May 24, 2005

花が花なら花でよし

アメリカのテロ対策にはうんざり。
うんざりと語りながらも、今年の夏はグアムへ行くことにした。せっかくだから、「米国政府による外国人渡航者からの生体情報読み取り措置」がどんなものなのか知りたいでしょ?入国審査の際、顔写真と指紋が撮られるという実に評判の悪いテロ対策。ハワイだとその間にウクレレ演奏までしているというし、たかがグアムと思っていてもやっているらしい・・・(笑)

なんか、こうね・・・・数年の前のハワイ。
プールサイド。
娘は子ども用のプール、ほかの子たちと一緒。
親は暑いのでプールの裏の木陰に座っていたところ、監視員のおばさんにきつく叱られたことを思い出す。

親が子どもの傍から離れるのは児童虐待に相当するらしく、おおげさでおおげさで、わたしの感覚からすれば腹が立つ。あー、ここは日本じゃないんだなーってしみじみ感じた。

これが日本ならね・・・子どもが群れており、その傍に数人おとなが一緒に座っており、そうなると少しくらい親が離れていてもまずは叱られるということはないですからね。大抵は子どもは子ども同士で遊んでいるし、これが本当の幼児で子どもから目を離すと何をするかわからない年齢ならともかく、そろそろ小学校の高学年になろうという子どもをずっとつきっきりで見張っているというのは考えられない。

そういう状態が中学になっても続くらしい。アメリカでは15歳未満の子どもの傍から保護者が離れるとそれだけで児童虐待で罰せられる。学校のすぐ傍に住んでいても、親が毎日送迎しなくてはならないという噂は聞くけれども、なかなか実感が湧かない。

大昔、初めてハワイへ行き、ほとんど同じ場所に座っている時、小学生くらいのアメリカ人の男の子がやって来て、とても礼儀正しいのに驚いた。要するにボディボードをどこで借りたのか知りたいらしく、それを質問しにやって来た。親なんていなかったけどな・・・その時には。おそらくはビーチのどこかに座っていたのだろう。今だったら罰せられてしまうのだろうか・・・その子の親は。

それに比べるとアジアンビーチは平和。少なくても法律で罰せられることはない。子どもにもやさしい。リゾートなんだからそれが当たり前だろう。なのに、このところのアメリカ領のヒステリックさを考えると、リゾートへ行ってまで育児のストレスを感じるというのはなんなんだ。

子どもが子どもだけで学校へ行けるだけでも喜ばないといけないのだろうか。それでいて、アフガニスタンの子どもたちが遠くまで歩いて子どもたちだけで水を汲みに行っている写真を眺めると、どっちが平和でないのかわからない気分に陥る。

いずれにせよ、中学生になっても娘のことをわたしはプールサイドで見張っていないとダメなんだろうか・・・ただでさえ日影の椅子はゲットが難しいというのに、せっかくキープしても燦々と暑い中で6倍の紫外線を浴びながら子どもを見張らないとならないとは・・・(泣)

ヨーロッパではEU加盟国の人たちなら国際線でも国内線のよう。ペルージャ空港でも税関でトランクまで開けさせられたのはわたしくらいのもので、見渡せばあんな田舎に夜遅くに飛行機で到着するのは地元の人たちばかり。それがアメリカの空港だったら、顔写真と指紋の採取まで?

インターナショナルな感覚って一体何なのだろう?

結局は、日本にいたらせいぜい大阪とか東京とかそういうローカルな感覚の違いについて感じる不満が、せめて言葉が通じるだけでもありがたいと思えるようになることだろうか。いや・・・その手の違いについて鷹揚になることかもしれない。

空は空だし、太陽が太陽ならかまわない。それ以外は、それなりに何かが存在しているとしか思えない。花は花だし、海が海なら喜ばなければ。オージーに「あれは海ではない」と海を見て言われたのには参ったが・・・(正解は、bayだそうです。おおまじな話)

投稿者 Blue Wind : May 24, 2005 10:23 PM | トラックバック
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