January 20, 2006

闊達な夢

このところ娘がぐったりしている理由がなんとなくわかった。卒業式の時に、将来の夢について発表しなければならないかららしい。それで、悩んでいる。

将来、何になりたいか?
という点についてまでは考えてある。
美術教師。くま先生みたいに絵の先生になりたいそう。

問題は、その理由まで述べなくてはならないこと。
しつこいなー、本人がなりたいって言ってるんだからいいじゃん、と内心思ったが、晴れの舞台?でそういう態度に出るわけにもいかず、娘と一緒に考える。娘にしてみれば医者にはなりたくないし、かといってわたしは専業主婦で頼りにならない。子ども同士あれにこれにと一生懸命話し合っているそう。

それでこのところお母さんは何もしないとか働かないとかぶちぶち言っていたのかと納得した。

ふっ。

「お母さんはね、大学を出た後、大使館にお勤めすることになっていたのよ。おじいちゃんが勝手に決めて」
「えっ、そーなの?」(娘の瞳がきらりんと光る)
「そそ。でも、どうしても研究をしたかったから大学院を受けて・・・落ちちゃった。それでね、1年くらいイギリスでも行ってこいと親に言われて、先生に相談したら道が変わるからやめろと言われたの。それで、1ヶ月だけイギリスへ行った」

そこで、ミセス・フォーズレーという日本人に出会ったことや、飛行機で隣に座っていた人がタンカーの乗組員だったということを話し出したら、目が生き返った。ミセス・フォーズレーは最初イタリアに留学して、1年でイタリア語がペラペラになってしまい、そのままアパレル関係の仕事をイタリアでしていたそう。で、イギリス人と結婚してロンドンに住んでいる。

「・・・・・・だから、今から何かを決める必要はないのよ。自分のやりたいことをやっているうちに、何とかなるわ」

わたしが娘に言いたかったのは、その時にミセス・フォーズレーに言われた言葉。「あなたみたいな人は40歳を過ぎたら文化的な仕事がいくらでもあるわよ」と、いきなり初対面の人に言われたわけで、わたしはその時ニートな気分だったので、すごく救われた。なんせ、帰国しても何のあてもないわけだから・・・

学校を出て、何になるのだろう・・・とかね。そういう言葉を娘に言われたとしても不思議はない。が、しかし、母はここで娘に負けるわけにはいかない。

「文化的な仕事をしたい、と言えばいいのよ。わかる? 具体的に決めるのではなく、将来は文化的な仕事をしたい。例えば絵を描く楽しさや素晴らしさを伝えていきたい、とかね。」
「あ、それ使える!」
「・・・・・・・」(だから学校って嫌いなのよ。何でも課題になってしまう)

娘と話していていつも感じるのは、今の子どもは酷く現実的だということ。
絵が好き→絵の先生→美大→そのための勉強、という発想しかない。しかも、娘の場合は、くま先生みたいに美術教室を経営するためには美術教師をしておいたほうがいい、教師になるのも今は大変とか、そういう生意気なことまで考えている。
そういう傾向は娘だけではない。そういう発想は親や教師に任せて、ある意味子どもには子どもらしさというか、闊達な夢の部分があってもらいたいが、どうもそういう具合にはいかないような世の中。

そうじゃなく、やりたいことをやっていたらいい、とだけ娘には語りたい。
わたしが娘に理解してほしかったのは、わたしの人生において娘と過ごす時間というのはほんの短い時間に過ぎないということ。娘が生まれる前にもわたしは生きていたし、おそらくはこの先、娘は親元を出て生活するようになる。

おそらくは、彼女にとっては12年というのはとても長い月日なんでしょうけど、わたしからすればそれはあっという間。ついこの間生まれたと思ったらもう12歳。

それがいいのかもしれないな・・・こちらはあっという間で、あちらは人生の大半。
いろいろ悩んでくれ。

投稿者 Blue Wind : January 20, 2006 03:29 AM | トラックバック
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