March 31, 2004

フィリピの信徒への手紙 2. 25-30

  ところでわたしは、エパフロディトをそちらに帰さなければならないと考えています。彼はわたしの兄弟、協力者、戦友であり、また、あなたがたの使者として、わたしの窮乏のとき奉仕者となってくれましたが、しきりにあなたがた一同と会いたがっており、自分の病気があなたがたに知られたことを心苦しく思っているからです。実際、彼はひん死の重病にかかりましたが、神は彼を憐れんでくださいました。彼だけではなく、わたしをも憐れんで、悲しみを重ねずに済むようにしてくださいました。そういうわけで、大急ぎで彼を送ります。あなたがたは再会を喜ぶでしょうし、わたしも悲しみが和らぐでしょう。だから、主に結ばれている者として大いに歓迎してください。そして、彼のような人々を敬いなさい。わたしに奉仕することであなたがたのできない分を果たそうと、彼はキリストの業に命をかけ、死ぬほどの目に遭ったのです。

投稿者 Blue Wind : 02:27 AM | コメント (0)

March 30, 2004

ルカによる福音書 16. 1-18

  「不正な管理人」のたとえ
  イエスは、弟子たちにも次のように言われた。「ある金持ちに一人の管理人がいた。この男が主人の財産を無駄遣いしていると、告げ口をする者があった。そこで、主人は彼を呼びつけて言った。『お前について聞いていることがあるが、どうなのか。会計の報告を出しなさい。もう管理を任せておくわけにはいかない。』管理人は考えた。『どうしようか。主人はわたしから管理の仕事を取り上げようとしている。土を掘る力もないし、物乞いをするのも恥ずかしい。そうだ。こうしよう。管理の仕事をやめさせられても、自分の家に迎えてくれるような者たちを作ればいいのだ。』そこで、管理人は主人に借りのある者を一人一人呼んで、まず最初の人に、『わたしの主人にいくら借りがあるのか』と言った。『油百バトス』と言うと、管理人は言った。『これがあなたの証文だ。急いで、腰を掛けて、五十バトスと書き直しなさい。』また別の人には、『あなたは、いくら借りがあるのか』と言った。『小麦百コロス』と言うと、管理人は言った。『これがあなたの証文だ。八十コロスと書き直しなさい。』主人は、この不正な管理人の抜け目ないやり方をほめた。この世の子らは、自分の仲間に対して、光の子らよりも賢くふるまっている。そこで、わたしは言っておくが、不正にまみれた富で友を作りなさい。そうしておけば、金がなくなったとき、あなたがたは永遠の住まいに迎えて入れてもらえる。ごく小さな事に忠実な者は、大きな事にも忠実である。ごく小さな事に不忠実な者は、大きな事にも不忠実である。だから、不正にまみれた富について忠実でなければ、だれがあなたがたに本当に価値あるものを任せるだろうか。また、他人のものについて忠実でなければ、だれがあなたがたのものを与えてくれるだろうか。どんな召し使いも二人の主人に仕えることはできない。一方を憎んで他方を愛するか、一方に親しんで他方を軽んじるか、どちらかである。あなたがたは、神と富とに仕えることはできない。」

  律法と神の国
  金に執着するファリサイ派の人々が、この一部始終を聞いて、イエスをあざ笑った。そこで、イエスは言われた。「あなたたちは人に自分の正しさを見せびらかすが、神はあなたたちの心をご存知である。人に尊ばれるものは、神には忌み嫌われるものだ。律法と預言者は、ヨハネの時までである。それ以来、神の国の福音が告げ知らされ、だれもが力ずくでそこに入ろうとしている。しかし、律法の文字の一画がなくなるよりは、天地の消えうせる方が易しい。妻を離縁して他の女を妻にする者はだれでも、姦通の罪を犯すことになる。離縁された女を妻にする者も姦通の罪を犯すことになる。」

投稿者 Blue Wind : 07:20 AM | コメント (0)

マタイによる福音書 26. 47-56 裏切られ、逮捕される

  イエスがまだ話しておられると、十二人の一人であるユダがやって来た。祭司長たちや民の長老たちの遣わした大勢の群衆も、剣や棒を持って一緒に来た。イエスを裏切ろうとしていたユダは、「わたしが接吻するのが、その人だ。それを捕まえろ」と、前もって合図を決めていた。ユダはすぐにイエスに近寄り、「先生、こんばんは」と言って接吻した。イエスは、「友よ、しようとしていることをするがよい」と言われた。すると人々は進み寄り、イエスに手をかけて捕らえた。そのとき、イエスと一緒にいた者の一人が、手を伸ばして剣を抜き、大祭司の手下に打ちかかって、片方の耳を切り落とした。そこで、イエスは言われた。「剣をさやに納めなさい。剣を取る者は皆、剣で滅びる。わたしが父にお願いできないとでも思うのか。お願いすれば、父は十二軍団以上の天使を今すぐ送ってくださるであろう。しかしそれでは、必ずこうなると書かれている聖書の言葉がどうして実現されよう。」またそのとき、群集に言われた。「まるで強盗にでも向かうように、剣や棒を持って捕らえに来たのか。わたしは毎日、神殿の境内に座って教えていたのに、あなたたちはわたしを捕らえなかった。このすべてのことが起こったのは、預言者たちの書いたことが実現するためである。」このとき、弟子たちは皆、イエスを見捨てて逃げてしまった。

投稿者 Blue Wind : 06:59 AM | コメント (0)

March 29, 2004

ペトロの手紙 二 1. 16-21 キリストの栄光、預言の言葉

  わたしたちの主イエス・キリストの力に満ちた来臨を知らせるのに、わたしたちは巧みな作り話を用いたわけではありません。わたしたちは、キリストの威光を目撃したのです。荘厳な栄光の中から、「これはわたしの愛する子。わたしの心に適う者」というような声があって、主イエスは父である神から誉れと栄光をお受けになりました。わたしたちは、聖なる山にイエスといたとき、天から響いてきたこの声を聞いたのです。こうして、わたしたちには、預言の言葉はいっそう確かなものとなっています。夜が明け、明けの明星があなたがたの心の中に昇るときまで、暗い所に輝くともし火として、どうかこの預言の言葉に留意していてください。何よりもまず心得てほしいのは、聖書の預言は何一つ、自分勝手に解釈すべきではないということです。なぜなら、預言は、決して人間の意志に基づいて語られたのではなく、人々が聖霊に導かれて神からの言葉を語ったものだからです。

投稿者 Blue Wind : 06:53 AM | コメント (0)

March 28, 2004

イザヤ書 30. 18-26 救いのとき

それゆえ、主は恵みを与えようとして
    あなたたちを待ち
それゆえ、主は哀れみを与えようとして
    立ち上がられる。
まことに、主は正義の神。
なんと幸いなことか、すべての主を待ち望む人は。
まことに、シオンの民、エルサレムに住む者よ
もはや泣くことはない。
主はあなたの呼ぶ声に答えて
必ず恵みを与えられる。
主がそれを聞いて、直ちに答えてくださる。
わが主はあなたたちに、災いのパンと苦しみの水を与えた。
あなたを導かれる方は
    もはや隠れておられることなく
あなたの目は常に
    あなたを導かれる方を見る。
あなたの耳は、背後から語られる言葉を聞く。
「これが行くべき道だ、ここを歩け
右に行け、左に行け」と。
そのとき、あなたは銀で覆った像と
金をはり付けた像を汚し
それを汚れたもののようにまき散らし
「消えうせよ」と言う。
主は、あなたが地に蒔く種に雨を与えられる。
地の産み出す穀物は豊かに実る。
その日には
あなたの家畜は広い牧場で草をはみ
地を耕す牛やろばは
ふるいや箕でえり分け
発酵させた飼葉を食べる。
大いなる殺戮の日、塔の倒れるとき
そびえ立つすべての山、高い丘の上に
水路が造られて、水を運ぶ。
主が民の傷を包み
重い打ち傷をいやされる日
月の光は太陽の光になり
太陽の光は七倍になり
七つの日の光となる。

投稿者 Blue Wind : 02:39 AM | コメント (0)

ペトロの手紙 一 1. 22-25

  あなたがたは、真理を受け入れて、魂を清め、偽りのない兄弟愛を抱くようになったのですから、清い心で深く愛し合いなさい。あなたがたは、朽ちる種からではなく、朽ちない種から、すなわち、神の変わることのない生きた言葉によって新たに生まれたのです。こう言われているからです。
  「人は皆、草のようで、
  その華やかさはすべて、草の花のようだ。
  草は枯れ、
  花は散る。
  しかし、主の言葉は永遠に変わることがない。」
これこそ、あなたがたに福音として告げ知らされた言葉なのです。

投稿者 Blue Wind : 02:29 AM | コメント (0)

March 27, 2004

コリントの信徒への手紙 2. 6-16 神の霊による啓示

  しかし、わたしたちは、信仰に成熟した人たちの間では知恵を語ります。それはこの世の知恵ではなく、また、この世の滅びゆく支配者たちの知恵でもありません。わたしたちが語るのは、隠されていた、神秘としての神の知恵であり、神がわたしたちに栄光を与えるために、世界の始まる前から定めておられたものです。この世の支配者たちはだれ一人、この知恵を理解しませんでした。もし理解していたら、栄光の主を十字架につけはしなかったでしょう。しかし、このことは、
  「目が見もせず、耳が聞きもせず、
  人の心に思い浮かびもしなかったことを、
  神は御自分の愛する者たちに準備された」
と書いてあるとおりです。わたしたちには、神が”霊”によってそのことを明らかに示してくださいました。”霊”は一切のことを、神の深みさえも究めます。人の内にある霊以外に、いったいだれが、人のことを知るでしょうか。同じように、神の霊以外に神のことを知る者はいません。わたしたちは、世の霊ではなく、神からの霊を受けました。それでわたしたちは、神から恵みとして与えられたものを知るようになったのです。そして、わたしたちがこれについて語るのも、人の知恵に教えられた言葉によっています。つまり、霊的なものによって霊的なことを説明するのです。自然の人は神の霊に属する事柄を受け入れません。その人にとって、それは愚かなことであり、理解できないのです。霊によって初めて判断できるからです。霊の人は一切を判断しますが、その人自身はだれからも判断されたりしません。
  「だれが主の思いを知り、
  主を教えるというのか。」
しかし、わたしたちはキリストの思いを抱いています。

投稿者 Blue Wind : 03:11 AM | コメント (0)

イザヤ書 31. 1-3 エジプトに頼るな

  災いだ、助けを求めてエジプトに下り
  馬を支えとする者は。
  彼らは戦車の数が多く
  騎兵の数がおびただしいことを頼りとし
  イスラエルの聖なる方を仰がず
  主を尋ね求めようともしない。
  しかし、主は知恵に富む方。
  災いをもたらし
  御言葉を無に帰されることはない。
  立って、災いをもたらす者の家
  悪を行う者に味方する者を攻められる。
  エジプト人は人であって、神ではない。
  その馬は肉なるものにすぎず、霊ではない。
  主が御手を伸ばされると
  助けを与える者はつまずき
  助けを受けている者は倒れ、皆共に滅びる。

投稿者 Blue Wind : 03:00 AM | コメント (0)

箴言 29. 1-27

  懲らしめられることが多いと人は頑固になる。
  彼は突然打ち砕かれ、もう癒すことはできない。
  神に従う人が大いになると民は喜び
  神に逆らう人が支配すると民は嘆く。
  知恵を愛する人は父を喜ばせる。
  遊女を友とする者は財産を失う。
  王が正しい裁きによって国を安定させても
  貢ぎ物を取り立てる者がこれを滅ぼす。
  友にへつらう者は
  彼の一歩一歩に網を仕掛ける者。
  悪を行う者は罪の罠にかかる。
  神に従う人は喜びの叫びをあげる。
  神に従う人は弱者の訴えを認める。
  神に逆らう者はそれを認めず、理解しない。
  不遜な者らが町に騒動を起こす。
  知恵のある人々は怒りを静める。
  知恵のある人が無知な者と裁きの座で対すると
  無知な者は怒り、嘲笑い、静まることがない。
  無垢な人を憎み、その血を流そうとする者がある。
  正しい人々はその命を助けようとする。
  愚かな者は自分の感情をさらけ出す。
  知恵ある人はそれを制し静める。
  支配者の偽りの言葉に耳を貸すなら
  仕える人は皆、逆らう者となる。
  貧しい人と虐げる者とが出会う。
  主はどちらの目にも光を与えておられる。
  弱い人にも忠実な裁きをする王。
  その王座はとこしえに堅く立つ。
  懲らしめの杖は知恵を与える。
  放任されていた子は母の恥となる。
  神に逆らう者が多くなると罪も増す。
  神に従う人は彼らの滅びるさまを見るであろう。
  あなたの子を諭すなら、安心していられる。
  彼はあなたの魂に楽しみを与える。
  幻がなければ民は堕落する。
  教えを守る者は幸いである。
  僕を言葉で諭すことはできない。
  理解したとしても、答えないであろう。
  軽率に話す者を見たか。
  彼よりは愚か者にはまだ望みがある。
  僕を幼いときから甘やかしていると
  後には手のつけられないものとなる。
  怒りやすい人はいさかいを引き起こし
  激しやすい人は多くの罪を犯す。
  驕る者は低くされ
  心の低い人は誉れを受けるようになる。
  盗人にくみする者は自分の魂を憎む者
  呪いが聞こえても黙っている。
  人は恐怖の罠にかかる。
  主を信頼する者は高い所に置かれる。
  支配者の御機嫌をうかがう者は多い。
  しかし、人を裁くのは主である。
  神に従う人は悪を行う者を憎む。
  神に逆らう者は正しく歩む人を憎む。

投稿者 Blue Wind : 02:52 AM | コメント (0)

March 26, 2004

コリントの信徒への手紙 1. 18-31 神の力、神の知恵であるキリスト

  十字架の言葉は、滅んでいく者にとっては愚かなものですが、わたしたち救われる者には神の力です。それは、こう書いてあるからです。
  「わたしは知恵のある者の知恵を滅ぼし、
  賢い者の賢さを意味のないものにする。」
  知恵のある人はどこにいる。学者はどこにいる。この世の論客はどこにいる。神は世の知恵を愚かなものにされたではないか。世は自分の知恵で神を知ることができませんでした。それは神の知恵にかなっています。そこで神は、宣教という愚かな手段によって信じる者を救おうと、お考えになったのです。ユダヤ人はしるしを求め、ギリシア人は知恵を探しますが、わたしたちは十字架につけられたキリストを宣ベ伝えています。すなわち、ユダヤ人にはつまずかせるもの、異邦人には愚かなものですが、ユダヤ人であろうがギリシア人であろうが、召された者には、神の力、神の知恵であるキリストを宣べ伝えているのです。神の愚かさは人よりも賢く、神の弱さは人よりも強いからです。
  兄弟たち、あなたがたが召されたときのことを、思い起こしてみなさい。人間的に見て知恵のある者が多かったわけではなく、能力のある者や、家柄のよい者が多かったわけでもありません。ところが、神は知恵ある者に恥をかかせるため、世の無学な者を選び、力ある者に恥をかかせるため、世の無力な者を選びました。また、神は地位のある者を無力な者とするため、世の無に等しい者、身分の卑しい者や見下げられている者を選ばれたのです。それは、だれ一人、神の前で誇ることができないようにするためです。神によってあなたがたはキリスト・イエスに結ばれ、このキリストは、わたしたちにとって神の知恵となり、義と聖と贖いとなられたのです。「誇る者は主を誇れ」と書いてあるとおりになるためです。

投稿者 Blue Wind : 12:22 AM | コメント (0)

March 25, 2004

ルカによる福音書 6. 20-36

  幸いと不幸
  さて、イエスは目を上げ弟子たちを見て言われた。
  「貧しい人々は、幸いである、
  神の国はあなたがたのものである。
  今飢えている人々は、幸いである、
  あなたがたは満たされる。
  今泣いている人々は、幸いである、
  あなたがたは笑うようになる。
  人々に憎まれるとき、また、人の子のために追い出され、ののしられ、汚名を着せられるとき、あなたがたは幸いである。その日には、喜び踊りなさい。天には大きな報いがある。この人々の先祖も、預言者たちに同じことをしたのである。
  しかし、富んでいるあなたがたは、不幸である、
  あなたがたはもう慰めを受けている。
  今満腹している人々、あなたがたは、不幸である、
  あなたがたは飢えるようになる。
  今笑っている人々は、不幸である、
  あなたがたは悲しみ泣くようになる。
  すべての人にほめられるとき、あなたがたは不幸である。この人々の先祖も、偽預言者たちに同じことをしたのである。」

  敵を愛しなさい
  「しかし、わたしの言葉を聞いているあなたがたに言っておく。敵を愛し、あなたがたを憎む者に親切にしなさい。悪口を言う者に祝福を祈り、あなたを侮辱する者のために祈りなさい。あなたの頬を打つ者には、もう一方の頬を向けなさい。上着を奪い取る者には、下着を拒んではならない。求める者には、だれにでも与えなさい。あなたの持ち物を奪う者から取り返そうとしてはならない。人にしてもらいたいと思うことを、人にもしなさい。自分を愛してくれる人を愛したところで、あなたがたにどんな恵みがあろうか。罪人でも、愛してくれる人を愛している。また、自分によくしてくれる人に善いことをしたところで、どんな恵みがあろうか。罪人さえ、同じものを返してもらおうとして、罪人に貸すのである。しかし、あなたがたは敵を愛しなさい。人に善いことをし、何も当てにしないで貸しなさい。そうすれば、たくさんの報いがあり、いと高き方の子となる。いと高き方は、恩を知らない悪人にも、情け深いからである。あなたがたの父が憐れみ深いように、あなたがたも憐れみ深い者になりなさい。」

投稿者 Blue Wind : 02:10 AM | コメント (0)

コロサイ信徒への手紙 1. 3-8 神への感謝

  わたしたちは、いつもあなたがたのために祈り、わたしたちの主イエス・キリストの父である神に感謝しています。あなたがたがキリスト・イエスにおいて持っている信仰と、すべての聖なる者たちに対して抱いている愛について、聞いたからです。それは、あなたがたのために天に蓄えられている希望に基づくものであり、あなたがたは既にこの希望を、福音という真理の言葉を通して聞きました。あなたがたにまで伝えられたこの福音は、世界中至るところでそうであるように、あなたがたのところでも、神の恵みを聞いて真に悟った日から、実を結んで成長しています。あなたがたは、この福音を、わたしたちと共に仕えている仲間、愛するエパフラスから学びました。彼は、あなたがたのためにキリストに忠実に仕える者であり、また、”霊”に基づくあなたがたの愛を知らせてくれた人です。

投稿者 Blue Wind : 01:50 AM | コメント (0)

March 24, 2004

ダニエル書 3. 31-33 大きな木の夢

  ネブカドネツァル王は、全世界の諸国、諸族、諸言語の住民に、いっそうの繁栄を願って挨拶を送る。
  さて、わたしはいと高き神がわたしになさったしるしと不思議な御業を知らせる。
  この神のしるしは、いかに偉大であり
  不思議な御業は、いかに力あることか。
  その御国は永遠の御国であり、支配は代々に及ぶ。

投稿者 Blue Wind : 01:27 AM | コメント (0)

March 23, 2004

コリント信徒への手紙 5. 1-13 不道徳な人々との交際

  現に聞くところによると、あなたがたの間にみだらな行いがあり、しかもそれは、異邦人の間にもないほどみだらな行いで、ある人が父の妻をわがものにしているとのことです。それにもかかわらず、あなたがたは高ぶっているのか。むしろ悲しんで、こんなことをする者を自分たちの間から除外すべきではなかったのですか。わたしは体では離れていても霊はそこにいて、現に居合わせた者のように、そんなことをした者を既に裁いてしまっています。つまり、わたしたちの主イエスの名により、わたしたちの主イエスの力をもって、あなたがたとわたしの霊が集まり、このような者を、その肉が滅ぼされるようにサタンに引き渡したのです。それは主の日に彼の霊が救われるためです。あなたがたが誇っているのは、よくない。わずかなパン種が練り粉全体を膨らませることを、知らないのですか。いつも新しい練り粉のままでいられるように、古いパン種をきれいに取り除きなさい。現に、あなたがたはパン種の入っていない者なのです。キリストが、わたしたちの過越の子羊として屠られたからです。だから、古いパン種や悪意と邪悪のパン種を用いないで、パン種の入っていない、純粋で真実のパンで過越祭を祝おうではありませんか。
  わたしは以前手紙で、みだらな者と交際してはいけないと書きましたが、その意味は、この世のみだらな者とか強欲な者、また人の物を奪う者や偶像を礼拝する者たちと一切つきあってはならない、とうことではありません。もし、そうだとしたら、あなたがたは世の中から出て行かねばならないでしょう。わたしが書いたのは、兄弟と呼ばれる人で、みだらな者、強欲な者、偶像を礼拝する者、人を悪く言う者、酒におぼれる者、人の物を奪う者がいれば、つきあうな、そのような人とは一緒に食事もするな、ということだったのです。外部の人々を裁くことは、わたしの務めでしょうか。内部の人々をこそ、あなたがたは裁くべきではありませんか。外部の人々は神がお裁きになります。「あなたがたの中から悪い者を除き去りなさい。」

投稿者 Blue Wind : 09:28 AM | コメント (0)

エゼキエル書 39. 1-8

  人の子よ、あなたはゴグに向かい預言をして言いなさい。主なる神はこう言われる。メシェクとトバルの総首長ゴグよ。わたしはお前に立ち向かう。わたしはお前を立ち帰らせ、お前を導いて北の果てから連れ上り、イスラエルの山々に来させる。そして、お前の左手から弓を叩き落とし、右手から矢を落とさせる。お前とそのすべての軍隊も、共にいる民も、イスラエルの山の上で倒れる。わたしはお前をあらゆる種類の猛禽と野の獣の餌食として与える。お前は野の上に倒れる。まことにわたしがこれを語った、と主なる神は言われる。わたしは、火をマゴグと海岸地方に安らかに住む者たちに送る。そのとき、彼らはわたしが主であることを知るようになる。わたしは、わが民イスラエルの中にわが聖なる名を知らせる。わたしはわが聖なる名を二度と汚させない。そのとき、諸国民はわたしが主であり、イスラエルの中の聖なる者であることを知るようになる。このことは到来し、実現する、と主なる神は言われる。それは、わたしが語った日である。

投稿者 Blue Wind : 09:14 AM | コメント (0)

March 22, 2004

使徒言行録 9. 1-19 サウロの回心

  さて、サウロはなおも主の弟子たちを脅迫して、殺そうと意気込んで、大祭司のところへ行き、ダマスコの諸会堂あての手紙を求めた。それは、この道に従う者を見つけ出したら、男女を問わず縛り上げ、エルサレムに連行するためであった。ところが、サウロが旅をしてダマスコに近づいたとき、突然、天からの光が彼の周りを照らした。サウロは地に倒れ、「サウル、サウル、なぜ、わたしを迫害するのか」と呼びかける声を聞いた。「主よ、あなたはどなたですか」と言うと、答えがあった。「わたしは、あなたが迫害しているイエスである。起きて町に入れ。そうすれば、あなたのなすべきことが知らされる。」同行していた人たちは、声は聞こえていても、だれの姿も見えないので、ものも言えず立っていた。サウロは地面から起き上がって、目を開けたが、何も見えなかった。人々は彼の手を引いてダマスコに連れて行った。サウロは三日間、目が見えず、食べも飲みもしなかった。
  ところで、ダマスコにアナニアという弟子がいた。幻の中で主が、「アナニア」と呼びかけると、アナニアは、「主よ、ここにおります」と言った。すると、主は言われた。「立って、『直線通り』と呼ばれる通りへ行き、ユダの家にいるサウロという名の、タルソス出身の者を訪ねよ。今、彼は祈っている。アナニアという人が入って来て自分の上に手を置き、元どおり目が見えるようにしてくれるのを、幻で見たのだ。」しかし、アナニアは答えた。「主よ、わたしは、その人がエルサレムで、あなたの聖なる者たちに対してどんな悪事を働いたか、大勢の人から聞きました。ここでも、御名を呼び求める人をすべて捕らえるため、祭司長たちから権限を受けています。」すると、主は言われた。「行け。あの者は、異邦人や王たち、またイスラエルの子らにわたしの名を伝えるために、わたしが選んだ器である。わたしの名のためにどんなに苦しまなくてはならないかを、わたしは彼に示そう。」そこで、アナニアは出かけて行ってユダの家に入り、サウロの上に手を置いて言った。「兄弟サウル、あなたがここへ来る途中に現れてくださった主イエスは、あなたが元どおり目が見えるようになり、また、聖霊で満たされるようにと、わたしをお遣わしになったのです。」すると、たちまち目からうろこのようなものが落ち、サウロは元どおり目が見えるようになった。そこで、身を起こして洗礼を受け、食事をして元気を取り戻した。

投稿者 Blue Wind : 02:06 AM | コメント (0)

March 21, 2004

士師記 8. 1-3

  エフライムの人々はギデオンに、「あなたはミディアンとの戦いに行くとき、わたしたちを呼ばなかったが、それはどういうことか」と言って、激しく彼を責めた。ギデオンは答えた。「あなたたちと比べて、わたしが特に何をしたというのか。エフライムに残ったぶどうは、アビエゼルが取ったぶどうより良かったではないか。神はミディアンの将軍オレブとゼエブをあなたたちの手に、お渡しになったのだ。あなたたちと比べて、わたしに特に何ができたというのか。」彼がこう語ったので、彼らの憤りは和らいだ。

投稿者 Blue Wind : 12:57 PM | コメント (0)

使徒言行録 8. 26-40 フィリポとエチオピアの高官

  さて、主の天使はフィリポに、「ここをたって南に向かい、エルサレムからガザへ下る道に行け」と言った。そこは寂しい道である。フィリポはすぐに出かけて行った。折から、エチオピアの女王カンダケの高官で、女王の全財産を管理していたエチオピア人の宦官が、エルサレムに礼拝に来て、帰る途中であった。彼は、馬車に乗って預言者イザヤの書を朗読していた。すると、”霊”がフィリポに、「追いかけて、あの馬車と一緒に行け」と言った。フィリポが走り寄ると、預言者のイザヤの書を朗読しているのが聞こえたので、「読んでいることがお分かりになりますか」と言った。宦官は、「手引きしてくれる人がなければ、どうして分かりましょう」と言い、馬車に乗ってそばに座るようにフィリポに頼んだ。彼が朗読していた聖書の個所はこれである。
  「彼は、羊のように屠り場に引かれて行った。
  毛を刈る者の前で黙している子羊のように、口を開かない。
  卑しめられて、その裁きも行われなかった。
  だれが、その子孫について語れるだろう。
  彼の命は地上から取り去られるからだ。」
  宦官は、フィリポに言った。「どうぞ教えてください。預言者は、だれについてこう言っているのでしょうか。自分についてですか。だれかほかの人についてですか。」そこで、フィリポは口を開き、聖書のこの個所から説きおこして、イエスについて福音を告げ知らせた。道を進んで行くうちに、彼らは水のある所に来た。宦官は言った。「ここに水があります。洗礼を受けるのに、何が妨げがあるでしょうか。」そして、車を止めさせた。フィリポと宦官は二人とも水の中に入って行き、フィリポは宦官に洗礼を授けた。彼らが水の中から上がると、主の霊がフィリポを連れ去った。宦官はもはやフィリポの姿を見なかったが、喜びにあふれて旅を続けた。フィリポはアゾトに姿を現した。そして、すべての町を巡りながら福音を告げ知らせ、カイサリアまで行った。

投稿者 Blue Wind : 12:48 PM | コメント (0)

March 20, 2004

歴代誌上 15. 16-24

  ダビデはレビ人の長たちに命じて、詠唱者であるその兄弟たちを任務に就かせ、琴、竪琴、シンバルなどの楽器を奏で、声を張り上げ、喜び祝うようにさせた。レビ人たちはヨエルの子ヘマン、その兄弟の一人ベレクヤの子アサフ、その兄弟であるメラリの一族の一人クシャヤの子エタンを任務に就かせた。また彼らと共に、彼らの第二の兄弟、ゼカルヤ、ベン、ヤアジエル、シェミラモト、エヒエル、ウンニ、エリアブ、ベナヤ、マアセヤ、マティトヤ、エリフェレフ、ミクネヤ、オベド・エドム、エイエルを任務に就かせた。彼らは門衛であった。詠唱者ヘマン、アサフ、エタンは青銅のシンバルを鳴らし、ゼカルヤ、アジエル、シェミラモト、エヒエル、ウンニ、エリアブ、マアセヤ、ベナヤは琴をアラモト調で奏で、マティトヤ、エリフェレフ、ミクネヤ、オベド・エドム、エイエル、アザズヤは竪琴を第八調で奏でて歌を導いた。レビ人の長ケナンヤは、運搬に当たり、運搬を指揮した。彼はそれを専門としていた。ベレクヤとエルカナは門衛として神の箱を守り、祭司たちシェバンヤ、ヨシャファト、ネタンエル、アマサイ、ゼカルヤ、ベナヤ、エリエゼルは、神の箱の前でラッパを鳴らした。オベド・エドムとエヒヤも門衛として神の箱を守った。

投稿者 Blue Wind : 02:58 AM | コメント (0)

歴代誌上 14. 13-17

  ペリシテ人は再び谷に侵入した。ダビデが再び神に託宣を求めると、神は次のように答えられた。「彼らを追って攻め上らず、彼らを避けて回り込め。バルサムの茂みの反対側から敵に向かえ。茂み越しに行軍の音を聞いたら、そのとき出て行って戦え。神がペリシテの陣営を討つために、あなたに先んじて出陣されているのだ。」ダビデは神の命じられたとおりに行動し、彼らはギブオンからゲゼルに至るまで、ペリシテ人の陣営を討ち滅ぼした。こうしてダビデの名声はすべての国々に及んだ。主は諸国の民が皆、彼を恐れるようにされた。

投稿者 Blue Wind : 02:46 AM | コメント (0)

コリントの信徒への手紙 4. 14-21

  こんなことを書くのは、あなたがたに恥をかかせるためではなく、愛する自分の子供として諭すためなのです。キリストに導く養育係があなたがたに一万人いたとしても、父親が大勢いるわけではない。福音を通し、キリスト・イエスにおいてわたしがあなたがたをもうけたのです。そこで、あなたがたに勧めます。わたしに倣う者になりなさい。テモテをそちらに遣わしたのは、このことのためです。彼は、わたしの愛する子で、主において忠実な者であり、至るところのすべての教会でわたしが教えているとおりに、キリスト・イエスに結ばれたわたしの生き方を、あなたがたに思い起こさせることでしょう。わたしがもう一度あなたがたのところへ行くようなことはないと見て、高ぶっている者がいるそうです。しかし、主の御心であれば、すぐにでもあなたがたのところに行こう。そして、高ぶっている人たちの、言葉ではなく力を見せてもらおう。神の国は言葉ではなく力にあるのですから。あなたがたが望むのはどちらですか。わたしがあなたがたのところに鞭を持って行くことですか、それとも、愛と柔和な心で行くことですか。

投稿者 Blue Wind : 02:39 AM | コメント (0)

March 19, 2004

使徒言行録 8. 9-25

  ところで、この町に以前からシモンという人がいて、魔術を使ってサマリアの人々を驚かせ、偉大な人物と自称していた。それで、小さな者から大きな者に至るまで皆、「この人こそ偉大なものといわれる神の力だ」と言って注目していた。人々が彼に注目したのは、長い間その魔術に心を奪われていたからである。しかし、フィリポが神の国とイエス・キリストの名について福音を告げ知らせるのを人々は信じ、男も女も洗礼を受けた。シモン自身も信じて洗礼を受け、いつもフィリポにつき従い、すばらしいしるしと奇跡が行われるのを見て驚いていた。
  エルサレムにいた使徒たちは、サマリアの人々が神の言葉を受け入れたと聞き、ペトロとヨハネをそこへ行かせた。二人はサマリアに下って行き、聖霊を受けるようにとその人々のために祈った。人々は主イエスの名によって洗礼を受けていただけで、聖霊はまだ誰の上にも降っていなかったからである。ペトロとヨハネが人々の上に手を置くと、彼らは聖霊を受けた。シモンは、使徒たちが手を置くことで、”霊”が与えられるのを見、金を持って来て、言った。「わたしが手を置けば、だれでも聖霊が受けられるように、わたしにもその力を授けてください。」すると、ペトロは言った。「この金は、お前と一緒に滅びてしまうがよい。神の賜物を金で手に入れられると思っているからだ。お前はこのことに何のかかわりもなければ、権利もない。お前の心が神の前で正しくないからだ。この悪事を悔い改め、主に祈れ。そのような心の思いでも、赦していただけるかもしれないからだ。お前は腹黒い者であり、悪の縄目に縛られていることが、わたしには分かっている。」シモンは答えた。「おっしゃったことが何一つわたしの身に起こらないように、主に祈ってください。」
  このようにペトロとヨハネは、主の言葉を力強く証しして語った後、サマリアの多くの村で福音を告げ知らせて、エルサレムに帰って行った。

投稿者 Blue Wind : 02:52 AM | コメント (0)

民数記 12. 2-8 ミリアムとアロン

  彼らは更に言った。「主はモーセを通してのみ語られるというのか。我々を通しても語られるのではないか。」主はこれを聞かれた。モーセという人はこの地上のだれにもまさって謙遜であった。主は直ちにモーセとアロンとミリアムに言われた。「あなたたちは三人とも、臨在の幕屋の前に出よ。」彼ら三人はそこに出た。主は雲の柱のうちにあって降り、幕屋の入り口に立ち、「アロン、ミリアム」と呼ばれた。二人が進み出ると、主はこう言われた。
  「聞け、わたしの言葉を。
  あなたたちの間に預言者がいれば
  主なるわたしは幻によって自らを示し
  夢によって彼に語る。
  わたしの僕モーセはそうではない。
  彼はわたしの家のすべての者に信頼されている。
  口から口へ、わたしは彼と語り合う
  あらわに、謎によらずに。
  主の姿を彼は仰ぎ見る。
  あなたたちは何故、畏れもせず
    わたしの僕モーセを非難するのか。」

投稿者 Blue Wind : 01:36 AM | コメント (0)

民数記 11. 24-25

  モーセは出て行って、主の言葉を民に告げた。彼は民の長老の中から七十人を集め、幕屋の周りに立たせた。主は雲のうちにあって降り、モーセに語られ、モーセに授けられている霊の一部を取って、七十人の長老にも授けられた。霊が彼らの上にとどまると、彼らは預言状態になったが、続くことはなかった。

投稿者 Blue Wind : 01:35 AM | コメント (0)

詩篇 119. 97-104

     (メム)
わたしはあなたの律法を
  どれほど愛していることでしょう。
わたしは絶え間なくそれに心を砕いています。
あなたの戒めは
  わたしを敵よりも知恵のある者とします。
それはとこしえにわたしのものです。
わたしはあらゆる師にまさって目覚めた者です。
あなたの定めに心を砕いているからです。
長老たちにまさる英知を得させてください。
わたしはあなたの命令を守ります。
どのような悪の道にも足を踏み入れません。
御言葉を守らせてください。
あなたの裁きから離れません。
あなたがわたしを教えてくださるからです。
あなたの仰せを味わえば
わたしの口に蜜よりも甘いことでしょう。
あなたの命令から英知を得たわたしは
どのような偽りの道も憎みます。

投稿者 Blue Wind : 01:31 AM | コメント (0)

March 18, 2004

詩篇 73. 13-28

わたしは心を清く保ち
手を洗って潔白を示したが、むなしかった。
日ごと、わたしは病に打たれ
朝ごとに凝らしめを受ける。
  「彼らのように語ろう」と望んだなら
  見よ、あなたの子らの代を
  裏切ることになっていたであろう。
わたしの目に労苦と映ることの意味を
知りたいと思い計り
ついに、わたしは神の聖所を訪れ
彼らの行く末を見分けた
あなたが滑りやすい道を彼らに対して備え
彼らを迷いに落とされるのを
彼らを一瞬のうちに荒廃に落とし
災難によって滅ぼし尽くされるのを
わが主よ、あなたが目覚め
眠りから覚めた人が夢を侮るように
  彼らの偶像を侮られるのを。

わたしは心が騒ぎ
はらわたの裂ける思いがする。
わたしは愚かで知識がなく
あなたに対して獣のようにふるまっていた。
あなたがわたしの右の手を取ってくださるので
常にわたしは御もとにとどまることができる。
あなたは御計らいに従ってわたしを導き
後には栄光のうちにわたしを取られるであろう。
地上であなたを愛していなければ
天で誰がわたしを助けてくれようか。
わたしの肉もわたしの心も朽ちるであろうが
神はとこしえにわたしの心の岩
  わたしに与えられた分。
見よ、あなたを遠ざかる者は滅びる。
御もとから迷い去る者をあなたは絶たれる。
わたしは、神に近くあることを幸いとし
主なる神に避けどころを置く。
わたしは御業をことごとく語り伝えよう。

投稿者 Blue Wind : 01:18 AM | コメント (0)

March 17, 2004

ヨブ記 40. 1-5

ヨブに答えて、主は仰せになった。

全能者と言い争う者よ、引き下がるのか。
神を責めたてる者よ、答えるがよい。

ヨブは主に答えて言った。

わたしは軽々しくものを申しました。
どうしてあなたに反論などできましょう。
わたしはこの口に手を置きます。
ひと言語りましたが、もう主張しません。
ふた言申しましたが、もう繰り返しません。

投稿者 Blue Wind : 12:42 AM | コメント (0)

March 16, 2004

歴代誌下 7. 1-3

  ソロモンが祈りを終えると、天から火が降って焼き尽くす献げ物といけにえをひとなめにし、主の栄光が神殿に満ちた。祭司たちは、主の栄光が神殿に満ちたので、神殿に入ることができなかった。イスラエル人は皆、火と主の栄光が神殿に降るのを見て、ひざまずいて敷石の上に顔を伏せ、礼拝をして、「主は恵み深く、その慈しみはとこしえに」と主を賛美した。

投稿者 Blue Wind : 07:31 AM | コメント (0)

ルカによる福音書 17.

  赦し、信仰、奉仕
  イエスは弟子たちに言われた。「つまずきは避けられない。だが、それをもたらす者は不幸である。そのような者は、これらの小さい者の一人をつまずかせるよりも、首にひき臼を懸けられて、海に投げ込まれてしまう方がましである。あなたがたも気をつけなさい。もし兄弟が罪を犯したら、戒めなさい。そして、悔い改めれば、赦してやりなさい。一日に七回あなたに対して罪を犯しても、七回、『悔い改めます』と言ってあなたのところに来るなら、赦してやりなさい。」
  使徒たちが、「わたしどもの信仰を増してください」と言ったとき、主は言われた。「もしあなたがたにからし種一粒ほどの信仰があれば、この桑の木に、『抜け出して海に根を下ろせ』と言っても、言うことを聞くであろう。
  あなたがたのうちだれかに、畑を耕すか羊を飼うかする僕がいる場合、その僕が畑から帰って来たとき、『すぐに来て食事の席に着きなさい』という者がいるだろうか。むしろ、『夕食の用意をしてくれ。腰に帯を締め、わたしが食事を済ますまで給仕をしてくれ。お前はその後で食事をしないさい』と言うのではなかろうか。命じられたことを果たしたからといって、主人は僕に感謝するだろうか。あなたがたも同じことだ。自分に命じられたことをみな果たしたら、『わたしどもは取るに足りない僕です。しなければならないことをしただけです』と言いなさい。」

  重い皮膚病を患っている十人の人をいやす
  イエスはエルサレムへ上る途中、サマリアとガラリヤの間を通られた。ある村に入ると、重い皮膚病を患っている十人の人が出迎え、遠くの方に立ち止まったまま、声を張り上げて、「イエスさま、先生、どうか、わたしたちを憐れんでください」と言った。イエスは重い皮膚病を患っている人たちを見て、「祭司たちのところに行って、体を見せなさい」と言われた。彼らはそこへ行く途中で清くされた。その中の一人は、自分がいやされたのを知って、大声で神を賛美しながら戻って来た。そして、イエスの足もとにひれ伏して感謝した。この人はサマリア人だった。そこで、イエスは言われた。「清くされたのは十人ではなかったか。ほかの九人はどこにいるのか。この外国人のほかに、神を賛美するために戻って来た者はいないのか。」それから、イエスはその人に言われた。「立ち上がって、行きなさい。あなたの信仰があなたを救った。」

  神の国が来る
  ファリサイ派の人々が、神の国はいつ来るのかと尋ねたので、イエスは答えて言われた。「神の国は、見える形では来ない。『ここにある』『あそこにある』と言えるものでもない。実に、神の国はあなたがたの間にあるものだ。」それから、イエスは弟子たちに言われた。「あなたがたが、人の子の日を一日だけでも見たいと望む時が来る。しかし、見ることはできないだろう。『見よ、あそこだ』『見よ、ここだ』と人々は言うだろうが、出て行ってはならない。また、その人々の後を追いかけてもいけない。稲妻がひらめいて、大空の端から端へと輝くように、人の子もその日に現れるからである。しかし、人の子はまず必ず、多くの苦しみを受け、今の時代の者たちから排斥されることになっている。ノアの時代にあったようなことが、人の子が現れるときにも起こるだろう。ノアが箱舟に入るその日まで、人々は食べたり飲んだりしていたが、洪水が襲って来て、一人残らず滅ぼしてしまった。ロトの時代にも同じようなことが起こった。人々は食べたり飲んだり、買ったり売ったり、植えたり建てたりしていたが、ロトがソドムから出て行ったその日に、火と硫黄が天から降ってきて、一人残らず滅ぼしてしまった。人の子が現れる日にも、同じことが起こる。その日には屋上にいる者は、家の中に家財道具があっても、それを取り出そうとして下に降りてはならない。同じように、畑にいる者も帰ってはならない。ロトの妻のことを思い出しなさい。自分の命を生かそうと努める者は、それを失い、それを失う者は、かえって保つのである。言っておくが、その夜一つの寝室に二人の男が寝ていれば、一人は連れて行かれ、他の一人は残される。一人の女が一緒に臼をひいていれば、一人は連れて行かれ、他の一人は残される。」そこで弟子たちが、「主よ、それはどこで起こるのですか」と言った。イエスは言われた。「死体のある所には、はげ鷹も集まるものだ。」

投稿者 Blue Wind : 07:28 AM | コメント (0)

エレミヤ書 5. 15

「見よ、わたしは遠くから一つの国を
お前たちの上に襲いかからせる。
イスラエルの家よ、と主は言われる。
それは絶えることのない国、古くからの国
その言葉は理解し難く
その言うことは聞き取れない。」

投稿者 Blue Wind : 12:49 AM | コメント (0)

March 15, 2004

ヨブ記 6. 14-23

絶望している者にこそ
  友は忠実であるべきだ。
さもないと
  全能者への畏敬を失わせることになる。
わたしの兄弟は流れのようにわたしを欺く。
流れが去った川床のように。
流れは氷に暗く覆われることもあり
雪が解けて流れることもある。
季節が変わればその流れも絶え
炎暑にあえば、どこかへ消えてしまう。
そのために隊商は道に迷い
混沌と踏み込んで道を失う。
テマの隊商はその流れを目当てにし
シェバの旅人はそれに望みをかけて来るが
確信していたのに、裏切られ
そこまで来て、うろたえる。
今や、あなたたちもそのようになった。
破滅を見て、恐れている。
わたしが言ったことがあろうか
「頼む、わたしのために
  あなたたちの財産を割いて
苦しめる者の手から救い出し
暴虐な者の手からわたしを贖ってくれ」と。

投稿者 Blue Wind : 04:27 AM | コメント (0)

マタイによる福音書 24. 3-14 終末の徴

  イエスがオリーブ山で座っておられると、弟子たちがやって来て、ひそかに言った。「おっしゃってください。そのことはいつ起こるのですか。また、あなたが来られて世の終わるときには、どんな徴があるのですか。」イエスはお答えになった。「人に惑わされないように気をつけなさい。わたしの名を名乗る者が大勢現れ、『わたしがメシアだ』と言って、多くの人を惑わすだろう。戦争の騒ぎや戦争のうわさを聞くだろうが、慌てないように気をつけなさい。そういうことは起こるに決まっているが、まだ世の終わりではない。民は民に、国は国に敵対して立ち上がり、方々に飢饉や地震が起こる。しかし、これらはすべて産みの苦しみの始まりである。そのとき、あなたがたは苦しみを受け、殺される。また、わたしの名のために、あなたがたはあらゆる民に憎まれる。そのとき、多くの人がつまずき、互いに裏切り、憎み合うようになる。偽預言者も大勢現れ、多くの人を惑わす。不法がはびこるので、多くの人の愛が冷える。しかし、最後まで耐え忍ぶ者は救われる。そして、御国のこの福音はあらゆる民への証しとして、全世界に宣べ伝えられる。それから、終わりが来る。」

投稿者 Blue Wind : 01:24 AM | コメント (0)

March 14, 2004

ルカによる福音書 18. 9-14 「ファリサイ派の人と徴税人」のたとえ

  自分は正しい人間だとうぬぼれて、他人を見下している人々に対しても、イエスは次のようにたとえを話された。「二人の人が祈るために神殿に上った。一人はファリサイ派の人で、もう一人は徴税人だった。ファリサイ派の人は立って、心の中でこのように祈った。『神様、わたしはほかの人たちのように、奪い取る者、不正な者、姦通を犯す者でなく、また、この徴税人のような者でもないことを感謝します。わたしは週に二度断食し、全収入の十分の一を献げています。』ところが徴税人は遠くに立って、目を天に上げようともせず、胸を打ちながら言った。『神様、罪人のわたしを憐れんでください。』言っておくが、義とされて家に帰ったのは、この人であって、あのファリサイ派の人ではない。だれでも高ぶる者は低くされ、へりくだる者は高められる。

投稿者 Blue Wind : 01:18 AM | コメント (0)

March 13, 2004

列王記上 20. 1-21 イスラエルとアラムの戦い

  アラムの王ベン・ハダドは全軍を集めた。三十二人の王侯、軍馬と戦車をそろえてサマリアに軍を進め、これを包囲し、攻撃を加えた。彼はこの町にいるイスラエルの王アハブに使者を送り、こう言わせた。「ベン・ハダドはこう言う。あなたの銀と金はわたしのもの、あなたの美しい妻子たちもわたしのものである。」イスラエルの王は答えた。「わが主君、王よ、あなたのお言葉どおりです。わたしも、わたしの持ち物もすべてあなたのものです。」使者は再び来て言った。「ベン・ハダドはこう言う。わたしはあなたに使者を送って、銀と金、妻子たちを差し出すようにと言った。明日のこの時刻に、わたしは家臣をあなたに遣わす。彼らはあなたの家、あなたの家臣の家の中を探し、あなたの目が喜びとしているものをすべて手に入れ、奪い取る。」イスラエルの王は、国中のすべての長老を召集して言った。「この男が、困ったことを要求しているのをよく知ってもらいたい。彼は使者をよこして、わたしの妻子と、銀と金を求めてきた。わたしはそれを断り切れなかった。」長老と民は皆、王に言った。「求めを聞き入れないでください。承諾しないでください。」こうして王はベン・ハダドの使者に言った。「わが主君、王にこう伝えよ。『使者を送ってあなたが僕になさったさきの要求にはすべて従います。しかし、この度の要求には従えません。』」使者は帰ってこの返答を伝えた。ベン・ハダドは使者をアハブに送って、こう言わせた。「もしサマリアに残る塵がわたしと行を共にするすべての民の手のひらを満たすことができるなら、神々が幾重にもわたしを罰してくださるように。」イスラエルの王は答えた。「こう伝えよ。『武具を帯びようとする者が、武具を解く者と同じように勝ち誇ることはできない』と。」ベン・ハダドは、ほかの王侯たちと共に仮小屋で酒盛りをしているときにこの言葉を聞いて、家臣たちに、「配置につけ」と命令した。彼らは町に向かって戦闘配置についた。
  見よ、一人の預言者がイスラエルの王アハブに近づいてこう言った。「主はこう言われる。『この大軍をよく見たか。わたしは今日これをあなたの手に渡す。こうしてあなたは、わたしこそ主であることを知る。』」アハブが、「誰を用いてそうなさるのか」と尋ねると、預言者は、「主はこう言われる。『諸州の知事に属する若者たちである』」と答えた。王が、「誰が戦いを始めるのか」と尋ねると、彼は、「あなたです」と答えた。そこでアハブが、諸州の知事に属する若者たちを召集すると、その数は二百三十二名であった。続いてすべての民すなわちイスラエル人七千人を召集した。彼らが出陣したのは正午であったが、ベン・ハダドと援護に来た三十二人の王侯たちは仮小屋で酒を飲んで酔っていた。諸州の知事に属する若者たちがまず出て行った。ベン・ハダドは、サマリアから人々が出て来るとの知らせを、遣わした者から受けると、「彼らが和平のために出て来たとしても生かしたまま捕虜にし、戦いのために出て来たとしても、生かしたまま捕虜にせよ」と命じた。諸州の知事に属する若者たち、更に後続部隊が町から出て来た。それぞれがその相手を打ち、アラム軍は敗走した。イスラエルの人々は追い打ちをかけたが、アラムの王ベン・ハダドは馬に乗り、騎兵を伴って逃げ去った。イスラエルの王も出陣して、軍馬や戦車を撃ち、アラムに大損害を与えた。

投稿者 Blue Wind : 06:02 PM | コメント (0)

歴代誌下 36. 1-4 ユダの王ヨアハズ

  国の民はヨシヤの子ヨアハズを選び、エルサレムで父の代わりに王とした。ヨアハズは二十三歳で王となり、三か月間エルサレムで王位にあった。しかし、エジプトの王はエルサレムで彼を退位させ、その国には科料として銀キカル、金一キカルを課した。他方、エジプトの王はヨアハズの兄弟エルヤキムをユダとエルサレムの王とし、その名をヨヤキムと改めさせた。兄弟のヨアハズはネコに捕らえられ、エジプトに連れて行かれた。

投稿者 Blue Wind : 01:32 AM | コメント (0)

March 12, 2004

ルツ記 4. 11-17 人々の祝福と神の祝福

  門のところにいたすべての民と長老たちは言った。
「そうです、わたしたちは証人です。あなたが家に迎え入れる婦人を、どうか、主がイスラエルの家を建てたラケルとレアの二人のようにしてくださるように。また、あなたがエフラタで富を増し、ベツレヘムで名をあげられるように。どうか、主がこの若い婦人によってあなたに子宝をお与えになり、タマルがユダのために産んだペレツの家のように、御家庭が恵まれるように。」
  ボアズはこうしてルツをめとったので、ルツはボアズの妻となり、ボアズは彼女のところに入った。主が身ごもらせたので、ルツは男の子を産んだ。女たちはナオミに言った。
「主をたたえよ。主はあなたを見捨てることなく、家を絶やさぬ責任のある人を今日お与えくださいました。どうか、イスラエルでその子の名があげられますように。その子はあなたの魂を生き返らせる者となり、老後の支えとなるでしょう。あなたを愛する嫁、七人の息子にもまさるあの嫁がその子を産んだのですから。」
  ナオミはその乳飲み子をふところに抱き上げ、養い育てた。近所の婦人たちは、ナオミに子供が生まれたと言って、その子に名前を付け、その子をオベドと名付けた。オベドはエッサイの父、エッサイはダビデの父である。

投稿者 Blue Wind : 01:58 PM | コメント (0)

March 11, 2004

ヨブ記 7. 17-21

人間とは何なのか。
なぜあなたはこれを大いなるものとし
これに心を向けられるのか。
朝ごとに訪れて確かめ
絶え間なく調べられる。
いつまでもわたしから目をそらされない。
唾を飲み込む間すらも
   ほうっておいてはくださらない。
人を見張っている方よ
わたしが過ちを犯したとしても
あなたにとってそれが何だというのでしょう。
なぜ、わたしに狙いを定められるのですか。
なぜ、わたしを負担とされるのですか。
なぜ、わたしの罪を赦さず
悪を取り除いてくださらないのですか。
今や、わたしは横たわって塵に返る。
あなたが探し求めても
   わたしはもういないでしょう。

投稿者 Blue Wind : 03:14 PM | コメント (0)

March 10, 2004

イザヤ書 30. 15-17

まことに、イスラエルの聖なる方
わが主なる神は、こう言われた。
「お前たちは、立ち帰って
静かにしているならば救われる。
安らかに信頼していることにこそ力がある」と。
しかし、お前たちはそれを望まなかった。
お前たちは言った。
「そうしてはいられない、馬に乗って逃げよう」と。
それゆえ、お前たちは逃げなければならない。
また「速い馬に乗ろう」と言ったゆえに
あなたたちを追う者は速いであろう。
一人の威嚇によって、千人はもろともに逃れ、
五人の威嚇によって、お前たちは逃れる。
残る者があっても、山頂の旗竿のように
丘の上の旗のようになる。

投稿者 Blue Wind : 11:56 PM | コメント (0)

申命記 33. 1-6 モーセの祝福

  これは神の人モーセが生涯を終えるに先立って、イスラエルの人々に与えた祝福の言葉である。
  主はシナイより来り
  セイルから人々の上に輝き昇り
  パランの山から顕現される。
  主は千よろずの聖なる者を従えて来られる。
  その右の手には燃える炎がある。

  あなたは民らを慈しみ
  すべての聖なる者をあなたの御手におかれる。
  彼らはあなたの足もとにひれ伏し
  あなたの御告げを受ける。
  モーセは我らに教えを授け
  ヤコブの会衆を受け継ぐべきものとした。
  民の長たちがイスラエルの諸族と共に集うとき
  主はエシュルンの王として臨まれる。
  ルベンを生かし、滅ぼさないでください。
  たとえその数が少なくなるとしても。

投稿者 Blue Wind : 02:08 PM | コメント (0)

March 09, 2004

ローマの信徒への手紙 16. 1-5 個人的な挨拶

  ケンクレアイの教会の奉仕者でもある、わたしたちの姉妹フェペを紹介します。どうか、聖なる者たちにふさわしく、また、主に結ばれている者らしく彼女を迎え入れ、あなたがたの助けを必要とするなら、どんなことでも助けてあげてください。彼女は多くの人々の援助者、特にわたしの援助者です。
  キリスト・イエスに結ばれてわたしの協力者となっている、プリスカとアキラによろしく。命がけでわたしの命を守ってくれたこの人たちに、わたしだけでなく、異邦人のすべての教会が感謝しています。また、彼らの家に集まる教会の人々にもよろしく伝えてください。わたしの愛するエパイネトによろしく。彼はアジア州でキリストに献げられた初穂です。

投稿者 Blue Wind : 01:55 PM | コメント (0)

March 08, 2004

ミカ書 4. 4-8

人はそれぞれ自分のぶどうの木の下
いちじくの木の下に座り
脅かすものは何もないと
万軍の主の口が語られた。
どの民もおのおの、自分の神の名によって歩む。
我々は、とこしえに
我らの神、主の御名によって歩む。
その日が来れば、と主は言われる。
わたしは足の萎えた者を集め
追いやられた者を呼び寄せる。
わたしは彼らを災いに遭わせた。
しかし、わたしは足の萎えた者を
残りの民としていたわり
遠く連れ去られた者を強い国とする。
シオンの山で、今よりとこしえに
主が彼らの上に王となられる。
羊の群れを見張る塔よ、娘シオンの砦よ
かつてあった主権が、娘エルサレムの王権が
お前のもとに再び返って来る。

投稿者 Blue Wind : 11:20 AM | コメント (0)

March 07, 2004

マタイによる福音書 9. 18-26 指導者の娘とイエスの服に触れる女

  イエスがこのようなことを話しておられると、ある指導者がそばに来て、ひれ伏して言った。「わたしの娘がたったいま死にました。でも、おいでになって手を置いてやってください。そうすれば、生き返るでしょう。」そこで、イエスは立ち上がり、彼について行かれた。弟子たちも一緒だった。すると、そこへ十二年間も患って出血が続いている女が近寄って来て、後ろからイエスの服の房に触れた。「この方の服に触れさえすれば治してもらえる。」と思ったからである。イエスは振り向いて、彼女を見ながら言われた。「娘よ、元気になりなさい。あなたの信仰があなたを救った。」そのとき、彼女は治った。イエスは指導者の家に行き、笛を吹く者たちや騒いでいる群集を御覧になって、言われた。「あちらへ行きなさい。少女は死んだのではない。眠っているのだ。」人々はイエスをあざ笑った。群集を外に出すと、イエスは家の中に入り、少女の手をお取りになった。すると、少女は起き上がった。このうわさはその地方一帯に広まった。

投稿者 Blue Wind : 02:33 PM | コメント (0)

March 06, 2004

レビ記 12.1-5 出産についての規定

  主はモーセに仰せになった。
  イスラエルの人々に告げてこう言いなさい。
  妊娠して男児を出産したとき、産婦は月経による汚れの日数と同じ七日間汚れている。八日目にはその子の包皮に割礼を施す。産婦は出血の汚れが清まるのに必要な三十三日の間、家にとどまる。その清めの期間が完了するまでは、聖なるものに触れたり、聖所にもうでたりしてはならない。
  女児を出産したとき、産婦は月経による汚れの場合に準じて、十四日間汚れている。産婦は出血の汚れが清まるのに必要な六十六日の間、家にとどまる。

汚れているかどうかは別として、安静にしていたいよね。

投稿者 Blue Wind : 02:18 PM | コメント (0)

March 05, 2004

エゼキエル書 1. 1-14 エゼキエルの召命

  第三十年の四月五日のことである。わたしはケバル川の河畔に住んでいた捕囚の人々の間にいたが、そのとき天が開かれ、わたしは神の顕現に接した。それはヨヤキン王が捕囚となって第五年の、その月の五日のことであった。カルデアの地ケバル川の河畔で、主の言葉が祭司のブジの子エゼキエルに臨み、また、主の御手が彼の上に臨んだ。
  わたしが見ていると、北の方から激しい風が大いなる雲を巻き起こし、火を発し、周囲に光を放ちながら吹いてくるではないか。その中、つまりその火の中には、琥珀金の輝きのようなものがあった。またその中には、四つの生き物の姿があった。その有様はこうであった。彼らは人間のようなものであった。それぞれが四つの顔を持ち、四つの翼を持っていた。脚はまっすぐで、足の裏は子牛の足の裏に似ており、磨いた青銅が輝くように光を放っていた。また、翼の下には四つの方向に人間の手があった。四つとも、それぞれの顔と翼を持っていた。翼は互いに触れ合っていた。それらは移動するとき向きを変えず、それぞれの顔の向いている方向に進んだ。その顔は人間のようであり、四つとも右に獅子の顔、左に牛の顔、そして四つとも後ろには鷲の顔を持っていた。顔はそのようになっていた。翼は上に向かって広げられ、二つは互いに触れ合い、ほかの二つは体を覆っていた。それらはそれぞれの顔の向いている方向に進み、霊の行かせる所へ進んで、移動するときに向きを変えることはなかった。生き物の姿、彼らの有様は燃える炭火の輝くようであり、松明の輝くように生き物の間を行き巡っていた。火は光り輝き、火から稲妻が出ていた。そして生き物もまた、稲妻の光るように出たり戻ったりしていた。

投稿者 Blue Wind : 09:42 AM | コメント (0)

March 04, 2004

サムエル記上 4. 10-11, 5. 1-5

  こうしてペリシテ軍は戦い、イスラエル軍は打ち負かされて、それぞれの天幕に逃げ帰った。打撃は非常に大きく、イスラエルの歩兵三万人が倒れた。神の箱は奪われ、エリの二人の息子ホフニとピネハスは死んだ。

  ペリシテ人は神の箱を奪い、エベン・エゼルからアシュドドへ運んだ。ペリシテ人は神の箱を取り、ダゴンの神殿に運び入れ、ダゴンのそばに置いた。翌朝、アシュドドの人々が早く起きてみると、主の箱の前の地面にダゴンがうつ伏せに倒れていた。人々はダゴンを持ち上げ、元の場所に据えた。その翌朝、早く起きてみると、ダゴンはまたも主の箱の前にうつ伏せに倒れていた。そかもダゴンの頭と両手は切り取られて敷居のところにあり、胴体だけが残されていた。そのため、今日に至るまで、ダゴンの祭司やダゴンの神殿に行く者はだれも、アシュドドのダゴンの敷居を踏まない。

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March 03, 2004

使徒言行録 10. 44-48 異邦人も聖霊を受ける

ペトロがこれらのことをなおも話し続けていると、御言葉を聞いている一同の上に聖霊が降った。割礼を受けている信者で、ペトロと一緒に来た人は皆、聖霊の賜物が異邦人の上にも注がれるのを見て、大いに驚いた。異邦人が異言を話し、また神を賛美しているのを、聞いたからである。そこでペトロは、「わたしたちと同様に聖霊を受けたこの人たちが、水で洗礼を受けるのを、いったいだれが妨げることができますか」と言った。そして、イエス・キリストの名によって洗礼を受けるようにと、その人たちに命じた。それから、コルネリウスたちは、ペトロになお数日滞在するようにと願った。

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March 02, 2004

士師記 20. 36-42

イスラエル人はギブアに対して配置した伏兵を信頼していたので、ベニヤミンに戦場を明け渡した。その伏兵がギブアを急襲した。伏兵は突入し、町をくまなく剣をもって撃った。イスラエル人と伏兵との間に打ち合わせがあって、町からのろしの煙が高々と揚がると、イスラエル人は戦線に復帰することになっていた。ベニヤミンは、イスラエル人に死傷者が出始め、約三十人の兵を打ち倒したとき、「初戦と同様に、敵を打ち負かした」と思ったが、雲の柱のようなのろしが町から揚がり始め、ベニヤミンが振り返ると、町全体が火に包まれ天に燃え上がっていた。そこへイスラエル人が引き返して来たので、ベニヤミン人は、自分たちに不幸な結末が訪れるのを知ってうろたえた。彼らはイスラエル人を見て荒れ野の方に向かったが、戦いを逃れることができなかった。町々から出て来た人々も加わって彼らを屠り去った。

投稿者 Blue Wind : 11:34 AM | コメント (0)

March 01, 2004

コロサイの信徒への手紙 2. 6-19 キリストに結ばれた生活

  あなたがたは、主キリスト・イエスを受け入れたのですから、キリストに結ばれて歩みなさい。キリストに根を下ろして造り上げられ、教えられたとおりの信仰をしっかり守って、あふれるばかりに感謝しなさい。人間の言い伝えにすぎない哲学、つまり、むなしいだまし事によって人のとりこにされないように気をつけなさい。それは、世を支配する霊に従っており、キリストに従うものではありません。キリストの内には、満ちあふれる神性が、余すところなく、見える形をとって宿っており、あなたがたは、キリストにおいて満たされているのです。キリストはすべての支配や権威の頭です。あなたがたはキリストにおいて、手によらない割礼、つまり肉の体を脱ぎ捨てるキリストの割礼を受け、洗礼によって、キリストと共に葬られ、また、キリストを死者の中から復活させた神の力を信じて、キリストと共に復活させられたのです。肉に割礼を受けず、罪の中にいて死んでいたあなたがたを、神はキリストと共に生かしてくださったのです。神は、わたしたちの一切の罪を赦し、規則によってわたしたちを訴えて不利に陥れていた証書を破棄し、これを十字架に釘付けにして取り除いてくださいました。そして、もろもろの支配と権威の武装を解除し、キリストの勝利の列に従えて、公然とさらしものになさいました。
  だから、あなたがたは食べ物や飲み物のこと、また、祭りや新月や安息日のことでだれにも批評されてはなりません。これらは、やがて来るものの影にすぎず、実体はキリストにあります。偽りの謙遜と天使礼拝にふける者から、不利な判断を下されてはなりません。こういう人々は、幻で見たことを頼りとし、肉の思いによって根拠もなく思い上がっているだけで、頭であるキリストにしっかりと付いていないのです。この頭の働きにより、体全体は、節と節、筋と筋とによって支えられ、結び合わされ、神に育てられて成長していくのです。

投稿者 Blue Wind : 01:51 PM | コメント (0)