December 28, 2005

小野小町の里

小野小町の里へ行って来た。特に行こうと思っていたわけではなく、例の如く、土地を探しにクルマを走らせているうちに、不意にたどりついたと言ったほうが近い。おそらくはあの辺にあるのだろうと脳の中の地図には記してあったけれど、自分が走っているのがそれだとは不思議な感じ。

つくばから筑波山へ行くというと、筑波山神社や温泉街を思い浮かべてしまうけど、新治村から筑波山へというと、筑波山そのものが存在するだけなのでどこからどこまでが筑波山なのか皆目わからないうちに壁のような山がそこに立ちはだかり、いつの間にか山の中に入っているといった印象。

駐車場には4台のクルマが停まっていたが、おそらくは従業員の人たちのものではないかと・・・一応は観光ルートなので、道路は広く、景観も素晴らしい。途中ですれちがったのは降りてきたバイクが1台。あとから来たのはNTTの会社の人たち。仕事の途中で昼食を食べるところを探していたようだけど、あいにく小町の里の蕎麦屋は休み。いつオープンしているのか・・・謎。

それでも低い山壁から厚い雲が立ち昇る姿は圧倒される。山へ行けば大抵は下界を眺めたくなるけれども、小町の里は突然山が始まっているため、つまり崖が壁のように続いているため、遠くから見れば山であり、近くから眺めれば崖であり、山に寄り添うように家が並んでいるせいか、山を越えて雲が空へ昇って行くように見える。

そのうちの1件の家のベランダに干された洗濯物が旗のように風になびいている。それにつられて風の方向を見ると黄金色の大地。ずいぶん遠くへ来てしまった気もするが、それでいてクルマで5分も走れば下界。観光マップに沿ってあちこち観光しようかと思ったけどやめた。

***

そこから300mほど行ったら小野小町の墓がある。よせばいいのに知らないでクルマのまま細い私道を登って行ったら停める場所がなく、そのままバックで降りた。私道だと気がついたのは停める場所がなく、その先が民家の門だったからで、もう一度歩いて登って行ったらまるで小さな神社のようだった。でも、お墓。そのお墓が山の中腹に存在しているため、最初お墓であることに気がつかなかった。静かだけど、昼間でも薄暗く、小野家の敷地内にある。

そこで不意に思ったんだけど、もしかすると、ここの小野小町は六歌仙の中の小野小町とは違う人だったのではないかと。小野家に保護されて、69歳で亡くなった小野小町は六歌仙の中の小野小町ではなく、小野家に身を寄せていた、あるいは小野家の人だったから小野小町と呼ばれていたのではないかと。まあ、小野小町には違いないだろうけど・・・だとしても。

いや・・・仮に本物だったとしても、巷で伝えられている小野小町とはイメージが異なる。新治村自体がのどかで牧歌的なせいか、悲恋などまるで似合わないし、逆に晩年をそういうのどかなところですごしたとすれば案外幸せだったのではないかと。

死んでからも歌を詠んでいたとか、悲恋とか、そっちのほうが後世になってからおもしろおかしく誰かが語り始めたと思ったほうが説得力があるくらい平和な景色。

なんか、こう、昔ながらの農村、万葉の時代から続いているようななだらかな景色、バリ島のウブドを連想してしまうほど古の今。

投稿者 Blue Wind : December 28, 2005 12:01 AM | トラックバック
コメント
コメントする









名前、アドレスを登録しますか?