トビトの書とユディトの書を読みました。
トビトの書はとても文学的で、天使が人間を助けてくれるというストーリー。
心の正しいトビトが盲目になったとき、人々は嘲る。つまり、信仰心が篤く、律法を守り、貧しい人たちにも施しをし、尊敬を受けていたトビトが盲目になったとき、神は何もしてくれないではないかと。そして、トビトは絶望し、神に死を願う。
同じ頃、サラという若い女が神に死を願う。
彼女は7度結婚したが、7人の婿は悪魔に殺されてしまった。そして、彼女も人々の嘲りの的となる。こんなことなら死んだほうがましだという気分になったとしても無理はない。悪魔に愛されているとは・・・
そして、彼らの祈りを聞いていた天使ラファエルが、神さまの命令で彼らを救う。天使は人間の姿になり、トビトの息子のトビアと一緒に旅に出て、トビアとサラを結婚させ、トビトの目を治す。
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ユディトの書は、女性の話。ユディトというのはユダヤの女という意味らしい。まるで映画の中の話みたい。このユディトをイメージするとき、エリザベス・テーラーとオードリー・ヘップバーンとどちらのほうが似合うだろう・・・
町が敵に包囲され、水源を奪われてしまう。そして、水が底をついてきた頃、人々は諦め始める。そのとき、若き未亡人(やもめ)のユディトが美しく着飾り、颯爽と敵の陣へ向かう。敵の軍は大軍で、これが男性だったらあっけなく殺されてしまっただろう。降参。
ところが彼女は見事に敵を欺き、敵の大将の首を持ち帰る。
美しく聡明で信仰心に篤く、それでいて勇敢。
ユダヤの女。
一人の女性がユダヤの危機を救った。
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このどちらの話にも預言者は出てこない。
特に、ユディトの書では、あのような危機的状況だとこれまでなら、大抵、王が預言者の話を聞いたりするものだけど、この話にはユディトの祈りがあるだけで、彼女の行動はすべて彼女の信仰心によるものである。
トビトの書では、はっきりと天使と悪魔が登場する。
預言者たちを通して語られる神のことばはいつも厳しさに満ちている。それとは逆に沈黙の神は憐れみ深い。
なんで?
それと、ユディトは終生やもめだった。子どももいない。
聖書には書かれていないけど、これだけ戦争続きの世の中だもの・・・夫を亡くした女性は多かったはず。その女性たちの模範的な生き方だと書かれている。やもめのユディトに求婚する男性も多かったけど彼女は断り、亡くなる間際、下女を自由人にし、夫の遺した財産は夫と自分の親戚に半分ずつ分けたそう。
それまでは、子どものいない女はもっとも不幸と言われていたのに・・・
聖書にも世相というのがあるのね・・・おそらく。国が衰退し、武力ではほかの国にはかなわないとなると、強い女性が求められるのだろうか。なんかね・・・もしかすると、今の日本がこういう状況なのはそういうことが原因なのかもしれないと、ちょっと思った。
投稿者 Blue Wind : March 6, 2006 04:55 AM | トラックバック