうもぐったりと心が重くなります。こういうのは単なる気分の問題で、実はそれ以上でもそれ以下でもなく、今さらイラク戦争に巻き込まれた経緯や政府の対応や自衛隊の派兵について何かを語りたいわけでもなく、ただ精神がとても重苦しくなるのです。

映画がヒットしようがしまいが、わたしには何の関係もない話なのですが、それが無視され、そのくせ海外では高い評価を受け上映されるという事実がとてもつらい。

今日、朝、ワイドショーを観ていて、広島市民ですら今は原爆について知らないんだなーということを感じたんですけど、それならつくばに住んでいるわたしが知るはずもなく、それでいていまだに世界中から訪問がある原爆ドーム。しかも、心ない人たちにより千羽鶴が燃やされたりペンキをかけられたり・・・

女性専用車両の話題も憂鬱になったけど、さらに輪をかけてつらい昼下がり。


◆関連記事
 → バッシングはタブーか / 記者コラム 「見た 聞いた 思った」
 → 映画「バッシング」が見たい! / 毎日が映画記念日

投稿者 Blue Wind : 04:20 PM | コメント (0) | トラックバック

シルバーシートって恥ずかしい・・・

『ドラゴン桜』 の5巻目。東大の帰国子女試験について書いてある。ダンナが読めとあまりにもうるさいためにわたしはまだ通読していない。その代わり、娘は読み終えたそう。おまけにテレビまで。原作とは違うらしいけど、ドラマは面白い。

なんで帰国子女枠の話になったのか忘れたけど、小論文しかない代わりにやたらと競争率が高い東大。が、しかし、良問。すべての入試で実施したらいいのに、と思ったけど、よく考えたら何万人も受験するのだから、それを全部あのやり方でチェックするのは無理だろう。

それとは別に、その中に優先席についてのうんちくを述べなければならない問題があり、実際には内容よりも「論じる」ことが測られるため内容自体は試験の合否には関係ないでしょうけど、あれは良問だ。(ちなみにわたしは単なるブロガーなので論じる必要性はない。)

単なる感想を述べれば、あのシルバーシートって恥ずかしい。恥ずかしいというのはシルバーシートに座ることではなく、譲らないことでもなく、単なる鉄道やバスに優先席が必要ということが何となく恥ずかしかった。

つまり、その世界では激しい競争があるために弱者の保護が必要となる。椅子とり合戦というのがわたしの子どもの頃のゲームにあった記憶がある。そういえば、今は聞かなくなった。それでいて電車の中には必ず優先席がある。

で、今度はあまりにも痴漢が多いから女性専用車両が。
こうなると恥も外聞もないね・・・

ここまでになると、電車に乗るってことが酷くかっこわるい。それでいてかっこわるさも生活のうち。子どもを乗せて電車に乗ろうものなら論外という感じだもの。なんで子どもなんているんだよーっという感じで冷ややかな視線に耐えなければならない。

今までそういうことに疑問を感じたことはなかったけど、去年イタリアの鉄道を使ったとき、「座れないなら増発する」というのが当たり前だと知り、ショックを受けた。ダイヤどおりに運行されないなど不評も聞くけど、実際にはそういうこともなく、逆に座れないほど乗客がいるときには臨時便が増発するため、いちいち乗る前にホームをチェックしなければならない。

夏のミラノは住人は減る。その代わり、観光客が地下鉄やバスやトラムに乗っている。大きな荷物を持って乗る人たちも多い。年寄りに席を譲る習慣もない代わりに座れないということもめったにないんだなーということを知る。特に長距離。長距離と言っても、片道1時間程度の普通電車でもそんな感じ。

ビーチでも座れないってことはない。それよりチェアが延々と浜辺を埋めて置いてあることも不思議だったけど、足りなければどこからか椅子を持ってくるのかもしれないし、早く行けば海に近い席に座れる代わりに、そこが空席になってもその日その席にはほかの人が座ることはない。後から来た人は海の近くに空席があったとしても後ろに座らなければならない。

もちろんチェアを利用しない家族連れもいる。あくまでも椅子と傘の数で料金が決まるから、一つのパラソルの下に家族が群れていることもある。

一つわかったのは、交通渋滞が発生するのは都市計画が下手ってことらしい。
優先席や女性専用車両があるってことは誰が悪いんだろう?

投稿者 Blue Wind : 11:32 AM | コメント (0) | トラックバック

【今日の短歌】 競争がひっそりとある地下鉄に優先席は欠かせずにある

平和って忘れ去られた原爆の記憶の瓦礫つみあげるよう
戦争って不満の裏の人殺し。プロパガンダを思い出す朝。
広島の観光源をみるように原爆ドームうつしだす空
昭和って過ぎてしまった過去の傷瘡蓋のまま膿のたまりぬ

30度めずらしかったその昔。灼熱もまた浸透す、夏。
夕方に涼しき風の吹く街をクルマ走らせ夕陽と、ムクドリ
灼熱が連れてくるのかムクドリを。淡い夕陽と涼しき森に。

森昌子、離婚さっぱり歌手のみち、演歌さっぱり、黒子さっぱり。
民営化、記念切手は倍額でEXの絵が売られておりし。
蝉の声むんむん唸る並木路あらくさだけが勢いを増す

早口で小鳥鳴く朝お天気もよろしいようで鬱蒼と夏

競争がひっそりとある地下鉄に優先席は欠かせずにある
競争に打ち勝つようなラッシュアワー人を乗せゆくブランド貨物
「ゆったりと座って行けます」バスの席。スクールバスの宣伝文句。
ふたりだけ乗っているのがみえる窓、空でもバスは走るCM。

投稿者 Blue Wind : 08:55 AM | コメント (0) | トラックバック

『ニート−フリーターでも失業者でもなく』 玄田有史, 曲沼美恵著

結局、世の中が不景気なのが悪いのかもしれない。ニートも少子化も原因は経済が悪化しているからなのかもしれないし、結婚しないのも経済が原因なのかもしれないし、学歴社会が崩れないのも体制が体制を支持するからなのかもしれないし、専業主婦の悪口を言われたら、「娘は東大に入れます」と言っておけばいいことに気づく。

要するに、世の中の大半の人たちは保守であり、保守に迎合している分には目立たない。ただ、あまりにも保守的だと書籍は売れないしドラマの視聴率も悪いのかもしれないし、保守に迎合しない姿勢というのも言わば保守の現れであり、本屋へ行ったら日本史関係の書籍が売れていることに気づく。

今、面白いよね・・・時代が。それでいて今の時代を掻い潜り、娘が大学を卒業する頃には景気が上向き、就職氷河期の終焉を迎えたとき、それは単なる時代の流れであり、今考えていることはまるで無駄になってしまう。

就職の心配をしないで就職した世代が中高年となり、不景気になったとたんに今度は若者が失業する破目になった。おそらくはそれが事実に近いのかも。数字だけ眺めていたら相当少子化が進行しているため、逆に人手不足を心配しなければならないはず。なんか今の世の中って変。

変だ・・・


玄田 有史, 曲沼 美恵

ニート―フリーターでもなく失業者でもなく


二神 能基

希望のニート 現場からのメッセージ

あまりにも変なので、ニート関係の書籍を2冊。今日読み始めたのは、『ニート』 (玄田有史, 曲沼美恵著)。まだ最初しか読んでいない。でも、なるほどなぁ・・というのが感想。あまりにも就職難だからやたらと職に就くための競争が激化しているのが原因なのかもしれない。

うちの世代ってそれこそフリーターの出始めで、世の中が好景気だったから就職を心配している人なんてほとんどいなかった。だから積極的に就職だのキャリアアップだのと大騒ぎする人も少なかったし・・・

で、今度は不景気になり、そういう時代に職に目覚めてしまうとたしかに今のような風潮が蔓延しても不思議はない。ちなみに主婦と失業者とどこが違うのかと思ったら、要するに職安へ行ったり、情報誌を眺めて就職活動をしているにもかかわらず職が見つからない状態を失業と呼ぶらしく、就職活動をしていない、あるいは働く意思のない人たちは失業者の中に入っていないことを知る。

まあ、なんでもいいや。
世相、なんだよね・・・
世相に振り回されるより、自分の生活を大切にしたほうが現実的。

読み終わったらまた書こう。

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August 05, 2005

天井崩壊

「マンションを買いませんか」
と電話がかかってくる。
今度は秋葉原らしい。
受話器の向こうで、声が流れる。
「秋葉原の1ルームなんですけど、将来お子さまのためにお考えになることはありませんか」
喉元まで出かかった声を抑え、てきとーに電話を切る。今さらわたしが言わなくても、同じことを誰かに言われているだろう。

なんでこんな時代に、秋葉原に1ルーム・マンションを娘のために買わないといけないの?

TXの開通で、秋葉原の再開発が進んでいることはテレビで言っていた。駅の様子が画面に現れる。どうやら既存の沿線に乗り換えるのは案外不便らしいことを知る。浅草では600mも乗り換えのために歩かなくてはならないそう。が、しかし・・・浅草で乗り換える必要性はない。

わたしがタイムテーブルを調べたところ、守谷から先は普通の通勤電車の感覚で、今のところつくばからはバスのほうが本数も多い。姑さんもバスのほうが確実に座って行けるので、電車が開通してもバスを利用すると言っている。15分に1本くらいの割で東京駅とつくばセンターを往復している高速バスが、鉄道の開通で本数が減ったらそちらのほうが迷惑な気がする。それでも上りは電車のほうがずっと速いだろう。

そんなことを考えながら大通りを走っていると、東京駅へ行くバスが2階建てになっていた。

ララ・ガーデンができたとき、県から意見書が提出されたそう。ララ・ガーデンというのは、ハワイのモールにも似たショッピング・センター。三井不動産が手がけたらしく、店内は英語放送も流れ少しだけ高級感も演出された造りになっている。

今は落ち着いて渋滞もない。ところがオープン当初は交通渋滞が酷く、その迂回のために住宅地にも車が通るようになり、このためすったもんだしていたそう。そうなると三井不動産だろうがドンキホーテだろうが同じ扱いなんだなーと不思議な気分。わが家の近所もいつの間にやら国際会議場やらホテルやらの話は住民側の反対で消えた様子。

あっさり語ると、いやなのね。都会のようにあっちもこっちも人だらけ車だらけというのが。

あんな風になったらどうしよう・・・という危惧がある。あっちもこっちも建物だらけ。子どもの遊び場もない。いつも知らない人たちがやってきては無神経に去っていく。そんなところに誰が住みたいだろうか。ここは都会ではない。

そういう意味で、大手はダメかも。理由は今までのやり方がいまだに通用すると勘違いしているようで。ララ・ガーデンが建設されたときも、「こんな田舎にこんなお洒落な建物をつくってやる」という態度だったそう。それで住民を怒らせて、学者が調査した意見書を県から提出。

三井に対しては自分的にはそんなものだと思っているところもあり、案外気にもならない。逆に車で行く側なのでショッピング・センターが増えたら便利になる。それではそんなところに住みたいかといえば、ヤダ。うるさいから地価も下がるし、住民が減れば生活に障る。・・・・・・・・う〜む。ドンキホーテを嫌う理由に似ている。

家を建てるときにも、そういえば・・・
銀行をいくつか当たってみたとき、都市銀は職員の対応がいまいち。横柄。そんなことを思っているうちに消えた支店も多い。今、なんていう名前になったのかも実は知らない。それで都市銀はやめて、ローンの返済を考えたら地元の銀行のほうが、と思ったけど、結局、横浜の業者を通じて横浜の銀行に口座を開いた。でも、正直、近所に支店もないし、あまりにも不便なのでほかには使えそうにない。

あれにこれにと動き回るより、家の中で静かに子育てしているほうが気楽だ。

投稿者 Blue Wind : 06:57 PM | コメント (0) | トラックバック

【今日の短歌】 長き日を費やしたよう、夏の日は伸び盛る葉の疲れては伸び。

「なつかしい」一言は夏、吾子の声。ついこの前に走ったみちに。
長き日を費やしたよう、夏の日は伸び盛る葉の疲れては伸び。
どっぷりと受験に浸るながき夏、ついこの間このみち走る。
暑い日のアイスの時間コンビニの駐車場には熱射する風

どっぷりとつかる道には曲がり角いくつ過ぎてもたどりつく店

投稿者 Blue Wind : 03:00 AM | コメント (0) | トラックバック

『ドラゴン桜』 三田紀房著

いきなりダンナが『ドラゴン桜』 (三田紀房)を3巻買ってきた。わたしにも読めと言う。ふざけとんのか、あのおやじ・・・

今、ちょうど塾で歴史をやっているので、明日の分の宿題を娘にやらせていると目の前で1人で読んでいる。『ドラゴン桜』を読んでいると、本当に東大に入れるような気がしてくるらしい。それで、理科砧爐鯀世┐判颪い討△襪蕕靴、すっかりその気になっている。

ちらって読んだら、駿台のノウハウを思い出した。東大が一番問題が素直とか。一次の成績が悪くてもどうして東大なら合格しやすいのか、とか。わたしは国立大学を受けたことがないので知らん・・・ただ、一次が悪かったら東大を狙え、というか、京大はダメだけど東大なら可能性が高いとか、その手の話を昔誰かがしていた記憶がある。私大は問題の傾向がまるで違うのと、それこそ科目が少ない分、重箱の隅をつつくような感じで勉強しないと受からない。

今でも同じなのかと不意に思った。
が、しかし・・・・
「何のために東大に行かないとダメなのかわからない」とダンナに言ったら、「”日本のルールを決めているのは東大出身者。東大を出て何をするかなんて受かってから考えろ”と書いてあるよ」と笑っている。

悪魔のささやきに近い。
要するに、東大なら受かることに意義があるらしい。受かったらどうしようかなんて受かった後に考えたらよいことで、とりあえず東大に受かればそれなりに評価が高いし、それだけで値打ちがある。

大抵は、この手の誘惑があり、大学に入った後にあれこれ考えるのが普通なんだよなぁ・・・と昔のことを振りかえる。最初から大学院へ進学すると思っていたら、また別のルートがあったかもしれない。が、しかし、わたしの時代は少し前まで短大のほうが人気があった時代で、4年制の大学へ進学すると縁談に響くと言われて育ったわたしとしては、院へ進学するのも反対された。

今だったら考えられないかもしれない。が、院へ合格したとたん縁談が減ったのも事実である。

もちろんわたしが今から東大を目指すわけではない。
算数1からのリカバリーなので、娘が言う、「どうせ私なんて」と。すねているわけではなく、そうやって放置して育ててしまったのも事実なので、今頃になってわたしは反省している。算数1からのリカバリー、目指せ東大?

う〜む・・・・
東大を出て、何となく結婚してしまったとしても、東大を出たことに意義があるらしい。とりあえず、デッサンはデッサンでやらせて、理系だったらそれが何かの役に立つこともあるかもしれない。

なんか、自分が酷く間違っているような気がするけど、なんでも流れってあるし・・・学校帰りにコンビニにクルマを停めてふたりでアイスを食べていたのが懐かしいって娘に言われてしまった。つい2週間前のことなのに。娘には娘の人生がある。

6年間、みっちり娘の家庭教師をやったら、ひょっとしてひょっとするかも。どうせ暇だし・・・さすがに絵は教えられないけど。母に反抗して美大?それこそ本望・・・母に反抗してゆうくんとかずくん?ははん、ますます本望(笑)。

投稿者 Blue Wind : 02:31 AM | コメント (0) | トラックバック

August 04, 2005

国が破綻したらどうなるの?

正直言って、国が破綻したらどうなるのだろう?
なるべくなら子どもに借金なんて遺したくないと思うほうが普通だ。個人なら相続放棄の手続きが可能でも、国となるとどうなるんだろう?

さっき政府のメルマガを読んでいて、何となく人生に絶望が。少子化で人口が半分。6000万人。そのうち3人に1人が高齢者で、労働力が少ないから若い人たちが働かなければならない。それで年寄りはボランティア?

あのぉ・・・・
つまり、国が経済的に破綻するから、元気な年寄りがボランティアでしのげということなんでしょうか。だって、福祉などを含めたサービスが受けられなくなる可能性が高くなるし、医療費はさらに値上がりするでしょうし、年金すら危ない。

あら〜〜〜!
そこまで生きているかどうかもわからないけどね。そうなると援助を出す側から受け取る側になるんだろうか・・・

漁師のことを言えない・・・
このところ漁獲高が減って、秋刀魚すらロシア産。そうなると入漁料を支払うから赤字。さらに借金が返せなくなる。そのくせ、借金を返すためにまた借金。そのうち組合が破綻する日も来るのかもしれない。

あっさり語れば、小学校の数を減らしてスクールバスを出すとかね・・・経費節約の時代もきそう。だって子どもの数が減るから。

そのくせ、TXが開通するため、マンションの建設ラッシュで越境が厳しく取り締まられるようになってしまっている。狭い教室でぎりぎりでがんばっているところもあるというのに、少し離れると1クラスというのが普通。

なんか・・・・・未来に希望が持てない。
こんな国に誰がした?
ってみんなが思うとき、世の中はどうなっているのだろう。
なんか・・・・どっか〜んと何かが変わりそうな気がする。
陸のことなら何とかなるかもしれないけど、海の中のご機嫌まではたしかに人智ではわからん。

投稿者 Blue Wind : 12:36 PM | コメント (0) | トラックバック

愛を競う時代

ふと思ったんだけど、今は少子化のせいか、昔わたしが競争だと思っていたことにあまり値打ちがないような気がすることがある。運動会も単なるフェスティバルで、徒競走がなくなった代わりに親子競技がめちゃくちゃ増えて親はほぼ200%の参加率。それ以外の兄弟や祖父母を合わせると大家族が群れることになる。

うちの近所は核家族が多いから、まだマシ。共稼ぎの家庭も多い。それでいて運動会の日には必ず両親が揃う。土曜日だからうちのダンナは仕事がある。昔だったら子どもの運動会より仕事を優先させるのが当たり前だったのに、今は仕事を休んでもらっている。週休5日制の職場が増えたこともその理由の一つだけど、収入が減っても子どもの運動会のほうが重要。

なんでそうなのか不意に疑問に思う。

私立の学校案内などを眺めながら、意外に人間関係を重視する学校が多いことに気づく。意外でも何でもないのだけど、要するに今の子どもたちはひとりっこが多いし、どうも人間関係の形成が下手だという認識が広まるとあちこちで対策が練られる。合宿を増やしたり、海外留学や研修を積極的に行う理由の一つに、子どもを自立させるという狙いがあるらしい。単なる語学力というより、親から離れて何かを体験させるということを教育によりつくり出す。それでいて、学校行事には親子のコミュニケーションを増やすとかね・・・ボランティア活動など体験学習も盛ん。

子どもの発達に父親の育児参加が重要となると、父親の学校参加行事が増える。これじゃ母子家庭はたまらんだろうな・・と思いつつ、そういう時代なのだから仕方がない。かれこれ20年くらい昔だろうか・・・それまで働き蜂として有名な日本人家庭で変化が起こった。子どもの受験に母親よりも父親のほうが遥かに熱心なケース。今でこそめずらしくなくなったけど、教育パパの時代が到来した。

それまでは育児や家事は母親任せで、父親は遅くまで会社のために働くとかね・・・そういう家庭のほうが普通だった気がする。ところが不景気が時代を変えたのか、主夫も増えたし、共稼ぎも当たり前になってきたせいか、とにかく何をおいても子ども優先という家庭が増えた。

まあ、それだけ離婚が増えたのかもしれないし、親が子どもの世話をしないケースが増えたのかもしれないし、そうなるとそれではまずいとばかりに親を教育現場に借り出す。そうなると、何らかの理由で親からのケアが充分に与えられていないと感じる子どもたちはつらい。ただでさえつらいのに、学校でもヒシヒシ愛の欠如を思い知らされることになる。

親が何もしないほうがしっかりするのも事実なんだけどね・・・それでいて、愛を競うようになるとどうも競争力が欠如しているような気がすることもある。1人の気楽さに慣れると、恋愛その他諸々めんどーになってしまうのだろうか。あるいは過剰・過敏になりすぎたり・・・こればかりは学校がいくらがんばっても無理だろうな。

人間関係・・・って、なんて便利で漠然とした言葉なんだろう。

投稿者 Blue Wind : 09:37 AM | コメント (0) | トラックバック

August 03, 2005

夏休みの生活

娘が、”幕の内弁当”でよいというので、せっかく6時に起きたのに時間が余ってしょうがない。小分けしてある冷凍食品をチンすれば終わり。から揚げですら1個から小分けしてある。ちなみに今日はから揚げはやめてチーズ入りのかまぼこのトッピング。相変わらずシュウマイやらグラタンやらおひたしやらたった2個のエビチリやら詰めるだけ。しかも、冷凍のまま詰めたら自然解凍して食べられるというものもある。

5分もかからない・・・
朝の6時から起きて5分で終わり。

ちなみに水曜日は忙しくお昼を食べる暇がないというので、先週はダンナの分までつくったけど、今日は娘のお弁当を見て要らないと言われてしまった。あんなのを優雅に食べている暇がないから、おにぎりとかね・・・売店へ駆け込み5分で食事を済ませる。50分も休み時間のある娘とは違う。娘には食べ終わるまでもっと時間のかかるお弁当をつくらなければならない。

このようにして夏は過ぎていく。

こうやって考えると、学校というのはミニチュア職場のようなもので、連帯責任というわけではないでしょうけど、学校のレベルとか評価の世界。だから、1人変な子がいるとなると大騒ぎになるのだろう。

登校拒否の理由が、「学校にお母さんがいないから」で、校内暴力(?)の原因は・・・知らん。元気が良すぎるとか?

で、「みんなで無視しましょう」というのが先生の指導方針らしい。わたしはよく知らなかったけど、結局、高学年になると女の子でもぶったり蹴ったりやり返すらしく、集団暴行(?)になってしまう。そうすると、やられたほうがますます怒ってやり返す。そうなるとそれが延々と続くから、「みんなで無視」するのが一番よいということになるらしい。

県内でも学力はトップレベルと先生は言う。しっかりしている子も多い。・・・・・・・女の冷たさがヒシヒシ伝わってくる。こう、なんていうか、男同士ってどこか和解に導き合うものがある気がする。ところが、女が強いとそういうわけにはいかない。あいつは悪いヤツだ、気持ち悪い、そばに寄るな、となったら、それがはっきり顔にも態度にも露骨に表れる。特に隠す理由もないし・・・

近頃では娘にも空手を習わせたり、一人娘だったりすると特に父親が教育熱心だったりする。そうすると、「女の子を虐めるなんてサイテーだ」と怒る。みんな怒ってるもんね、お父さんたち・・・むしろ母親のほうが微笑んでノラクラしている。喧嘩したくないから・・・

塾へ行くとほっとする。
女の子たちが塾の帰りにアイスをみんなで買って親を待っている。華やかなのよね・・・雰囲気が。和む。そのまま似たような学校へ行き、大学へ行っても似たようなメンバーなんだろうな。特にガツガツして勉強しているふうでもなく、そこが不思議だ。クラスにも拠るのかもしれないが。幼稚園時代からの友達も多い。

公立の学校は成績による階層社会なので、県立へ進学するとなれば上位から成績により割り振られる。私立のようにスクールカラーなどで選択する余地もない。ある意味公平なのかもしれないけど、自動的に振り分けられるとなれば、勉強するしかないではないか・・・

塾なら辞めればいい。でも、学校はそういうわけにはいかない。しかも連帯責任、成績による自動振り分け。個性もへったくれもないよね。組織なんだから。

娘に訊くと、学校は楽しいらしい。でも、友達は塾のほうがいいらしい。夏休み、子どもを観察しているうちに普段見過ごす何かを感じたりする。娘はどこまでも普通の子なので、学校でも目立たないし、塾でも目立たない。つまりは、どこへ行っても周囲に合わせるコツを知っている。

娘が夏休みの宿題をお絵かき教室へ持って行って、やっていた。お絵かき教室・・・美術研究所。とりあえず、美術教室とこれからは呼ぶことにしよう。

美術教室で描いた絵をコピーしてトレペで写し、それを学校へ提出するらしい。なんかすごい手抜き。娘に訊くと、学校では本気になれないからだそう。(本末転倒では?)

今はまだ癒し系絵画教室だけど、それが中学からはデッサン科になる。もちろん趣味や遊びでやることも可能。そうすると教室が違う。小学生までは差がない。ところがデッサン科になると、次第に辞めてしまい、最終的には6人くらいしか残らないそう。形を取る、となったらひたすら球なら球をきちんと描けるようになるまで描かせられる。”感性”なんて生やさしい世界ではない。

が、しかし、だれだれ君がどうたらこうたらと騒いで、ついでに成績階層社会でピーチカパーチカやっているなら、そうやって真剣勝負のような世界でしばし時間を費やす方が癒される。

投稿者 Blue Wind : 10:23 AM | コメント (0) | トラックバック

August 02, 2005

お弁当

今日は模試。このところ毎日お弁当をつくっている。今日も模試が終わった後に授業がある。模試の日くらい早く帰ってきたらいいのに、と思うんだけど、さすが夏休み。学校が休みだというのに、学校がある日より気ぜわしい。

初日、娘にコンビニで買わせた。
それで娘が戻ってきてから、コンビニ組がどの程度いるか訊く。
数名。

仕方がないので翌日からお弁当つくりが始まった。コンビニのお弁当はまずいと娘が言うので諦める。わたしは1人ならコンビニでも充分なんですけどね・・・まったくあの人たちは。

毎日メニューが違う。おにぎり、サンドウィッチ、パスタ、ワッフル、日の丸弁当。
サンドウィッチだってサンドウィッチ用のパン、フランスパン、ロールパン、日替わり。パスタの日は、クラコットをつけた。

娘のお弁当はめずらしいらしく、単にハムの間にチーズをはさんでまいただけなのに、美味しいと言っているそう・・・友達が。なんなんだ・・・しかも、毎日デザートをつける。理由は、娘が行っていた幼稚園ではないけど、ある幼稚園の案内に「お弁当にかならずデザートを添えてください」と書いてあったので。フルーツでもこんにゃくゼリーでもなんでもいいからデザートをつける。

うちのダンナはお弁当が嫌い。理由は高校時代、お弁当が重箱でたまにマツタケなどが入っていたから。(さすが姑さん!) 親に恥ずかしいからやめてくれと言いたいけど、元来がおとなしい人なので何も言わない。それですっかりお弁当が憂鬱になり、今でもお弁当が苦手。

おじいさんが学生時代には、大阪から母親がパンを焼いて東京へ。当時はパンなんて売ってない。明治時代に父親がアメリカへ留学していた時の名残。当然黴だらけだから一言やめてくれって言えばいいのに言わない。大阪から荷物を発送してそれが1日で東京に着くなんてことは考えられない時代ですからね・・・

先代の姑さんがそういう性格だったので、負けず嫌いの姑さんがどんなお弁当をつくっていたか想像に難くない・・・

うちは娘なので案外はっきり言う。量が少ないとか、友達のお弁当はこんな風だとか。
それで仕方がないので、昨日スーパーで冷凍食品が4割引だったのでお弁当用の簡単素材を仕入れてきた。それでさっそく今日は日の丸弁当。ご飯は3分の1。残りはシュウマイだのグラタンだの冷食をいろいろ詰めてやった。

朝、娘に訊く、「みんなのお弁当、こんな感じでしょ?」と。「うん」だって・・・あーあ。

********
えっ、おかずを入れたら日の丸弁当じゃない??
ぐたさまからご指摘が。
はずかしい。
今の今まで、ご飯の上に梅干を一個乗せてあるお弁当はすべて日の丸弁当だと思っていました・・・
死語か?

********
結論としては、2〜3日に一度めずらしいお弁当をつくるくらいがいいのかも。・・・・・・が、しかし、お弁当は家庭の雰囲気がまるわかりになるので、やっぱ給食のある学校に入れます。なんか疲れる・・・

投稿者 Blue Wind : 10:10 AM | コメント (0) | トラックバック

第6回 常陸国 小野小町文芸賞 短歌募集中

◆テーマ: 自由。
◆表現形式: 歌の形式は不問。
◆応募条件: 作品は未発表のもの。2首組とし、何組でも応募可。漢字にはふりがな。応募作品に関する一切の権利は、新治村に帰属。
◆応募方法: 所定の応募用紙又はB5判の白色用紙に応募料2首組2000円(郵便小為替)を同封。(直接持参も可) 小中高校生無料。郵便番号・住所・氏名・年齢・性別・職業(学校名・学年)・電話番号を明記。
◆応募先: 〒300−4108 茨城県新治郡新治村小野491  
 問い合わせ先: 新治村村立小野の館内 「常陸国 小野小町文芸賞」係  
    TEL 029-892-1002 (FAX兼用)
◆応募締め切り: 平成17年9月9日(当日消印有効)
◆審査員: 三枝暁掘磯田ひさ子、坂井修一
◆賞: 審査の上、全作品から100首を入選とし、その中から短歌大賞1点、優秀賞5点、秀逸20点。ほかに小中学生・高校生入選各20点。賞状・記念品、応募者全員に入賞入選作品集の贈呈。*ただし、短歌大賞の作品は歌碑!
◆入選作品の発表: 平成17年10月下旬。入選者に通知。
◆表彰式: 平成17年11月上旬。

以下、省略。

死ぬまでには歌碑!
憧れです。

投稿者 Blue Wind : 12:18 AM | コメント (0) | トラックバック

August 01, 2005

自衛官考

娘の幼稚園時代の仲良かった友達のお父さんは自衛官。卒園と同時に恵庭(北海道)に転勤していった。

わたしは反戦論者なんだけど、自衛官は偉いと思っている。なんせ、感性が違う。
イラク戦争の時も、わたしはもちろん自衛隊の派兵には反対。が、しかし、世の中が反対すればするほど、彼らの任務が実に重要なものになり、それがますます彼らをやる気にさせるらしい。

たとえばね・・・うまく説明できないけど、万が一衝突があった場合、大変なことになるでしょ? だから、慎重にも慎重を重ね、日頃から厳しい訓練を積んだ人たちが選ばれて任務に当たる。隊員がそれを自覚しているところがすごい。日の丸背負ってるからね・・・自分たちの仕事により、世界の平和や日本のために役に立つという喜びに満ちあふれている。そこが違うよね・・・国のために働くことがうれしいなんて!

イラクへ行くことが決まったら、うれしくってウキウキしているという噂は本当らしい。う〜む・・・・

そのほか、各種災害の救援活動とか?
自衛隊でないとできない仕事が世の中には山ほどある。
それに喜びを見いだしているところが、さすが。

投稿者 Blue Wind : 12:04 PM | コメント (0) | トラックバック

漁師考

たまに思うんだけど、暴走族って海の上なら普通。バイクで陸を走るからまずいわけで、ジェットスキーで海を走っているだけなら特に問題もない。

なんで急にそんなことを考えたかというと、以前、漁師の息子のメル友がいて、それが都会でサラリーマンをしているからちぐはぐ。いや、特にちぐはぐなところはないんだけど、ちょっとしたこと。運転が下手だとか・・・下手なのではなく、船に慣れているからどうも陸だと感性が合わないらしい。事故ばかり起こしているので、奥さんからクルマ禁止令が言い渡されているそう。

わたしは山に住んでいるから休みの日には海へ行きたくなる。あちらは海では旅行気分が出ないらしく、奥さんとふたりで山へ星を見に行くそう。つまり、都会では星が見えない、見ようとすると高くつくかららしい。星を観察していて飽きないのも漁師の遺伝子かも、と言ったら、本人もそうかもしれないと言っていた。

木更津出身の元暴走族。元頭。買ったばかりのハーレーを1ヶ月でおじゃん。
今にして考えたら、彼はジェットスキーを買うべきだったのかも・・・
あの世界、20歳でふたりくらい子どもがいても驚かない。

20歳になっても、都会の大学生はまるで生活能力がない。

これが漁師だったら、若いうちほどがんがんに借金しても若いから働いて返せる。高校中退になっても平気。20歳過ぎれば立派なおやじ。実際、結婚して子どもがいても驚かない。嫁さんも若い。わたしの年には孫がいても驚かない。

建設ラッシュで、ちょっと田舎へ行くと高速道路もがらがら。首都高とは違う。

結局、全国一律で教育しようとするから弊害があるんだろうな。
が、しかし・・・ちょっとドライブでこの辺にやってきたら大変な騒ぎになるかもしれない。実際、千葉や栃木から週末や夏休みにはやってきている。特に何もなくても、クルマに乗っている人に声をかけられたと言って、以前の6年生の女の子たちが走ってコンビニへ逃げ、警察と学校に通報。

都会からたまに海に行くとどうなるか?
先日も九十九里浜で落雷に遭い重軽傷の人たちが・・・
皆、避難しているというのに、わからん。海の上にも避雷針があると勘違いしてるんだろか・・・

投稿者 Blue Wind : 10:27 AM | コメント (0) | トラックバック

【今日の短歌】 耽溺に花・風情散る歌舞伎座も映画も江戸も人も活字も

耽溺に花・風情散る歌舞伎座も映画も江戸も人も活字も
電子文字、ゆっくりとして忙しく人を走らせ座らせ、未来。
だるだるで活字といえば参考書そんな青春。マロニエ植えた。
さんあいのまるいかたちもふるめしくソニービルとてレトロなメトロ

TEの開業宣伝ながむれば朝から人は働きに出る
マンションの建設ラッシュながむればつくばの街も変わってゆくか
まったりと万葉の山ながむればロケットさえも飾りとなりぬ

投稿者 Blue Wind : 08:57 AM | コメント (0) | トラックバック

海辺のポルシェ

夏だから思うわけじゃないけど、茨城県でも海のほうへ行くと、浜辺にポルシェが並んでいる。青い海に颯爽と。しかも、海辺の町に豪邸・・・

漁師というのはよっぽど儲かるんだろうか?

このシンプルな問いにあっさり回答が。
要するに、漁師というのはギャンブラーらしい。だから、いくら借金してもへいちゃら。回遊魚を相手にしているので当たれば大きい。ン千万がポンと入ってくる。その代わり外れると、「借金返せません・・」と役所に泣きつく。う〜む・・・・事業資金の貸付なら何とかならないこともないが、借金の使い道が豪邸やポルシェだったりすると・・・(ちなみに返済は漁獲高の何パーセントと決まっているから、余分に返す必要性はないらしい)

一生懸命に勉強して役人になって、挙句、漁師の愚痴を聞いているだけ・・となったら、たしかに仕事を辞めたくなっても無理はないなぁ・・・と、つまらないことを考える。しかもあっちは借金へいちゃら。なんかね・・・

夏場ちゃらちゃら姉ちゃんをポルシェでナンパしている漁師と、真面目な公務員とを比較するほうが難しい。やっぱ好みの問題なんだろうか。わからん。

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