そういえば、近頃、ブロードバンドの普及で、”課金地獄”という言葉を聞かなくなった。それこそわたしがネットを始めたばかりの頃----2000年問題が解決して2日目----には、ユーザ同士、挨拶代わりに課金地獄のことが話題になることも多かった。わたしの場合、プロバイダは1ヶ月無料だったので課金自体はタダだったけど、電話代がそれなりに請求が来たため、泣いた。
それでもわたしの場合は大したことがなく、翌月からはテレ放題に切り替えたので、地獄とまでは語れない。でもわたしより以前からやっていた人たちは、それこそ毎月の請求が10万円以上というのもざらだったし、どうしてそこまでしてネットにのめりこむのか不思議だったにもかかわらず、ヘビーユーザの数はうなぎのぼり。
パソコンだって昔は役立たずの箱のくせにやたらと金食い虫。高い。ソフトも要る。どーにもならん。それでも必要と言う言葉が脳裡にあって、わたしはPC98シリーズからのユーザでもある。今でも飾ってある。途中、マックは消えた。ノートだけでも4台ある。ネットをやり始めてまだ5年少々の間にわたしは初代から数えて6代目のパソコンを使っている。(その理由は省略。旧い機種をサーバに使うという案はどうなったのだろう・・・>わたし)
それでも、ネット自体は浅いので、パソコン通信の時代からネットをしている人たちの、「長文失礼します」という言葉はわたしには無縁である。(たまに書くけど・・)
時候の挨拶の代わりに、「長文失礼します」とか、「長くなってすみませんでした」とか、「読んでくださってありがとうございます」とか、そういう一言が添えてある人たちはネットが長い。理由は簡単。まじに高かったから。つまらない駄文に高額な出費を余儀なくされるのがネットであり、アップする側もおバカだけど、それを読むほうもおバカかもしれない。
従って、「サイバーの無駄遣い」という言葉も覚えることになった。
だってね、課金に10万円以上支払うことを考えたら書籍のほうがずっと安価。それでも、質問すれば答えてくれる人がいるのがネットであり、そういう親切心に対し、礼を言うのは当たり前だろう。
あっさり言うけど、わたしには今でも駄文コンプレックスというのがあり、なんでこんなつまらないことを書いて、それを読みにきてくださる人たちがいるのか、今でもたまに不思議になることがある。
でも、それがネットなんだなーっと気がつくにつれ、あまり気にならなくなってきた。考えてみたら、10万円分の書籍を買えば、それを1ヶ月以内に読み終わるかどうか自信がない、時間もない。それくらいずっしり内容があることが多い。なのに、初期の頃のユーザは何が楽しくてネットをしていたのか、わたしには分からない。
だってね、よく考えてみたら、一緒に食事に行ったりお話したり、リアリズムに存在する友達のほうがずっと楽しいかもしれないよ? なのにどんどん増える友達リスト。そのうちそれがほとんど電子文字の羅列にすぎないことも理解したけど、それにしても不思議な世界が電子の世界。人によっては幽霊と言う人もいれば、それが新しい時代のコミュニケーションだと言う人もいるし、それに慣れたらそれが当たり前になるから不思議。(今はその手の代物は使っていませんが・・)
一つ分かっているのは、最初はすごく抵抗のあったこの世界にも次第に目が慣れるに従い、「長文失礼します」の礼儀正しさよりも、「なんでこんなに重いのよ〜」って書くほうが多くなってしまったということ。前者は読んでくださっている人に対する礼儀であり、後者はサーバへの不満である。
こうやってわたしは少しずつ機械と人間とがごっちゃになってゆく・・・
投稿者 Blue Wind : April 19, 2005 11:59 PM | トラックバック