September 30, 2005

熟慮

マルチビタミンくらい酸っぱいマンゴージュース。近頃、ビタミンが欠乏している気がするのは気のせいだろうか。

開業するなら近所におあつらえ向きの土地があるし、そこなら家からも近いと思いながら、第一種低層。つくば市、緑が多くて、敷地もゆったりしているし、それなりに素晴らしい住環境の地域はたくさんあるのですが、そういう地域で開業するといわゆる医院併用住宅というのを建てなければならない。しかも、50屬靴店の大きさが取れない。わたし的にはそれでかまわないだろうと思いながら、ダンナを睨むのだが、あっさり狭いと言われてしまっては仕方がない。

というわけで、駅ができて、駅周辺の開発が先とばかりに土地は出るのだけど、ほとんどが住宅用で、しかも高い。駅ができたと言ってもいきなりクルマ社会が消えるわけではなく、最低でも10台のパーキングスペースが必要になる。それでも従業員の駐車スペースを考えるとぜんぜん足りない。しかも、医院併用となると家のクルマを停めなければならない。それでいてその手の土地が確保できたとしても、第1種低層となると結局店のスペースは法律により制限されてしまうから同じこと。

そこでネットで検索したり、近所の不動産屋へ行ってみたけど、なかなか思うような場所が見つからない。50屬任茲い里覆蕕いらでもあるのに、あれにこれにと機械を入れるとなるとまるで足りない。それならもっと爺さんになってから機械が要らないような開業をすればいいのに、とか、これが都会ならどうする気だろう、などとうすらぼんやり考えながら一日が過ぎていく。

近頃流行の医療モール・・・
これってどうなんだろう。3年後に独立開業するらしいのだけど、ネットで検索した程度ではよくわからない。ある程度収入や資金を保証してくれるから申し込めばいいだけなんだけど、あっさり語ればその3年間は減収。最初は赤字になるのはどこも一緒なので、そういうことを考えれば悪くない条件なのかもしれないけど、どうもすっきりしない。バイトに行ってしまいそうだ・・・まあ、自己資金がかかるわけでもないから、いいんだけどね。ただ、この条件ではやる気がでない可能性が高いけど、そのほうがうちのダンナには向いているかもしれない。が、しかし、他人が絡むとややこしい。

まあ、なんでもいいや・・・

投稿者 Blue Wind : 05:09 AM | コメント (0) | トラックバック

September 29, 2005

青か白か

ざまあみろと言いますか、なんとおっしゃるうさぎさんと言いますか、あっさり語れば、確定申告の青だの白だのを眺め、そう言えば日本の専業主婦がヒマの代名詞みたいに言われるようになったのは最近のことだということを思い出す。

そうだよねぇ・・・例えば、今でも農家は子沢山でお母さんは忙しい。農作業をしていたらさらなる重労働。それでいて所得は夫のもの。嫁は相続権もない。だから未亡人になったら大変なことになる。すべてはそういう事情から派生していったのかも。

自宅と職場が離れていれば、そりゃ何となくヒマになっても仕方がない。が、しかし、自営業や農家は堂々と専従者控除が認められるほど奥さんは忙しい。奥さんが仕事を手伝えるか手伝えないかは子どもに手がかかるかどうかで決まるらしい。家事や育児は立派な労働だ。

サラリーをいただいて働く方が楽かもしれない。家の仕事を手伝っても給料も貰えないことが多い。理由は財布が一つだかららしい。だからといって青色で申告しようとすると手続きが大変。大雑把な経理ではダメになる。

簿記のテキストを買ってきた。今頃になってなんでこんなものを勉強しないとダメなんだろう・・・(泣)

投稿者 Blue Wind : 12:52 AM | コメント (0) | トラックバック

September 26, 2005

あれにこれに忙しい

神戸の震災が来て、親の家が焼けたとき、意地でも開業したくないと言っていたダンナがついに開業を決意したのかもしれない。まあ、別に悪くないサラリーを貰って、親子3人で食べていくだけなら何も困らないです、はい、その点、医者はありがたいと思います。

が、しかし・・・なんか、こう、40歳を過ぎると何かが変わるのでしょうか。のんびりしたいというか・・・昔に比べれば相当今でものんびりはしてると思うのだけれど、この先子どもにお金がかかるということなどを考えると、現実を考える余裕が出てきただけ、互いに年を取ったのかもしれないと、相方の顔を見ているとたまに感じるようになる。

10年前の生活を振り返ると、あちらは真夜中でも平気で呼び出されるし、当直は多いし、あれは若くないと無理だと思う。わたしはわたしで、生まれたとたん2時間おきに授乳に起こされ、外出すら儘ならない生活を余儀なくされ、真夜中のお出かけと言えば、寝ている赤ん坊を連れて酔っ払いを乗せて病院まで。

赤ん坊と缶詰の生活はそれなりに大変。ストレスも貯まる。それでいて、おちびが可愛いからやってこれたのだと。幼稚園へ行くようになりほっとしたのも束の間、母が倒れるし、その母を引き取り、娘をどうにか中学へ押し込めばようやく少しは楽になるかなぁ・・と思っていたら、開業すると言い出しやがる!

仕事するとかしないとかね、復学するとかしないとかね、たま〜にそういうことを考える余裕はあるのだけれど、そういうことは大抵すぐに諸事情により掻き消される。専業主婦はヒマ。それでいて働くほどヒマがあるわけでもなく、そういうのは人それぞれなのかもしれない。

いや・・・いろいろ考えることは多い。

開業するとして、とりあえず自宅はあるのでテナントを借りて・・・ということもできる。が、しかし、家族の都合というのがありまして、開業ついでに自宅を移してしまい、神戸から姑さんを呼ぶとかね・・・そうなると、あちらにもあちらの都合と意思があるから、勝手に決めるわけにはいかない。娘の通学の問題もある。別にわたしが店番するわけではないけれども、それでいていざ開業するとなると忙しい時期には知らん顔するわけにはいかないだろうし、一応は銭を管理しているのはわたくしなので、あれにこれにとやらなければならないことも多い。

まあ、最低3年はきりきり舞い。その間の娘の年齢を考え、ちょうど反抗期を迎えるなぁ・・などと思ってみたり、そうなると母親はまた忙しい。とりあえず、商売に励んでいるうちに娘を放置しておくとろくなことにはならん。高校で受験しなければならないとなるとますます大変。それならさっさと今年のうちに娘に決めてほしい。

で、進路とか?

もう、だんだんだるだるになってきてしまう。勉強ができないならできないでさっぱりしている。少なくてもできない子を無理に医者にするほど裕福でもヒマでも無謀ではない。それならどこかてきとーに進学してさっさと結婚してくれたらいい、というのが親として希望。それが一番楽。

美大に関しては、今の娘の将来の希望が美術の先生になることらしいので、それなら英語、フランス語、イタリア語、美術史、哲学、数学くらいは押さえておきたい。今、嫌味のように美術関係の本を娘の目に付くところで読んでいるので、建築を含めて、どうして勉強しなければならないのか、といった類の愚問が飛んでこないように努めています。

それでいて、開業するなら少しは医療事務などの知識があったほうがいいなぁ・・などと思いながら検索すると、専門学校のカリキュラムなどが目に飛び込んでくる。取得できる資格の量が違う。就職率も99%以上。たしかに雇う側にしてみたら、大学卒より即戦力になる専門学校卒のほうが理にかなっている。職種によるのかもしれないけど。

専門学校の最高峰が私立の医学部かも。そんなことを考えながら、娘を医者にしようとした場合、おっそろしいほど予算が割かれる。そうなると今の余裕のある生活がこっぱみじんこになりそう。・・・・・となると、父さんはいやでも開業する、と。

儲かったら、沖縄と森の中に別荘を建てて、ひきこもろう・・・
疲れる・・・

投稿者 Blue Wind : 01:34 AM | コメント (0) | トラックバック

September 25, 2005

【今日の短歌】 開業医なるかならぬか台風は吾子の成績雨垂れの音

開業医なるかならぬか台風は吾子の成績雨垂れの音
だるだるで人生さえも子のいつか旅立つときに身をたがえたる
俵万智今頃見つけしらじらと和歌か短歌か東雲はなき
だるだるでどこへ行こうが中学はチュウボウつどう校庭の土
優秀になってうれしき共稼ぎ。わたしはヒマな主婦がよろしい。
憲法を変えてくれぬか勤労の義務が嫌いだ、あれこれ思う。

バルテュスは絵画5枚でグランシャレ買いつ候値のありがごと
給料を比べておりし2ちゃんねる、あぅ、壮絶だ。2年後を待つ。

投稿者 Blue Wind : 07:27 AM | コメント (0) | トラックバック

September 23, 2005

『ダ・ヴィンチ・コード ヴィジュアル愛蔵版』 ダン・ブラウン著

読書の秋。何をせっせと読書に励んでいたかというと、ダン・ブラウンの 『ダ・ヴィンチ・コード ヴィジュアル愛蔵版』 。西洋史が好きな人たちにはたまらない魅力かも。聖杯伝説も死海文書もピラミッドもその他諸々歴史の闇のミステリアスな部分に惹かれるのは本能だろう。

聖杯とか、聖櫃とかね・・・失われたのか初めから存在しなかったのか今となっては謎めいた話は多い。マグダラのマリアが実はイエスの妻だったという可能性についてはあえて否定する理由はない。イエス・キリストが人として肉を持ち、この世に存在していたことを否定する人はいないのだから。

ただ、彼女が娼婦だったという話が捏造されたものだったかどうかについてはいささかすっきりしない。喩えは酷いけれども風俗の世界にも寿退社というのがあることを知り、ネットでしか知らない彼女の現在の生活は平凡に介護士の資格を取り、寝たきりのお年寄りの世話をしているという・・・考えてみれば、聖フランシスコも生まれた時から聖人だったわけではなく、どちらかといえばその反対で、爵位を目指して騎士の姿で出兵していった若者の一人。

悔悛。

こうね・・・この手のストーリーを好んで書きたがるのは、実はプロテスタント系の人たちが多い。大抵は、ローマ・カトリックへの批判がちりばめられている。そういう宗教的対立にあまり興味が持てないというのは、単にわたしが日本人だからなのかもしれないと思うし、西洋史を少しでも学んだ人たちなら歴史や文化というものを通して発生する確執の一つにしか思えないのでは。

これね・・・例えば、聖杯伝説がこんなにも魅力的なのは、フランス人にとってはメロヴィング王朝がイエスの血統を受け継ぐとか、ケルトへ渡ったとか、テンプル騎士団がクレメンス5世により弾圧されたとか、フリーメイソンとか、アメリカの建国のいきさつがフリーメイソンや聖杯にまつわるものだとか、いずれにせよ、日本では卑弥呼の伝説のような吸引力を発揮してしまう何かが存在するからだろうな。たぶん。

それで、イエスの末裔が生きているとして、あらたなる帝国が築かれるとか?(あまりにもイエスのイメージとはかけ離れているが・・)

そうなると、どうも日本の皇室と似通ったものを連想してしまうのはわたしが日本人なのだからなのかも。もういいや・・・というか。仮に天照大神が皇室の祖だとし、そこから大和民族が日本に広がり、その直系尊属が天皇家だとしても、現在の日本の政治を眺めれば、「あ、そうですか」という感じに近い。(たまに思うんだけど、ユダヤ人が近代日本社会をどのように考察するのか訊いてみたい)

そういうキリスト教にまつわるしがらみがないせいか、それが正統なものか異端であるか、そんなものを誰かが決めたとして、それと自分とどういう関係があるのかいまだにわからない。おおげさな意味ではなく、文字通り、わからない。実際のところ、教会に帰属しているわけではないし、わたし自身が信仰心を失ってしまえば、わたしとキリスト教とは明日から何の関係もなくなってしまうだろう。いまでも何か関係があるのかと問われると困ることが多い。

フランスやイタリア、あるいはイギリスの古い教会や美術館を歩くと、違和感を覚えることが多い。うまく説明できないけど、窒息してしまいそうな眩暈すら感じることもある。それはいわば他国の歴史を垣間見ただけにすぎない。宗教があり、歴史があり、社会があり、それらが密接に絡み合い、人がいる。

こうさ・・・わたしは自由なのよ。わたしが求めているのは精神の自由であり、信仰の自由であり、好きか嫌いかであり、理屈を凌駕したものであり、神であり、愛であり、人間であり、目であり、夢であり、星であり、空であり、天であり、青であり、地球であり、さらに静かな愛。

ダン・ブラウンが支持されるのは、狂信を理解していることかも。宗教のもつ良い面、悪い面。さわさわ〜っと怖くなる。これを読んだ後に教会へ行くと癒されるかもね。

投稿者 Blue Wind : 04:09 AM | コメント (0) | トラックバック

September 20, 2005

覚悟の旅路

初めてバリ島へ行った時、トイレットペーパーを持って行ったことを告白しよう。東南アジアに限らず、途上国を旅行する時は、まずトイレに紙が置いてあることを期待してはいけない、トイレがあることを期待してはいけない、とかね・・・そんな話ばかり聞いていたものだから、当然用心のために持って行く。まあ、空港のトイレにしてもバリニーズですからね・・・いちいちそんなことに驚いてはいられない。

案の定、乗り換えで使ったインドネシア空港でもそんな感じで、娘が怖がるので行けない。「あのトイレは怖いからいやだ」と言う。嫌いと言うのならまだしも、幼稚園の子に怖いと言われてしまっては諦めるしかない。そうやって思っていたら、DFSの裏手に西洋式トイレがあったので助かった。

うちの姑さんときたら、近頃ではウォシュレットでないとあかんという理由でハワイすらダメ。この前、グアムでは完璧に日本人スタイルだったので、あれなら大丈夫だろうとは思ったけど、日系ホテル以外はどうなっているのかまでは知らない。

裏の奥さんがまだ元気だった頃、ご主人の仕事で中国へ行ってきたというので、その辺の事情を訊く。やっぱ、ホテルを出たらトイレはないと思え、くらいの覚悟がなければ中国には行けないと言われた。そのくせ、東南アジアのホームステイというのもあり、そうなるとトイレットペーパーを1ダースくらい持参するらしい。

「えっ、そんなに?」と思ってはいけない。大抵は原因不明の下痢に1週間くらい苦しむことを覚悟しなければならないかららしい。あまりにもおおげさではないかと思ったけど、全員がそういう状態になるというのだから諦めるしかない。日本から持参した薬は効かないそう。その代わり、どういうわけか現地で薬を貰うと治るという・・・

・・・・・・・・そういう悲惨な覚悟をして行ったせいか、バリ島があまりにも素晴らしいところですっかり好きになってしまった。

投稿者 Blue Wind : 03:12 PM | コメント (0) | トラックバック

先が思いやられる話

アメリカ人って、実は頭が悪いんじゃないかと思うことがあり、そういう頭の悪さは知能指数などでは測ることができないかもしれない。アメリカ的おバカ尺度を考案する必要性がある?

この記事は何だ?
⇒ 『救援活動に官僚主義の壁 ハリケーン直後の被災地』(CNN.co.jp)

パタパタ目の前で被災者が死んでいくというのに、治療が許可されず、床のモップをやらされていた医師。給水車と支援物資を7日分積んで救出に駆けつけたら管轄が違うから中へ入れず呼び戻された警官。全米から救援活動に駆けつけた消防士に研修。内容は「コミュニティとの付き合い方やセクハラについて」だそう。つまらない研修を受けながら、被災地の人たちが苦しむ様子をテレビで眺めていた消防士の気持ちを考えると、鬱になりそう。

おまけに、どちらが現場の指揮を取るかで喧嘩してたって?
・・・・・・・・全部まとめてクビにしろ!!

*******

要するに、教育が悪い。教育が悪いというより、何と言うか、親が手塩にかけて育ったわけではない愚かさがある。

この辺り、つくばでは、うっかり家を建てるとホームステイを頼まれてしまうことがある。大抵は、技術研修で来ているおじさんを一日だけとか、その家族とかね。わたしはダンナに露骨にいやな顔をされてしまったのでお断りした。なんか、ルーマニアや南米のおじさんたちが家の中にいるというのはなんかむさくるしいような。

が、しかし、みんながど〜っしてもいやがるのが、アメリカの高校生とか。研修で来日しているおじさんたちは大抵の食事をおいしそうに食べてくれますからね、案外、楽なのだそう。ところが、アメリカの子どもたちは普段何を食べているのかと思うくらいレパートリーが狭い。あれもいや、これもいや、と言われて、とうとう夕飯はみんなでマックへ行ったそう。

マクドナルドしか受け付けないというのは何と言うか・・・

この手の不愉快さはハワイでもある。子どもから少しでも離れると怖い形相で叱られる。日本だったら考えられないようなシチュエーションでもそんな風。あまりにもおおげさな気がするのだけど、法律で罰せられてしまうとなれば従わざるを得ない。心の中では、そっちのほうがおバカなのよ、と毒づきながらも。

グアム空港の目玉おやじ(指紋押捺用の機械)はさすがに使われていなかったけど、あんなんで本当にテロが撲滅できるのか、いささか他人事のように不安になってしまった。

機転が利かないというか、気働きがしないというか、愚直な大型獣のような鈍さがある。

こんなんで、本当にニューオーリンズは復興できるのだろうか?
亡くなった人たちのご冥福をお祈りいたします。

考えるのやめよう・・・

投稿者 Blue Wind : 02:59 AM | コメント (0) | トラックバック

September 19, 2005

【今日の短歌】 靖国はどうでもいいが、英霊よ、君たちの死は何だったのか。

英霊よ、死んだ後まで利用され、君たちの死はいくどおとづれ。
名月よ、朧月夜に名を借りて、怪しい闇が虎のようだね。

水の中、弔う空の輝きが映りもせぬか、嵐の夜には。
そうやって水の中にはいくせんのいのちの声の届かない空

中秋の名月はまた光つつ遮る雲がやけに黒黒

靖国はどうでもいいが、英霊よ、君たちの死は何だったのか。

天皇とか、戦争とかね・・・あっさり言えば、憲法そのものを無くしたら? それでもあるものはあるのだろうし、ないものはないのだろうし、何も変わらない。

投稿者 Blue Wind : 11:25 PM | コメント (0) | トラックバック

国連って何さ?

わたし、思うのだけど、国連なんて要らない、と。
結局、テロリストに煽られ、国連での決議は無視された。そのくせ、都合のよいときだけ、国連軍がどうたらこうたら。

大体、国連軍って何さ?
平和維持活動がどうたらこうたら・・・本当に平和を維持したいだけなら、武器を捨てろ。実はその逆だからこそ、軍隊が組織される。

イラク。自衛隊派兵。
憲法改正。自衛軍。

憲法は変えられても、みことばは変わらない。

投稿者 Blue Wind : 10:54 PM | コメント (0) | トラックバック

結局、隊長は誰かと問われれば、神さま。
20世紀は世界中で戦争があり、後半はいかにそれを終わらせるか、という時代だったと思う。わたしはそういう時代に生まれて育ち、平和で豊かな恵みの中で育った。少なくても60年間、日本は戦争をしていない。だから、わたしは死ぬまでそういう惨禍を知らずに生きていたいし、娘や孫の世代にもそういう時代が続くことを願っている。

それだけ。

戦後、パパさまが世界中を回り、平和を訴えた。それに呼応し、世界中の信者が祈りを捧げた。そして、カトリックの国は反戦に回った。わたしはカトリックの国に暮らしているわけではないけれども、鈴のつけられた猫のようなもので、呼ばれれば行くしかない。

わたしの中に育った信仰の芽は、理屈を凌駕して存在するらしく、人生観、価値観、行動を左右してしまうのだろうか。

ある日突然、国も法律もどうでもよくなってしまう。それでいて、わたしはそれなりに愛国心もあるらしいし、わけわからん。

投稿者 Blue Wind : 03:36 PM | コメント (0) | トラックバック

もう忘れていた・・・

去年の題詠マラソンの単行本がこれから出るらしい。
仮名遣いについて、あれだけの量をいちいちチェックしていたという・・・もしかして、1人で? 編集者というか、俳人というか、今年はとりあえず3冊ずつの買い上げが決定しているせいか、のんびりしているだけなのか・・・

わたし的には、今年の題詠マラソンはお休み。

理由は、一身上の都合というか、要するに娘の受験があるからそれどころじゃないというのが実情に近い。

娘の進学?

それは、最終的には娘が決定すること。わたしとしては、ややこしいことは考えずに、前期に東大、東大落ちたら後期に東京芸大を狙え、としか言えない。両方落ちたら、受かったところへ行ったらいいさ、程度。

あれこれ言っても、結局、娘の意思。中学受験にして、それを思い知る。
つまらないところがわたしに似てしまった。

投稿者 Blue Wind : 02:50 AM | コメント (0) | トラックバック

バーガーとポテト

オリンピックの話題が出ても、またか・・という気分になってしまう。愛知万博と言い、結局、不景気だから何かイベントをやりたいだけなんだろうな・・という程度の興味しかないままに間もなく終わるらしい。というわけで、オリンピックの誘致に関しても、どーでもいい、というのが本音。

わたしは東京オリンピックの頃には東京、札幌オリンピックの頃には札幌という具合に住民としてのオリンピック体験はあるのだけれど、長野になると急速にどーでもいい、と思っているうちに終わってしまった。ほんで、またどこかでやるとなったら、もういいだろう・・というのが本音。それより、街が急速にピカピカになって行ってしまう気分を、そういうものに縁の無い国の人たちに味わってほしい。それだけ。(もっと正直に語れば、感動はソウルで終わった)

北朝鮮に望むこと?

戦争はやめて、経済を活性して行きましょう、としか語れない。武道大会を平壌でやっているより、オリンピックを誘致せよ、としか語れない。

アメリカ・・・
あの国の人たちの場合、極めてシンプル。北朝鮮に対する無条件降伏を争わずして求めているわけで、日本もかつてやられました。そして、戦争。そして、原爆。結局、無条件降伏。何のためにあんなにたくさんの犠牲者が出たのか、わたしにはよくわからない。

そういう意味で、アメリカが好きか嫌いかと問われれば、わたしは大嫌いだ。

が、しかし・・・
バーガーとポテトさえ食べさせておけばいいような国民で、あまりややこしいことを言っても無意味だというシンプルさを理解すれば、子どもを相手にするのと変わらない。

投稿者 Blue Wind : 02:16 AM | コメント (0) | トラックバック

September 18, 2005

寺子屋と鉛筆削り

中秋の名月。
耳をつんざくほどの虫の音。
日本の秋・・・

寺子屋、か。

塾と言うとおおげさだけど、寺子屋と言うと日本の文化という気がする。もしかすると、日本の教育の基盤は寺子屋にあるのかもしれないと。

小学校へまだ入学したばかりの頃、かなり偏屈だったわたしはどうも学校という世界に馴染めず、その理由がとてもつまらないことだったような気がする。自分ではよく覚えていないけど、ヘンなところが神経質で、鉛筆は長いものから順番に並んでいないといやだったし、教科書も自分で決めた順番でランドセルに入れないといやだったし、書写の時間でも自分が気に入るように字が書けないと次へ進まない。

このため、当然、学校の成績は悪い。

そこで、最初の頃は母が教えていたのだと思うけど、親子では喧嘩になると言うので、近所の塾へ行かされた。塾と言っても、おじいさんが1人でコツコツ教えているだけ。もともと学校の先生をしていたそう。生徒もわたしが行く時間には2人しかいない。

ガラガラ〜っとドアを開けて、「こんにちは」とお邪魔する。和室に座って待っていると、ナイフで削った鉛筆が置かれており、その鉛筆で書かれたらしいわら半紙の問題用紙が配られる。さらさらと鉛筆で書かれた問題を解くだけ。できると丸を付けてくれる。そして、終わると先生がわたしたちが使った鉛筆を手際よく削る。

わたしは問題を解くことより、その鉛筆の書き味にすっかりはまってしまった。

わたしの頃は電動鉛筆削りの出始めで、面白がって削っているとすぐに鉛筆が無くなってしまう。そのくせ、削っているうちにすぐに芯の先が折れて削れなくなり、それを取るために手が真っ黒になる。手動式のほうがまだマシ。

気のせいかもしれないけど、鉛筆削りで削った鉛筆はすぐに芯が折れる。というわけで、勉強をしているのか鉛筆を削っているのかわからない。

ところが、その塾の鉛筆は折れない。手で削っているせいか、先は決してとんがっていないのだけど、芯の部分が細くならず折れにくい。

つまらないことなんだけど、わたしはそれだけですっかり問題を解くのが面白くなってしまったようだ。それで、当時流行っていたボンドナイフでわたしも鉛筆を自分で削るようになった。勉強が終わると鉛筆を削る。鉛筆を削りたいという単純な理由だけで、わたしは勉強が好きになってしまったらしい。

投稿者 Blue Wind : 11:33 PM | コメント (0) | トラックバック

『Fine days―恋愛小説』 本多孝好著

本多孝好の『Fine days―恋愛小説』を読んだ。恋愛小説と書いてあるから恋愛小説なのかと思うけど、何も書いていなければミステリーと勘違いしたかもしれない。推理小説と言われて渡されれば少々物足りないかもしれないけど、恋愛小説と言われて渡されれば、藤堂志津子くらいのニュアンス。

一つ本多作品について感じたのは、とにかくあらゆる作家の小説を読み、その良いところを実に貪欲に吸収しアウトプットしていこうという意気込み。読んでいる途中でいろいろな作家の作品を思い出してしまったけれど、残念ながらわたしは以前どこかで詠んだことがあると漠然と感じただけで、具体的にどの作家のどの作品かを挙げることができない。


『Fine Days』は、高校生が主人公。キャラが強烈。それでいてどこにでもいそうな4人の高校生たち。”彼女”のたたりで屋上から飛び降り自殺をするなんて・・・これが推理小説ならもっともらしい推理が展開するのでしょうけど、恋愛であり、恋愛になりきれないどこか幼い部分が謎を謎のままやりきれなさに変わる。肉体的に強く、精神的に脆い安井という女の子が強烈。エピローグがさもありなんという風で好きだな。

『イエスタデイズ』は、テーマは”若い頃の親父”。癌で余命数ヶ月の父親に昔の恋人とお腹の中にいた子どもの消息を探すように頼まれた息子。35年間の父親の人生と、画家志望であったそれ以前の父親と、その恋人。タイムスリップし、異次元へ入り込む。そして、現実。

『眠りのための暖かな場所』は、ちょっと怖い小説。誰にも言えない罪を抱えながら育ってしまった人たちの心の苦しみと怯え。その恐怖から逃れられないがゆえに、誰も愛せない。誰も愛せないがゆえに平凡に生きることもできない。何のために死ななければならないのかがライトなタッチで書かれている。

『シェード』は、アンティーク家具屋に置かれたランプシェードにまつわる話が老婆により語られていく。ただそれだけのことなんだけど、ガラス細工と芸術との本質的な違い、職人の恋と魂と、終焉のない永遠。儚くも終わらない脆くも消えることのない形と心の違いが主人公の恋愛とともに綴られていく。眼に見えない何かを乗り越えて現実にしていくって案外大変なことなんだということを思い出す。


それにしてもよく勉強している作家。女性についても決して多くを語っているわけではないけれど、ズバッとイメージが入ってきてしまう。言葉遣いにしてもセリフだけでは男か女かわからない。恋愛小説と呼ぶほどの甘さやせつなさが欠如しているのは、そういう現代風な女性の生き様がクリアに描かれてしまいすぎているせいかもしれない。

投稿者 Blue Wind : 01:17 AM | コメント (0) | トラックバック

秋の運動会

秋晴れの運動会。
親子の二人三脚にわたしに走ってほしいというので、娘と走る。毎年親子競技はダンナの仕事なんだけど、父さんでは歩幅が合わないから走りにくいと言われては仕方がない。案外速かった。即席に合わせただけなのに、いつの間にか息もピッタリ。つまり、歩幅が同じくらいなんだろう。

運動会の片づけを手伝いながら、今年で最後なんだなぁ・・と不思議な気分。よく見ると、見慣れた顔ぶれでも、気がつけば道ですれ違ってもわからないほど成長している。来年の今頃は、誰もがすっかり中学生らしくなっているのだろう。

知り合いに私立中学の様子を訊いてみる。でも、まあ、あっさり、「子どもの入りたいところへ行かせるのが一番」というお返事。

そのように周囲を見回してみると、ちまちまひそひそその手の話題。実にタイムリーに昨日塾の先生から電話があり、推薦を2本ゲットしてしまったので、わが家は余裕がある。推薦を2本使ってもよいのだろうか? そのため先生に確認すると、塾推薦というのがあるそう。

うちの近所の私立は、半数くらいが推薦で決まることが多い。学校推薦ももちろんあるけど、どうも学校によってかなりレベルに差があり、推薦のもらいやすい学校ともらいにくい学校がある。このため学校推薦を鵜呑みにする学校はないというのに、塾推薦なら通りやすいという・・・一体何なんだ・・・

それにより、受かってしまったらそこへ行くしかないけれども、一般入試の前に入学が決まっているほうが楽しいお正月には違いない。それよりも推薦落ちても翌週また推薦枠で別の学校を受ける。塾は商売なので、今までの学力や成績などで進路指導があり、私立中学の先生が塾に来た際に資料を見ながら、ほぼ内定してしまうそう。あーなんなんだ。そして、万が一、推薦で落ちたら、一般入試。娘に試験問題をやらせたら、一般入試のほうが簡単。しかも、今年は試験日がバッティングする可能性があり、あくまでも自分の学校を第一志望にする生徒を優先的に入学させる、という当たり前の図式が成立。学校の数が少ないし、どこもどんぐりのせいくらべみたいな感じだから、スクールカラーで決めるしかないのかもしれない。

で、子どもに選ばせろ、と言うのかと。

そうやって言われると、学費がどうたらこうたらとか、親の好みとか、この期に及んでまだ子どもの受験を迷っている親が多いことに気づく。こういうのは多数決みたいなもので、小学校の時の友達がまとめて公立へ行くならそのまま便乗しようとか、私立が多ければ不安だから私立を受けさせようとか、極めて曖昧。どうして不安かといえば、3つの小学校が一緒になるかららしい・・・中学校で。どうしても小学校によって学力やその他諸々違うから、なんだろうな。

それを尻目に、夕方買い物から戻る道すがら、母子でバドミントンをしている家があった。お兄ちゃん、やっぱ、今年東大。近頃見かけないと思ったら、いつの間にか県立高校を卒業していたらしい。年が離れていると、あまり顔を合わさないし、この前別件で電話がかかってきたときについでに訊くべきだったかも。いや・・・受験生のいるところとはあまり話さないに限る。長く近所付き合いをして行こうと思ったら、そのほうがいい。

他人の子はあっという間に育っているが、わが子は遅い。

投稿者 Blue Wind : 01:10 AM | コメント (0) | トラックバック

September 15, 2005

子どもの病気

それにしても子どもの病気はいやだ。娘のクラスの子が夏休みから入院しているそう。病名は知らない。でも、入院期間3ヶ月とダンナに言ったら、いやなことを言っていた。娘に訊いたら、とてもめずらしい病気と担任の先生が言っていたらしい。早く元気になって退院してほしい。

娘が入院していたのはちょうどしし座流星群の夜で、派手な流れ星がたくさん見えた。家にいたら真夜中でも起こしていたと思うけど、残念ながら入院中で娘は見られなかった。その時思ったのが、次にしし座流星群が見られるのは70年後。娘には77歳で見られるチャンスがあるということ。もっと正直に語れば、悪性を疑っていたので、神さまにお願いしたのは70年後に娘が元気でしし座流星群を見ることができますように、ということだった。

それにしても、今にして思えば、姑さんが生まれる前にいやなことばかり言うので腹が立った。子どもは事故が多いとか、死ぬよ、とか。ましてや他人に預けるなんてとんでもないというか・・・

当時・・・というか、今でももしかすると多いのかもしれないけど、赤ちゃんの突然死というのが多くて、うちのダンナが昔バイトに行っていた病院でも保育所が院内にあり、1人看護婦さんの赤ちゃんが亡くなったそう。診察したら、誰が悪いというわけではなく、突然死だった。

ハワイからの帰りの飛行機、成田への到着の際に機長の明るい声のアナウンス。夏休みのジャンボの中には赤ちゃんを含めて小さな子どもが21人も乗っているそう。そういう時にはいつにも増して緊張するらしい。乗っているほうは子どもに振り回されてへとへとの帰路なんだけど、無事に到着してみて、そうやって言われると大変だなぁ・・と感じる。

娘が77歳まで無事に生きてくれたらよしとしませう。その頃、わたしは死んでるだろうけど。

投稿者 Blue Wind : 01:00 AM | コメント (0) | トラックバック

September 14, 2005

言わないだけ

結局、人間の本質は変わらない。

保育園を増やしたところで、そこが素晴らしければ別だけど、子どもが死ぬ事故も多いし、ある公立の幼稚園では子どもがうんちしていてもそのままとかね。どうしてもお金がない、働かなければならない、という明確な理由がない限り、そういう劣悪さにどれくらいの人たちが耐えられるだろうか?

わたしは息子がいないのでわからないけれども、嫁さんが茶髪でつけまつげで子どもを放り出して遊んでいるようならさすがに怒るだろう。

たしかに、どんな劣悪な環境でも育つだろうけど。自分がそれに耐えられるかどうか、の違いなのかもしれない。

子どもをもつと、たちまち価値観が変わる。自己中はつおい。
というか、言わないだけ。

投稿者 Blue Wind : 03:37 PM | コメント (0) | トラックバック

なんか面白いことない?

今に始まったことではないけれど、世の中が嘘っぱちだらけだから嫌になる。ホリエモンが本当に当選したかったらライブドアの本社を広島に移し、自分が政治家になるのではなく、子どもや孫を政治家にさせればいい。

本当に世界中の地域格差を是正したいのなら、世界の主要機関を発展途上国に移転させるべきである。これにより、経済は活性化され、治安の維持にやっきとなり、職員の確保のために地域の教育にも余念が無くなる。

選挙速報の顔ぶれを眺め、いかにディレクターやプロデューサーにやる気がないかわかる。過去の遺物を画面に並べて何がうれしいのかわからない。要するに、冒険を嫌う体質が浮き彫り。

東京が一面焼け野原だったことを知る人たちは少ない。神戸の震災の傷跡を知る人たちもそのうちいなくなるかもしれない。だって、年寄りが多し・・・

なんかね・・・やる気がないんだろうな。世の中に。

インターネットを日本で最初に開発していたのは、高エネ研らしい。昔はあの辺一体何もなく、というか今でもそうだけど、農家の子どもが勝手に入り込んで遊んでいた。大きなグランドがあり、おちびの幼稚園の運動会もそこでやった。田舎っていいわ・・・なんか。

アメブロの本社って東邦生命ビル?
ほかにないのかと思ってしまう。あれは便利なんだけどね・・・渋谷駅に行く時、エスカレーターを使えるし・・・六本木まで歩いて行ける。のんだくれにはうれしい土地柄だろう。

なんかね・・・もっと面白いことない?って言いたくなる。

未読本がたまっている・・・なんとかせねば。

投稿者 Blue Wind : 02:48 PM | コメント (0) | トラックバック

わがままに理由はいらない

選挙に限らず、要点はわかりやすいほうがいいよね。

「茨城空港が欲しい?」
「はい」

理由なんてどうでもいい。

電車が嫌い。特にあのラッシュなんて殺人的だし、人権無視もいいところだし、人間を物体として扱っているにすぎない。とかね・・・なんでもいいのだわ。

高速道路が高すぎる。なんでいつまでも金を払わないとダメなのかしら?ゆるせないわ。

なんで羽田まで行かないとダメなの?成田に国内線を増やしてよ。あの混んだ電車に乗るだけでも疲れるし、あの首都高の渋滞の酷さは何?特に箱崎。

憲法?どうでもいいわ。法律があるから反戦なのではなく、戦時中だって反戦なのよ。アメリカに生まれても反戦なのよ。何か文句ある?基地が気に入らないのなら、普通の空港に払い下げてもらえばいいわ。

一つわかっているのは、那珂湊で魚を買うと新鮮で安い。それが都内へ行くと鮮度が落ちたものを高値で売っている。

空港があり、港があるということは、物が安く早く手に入るということなのかも。ええこっちゃ。がんばれ、茨城。ローカルは素晴らしい。

投稿者 Blue Wind : 03:31 AM | コメント (0) | トラックバック

たまには恋愛小説

まだ読んでないんだけどね・・・本多孝好さんの『Fine days』を買ってきた。 どうして北野大さんの対談集と同時にこういう本が買えるのか自分でも不思議なんだけど、本当なんだから仕方がない。

書評は読み終わったら書く。

ただ、何となく、ベストセラーの積まれた中で一番はじっこにあり、しかも残り2冊しかなく、残り1冊だったら買わなかったかもしれないけれど、残り2冊だったから一番下の本を手に取る。カバーがトレッシングペーパーみたいで綺麗だったのと、ただ何となくタイトルと表紙に惹かれて買ってしまった。

恋愛小説。

投稿者 Blue Wind : 02:50 AM | コメント (0) | トラックバック

September 13, 2005

わたしの本音

結局、わたしの本音はこうなんです。

アメリカのハリケーンのための募金箱には1円も寄付したくないんです。だって、アメリカは世界の富の4分の1を占めるほどの金持ちなんだから、アメリカ政府やその国民が何とかしたらいい。

サマワの1日1億円は少しも惜しくないです。無駄だとも思っていません。戦争の犠牲者であることは間違いないし、僅かでも復興に協力できたらうれしいというのも本音です。イラクも統一に向けて動き出したし、よかったなと思います。



グローヴァー・ワシントンJr., ロン・カーター, ビリー・チャイルズ, テレンス・ブランチャード, オーケストラ・オブ・セント・ルークス

アリア

投稿者 Blue Wind : 03:10 AM | コメント (0) | トラックバック

【今日の短歌】 ざくろの木葉の生い茂り高らかに手の届かないざくろの実生る

東大に行きたいという娘にぞ押されて今はうたよむ気なく
赤ペンで吾子の漢字正しては心細げに辞書引いてみる
楽天家、のんきな吾子はナポレオン。小学用の辞典を使う。

ざくろの木葉の生い茂り高らかに手の届かないざくろの実生る
戦闘機かっこいいなと眺めては本物の空飛んでいる基地
人形のサンダーバードはいつの日か忘られて今空飛ぶのかと

投稿者 Blue Wind : 01:29 AM | コメント (0) | トラックバック

September 12, 2005

基地ののっとり?

map

さて、上の地図は何の航空路でしょう?
百里基地なんて言っても知らないよね。わたしもまるで知らなかった。それなんて読むの?みたいな程度です。

小川町WEB

今回の知事選挙で百里(ひゃくり)基地の民間利用ということが地味ながらも争点となり、橋本知事は再選を果たしてしまいました。なんせおっそろしいほど借金が増えているのもたしかだし、那珂湊港の建設になんであんなにお金がかかるのさ、とか、百里基地の民間利用って何さ、など、もともと茨城のことには興味がなかったせいか、今頃になっていろいろ知る。

茨城ってリッチなのよね。実はこんなに田舎なのに全国で財政力は第9位。都会じゃないんですよ?大都市があるわけでもないんですよ?たしかに米どころではあるし、海の幸も豊富だし、鹿島臨海工業地帯もあるし、東海村には原発もあるし、美浦村にはトレセンもあり、牧場も多く、それなりにあらゆる産業が集まっているのかもしれないですね。

当然反対している人たちもいます。

百里基地反対運動

最高裁でまで争われた経緯が書かれています。

まあ、航空訓練が豪勢に行われているそうなので、その騒音たるや大変なものでしょう。でも、写真を眺めるとプラモデルが飛んでいるみたいでかっこいい。わが家からなら1時間くらいで行けそうなので、一度行って本物を見てみたい。

百里基地ガイド
Gallery Eagle

戦争には反対だけど、茨城空港ができることには反対しないというのはムシがよいのだろうか。

結局、サイエンスを戦争に使うか平和利用するか、ってことのような気がすることがある。それと同時に今は戦闘機が飛ぶ基地だけど、そのうち利用者が増え、民間機が中心になっていく、というのが理想。まあ、ローカルなので恐ろしいほど増えるとは思えないけど。

それでも、だるだるの渋滞を我慢して羽田まで1時間半のシャトルバスを利用するより、家からサンダルを引っ掛けて百里へ行く方がいい。駐車場もタダで用意してくれるというし、今はマニアだけが撮影に行くだけだけど、大きな公園ができればのんびり自衛隊の演習を眺めながらピクニックとかね・・・つくばのような科学都市に住んでいると、そういうことに対する違和感がまるで湧かない。ロケットを眺めながら、ショッピングするような土地柄だからかもしれない。

スーパーにいつの間にか茨城産のみずなが並ぶようになり、牛すじが売られるようになり、いかに関西人が多いかわかる。そういう土地柄ゆえ、札幌、大阪、福岡、那覇への便が一日24便計画されているそう。県内の学校の修学旅行でも利用されるとか。地元のバックアップって大きい。

つくばセンターへの無料シャトルバスも増発され、どんどん便利になる。自己中にはうれしい茨城です。(ただし、茨城のイメージというのが水戸の偕楽園とか、袋田の滝とか? 行ったことないってば〜、県民だけど)

投稿者 Blue Wind : 11:49 PM | コメント (0) | トラックバック

時代のベクトル

わたしは静岡のことはよくわからないけれども、国の重要な産業を担っている土地柄だということを片山さつきさんのインタビューから知る。

そうやって言われれば、バイクやピアノなど? 娘が理科の時間にうなぎがどこにいるかと訊かれ浜名湖と答えて笑われたそう。実は、うなぎは回遊魚?で、世界中の海を泳いでいる。たしか、子どもの頃の課題図書の中にそういうストーリーの小説があった気がするけど、もう忘れてしまった。そのうちマグロはインド洋にだけ泳いでいると勘違いするかもしれない?

「えっ、井戸水って飲めるの?」と娘に言われてしまった。いや・・・母の実家には井戸があり、東京大空襲の時、せっせとポンプ式の井戸から水を汲み火を消していたのは母が娘の年頃のこと。おそらくは今も井戸はあるだろうけど、どうせ使っていない。ダンナの神戸の実家にも井戸があった。六甲の水。あちらの井戸は震災で焼けるまで使っていた。

姑さんが結婚したばかりの頃は高速道路がなかったので、神戸の浜によく泳ぎに行っていたそう。砂浜があったのかと思ったら不思議な気がする。

おもしろい記事を発見してしまった。ハルさんの『りんかい線の芸術家』。電車の中で見事にお化粧をする女性の話。

実は、「りんかい線」という言葉を見たのは初めて。隣の県なのに、わたしは知らなかった。それにも増して、電車の中で見事にお化粧してしまう人や、エスカレーターに乗りながら、あるいは停車時間の1分の間に食事を済ませる人の話にはひたすら感嘆してしまう。

実際に見たら、ぎょえっとしてしまうのかもしれない。でも、家の中にいても化粧自体に慣れていないせいか、毎日やっている人たちの手際の良さは想像がつかない。母は外出する時には必ず化粧をする人だったのでかなり速かった記憶はあるけれど、わたしは学生が長かったせいか、せいぜいルージュと頬紅しか昔から使わない。近頃、ババアになったのでこれではいけないとは思うんだけど、だるだるのまま生きてしまっている。

つくばに来て、何がおもしろいかと言うと、公務員には公務員の価値観と生活があり、農家には農家の価値観と生活がある。いつもドンパチしている。それでいて、ぼぉ〜っと眺めていると、いろいろ参考になることが多い。

どうやって金を使わず子どもを東大に入れるか?
あっさり語れば、単なる価値観なのだと思う。勉強ができるのは当たり前なので、実際には遊んでばかりいる。それよりサッカーだのピアノだのバレエだの勉強以外のことにやたらと熱心。できて当たり前だから、ベーシックみたいなものなのかも、勉強とは。

農家はいつも大家族。コミュニティや地域のつながりが深い。このためいざという時にボランティアで頼りになるのは農家の人たち。子どもを大事にするということは年寄りを大事にするということなのかもしれないし、それでいて今は同居していないところも多いし、姑さんを呼ぶなら、土地を300坪くらい買ってこうやってああやってと教えてくれる。が、しかし、わが家は農家ではないので・・・土地の値段が違う。なんか、のんきで羨ましい。(農家が農地を買うとタダみたい・・・トケイソウがタダではないと伝えるのも大変・・・)

個人の価値観の違いだと思っていたことがこのように集団化して存在し、それが生活という形で現れているのを観察するだけではなく共に生活しているうちに、無意識のうちにいろいろ影響を受けているような気がする。

それでいて、田舎の因習的で閉鎖的な空間を知ると、それが嫌で都会へ行くのだろうか、とも思ったり・・・

たまに思うんだけど、そういうのが嫌で都会へ行った人たち、あるいはその子孫に何を語っても無意味だと。一生懸命に都会でネットワークやコミュニティを訴える難しさがここにある。それに比べると、田舎は最初からそういう価値観が存在するため、わたしのようなわがままな人間でものほのほ暮らしている。

投稿者 Blue Wind : 04:47 PM | コメント (0) | トラックバック

時代気分

どうして9月11日が衆議院選挙になったのかよくわからないけれど、正直、選挙がなかったらまた9.11テロの話題が一日中メディアで流されたのかもしれない。

今回、アメリカのハリケーンでたくさんの被災者が出て、その話は娘でも知っている。ファミレスにも募金箱が置いてあった。

ちょうど時期を同じにして、日本でも大型台風があり、極めて局所的な被害だったけど都内などでとても大きな被害が出た。規模は違うかもしれないけど、被災者がいるのは同じ。

今回、中越地方の様子が画面に登場した。いまだに仮設住宅に住み、道路すらまだ復旧していないそう。正直な感想として、復興の速度が遅く感じられる。神戸の震災の話がいまだにささやかれるのは被災者の数が多いからなのだろうか。

今もどこかで地震が発生している。大きな被害があるかどうかは別として、世界の地震マップは毎日更新され続ける。台風の被害も日本なら毎度おなじみの話題。アメリカだってそうなのかもしれない。

選挙速報を見て、自民党が圧勝したのに驚いた。勝つだろうとは思ってはいたけど、こんなに大勝するとは思っていなかった。比例代表を眺めると、そちらの数字が組織票に近く、もしかすると小選挙区での自民の圧勝というのが番狂わせだっただけなのかも。

民主党の何が気に入らないかと言えば、郵政民営化に反対に回ったということも大きいけれど、それ以上に年金の一元化が嫌だった。最低保障額を決めるという発想。共済と厚生年金の合体はともかく、国民年金と一緒になるというのはすっきりしない。国民年金に加入しているのは自営業や農家であり、その政策を眺めるだけでその政党を支える基盤が見えてくる。農家のおばあちゃんにどうして年金が必要なのかよくわからない。都市型労働者で、どうしても年金に頼らざるを得ず、かつ高額の保険料を支払っている人たちが、どうして年金に加入していない人たちのために最低年金を保障をしなければならないのか理解に苦しんでしまった。もっとも具体的にどういうことになるのかまでは知らないけど。

弱者保護という名目。なんか、すっきりしないのですわ・・・いいんだけどね、別に。寝たきりで入院していると実は恐ろしいほど医療費がかかる。健康保険がなかったら大変なことになる。誰でも年金の範囲内で、というのが基本ベースなのかもしれない。それよりもどこか無意識のうちに、本当ににっちもさっちもいかない状態になったら娘の家に一間余分につくってもらって、そこに居候を決め込むほうが現実的な老後だと考えてしまう。あちらは嫌がるかもしれないが、死にそうな親を見捨てるほど酷い子だとは思っていないので。

何もかもがいっしょくたになり、そういう全体主義的な発想についていけそうにない。なんか、だるだる不景気がずっと続くようで、なかなか気分の悪い政策だ。悪気はないのだろうけど、そういう無意識の不愉快さをどうやって表現してよいのかわからない。

マスコミにもうんざり。わたしが知る限り、野党もそうだけど、単に与党を批判するだけで票や視聴率を稼ごうとする。正直な感想としてそういう単純な発想にもうんざりだし、今回はどういうわけかメディアが一生懸命に自民党や小泉さんを批判しようとすればするほど、それに対して抗議したくなってしまう。

もしかすると、わたしが間違っているのかもしれないと思ったけれども、気分というか、ムードというか、そういうベーシックで表に出ないところが自民党の圧勝の原因のような気がする。

広島6区。堀江さんは落選。亀井さんは強かった。でも、本音で語れば、政治に興味のなかった人が知名度だけで当選するという図式には飽き飽きなので、それはそれで仕方がないような気もする。それでいて、どういうわけか今回の選挙は汚職やスキャンダルなどで失脚した人が復活したりしている。

いいんだろうか?

社会とは悪を孕みながら存続していることを考えると、他人の過ちを追及するより、しっかり仕事をしてもらおうとか、敗者復活とか、無意識のうちにノスタルジーに浸る人たちの深層の現れなのかもしれない。

女性が増えるということは、派閥が成立しにくくなるということ。その理由はよくわからないけれども、そういうのは、猿山のボスは常にオスであり、オスは群れを形成し、なわばりが発生する様子を想い描けば、それに対してメスがどういう風に存在しているか?・・・・・ってことなんだろうなぁ、と何となく思った。

投稿者 Blue Wind : 04:24 AM | コメント (0) | トラックバック

September 11, 2005

選挙〜♪

お昼頃、娘を連れて選挙へ行って来た。わたし、茨城に来て以来、混んでいるからという理由で受付で待ちがかけられたのはこれが初めて・・・

まあ、大して混んでいるわけではないけど、お昼だというのに名簿の受付チェック欄のハンコの並び具合を見たら、すでに半数以上に押されていたので驚いた。よく見たら、うちのダンナはすでに投票を終わらせている。出勤の前に投票を済ませたのだろう。母の欄は空欄。そりゃそうだよね・・・ほとんど意識のないまま病院で生きているわけだから。

周囲を見渡すと、高齢者や車椅子の人のための投票机があり、90歳くらいで家族に付き添われてやってきている人もいた。棄権しないというのは立派だ・・・

それにしてもわかりにくい選挙制度。最初に3枚渡され、その次に知事選と県議の補欠選挙のための投票用紙が渡される。

今回は選挙カーもほとんど走っていなかったし、そのくせクルマに乗るとカーラジオから政見放送が流れる。テレビCMも多いし、どちらがマシかと問われれば、もちろんあのうるさいスピーカーが走らないほうがマシ。

それにしてもわかりにくい。小選挙区と比例代表と、両方にダブって同じ候補者名が並んでいるし、どちらかにしたらいいのにと思うんだけど。
そこでどうやって当選者が決まるのかネットで検索した。

『小選挙区比例代表並立制に反対する』

ますますわかりにくい。
要するに、小選挙区で立候補した人が勝てば比例代表の名簿から抜け、順位が変わるらしい。要するに300議席が小選挙区で確保され、比例代表で180議席が決まる。ただそれだけのことなんだけど、なんかすっきりしないなぁ・・・新人や無所属が明らかに不利なのがわかる。まあ、個人的に知名度があり、それなりに得票できる人が無所属で立候補し、それで落選してしまった議員の敗者復活的にこの制度が活用されているだけのような気がするんだけど、それもやはり世相なのでしょうか。

広島6区を例に挙げると、いきなり無所属でホリエモンが登場し、そうなるとそれにより落選する議員がいるとする。そういう議員の救済のために党の名簿がある。が、しかし、党の公認を受けられないとなると敗者復活法が使えない。そのため自分で新党を結成し、小選挙区で負けてもそちらで議席を獲得しようという・・・

よくもまあこんな選挙法を決議したものだわ!

ちなみにこのやり方は1回で取りやめになった国が多いというのに、日本ではずっと続いて行くのだろうか・・・

選挙の後、娘と一緒にお茶しながら、選挙公報をおちびに読ませた。一応、受験生の母なので、憲法や議会のことは試験によく出るし・・・が、しかし・・・小選挙区比例代表並立制ってどういう仕組みなの〜? よく考えたら母もよく知らないことに気づいてしまった。ドント方式がどうたらこうたらと説明されても数字に弱い母であった。が、しかし・・・そういう数字に惑わされてはいけない何かを察知したことだけでも喜ぼう。

それにしても試験だと、「小選挙区で300議席、比例代表で180議席、同じ人が両方の候補者になってもよい」と覚えればいいんだよね〜♪ 簡単だわ〜♪♪ (う〜む・・・)

投稿者 Blue Wind : 06:26 PM | コメント (0) | トラックバック

なるようにしかならない・・

平成15年度の日本の私立学校へ通う子どもの割合は、幼稚園79.1%、小学校0.9%、中学校6.2%、高校29.3%、短大91%、大学73.5%(平成15年度学校基本調査報告書より)。

この数字を眺めると、少なくても小・中・高だと、「どうして私立へ行かせるの?」と問われる意味が何となくわかる。世の中全体では少数派なので。

娘のクラスでは約2割の子たちが受験するそう。全国平均からするとやや高め。今まで茨城県内で私立中学へ進学するというのは、単に進学校へ入れるという意味しかないことを今頃になりようやく知る。

娘のやる気に反比例して、私立へ入っても途中でやめてもいいんだな・・ということを学ぶにつれ、複雑な心境。

大学の付属校や女子校になると、入るとだるだるで勉強しなくなる子が多い。やる気がある子はせっせと受験勉強するけど、学校の勉強だけやってそのまま推薦で進学しようと思えば、試験の前に一夜漬けをするだけで、その後まったく忘れてしまっていても何も困らない。だって、日本の大学は卒業に対して苦労するわけではないし、大抵は単位を取って必要な資格があればそれを取り、そのまま何がしかの仕事に就く。

そういうものなんだよね・・・実家が保育園や幼稚園を経営しているという子は、そちらの免許が取れる大学ならどこでもいいらしく、親が付属で通わせるのもその程度の意味しかない。製薬会社の人は実家が薬屋をしているからという理由で薬学部へ入ったという人たちが多いし、なんてわかりやすいのだろう。

わたしの場合は、さっさと結婚しろとばかりに育てられたのは親が年寄りだったからだし、どこでもいいから蝶よ花よと女子大でも卒業して・・というくらいの発想しかなかった。「どこでもいいから大学という名前のついてるところへ行け」としか言われたことがない。単なる嫁入り道具の一つだろうか・・・

「お母さん、なんで4年生から塾へ入れてくれなかったの?」と娘が言う。
なんでと言われても、うちのダンナが娘にはがつがつ勉強させたくないと言うから・・・
姑さんが、あんまり早くからやらせても途中で嫌になるからと言うから・・・

まあ、あの親子は勉強や塾のことでは非常に苦労しているため、それをさすがにおちびにやらせたくないというのも理解できる。それでいて、下の義姉が、「なんで女子校なんかに入れたの?」と間際の大学受験で苦労させられ、今でも医者にならなかったのを後悔しているところがあり、なんせわたしよりさらに年上なのであの時代で娘を浪人させてまで医者にしようという親なんて考えられないし・・・

一つ気がついたのは、公立へ行く子のほうが蝶よ花よが多いということ。

土地柄というか、時代というか、親がひたすら勉強させようとしている男の子などが無理やり私立へ行かされて、途中で公立へ変わるというケースが多いと聞く。女の子は・・・逆に男の子に交じって受験して行こうというタイプが私立へ行く。

あちこちで話を聞いているうちに、どうも話が噛み合わないので、茨城県の高校受験ガイドを本屋で立ち読みした。ポイントは、どこの県立高校のすべりどめになっているかという点かもしれない。それで高校名とコースを聞くだけでどこの高校を落ちてそこの私立へ行ったのかがわかる。パターンが決まっているらしい。

それなら・・・、ということで、私学のメリットを活かして大学受験へ向けての中高一貫制に移行していこうというのがこのところの私立の狙いだとようやく気づく。

純粋な興味もあるんでしょうけど、「なんですべりどめの学校に最初から入れるんだろう?」というのは案外ナチュラルな発想なのかもしれない。何か特別なメリットがあるのだろうか、とか。

なんで、こういう風になるのだろう・・・
次第にだるだるになり、中学で私立に受かっても落ちてもやめても要するに子どもにどうやって勉強させるか、ということが親の狙いだということに気づく。

あっさり語れば親が何もしなくても勉強する子は勝手にするし、しない子を無理にとなると子どもに足下を見られてしまう。競争に放り込む方が簡単。途中で嫌になってもかまわない。女の子だから・・・
というのでは甘いのだろうか。

まあ、本人が行きたいところへ行けば・・・
夢は儚い。

投稿者 Blue Wind : 03:00 AM | コメント (0) | トラックバック

September 10, 2005

シンプルなバランス

人生はシンプルなほうが楽しい気がする。何のために働くのかと言えば、生活のため。何のために勉強するのかと言えば、天井を高くするため。何のために民間病院で働くのかと言えば、生活のため。このため、大抵の国立系の医者は、半年を民間病院で働き、半年を大学で過ごす。中には、2,3年開業したと思ったら、店を畳んでアメリカへ留学。なんてわかりやすい世界だろう。

営業のことだけ考えるのなら、昔の開業医は店を休むわけにはいかない、というのが常識。開業医でなくても、旅先でも呼び戻されることも当たり前だった。ところが、今はそういう時代ではない。「私は風邪の患者は診ません」という医者も案外多い。

高齢化社会の現実というのは、単なる風邪でも家族が家では看れないから入院させてくださいと年寄りを連れてくる。体力がないから肺炎にでもなったら命取りだし、寝たきりの人を毎日通院させるのはあまりにも家族の負担が大きい。だから、入院させてくれ、という。民間だったらベッドに空きがあればとりあえず入院させてくれるだろうけど、このため国立の大学病院では紹介状がなくては診察もしてくれない。

官と民の違いってそんな風。うちのダンナは感性が民だから、案外、患者さんから好かれる。面倒見のよい医者のほうがいいでしょ? それでいていつも最先端を求められる土地柄でもあり、両方に良い顔をするのは非常に負担が重い。医者にも好みがあって、天井高く研究をやりたいタイプもいれば、民に徹して金儲けしたいタイプもいる。バランスか、あるいは時系列的変化により、補い合うしかない。

根底に生活があり、子どもの世話や地域のことやら目配り気配りがないとね・・・昔の人たちはそういうことは奥さんに任せきりみたいな人も多かったけど、今はそういう時代ではない。

投稿者 Blue Wind : 04:48 PM | コメント (0) | トラックバック

September 09, 2005

『教育のプロが語る 「できる子ども」は環境で決まる』 北野大著

娘を塾へ送り届けた帰りに本屋で買ったのは、北野大さんの『教育のプロが語る 「できる子ども」は環境で決まる』 。いわゆる対談集。一気に通読してしまった。

きっかけはコープの注文書を書いている時、学校選びのための本があったのだけど、2週間待つのはかったるいので本屋へ向かった。まあ、無ければ無いでかまわない。

その時に見つけたのが、この本だった。

それこそ公立、私立、塾、予備校などジャンルは若干違ってもどの先生にも教育に対する熱意と工夫があり、1人でもこんな先生がいたらどんなだるだるの学校でもたちまちピカピカの学校になってしまいそう。

そこで気がついたのが、もしかすると今の教育をダメにしている真の理由は教師を批判しすぎることかもしれないと思った。子どもを褒めるのは当たり前だけど、教師も褒めないとダメかもしれない。批判するのはあまりにも簡単で、苦情を言うのも簡単な昨今、教師を褒めたり評価するというのは案外難しい。それどころか挨拶代わり、世間話代わりに教師の噂話は多い。

親という立場を離れて教師をしている人と話すと、大抵は精神状態がボロボロなことに気づく。ゆとり教育になって以来、ゆとり教育とは関係ないのかもしれないけど、ノイローゼになる教師の数が3倍になったそう。あっさり語ればこれって怖い。だって、子どもはとても長い間学校で過ごすわけで、先生が元気一杯なら子どもたちも活気付く。その逆の先生といつも一緒にいるというのは大変だ・・・

しかも、教育ってすぐに答えが出る仕事ではないし、世論に振り回されやすいし、それでいて責任が問われるし、ストレス過多でダウンしてしまっても無理はない。しかも、あの薄っぺらな教科書に対して、濃厚で高度な内容を教えなければならない。かなりの指導力が問われる。しかも、教員免許の更新制度が導入されるとなったら・・・しかも、熱心な先生が排除されやすい昨今、やる気のある生徒は塾や予備校へ。

まあ、いいや・・・
それより、学校選びのポイントとして、エピローグに、「それなりに評価されている学校には独特の雰囲気があり、恩師と思える教師がいて、切磋琢磨できる友人がいるはずだ。」(本文 p. 187 から引用)と書かれている。なるほどと思いつつ、さほど難しい条件ではない。それでいて、今の時代には案外難しいような気がしている。

独特の雰囲気、恩師、切磋琢磨できる友人。確かにこの3つの条件が揃っていれば・・・何となくやる気に満ちあふれるような・・・

(こらこら・・・肝心の家庭での生活については書かないのか?>わたし)

⇒ トラステのお題 「こんな先生に我が子を託したい」

う〜む・・・
尊敬できる先生に託したい。

うまく説明できないけど、尊敬できる上司の下で働きたいでしょ? それと一緒で、尊敬できる先生から学びたい、学ばせたい、というのは教育に対する動機づけの原点のような気がするんだけど、それじゃお題になってないかな。

投稿者 Blue Wind : 02:50 AM | コメント (0) | トラックバック

September 08, 2005

ため息の先の未来

厳しい冬を越えて春を迎える。そういう季節に入学式があるというのも日本の文化なのかもしれないなぁ、と。正直、うちは大したことはないのですが、いわゆる難関校を狙っている子はこれからひたすら落ちないために勉強を続けなければならない。そういう厳しさが終わり、やがて春が来る。

2年後には大学全入の時代を迎え、東大卒の2割がニート(ほんと?)と言われているし、それでいてなんで漢字もろくすぽ読めないヤツがこの就職難に採用されるんだよーと思いつつ、ゆとり教育の効果が出てきているせいか、「えっ」と思うことの多い昨今。なんかね・・・もしかすると、うちの娘が働く頃になると、「えっ」と思うような人たちが上司になっているわけ?おそろしい・・・それを考えると、そうやって言われないように育てなければと一層厳しく思うのでした。

子育てって未来予測みたいなところがある。

********

近頃、外貨預金の電話の勧誘が多いのですが・・・こんなに円が下がっているのに。キャッチセールスって一種のバロメーターだからいいんだけどね。あっ、今、外貨預金がダメになってきたんだなってすぐわかるし・・・田舎にまで電話がかかってくるってことはそういうことなんです。

********

北朝鮮の女の子たち、清々しいですよね。ああいうの、いいわ、何となく。茶髪とつけまつげには飽きてしまった。

投稿者 Blue Wind : 01:15 PM | コメント (0) | トラックバック

幻の主婦的無党派層

先日の続き。
台風と娘からの電話を待っていると、Y新聞社の方からまたお電話が。今度は別の人です。不思議だ・・・ランダムな調査のはずがなんで特定して電話がかかってくるのか不思議だ・・・ブログのネタにしているのがバレてしまったのだろうか。でも、社名で検索しても出てこないです。だって、書いてないもの。不思議だ。

まあ、それはともかく、今度はストレートに「ご主人に協力をお願いしたいのですが」と言う。職場にいる時間にお電話をいただいても家にいるはずもない。それならいつ頃戻るかと尋ねられても、そうなるとどこがランダムな調査なのかわからない。

あまりにも不気味なので、「一票は一票ですよね。どうして主婦ではいけないのですか?」と問う。「昼間電話をすると電話に出るのが主婦なので、偏りが出てしまうから」というのがその理由。

が、しかし・・・・組織なのよね。組織。細胞の話ではない。組織。うちのダンナは完璧に組織票なので、質問するだけ愚かだと思う。あんなにシンプルな人はいないと思っていたら、保守派とか農家というのは元来がそういうものらしい。だから、農家は民主党と誰かが言えば、じいちゃんもばあちゃんも父さんも母さんも誰に訊いても民主党。子どもは知らないが。医師会は自民党って決まっているらしい。

うちは選挙は基本的に別々に行くことにしているんだけど、わたしの知る限り、夫婦で大きく政治や宗教に隔たりがあるようなところってめったにないね。うちのダンナに訊いてもそう。

政治って遊びではないので、一応は郵便局の関係者だったら民営化には反対なのかもしれないし、関係者というのはその家族まで含むような気がするんだけど、どうなんでしょう。ましてや昼間家にいる主婦の財源を考えると・・・ワイドショーと家計とどっちが大事かよく考えてほしい。

主婦というと無党派層の代名詞と勘違いしているのかと訊きたかったけど、やめた。

それでも言いたいことがあれば、自分のブログに書く。アクションを起こす。それ、今の時代の常識。
・・・・・・・・いきなり電話というほうが時代遅れだ。

投稿者 Blue Wind : 12:03 AM | コメント (0) | トラックバック

September 07, 2005

母親なんてつまらない

うちの近所の奥さんたち、子どもが中学に行くようになったとたんにクルマを外車に買い換えた。働いているからとかいないとかではなく、私立へ行った行かないではなく、急に。それでご主人たちのほうはそのまま。(1人1台の土地柄なんで)

わたしね、去年の今頃、そういう現象を見て、不思議だなぁ・・とか、子どもにお金がかかるようになったのによくお金があるなぁ・・とか思っていたわけ。

でも、今年・・・
回覧板を持って近所の高齢者宅へ行った時、奥さんに、「そのクルマ、素敵ねぇ〜」と言われてハッとしてしまった。いや、正直に告白すると、その時回覧板を置いた後についでにショールームに行って新車のカタログを貰おうと思っていたから驚いた。顔に書いてあったのだろうか・・・そうやって。

今、わたしが乗っているのはスズキのケイで、おちびが幼稚園の頃に買ったクルマ。当時は幼稚園の送迎をするだけだったし、ショールームに飾ってあるのを見て、おちびが「ケイちゃん、ケイちゃん」とやたらとうるさいので青ケイを買った。でもさ・・・今年、車検だし、もう7年も乗っていることになる。子どももすでに中学生になるし、背丈もわたしとほとんど変わらなくなってきているし、いい加減に買い換えたい。飽きた。でも、まだ36000キロくらいしか乗っていない。せいぜい、塾や学校の送迎や買い物くらいにしか使わないから・・・

やっぱ、顔に書いてあったんだろうな・・・

このところ娘にばかりお金がかかるようになり、母としては非常につまらない。いきなりクルマのことを言われ、しかも、「そのクルマ、似合ってるわよ〜、素敵。あと2年乗りなさい」とにっこり笑ってたしなめられてしまった。(これが姑さんや母に言われたのだったらぷんぷん怒っていただろう・・・他人はありがたい)

冷静になって考えてみれば、これから娘にお金がかかるという時に無駄金を使っている場合ではない。あー、でも悔しい。

お絵かき教室へ行って、娘の中学の相談をしようとしたら、先生がヘンなことを言う。娘の志望校が勝手に変更されている。ヘンだ・・・わたしは何も知らない。

そこで娘に訊く、「なんで急に志望校を変えたの?」と。
「だって、お母さん、あそこの中学の先生、銀行員みたいって言っていたじゃない」と、ちび。

ぐわっ、もうダメ、そんなことをなんでお絵かき教室の先生にまで言うんだよーーーー!!(泣)
いや・・・たしかに言いましたけどね、パリッとかっこよくスーツを着て、とか。(言ってないだろ!)

てきとーに話をごまかし、家に帰ってからもう一度娘に訊く。
すると、「○○中学のほうが学費が安いから」だって・・・(滝汗)

本音の本音はどうなんだろう?>わたし

たしかに子どもにお金をかけるのは楽しい。年中、海外研修やらスキー合宿があり、校内も最新設備、送迎バス付き。どうせ行くなら楽しいほうがいいに決まっている。でもタダじゃないからね・・・そうなると学費も普通の私立中学の2倍くらいかかる計算になる、卒業までを考えると。

うちの近所、基本的に公務員が多い土地柄でして、そうなると出来が良いとそのまま親が何もしなくても自転車で県立高校へ通っていたり・・・公務員でなくても、ほとんど塾にも行かず私立中学に合格したり・・・

逆に、小3くらいから毎日塾に通っていたような子がそういう学費の高い中学へ行く傾向が高い。

あっちふらふらこっちふらふら悩む。

なんかね・・・ダンナのほうがさっぱりしているから嫌だ。○○中学へ行けば、「公立+塾」の組み合わせよりも子どもの負担も軽いし、経済的にも軽やか。それだけ。ほんで、相変わらず東大へ行けとか獣医になれと言っている。あーやだやだ。

なんで、獣医学部はよくて、医学部や歯学部はダメなんだろう?
・・・・学費が高いからだろうな。

女の子だし、卒業までに結婚が決まっていたりすることが多い。
・・・・だったら美大でも女子大でもいいじゃない?

わたしは娘を育てているのであって息子を育てているわけではない。が、しかし・・・変わらんわ、なんか。学費の高いところへ進学するためには娘がどうしても行きたいという強い意思表示が必要らしい。「お父さん、お願い」とかね。あーやだやだ、考えていることがわかりやすくて。東大、獣医がスタンダードで、それ以外はお願いしないとダメらしい。

落ちたらクルマを買い換えよう。
ふん!

(コヘレトの言葉 2. 15-26)

投稿者 Blue Wind : 01:58 AM | コメント (0) | トラックバック

September 06, 2005

同い年ですけど、なにか?

Y新聞社から電話。選挙に関するランダムな世論調査。
料理の下ごしらえをしながら話す。

「・・・・ご協力ありがとうございます。ところで有権者の方は何人いらっしゃいますでしょうか?」
「2人ですが・・・」
「失礼ですが、そのうち年長の方にアンケートをお願いしたいのですが」
「・・・・・・・・・同い年なんですけど」
「・・・・・失礼ですが、どちらが先に生まれになっておりますでしょうか。決まりですので、先に生まれた方にお願いしたいのですが・・・」
「は? 同い年なんですけど、わたくしではダメなんでしょうか?」
「いえ・・・決まりなんです。ランダムな調査のために」

バッカみたい。
ランダムな調査なら、電話に出た人が有権者ならその人に回答してもらうほうがはるかにランダムな抽出に近くなる。そのために夜間に電話しているのかもしれないけど、大抵電話に出るのは子どもが多いからかもしれないけど、それにしても同い年だと言ってるだろうに・・・うちは。

「おとうさ〜ん」と声を掛けたら、酔っ払いはトイレだった。
だ〜めだこりゃ。
と思っていたら、「どうも失礼しました」という声が聴こえ、慌てて電話が切られた。

正確に言えば、寝たきりの母にも選挙権があるので、彼女が最年長・・・でも家にはいない。

それにしても、なんでわたしじゃダメなわけ? 学生だって20歳以上なら1票は1票のはずなんだけど、なんかヘンだ。テレビ局とか新聞社とか新手の詐欺じゃないかと疑ったりして・・・にしても、あまりにもささやかに気分が悪くなったので、Y新聞社の新聞はとらないことにした。(もともと紙新聞とってないけど・・小学生新聞以外には・・)

投稿者 Blue Wind : 11:32 PM | コメント (0) | トラックバック

仕事なくても2000万円?

すごいですね〜、特定郵便局って何にもしないのに国から毎年2000万円入ってくるって本当なんですか〜?
その話が本当なら、娘をだるだる郵便局へ就職させ、老後は離島や沖縄など遊んで暮らせそうなところへ移住したい。

な〜んにも仕事がなくても、2000万円が入ってくるなんて・・・
なんか、羨ましい。
いっそのこと民主党か共産党に投票して、特定郵便局を開局したくなりました。(こらっ)

投稿者 Blue Wind : 02:07 PM | コメント (0) | トラックバック

娘の日常

今日、娘を迎えに学校へ行ったついでに、友達も一緒に乗せて帰ってきた。するとその子がおちびに、「どこの中学へ行くの〜?」と質問している。背中で聴きながら、黙っているわが子をフォロー。「それがわかったら誰も苦労しないよ〜」とわたしが笑ってごまかす。

友達同士でも、そういうことはあまり話さないということを知る。先生に訊いてもほかの子のことは「企業秘密」らしい。どこの中学を受験するとかしないとかなんて大した話題でもないような気がするんだけど、そういうことに対してオープンな人とそうでない人がいる・・・親でも。

だいたい、中学は落ちても行く学校が無くなるわけでもないし、落ちたらそのまま小学校の友達と同じ中学へ行くだけのこと。娘にもおおげさに考えるな、と言っている。それにまだどこの中学を受験するかも決めたわけではない。要するに、今後の成績如何なのかもしれないし、それでいて地元へ行かせようと思ったらさほど選択肢があるわけでもない。

「○○中学へ行ってたけど勉強についていけないからxx中学に転校した人もいるよ」と娘の友達が言う。一瞬、「えっ」と思ったけど動揺を隠す。正直、そこの中学でさえも勉強についていけない子がいるのかと思ったらすごくショックで。

いや・・・・私立はカリキュラムがハードなので、途中で辞める子も多い、という話は案外よく聞く。でも、入学する前から、というより試験も受けていないのに今からそんなことを心配していても始まらないような気がするんだけど、どうなんだろう。

それに、はっきり言って、これからなんですよ・・・本格的に勉強するのは。小学校や中学校程度で躓いていては・・・ ますます受験させようと思ってしまったのでした。

それにしても、学校ではそういう話題はタブーなのかもしれない。先生も絶対に言わないもの。落ちたことを内緒にするためなのか、それとも公立へ進学する子たちを刺激しないためなのか、いまいち理由はわからん。

バッカみたい。
世の中がおおげさでおおげさで・・・
幼稚園から始まって、ず〜っと落ちまくっている子もいるし、いまだに浪人しちゃってる子も多いし、周囲にそういう子がいすぎるのかも、うちは。まるで気にしない。

投稿者 Blue Wind : 01:42 AM | コメント (0) | トラックバック

「結婚しなさい」

トラステのテーマ・・・「いきなり逆転人生!」だって・・・

親にパラサイトしている若者なら簡単なのよね。『希望のニート』の中でも、ニュースタート事務局を通じてフィリピンに行ったニートたちの話に、現地で女性と知り合い、あの!働くどころかだるだるで何もしなかったニート君が自分で働いてフィリピンに仕送りしているという話が出て来る。

常識で考えたら、フィリピンに自分のバイトマネーを仕送りしてしまい、自分の寮費を親に支払わせているニート君は間違っている。フィリピンに送る金があるなら、自分の生活費を何とかしろ、と思うほうが普通。が、しかし、なんて言ったらいいのでしょうか・・・・もう何年も自室にひきこもっていたようなわが子が他人のために働いている!? もう、それだけで親が感激してしまい、心配は心配だけど、しばらくそのままにしておこうという・・・

こういうのは、親じゃないと理解できないと思う。
本能かもしれない。
ビートたけしがお嬢さんの結婚の時のインタビューで怒りながらも喜んでいるという父親の複雑な心境を語っていたけど、どんな婿でも婿は他人。孫は自分の孫。婿の顔を見たら腹の立つことでも、孫の親だと思えば諦めもつく・・・多少頼りないなぁ・・・と思っても。

恋愛でも結婚でも、他人のために何かをする、誰かと一緒に何かをする、というのは1+1が2ではないことを教えてくれる。

投稿者 Blue Wind : 12:22 AM | コメント (0) | トラックバック

September 05, 2005

イラクとアメリカの被災者たち

イラクとアメリカに同時期に不幸な出来事が発生した。

イラクでは巡礼中のシーア派の人たちが自爆テロがいるというデマでパニックになり河で溺れた。アメリカでは巨大なハリケーンで40万人の人たちが街の外へ避難する中、ドームに避難した人たちが暴動を起こしていた。

イラクではスンニー派の人が溺れているシーア派の人たちを助け、自分が亡くなってしまった。これにより対立していた人たちがイラクの統一に向けて歩み寄る。アメリカでは被災地に取り残された人たちの救済が遅れたということで政府を非難。油田も被害を受け、ガソリン代が高騰。

自爆テロを恐れているのは外国人だけだと思っていた。
そういえば、アメリカには油田があったのだなぁ・・ということを思い出す。
皆が避難しているのに、ハリケーンの来ている街に残り、やりたい放題の人たち。

自爆テロを恐れる巡礼者たちとハリケーンの中の無法地帯に取り残された人たち。

象徴的・・・
どっちも本音なんだろうな。

投稿者 Blue Wind : 11:28 AM | コメント (0) | トラックバック

ガソリンのない生活を想像する・・・

ガソリンが無くなったら、馬車でも買おう。自動車が普及したのは昭和に入ってからで、それ以前の生活を考えれば今は電動自転車もあるし、駐車場が厩舎になるだけのことのような気がする。田舎暮らしはのんき。家庭内で使う程度の電力ならソーラーシステムで充分らしい。お風呂のお湯でも熱い湯が出ると姑さんが言っていた。

実際の馬車ってどんな感じなのかと思って、フィレンツェで馬車に乗った。朝、馬車の出勤の時間になるとクルマに混じって馬車が窓の下を通る。多少パカパカうるさいものの、慣れると目覚まし代わり。結構速いし、乗り心地も悪くない。

娘の学校も自転車で通学できるようなところを選ぶ。でも、スクールバス。落ちたら公立の中学ですら、わが家のほうは自転車通学。いざとなったら歩いて家まで戻れるようなところがいい。ついでに大学も自転車で通えるところにしてくれないだろうか・・・

一度も使ったことのない暖炉まである・・・
ろうそくで読書なんてね・・・提灯とか? 湯たんぽ、火鉢、掘りごたつ。
そういうレトロな生活もノスタルジック。

投稿者 Blue Wind : 12:52 AM | コメント (0) | トラックバック

September 04, 2005

【今日の短歌】 一日が終わってゆくのが速すぎる。未読の本がたまっておりし

教師には教師の夢があるのかと狭い山には広い空あり
だるだるで学費稼いで子らのこと教師に託す、田舎の暮らし。
のんびりとパラサイト主婦家の中、吾子には吾子の生活があり。

一日が終わってゆくのが速すぎる。未読の本がたまっておりし

投稿者 Blue Wind : 03:02 PM | コメント (0) | トラックバック

やっぱ、田舎はのんき

田舎暮らしの難しさは、教育観の違いにあるような気がすることがある。娘の友達のお母さんで、わたしが親しくしている人は、都内の女子校出身で、最初から田舎の小学校に腹を立てている。

一番の理由は、教師や生徒にやる気がない、ということらしい。やる気がないというより、価値観の相違のような気がするんだけど・・・つまり、女子校にもいろいろあって、女子校でも東大への現役合格者数をほかの学校と競い合っているようなところで教育を受けると、大学への進学率だけでも100%に近いわけで、茨城県内の県立でも最初からバカにしている。

こうさ・・・・田舎の農家の多い地方の伝統として、大学なんかに進学しないわけ、ほとんどの人たちが。進学者のほとんどが教師、役人、医者になる。このため勉強する子はするし、しない子はしないし、学校で1番という子が県立へ進学し、そこから大学へ。そういう平和でのどかな世界で、東大の現役合格率上昇を目指せと言っても通じるはずもない。

なんか、のんきでさ。
地元の私立中学の先生、すこぶる機嫌がいい。

今までだったらどうしても県立志向が強いから、私立はすべりどめという感じでバカにされていたのが、少しずつ茨城県自体が変わりつつあり、結構、遠くのほうから子どもたちが通学しに来る。県内だけではなく、他県からも来る。志願者数はうなぎのぼり。

高校だけだと、中学で受験勉強してきた子たちが学校に慣れるまでに1年くらいかかり、2年、3年となるともう大学受験の体制になるから、教師としてはつまらないらしい。高校の1年間はひたすら生活指導に明け暮れるとか? う〜む・・・

それが、中学からだと、子どもが素直なまま入学するから一生懸命に生活指導する必要性がない上に、カリキュラムの自由度も高い。しかも、最初から進学希望者だけが集まる傾向が高く、あまりややこしいことを考える必要性がないからなのかも。

公立のゆとり教育に嫌気の差した人たちが、私立へ子どもを入れるということは、昔だったらそこの学校へは行かなかったであろうお子さんたちが自然と集まるわけで、なんかウハウハなんだろうな・・・そういうウキウキした気分が何となく理解できるほど、わたしも実は屈折した人間なのかも。

のんきだーーー!!
こんなんでいいのか?

*******

あー、教師いいな・・・なんか、いいな。今まであまりよくない印象しかなかったけど、なんかいいな教師って。

「卒業生のA君は医者、Bちゃんは弁護士、CはJリーガー、Dは研究チームに入って南極へ、Eはドイツのフィル・ハーモニー、Fはプロ野球選手、・・・・・」という具合に、親が子どもの自慢するみたいに次から次へ。うち、ひとりっこだから、なんか悔しい。

投稿者 Blue Wind : 02:17 PM | コメント (0) | トラックバック

教育費が・・・・強烈

結局、少子化の原因は不景気とゆとり教育のダブルパンチとマンションの規格が3LDKくらいがスタンダードという外的事情に拠るのかもしれない。

田舎でのんびり公立の小学校へ入れているだけなら大してお金はかからない。でも、これが私立の学校、さらに大学へ進学した場合などを計算すると家が買えてしまうくらいお金がかかることに気づく。自宅から通えるならともかく、下宿させてとなると、学費のほかに仕送りが必要になり、1人ならともかくこれが2人、3人となると経済的に無理かもしれない。

都会なら自宅から通えるから楽だろうと思っても、たとえば通常のマンションは3LDKが標準。戸建で4LDK。もちろん子どもがいなければ別かもしれないけど、夫婦と子ども2人というのが基準のような・・・道路でも基本的な道幅があり、クルマの大きさも規格であることを考慮すると、マンションの買いやすさなどにあわせて子どもの数が決まったりして。

昔と違って、今、家計診断というのもあるし、子どもが小学校から大学まで国公立の場合、私立の場合、クルマの買い替えの時期、冠婚葬祭の費用、その他諸々人生に必要な経費が生命保険会社等に計算されてしまう。それにより生命保険の金額を決定するそう。もう、ため息が出てしまう。

今の男の子が頼りないのもわかる。だって、奥さんが働いてくれるもの。女性の場合、男性と同じ職種に就こうと思ったら同じ成績・学歴だったら負けてしまう。

医学部でも成績だけなら9割が女子学生になると言われている。それでは都合が悪いので調整される。実際、当直をしない、主婦班がある等、医者になった以後の仕事量が違ってくるかららしい。独身で男性なみにバリバリ働いてくれる女性ばかりなら関係ないのかもしれないけど、今はそういう時代じゃないから。みんな普通に結婚して子育てもして家事もして、となる。ダンナが稼げるようになると仕事を辞めてしまう女医さんも多いし・・・週1でしか働けないとか。

それでいて、学費という点では男の子も女の子も同じ。逆に女の子のほうがかかる、あれにこれに。

正直な話、昔だったら女の子はどうせ嫁に行くからという理由で男の子ほど学費等にお金をかけてもらえなかった。男の子でも子どもの数が多いとすべての子に公平というわけにはいかない。長子相続が当たり前だったからかも。今は公平分配の時代なので、兄弟でも同じようにしないと、となる。

子沢山になったら破産しそう・・・
気のせいだろうか。

投稿者 Blue Wind : 02:39 AM | コメント (0) | トラックバック

【今日の短歌】 子の未来、歩く現代、現実の、近くて遠い校庭をみる。

新古本ワゴンの中に並びたるドラッグストア垣間見し今
もうすべて終わったことと辞書ですらワゴンセールで積まれておりし

雰囲気とカリキュラムだと先生は昔の顔で笑っていたが
古臭く新し臭く病院の匂いのような教室の中

世の中はいろんな子らといろいろな教室の数無機質にあり
子の未来、歩く現代、現実の、近くて遠い校庭をみる。

先生が子どもの顔で微笑めば生徒の顔も子のまま笑う
鬱蒼と何が何だかわからない今の時代は予測されおり

投稿者 Blue Wind : 01:32 AM | コメント (0) | トラックバック

昔ながらの学校

今日もまたオープンスクールへ。ずいぶんあっさりしていたのが印象的。正直な感想としては、私立の中学を見学に行ったというより、予備校の説明会に参加したような感じだった。わたし的には物足りないような気がしたけど、逆にシンプルだし、先生も、うまく説明できないけど生徒の中に融け込んでいて先生というよりサークルの顧問や先輩かと勘違いするほどフレンドリーだった。

そういう校風のせいか、見学に来ている人たちも常連が多いらしく、のんびりしている。顔見知りも多い。わたしは初めて学校の中に入ったのだけど、娘の塾の友達のお父さんがあれこれ校内を説明してくれた。でも、その友達の第一志望はほかの中学。その子のお兄さんが中学から入ったのに途中で校則が厳しいのにネをあげて公立へ。それでも中2までに中3までのカリキュラムを終わらせているから、公立へ転校しても勉強自体は楽らしい。

そうなんだよね・・・茨城は中学は私立、高校は県立、という子も結構いるそう。県知事でさえそんな風。田舎ってそういうものなのかもしれない。途中で公立へ移って、また県立を落ちたら戻って来るのだろうか・・・まるで、塾や予備校のように中学や高校を出入りするというのも今風なのかもしれない。親も先生も非常にそういう点に関しては淡白で驚いた。

まあ、それだけ生徒の数が多いということなのかもしれないし、それでいて先生と生徒の仲がよいのでそういうことも可能なような気もする。世の中にはいろんな子がいる。学校自体は予備校みたいなのに、先生の面倒見がよいせいか、昔ながらの先生という気がするから不思議。卒業生が気楽にやってきてはサークルの後輩の指導をしていたり、保護者参加のレクチャーがあったり、レトロで田舎風で固定ファンがいるというのも納得。

派手さはないけど、昔ながらの学校という感じで、安心感があった。

投稿者 Blue Wind : 12:32 AM | コメント (0) | トラックバック

September 03, 2005

数字文化

結局・・・・・民間団体、ボランティア、NPO、まちおこし、脱ニート、フリーター対策、絵画と道徳教育とかね・・・わかりやすい数字が必要。あるいは、住宅展示場に40万円くらいの値札をつけて飾っておくとか。

数字、数字、数字。
数字がすべて。

投稿者 Blue Wind : 01:37 PM | コメント (0) | トラックバック

いっそのこと美術省でもつくればいいのに

たまに思うんだけど、わたしってなんて常識的な発想をするのかしら、って。アマとプロの違いは、要するに納税証明だけ。年収の証明ではない。納税額。

某スタイリストのブログを読んだ時、「スタイリストという職業で納税したのはあなたが初めてです」と税務署で言われたという話が書かれていた。そうなんだよね・・・それが職種として分類・登録されるのは、納税者がいて初めて役人が認識するわけで、納税者がいなければ相手にされない。あまりにも数と額が小さければ、単なるバイトとかフリーターという分類になるのかもしれないし、そこのところ税務署の職員ではないのでわからない。

まあ、税務署はともかく、銀行などを相手にする時にはそういうわけにはいかない。過去に遡り納税証明の提出を求められるだろう。芸能人なんてあんなに稼いでいるのに・・って思っても、銀行は貸し渋る。その結果、キャッシュで買ったほうがいい、ってことになるのだろうか。まあ、ローンというのは給与所得者のために存在するような気がするから、それはそれで当たり前なのかもしれない。

編集者というのは社員だからな・・・作家や漫画家というのは社員じゃない。若い頃はお金がない。が、しかし、定職に就いているとクレジットだの何とかローンだの借金できる。だから、クルマだの何だの買おうと思えば買える。ところが、フリーだとそういうわけにはいかない。

そういう社会の仕組みを理解しているため、親の立場からすればフリーターより組織に帰属する道を考える。それでいて、正直、今は知らないけど、わたしが大学生の頃の外務省の初任給が8万円だったような・・・商社で11万円と誰か言っていたような・・・若い頃はお金がないのはみんな一緒。

いっそのこと、アーチストはみんな公務員にしちゃったらどうだろう? 公共の施設の絵画だの彫刻だのその他諸々公費でやる。美術館に勤めたり、美術教師をするしかないというのでは厳しい。

アートに詳しい政治家がいたら応援します・・・

道路をガガガガ掘っているだけが公共事業じゃないってば!

(歴代誌下 24. 1-14)

住宅展示場でもまわったほうが早いかもしれん・・・

投稿者 Blue Wind : 10:05 AM | コメント (0) | トラックバック

September 02, 2005

【今日の短歌】 芝のうえ忘れた軍手ぬれたままとどまりし夜嵐過ぎ去る

税務署が決めるのかしら?わたくしが歌人であるとかないとか、悩む。
商売は数の論理と人の波争わせては予算に変える
だるだるで一冊売って申告し歌人になって名刺も買えぬ

クレジット、未来予測の近未来、遠未来には年金ありき。
若さには未来指数の高さあり。明日はどうなる風吹かぬとて。
ため息は未来の風に落とすもの、実績という不確かな数。
作品は減りもしないと増えつづくただ売れもせぬ売りもしないが

投稿者 Blue Wind : 03:10 PM | コメント (0) | トラックバック

学校と塾の違い

わたしも何年も自分が勉強してきたのだから、娘の勉強をみるくらいどうということもなさそうだけど、それでいてどうしても親では補い切れないものがある。切磋琢磨とか、競争心とか。特にひとりっこだし、のんびり育ててしまったのでなおさらそうやって感じてしまう。塾の学費は高いなぁ・・と思いながらも、それでいてのんびりした娘のクラスを考えてさえ、それでも塾へ行かせたほうがマシだという気分になってしまう。

本当の意味で勉強しようと思えば1人のほうがやりやすいような気がする。それでいて、どうしてもだるだるになってしまいがち。学校はダメ。欺瞞に満ちあふれていて。しかも、ゆとり教育の賜物で、班やグループの世界だから。みんなで何かを育てるとか、調理実習の準備をするとか、合唱とか。団体で何かすることを学ぶところという気がする。それはそれで楽しいらしいけど。

塾になると、まるきり能力別編成ですからね・・・その代わり商売だから、落ちこぼれてもそれなりにそれなりのクラスがあり、そこはそこで楽しいらしい。やる気に満ちあふれた子たちにはスペシャルクラスがあるし、なんかいつも普通のわが娘・・・凡人教育の最たるものと思っている。

学校のクセをとるのが大変らしい。

どこが違うのかわからないけど、学校型の勉強だと通過してしまえば終わるし、宿題だけやっていけば先生は何も言わないし、言われたことを言われたとおりやっていれば文句は言われない。ところが、受験勉強や塾ではそういうわけにはいかないんだよ、ということを教えるまでが一苦労。

受験勉強はこれで充分というものは特に何もないし、過去にやったことも試験に出るから通過して終わるわけにはいかない。わからないところがあれば自分で調べながら勉強したり、資料と問題を比較したり、自分であれこれ学習法を考えたり、自分でやらなければならない。学校一つ選ぶにしても公立では選びようがない。その代わり私立となると、スクールカラーがまるで違うため、比較選択しなければならない。

なんか、こう、なんでこんなに違うのだろう・・・同じようなことを勉強しているだけなのに。それでいて不思議なのは、自主性を育てるって言葉をよく耳にしませんか? それでいて人間関係の形成重視という言葉も今の流行でして・・・ 自主性を育てるための場で協調性を学び、人間関係を育てようとする場で自主性を学んでいるような・・・ 気のせいだろうか。

投稿者 Blue Wind : 12:05 PM | コメント (0) | トラックバック

【今日の短歌】 汗だくで戻りきぬ吾子背中にはいまだピンクのランドセル負ふ

虫の音の賑やかに鳴く秋の世になっちまったか、蒸し暑き夜。
当事者かそれ以外かと国会は誰のためにぞ行われぬる
自立って素晴らしいかと秋の夜は虫の音運ぶ蝉去りぬ今
夏は蝉、秋には秋の秋の虫。秋のバッタは寡黙な草に。

わたしっていつも何かを考えて何もしないでコインを投げる。
コインすら裏と表があるのなら在るってことはわかれみち、いづ。

汗だくで戻りきぬ吾子背中にはいまだピンクのランドセル負ふ

投稿者 Blue Wind : 01:15 AM | コメント (0) | トラックバック

転職社会

でも、考えてみたら、今までの発想が単なるサラリーマン・ユートピアだったのかもしれないし、今の年金を個人年金で申し込もうとしたらおっそろしいほど支払わなければならないことを考えると、いかにサラリーマン有利な社会かそれだけでもわかる。一度就職すると終身雇用、年功序列。退職時には退職金と年金。実情は知らないけど・・・会社が倒産しても、そのまま業務引継ぎとかね・・・経営者が変わっただけで業務もサラリーも大して違わないとか? 儲かれば社員旅行、ボーナス、社宅、住居手当、家のローンの貸し出し、育児の補助。いたれりつくせり・・・・羨ましい。

要するに、団体戦ということが何となくわかるような・・・一度入社してしまえば、そのままとか?だから、就職するまでがデッドヒートになるのも無理はない気がする。

それが破綻するとどうなるのか?

個人で何とかするしかない。親とか親戚とか?今は自立の時代なので、自立できないとバカにされたり、叱られたり、パラサイト扱いされたり・・・そのくせ団体戦だから、こちらの会社は待遇がよくないとなるとあちらに転職するのが当たり前だったり・・・

ということは、転職しやすさを考えて子どもを育てる必要性が高い。個人技を育てるというか・・・英会話、IT教育、スポーツ、絵画、その他諸々。

ゆとり教育、か。
習い事する時間が増えただけと解釈しておきましょう。

・・・・・・・それか、やっぱりパラサイト。もちつもたれつ。オト君ですら、番犬してくれてるからね・・・心強い。

投稿者 Blue Wind : 12:16 AM | コメント (0) | トラックバック

September 01, 2005

パラサイト主婦?

めずらしく朝から銀行へ行く。大した用事ではないけど、女性週刊誌を座り読みする。かなり古いような気がしたんだけど気のせいだろうか。めぼしい話題もなく、それでいてまだやっているのかと、パラサイト主婦の話題。

年収1500万円の世帯で、夫だけが稼いでいる場合より、夫婦で共稼ぎしているほうが税負担が大きいという話や年金のこと。気持ちはわからなくもないけど、一生そうである場合を想定しているところがいい加減な気がした。共稼ぎの家庭が増えれば保育所なども増やす必要性があるし、それを考えれば税負担があるのは当然のような気がするけど、どうなんだろう。それに、年金を受け取れないのではなく、個人で働いた分はきちんと貰えるわけでしょ? それに今は家で遊んでいるけど、いざ働き出せばそれなりにがっちり税金を取られてしまうのだから同じことのような・・・

が、しかし・・・・わたしが働けば、その分誰かが職を失う可能性が高く、家にいても文句を言われ、働いても文句を言われてしまう。それでいてダンナのサラリーが雀の涙の頃には諸事情で働けず、今なら働けるかなぁ・・という頃にはサラリーがアップして働く必要性がない。

なんか、人生はうまくいかない。

・・・・・・・・つまらん話題ばかりですみません・・・・だるだるな秋なので。

投稿者 Blue Wind : 01:02 PM | コメント (0) | トラックバック

バイトして年金払えってさ

若年層の国民年金の不払いだって・・・・笑ってしまう。学生も親が払わないとならないらしいし、もし定職に就いていなかったとしたら自分で払わなければならない。就職もできないのに、どうやって払えと言うのだろう?

うちのダンナが勤め始めた頃、手取りが27900円だったのを覚えている。あのう・・・しかも、そこからふたり分の国民年金を支払うとまるで手元には何も残らなかった。親からの仕送りで食べていたわけで、そういう状況でも年金を毎月払えというのだから、悩む。厚生年金ならいいけど、国民年金となると、ね。バイトして払えと言うのだろうか・・・

何を考えているのか、たまにわからないことがある・・・・机上の空論主義者たちが。

投稿者 Blue Wind : 09:08 AM | コメント (0) | トラックバック

【今日の短歌】 子らだから海の向こうに行かんとす。山の向こうも知らないくせに。

新学期、生活のなか戻るよう。光の秋は穏やかに過ぐ。
指先をやけどしてみてぎこちなく、あわててさがす引き出しの中。
グリーンカレー、タイより甘くシンガポール。タイ風とある日本の小箱。
夏休みいかに過ごして子ら育つスーパーの中立ち話する。
塾の夏、コンビニの夏、小学生。学校の外広がる道に。
学校はみんなまとめて集まって散らすのが下手、夏空の下。

子らだから海の向こうに行かんとす。山の向こうも知らないくせに。

投稿者 Blue Wind : 08:32 AM | コメント (0) | トラックバック