February 21, 2009

次々

近頃、わたしはどうでもよくなっている。

何がどうでもいいのかわからないけれども、マザーテレサの祈りは、日本への原爆投下は神さまがお決めになったこととしか思えない。だから、そういうおそろしいめにわたしたちを二度とあわせないでください、と。

でも、もしもそうやってあらゆることを受け止めてしまったら、世の中のあらゆることがどうでもいいような気になってしまう。

神父さんたちは、よくプロテスタントの教会を引き合いに出すけれども、そのたびにわたしはくま先生の顔が浮かび、あの敬虔なクリスチャンのどこがそんなにいけないのかわからないと思ってしまう。ただでさせこの狭い日本の、しかも少数派であるクリスチャンたちが、どうして分断されないといけないのかわからないし、わたし的にはなんとなくどうでもいいような気がすることがある。

でも、クリスマスの件では、クリスマスを祝わないMさんは、カトリックでも12月25日はイエスの誕生日ではないとわかっているのにお祝いしてる、と断言していた。が、しかし・・・ わたし的にはどうでもいいような気がしてしまう。安息日が土曜日だろうが日曜日だろうが、わたし的にはどうでもいい。というわけで、Mさんは4月10日はお休みで、その代わり11日には働いてくれるみたい。仕事的にはそのほうが都合がいい。

で、今度は受洗するのにいのちの保証人が要る。

つくば教会で?

わたしにはこころあたりがないので、これも神父さんがどなたかを紹介してくださるのだろう。誰でもいい、ということであれば、Tさんのことを思い浮かべたが、よく考えたら、彼女のところは熱心すぎてとうとう改宗してご主人が神父さんになってしまったことを不意に思い出した。くま先生はプロテスタントだし、そういうシステムだということを最初から知っていたら、わたしはくま先生に相談して、もしかするとプロテスタント教会で洗礼を受けたかもしれない。

義姉たちのところは、I君が結局カトリックの学校に就職が決まったにもかかわらず(いや、そのせいかもしれないが)、すっかり無宗教を決め込んでいるらしい。「洗礼受けててもご主人が仏教だから仏教でやった」とお葬式の話をしていた。

そうやってね・・・次から次へと。

いいんだわ。もう決めたことだし・・・

なるようになる、しかない。

(コリント二 11. 1-15)

サタンにそそのかされてるのかな。

まあ、いいや。

投稿者 Blue Wind : February 21, 2009 01:53 AM | トラックバック
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