世間知らずの特徴は、誰かに尋ねることを恥としないところである。世の中すべての人たちが自分の知らないことを知っている、と思い込んでいる。それがたとえ5歳の子どもであってもわたしにとっては未知の世界を知る存在。ありとあらゆる人たちがわたしの知らないことをたくさん知っている。
これに対して、苦労をなさっていると思い込んでいる人たちの特徴は、自分は誰にも理解されないことを知っていると頑なに思い込んでいるところにある。だから、彼らはいつも地面とお話をしたがる。その苦労を大地に描こうとする。血反吐を吐くという感覚で。
わたくしには常にそのどちらの面も存在しているとうぬぼれることが多々ある。そして常に恥と誹謗・中傷を浴び、ある時には誰かを傷つけたとかわけのわからないことを言われたり、親が死んでもざまあみろ。
たまに思うんだけど、どうせ話すのなら愚痴は空に向かって言うほうがいい。
下を向いて話せば、自分が言われる側になってしまう。上を向いて話せば、誰かが聞いてくれるような気がする。だから、お話するときには、常に相手が何でも知っていることを前提に話す。
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作家のモトギさんのブログで、例の如くアンケートか?
なんてつまらない質問なのだろう・・・
「大切」なのは、自由に決まっているではないか。
言いたいことも言えないくらいなら何のために生きているかわからない。それとは別に、spiritual freedom なしに一人の人も生きてはいけない。精神は自由である。
高尚に語れば、マタイの福音書 10. 9-10 かも。イエスは十二人の使徒たちに汚れた霊に対する権能を与え、その際、「帯の中に金貨も銀貨も銅貨も入れて行ってはならない。旅には袋も二枚の下着も履物も杖も持って行ってはならない。働く者が食べ物を受けるのは当然である」と語っている。
これを普通の主婦にたとえてみよう。わたしは生まれてから賃金を得るための労働らしきものをほとんどしたことがない。だけど、働く者が食べ物を受けるのは当然である。とは言うものの、ラテーノだから働くのは好きではないけど。
つまり、すべてを賃金換算しようとするからおかしくなる。でも、働いたことがないとね、必要なときに必要なものがあれば生きていけることを知る。同じようなものを1万円で買うか500円で買うかの違いもあるわけだし・・・もっと言ってしまえば、「あ、それ要らないの?ありがとう〜♪」
金は使えば無くなるけど、精神の自由は消えない。どっちが大切かなんて・・・あーあ。
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質問変えるなよ・・・・モトギ・・・・・さん。
◎ 「マトモな生活ができる金がない生活」と、「マトモな自分を保てるだけの自由がない生活」とでは、あなたはどちらがツライですか?
マトモを定義できないあたし。どろっぷあうと。
日本と北朝鮮とどの程度違うのか、誰か知っていたら教えてほしい。
Si, si, si prego!!
----はみだしながら普通の生活を送るためにはどうしたらよいか?
普通に生きることである。
皆がやってるようなことをやり、精神は自由。そんだけ。