August 27, 2009

飛び出し

今日はまだ興奮が収まらない。

危うく自転車に乗った子どもを轢きそうになった。

夏休み。

子どもが飛び出してくる。

自分でも咄嗟のことでよく覚えていない。気がつけばクラクションを鳴らしながらハンドルを切り急ブレーキを踏んでいた。ずっとその子どもたちのことを見ていたので、ぶつかりそうになった瞬間子どもと目が合った。あちらも驚いて自転車を停めていた。

本当に一瞬のことだ。反対車線を走っている車がゆっくり徐行しながら走ってくるので、わたしもゆっくり車を片側に戻しながら走り出す。

すぐそこが娘のデッサン教室だったので、そこに車を停め、娘を降ろして、あの子たちのところに戻ろうとしたら、元気よく二人でまた道の反対側を走り抜けて路地に曲がって行った。

実際にはぶつからなかったので娘はいつもの通りだし、駐車場で見ていたであろう人たちも自分たちの世界。わたしひとりが落ち着かない。

あの子たちのブレーキが少しでも遅れたり、わたしがハンドルを切らなかったら、接触していただろう。

夏休みの終わり・・・

わたしが交通事故に遭ったのも同じような感じ。完全なる自転車による飛び出し。

***

数日前にも近所の路上に老人が仰向けに倒れていた。

警官がいたので、交通事故だろうとは思ったが、車は離れたところに停められているだけで破損はない。おそらくは小さな交差点で歩行者を撥ねてしまったのだろう。

その前にはすべての交差点に警官が立っているので変だと思ったら、デパートの前の信号が両方とも赤で、警官が大通りに立ち、車を誘導していた。どうやら故障は1箇所だけだったみたいだが、大通りを何キロにも渡って警官がいたため何事かと思ってしまう。

それにしても事故が多い。車同士の接触事故くらいならすでに驚かなくなってしまった。近頃は歩行者や自転車の数が増え、昔より遥かに危ない。大通りを走る車も増えたし、路線バスの数も増えた。パトカーや救急車も、研究所や病院のミニバスもよく見かけるようになった。

それにしても、事故くらいでは驚かなくなっているところが怖い。

(ルカ 6. 27-36)

投稿者 Blue Wind : 03:13 AM | コメント (0) | トラックバック

August 19, 2009

破綻までの過ごし方

民主党のマニフェストを見て、何となく不安になる。末期のがん患者に対する麻薬みたいなもので、国がもうにっちもさっちもいかない状況にあることが薄々伝わってくる。

患者さんが、銀行金利が上がったり、インフレがきた場合、逆にこの国の経済が破綻してしまうと教えてくれた。理由は簡単で、国が財源として金融機関に国債を買わせているためで、インフレになれば金融資産自体が目減りし、しかも、もともとのその財源といえば、わたしたちが銀行や郵便局などに預けている預貯金。それを国が勝手に使い込んでいるようなもの。

景気をよくするなら、銀行金利を上げたらいい。そうすれば、高齢者の生活も楽になるかもしれない。でも、そんなことをしたら国は破綻する。しかも、世の中は裕福な人たちばかりではないため、福祉にはお金がかかる。結局、その財源のためには消費税を値上げするしかない。だけど、そんなことをすれば、生活費は値上がりするし、ますます高齢者はお金を使わなくなるだろう。(と、姑さんを見ていて思う。)

銀行は国債は買うが、相変わらず中小企業にはお金は貸さない。そうなると、何のために郵政を民営化したのかわからない。

というわけで、わたしは地方分権にはすこぶる賛成なのであるが、今月に入って、生活保護の人の医療券を送付してもらうために役所に3回も電話をしなければならない事態に遭遇し、市も相当台所事情が苦しいことが伝わってくる。それとも、生活保護を打ち切るための嫌がらせなのだろうか。

まあ、わたしが知っているだけでも家族6人で3年以上生活保護を受けている上に、就業可能な人たちが両親と長男と3人もいる。長男は高校生だからある程度は仕方がないにしても、役所にしてみれば誰も働かないというのが気に食わないのかもしれない。当人にしてみれば、仕事が無いと言う。

が、しかし、うちにはそんなことは関係ない。患者さんが生活保護者である場合、診療代は行政に請求することになっているのだから、そのためになんでわたしが役所とケンカしなければならにのかよくわからない。ホント、公費ってめんどっちー。

それでも地元のことなので、話し合いの余地があるだけマシかも。

****

いきなり思いついて、TSUTAYAの宅配レンタルを始めた。近所のレンタルショップにこのところ借りたいようなものが見つからなくなったということもある。それと車のオーディオがよくなったからかも。世の中、ひそかに豚インフルも流行しているし、こんなときには家で静かにしているほうがまとも。

でも、豚インフルの報道があると、たちまち患者さんの数が減る。おそらくは本当に感染の可能性が濃厚な人は病院の発熱外来へ行ってしまうからだろうし、それ以外の人たちの場合、下手に医者へ行って感染したら困るから来ない。

そういう傾向はうちだけなのかと思ったら、どこでもそうらしい。今は夏休みなので騒ぎにはなっていないが、近所の高校でも娘の学校でも集団感染が発生している。

夏季休業の前にうちでもインフル感染の患者の来院があった。幸い、職員、誰も感染しなかったが、昨日、問屋さんが来て、抗ウイルス薬の備蓄をするかどうか訊いてきた。たしかにシーズンが到来したら、感染は避けられない。ワクチンの話も今のところ不透明だし、一般には出回らないという話まである。しかも、今年は季節性のインフルのワクチンの製造量も少ないため、問屋も予約本数を訊いてこない。どうなるんだろう・・・

届いた宅配レンタルの封筒を見たら、ゆうメールだった。金融面では無意味な民営化かもしれないが、末端ではそのおかげで家にいながらにして恩恵を被っているのかも。

娘も予測に反して、大学も自宅から通いたいと言う。TXが開通したせいか、このところ下宿の学生がかなり減った。つくばからも都内までなら皆自宅から通学している。実際にはその頃にならないとわからないけど、親は助かるなぁ・・・

地方分権で、なるべく子どもは自宅から通える大学へ行き、買い物はネット、というのが理想かも。それなら何とか不景気を乗り切れそうな気がする。

(アモス 6. 8-14)

投稿者 Blue Wind : 12:41 PM | コメント (0) | トラックバック

August 18, 2009

花火大会

14日にツインリンクもてぎの花火大会に行った。

ツインリンクもてぎという名は、娘が学校の合宿か何かで行ったので知っていたけど、レース場とは知らなかった。本当に山の中で、ナビを見ながら一般道を走って行ったため、大した距離ではないのに、いくつもの山を越えていったような気がした。

花火大会は夜だというのに、地元の人たちはピクニックの支度をして早くから来ている。人が多くて座る場所もないので、レジャーシート持参の人たちが羨ましかった。浴衣姿の若者の姿が目立つ。レース場がなければ、縁日のような雰囲気で、どこかのお祭りのようだ。暑いので喉ばかり渇く。

それでも12000発の花火は素晴らしかった。暑い中をずっと待った甲斐がある。レース場なので周囲に何もないし、スタンドのライトも消し、暗闇の中、頭上に花火が上がる。ものすごい音。

途中で風向きが変わったので、いきなりスタンドが煙に包まれる。霧に包まれているようで、花火の量が半端でないため、数分間中断したほど。

最初、花火の燃えカスか演出かと思ったが、あれは本当に流れ星だったらしい。あんなにはっきりとした流れ星はめずらしい。そのほかにもパッと消えたが、流れ星が見えた。

待ち時間の暑さと長さと人の多さには辟易するし、園内の循環バスを1時間待ち、駐車場から車を出すまで1時間以上の渋滞があったとしても、誰も文句を言わず、のんびりしている。それくらい素晴らしい花火だった。

***

それにしても、わたしの車のナビはダメだ。とんでもないところに案内してくれる。普段はナビなんて必要ないし、今までは外出するときには父さんの車を使っていたため、自分の車で遠出するという意識はない。それでも、移動の手段が車に頼らざるを得ないため、ほとんどの家でセカンドカーを使っている。

今回、父さんが自分用の車をエコに惹かれてインサイトにしてしまったため、娘が後部座席に座ると狭いので文句を言う。短時間ならともかく、長時間乗るのはきついらしい。生活感のない車。でも、ナビは優等生。にもかかわらずわたし用の車は7人乗りのフリードなので、遠出するときにはこちらを使うことになる。

わたしは以前から今度買い換えるなら絶対にオーディオのよい車にしようと思っていたため、最初はナビにするつもりはなかったのだけど、たまたまキャンペーンをしていたため、それに乗っかってしまった。それでもスピーカーを増やしたので、音はかなりよい。

が、しかし、ナビ・・・・

試しに小町の里まで使ってみたら、大昔の街道を通らされ、すごく遠回りになった。今はあんな道を通らなくてもまっすぐ行けるのに、ナビにはない道だということを初めて知った。

ツインリンクもてぎへの道も、どうも事前にマピオンのドライブルートで確認した道がどうしても出てこない。どういうわけか遠回りされられる。帰りは腹が立ったので、最短距離を選んで帰ってきたら、おっそろしい山道を走ることになった。街灯もない。ひたすら真っ暗な道。ただし、信号もないし、対向車すらほとんどないため、真夜中の道は恐ろしく、ナビがなかったらとてもじゃないけど走る気にはなれない。もっとも真夜中にあんなところを走るような車は変かもしれないが・・・

筑波山を越えて、桜川市を抜ければ、栃木はすぐそこのはずなのに、桜川市は想像以上に広かった。

(マタイ 27. 24-26)


嫌なシーンを開く。
花火を観るために集まった群衆・・・

投稿者 Blue Wind : 01:43 AM | コメント (0) | トラックバック

August 04, 2009

ビール瓶ラムネ

絵も毎日描かないと下手になる、と娘が言う。そう言いながらも毎日描いているわけでもなく、一応、スケッチブックを持ってバリ島へ行ったらしいが、わたしは娘が描いている姿を見たことはない。

娘は、このところデッサンの夏期講習へ行っている。7時半に終わる予定だが、一人ひとり講評をするため、レッスンが終わるのは8時過ぎ。描いた絵は持ち帰りなので、わたしは車で娘が出てくるのを待ちながら、今日はどんな絵を描いたのか楽しみにしている。

気に入った絵が描けたときには、家に戻ってからもずっと笑いが止まらない顔をしている。自然と笑みがこぼれる。

が、しかし、「ビール瓶ラムネ」を描いたときには、ずっと泣きそうな顔をしている。「ビール瓶ラムネ」というのは、わたしのネーミングで、要するに失敗作なのだそう。やけに大きなラムネ瓶に見え、わたし的には、こういうラムネがあったら買いたいわ〜と思ってしまう。普通のラムネよりもずっと大きいラムネ。

微笑んでいる牛骨をみたときにも、何となくポエムな気分になった。無機質でおどろおどろしがちな素材だが、何となく微笑んでいるように見えて、「僕は微笑みを忘れない」と骨が語っているように見える。死んでも微笑んでいる牛の骨って、なんかポエムなのよね・・・

昨日はポリゴンで、今日はその石膏像。石膏像を描くのは初めてだと思うけど、かなり上手だった。静物画のほうが難しいのだろうか。

が、しかし、デッサン科に替わって以来、ずっと鉛筆デッサンばかり。

家では宿題をやるだけで勉強もしないし、デッサンも描かない。イラストやマンガの絵、ウェブで遊んでいたり、ゲームをしたり、テレビのバラエティを観ているだけ。

が、しかし、近頃あきらめている。美大のカタログを取り寄せて以来、わたしは何かを悟った。

日常生活を見渡せば、人間の作るもので誰かがデザインしていないものなどめったにない。飲んだら捨てる牛乳パックも鉛筆も電話もテレビもパソコンも誰かがデザインしている。街を歩けば、デパートのロゴも車も建物も道路標識も、元をただせば誰かがデザインしたもの。

そうやって考えたら、わたしには遊んでいるようにしか見えないことでも、それを生業として食べている人たちは多いわけで、ある意味、遊びは学業よりも大切かもしれないと考えることにした。それに、上手に描けた石膏デッサンよりも、「ビール瓶ラムネ」のほうがわたし的にはずっと面白いわけで、娘には申し訳ないが、世の中ってそういうものではないかと。

一生懸命にデッサンをやって必死に美大に合格して、あげく「ビール瓶ラムネのほうが面白いよ」と言われたら、急にヤル気をなくす人と、ノリノリでやっていく人と、その差は大きいと思う。

もっともわたしが何か言っても関係ないだろうが・・・

(ダニエル 2. 1-18)

投稿者 Blue Wind : 02:47 AM | コメント (0) | トラックバック

August 01, 2009

スーパーのバーゲン政治蝉の声暑き誘い熱き氷河は

スーパーのバーゲン政治蝉の声暑き誘い熱き氷河は

片足をひきずり歩くあの人と派遣会社の三つ移転す

職安の駐車場にて番をする赤毛の女そわそわと笑む

600円以前のツケを握りしめ満面で笑み今日もまたツケ

売り渋る問屋のマスク買い貯めてこの冬を待ち、夏のインフル

ひっそりと広がりゆかばインフルもプールのアデノ子らまみれゆく

(コリント一 2. 6-8)

投稿者 Blue Wind : 01:59 AM | コメント (0) | トラックバック