September 09, 2004

やたらと広い空、わがままな月

8月26日(木)続き。 なるべく早い時間にピザを発ったので3時前にはアシジに到着。同じような路線だけど、フィレンツェからならヴィアレッジョへ行くより、ピザまで行く方が速くて景色も綺麗。何より、臨時に増発便も出るので便利。座れないということのないイタリアの電車。
フィレンツェやアシジに到着すると、娘が「懐かしい」を連発していた。わかるようなわからないような、短くも長い夏。旅。
宿は、アシジの城壁から1キロくらい離れたところ。景色が素晴らしい。プールもある。夜には父さんが到着する予定。トリプル・ルームをリクエストしておいたら、なんと2間続き。期待していなかった分、うれしかった。夜中に猫と一緒に父さんを待つ。

8月27日(金) イタリア滞在中、雨が降ったのは、セストリ・レバンテにいる一日だけだった。しかも、パラリと降るとすぐに止んでしまう。雨のない夏。それでも風の強い日が続いていたけれども、この日は暑いばかり。
バス停の場所を教えてもらったけど、歩いてポルタ・ヌォーバまで。途中、スーパーで水とサンダルを買う。この頃になると、ハワイで買ったサンダルは底が見事に割れている。それでも歩く。つらい。もう一足は車の運転用にゴムのサンダル。うっかり空港で履き替えるつもりがそのままかばんに詰めて預けてしまったので後日大変な目に。つまり、その靴の入ったかばんが紛失してしまったため、私の足はゴム・サンダルのせいでまるで寝たきりの患者のように腫れ上がってしまった。買えばいいとばかりにフィレンツェで買ったサンダルはスリッパのようで歩きにくい。足が腫れていて、何となくそうなってしまっただけなのかも。結局、かばんが届き、その華奢なサンダルのおかげで歩けた次第。が、しかし、石畳の多いイタリアの道を歩くのなら、皆が履いているようなサンダルでないとつらいということを知る。
3人で、サンタ・キアーラ教会、コムネ広場、Tシャツ屋、石鹸屋、聖フランチェスコ大聖堂。3度目にしてフランチェスコのお墓にたどり着く。ロウソクがライトから本物に変わった。
広場からバスに乗り、サンタ・マリア・デリ・アンジェリ教会へ。
ホテルのレストランのテラスから落陽を眺める。昨日、娘と二人でカメラを持っていたのにフィルムが切れていたのを悔いる。昨日の空は、右に落陽、左に白い月、空が中央から二つに分かれているかのようだった。この日は、雲が多く、中途半端な空。

8月28日(土) サン・ダミアーノ。思ったよりも近かった。ただし帰りは泣く。入り口付近に、頭巾をかぶった像があり、何となくあれを思い出した。

8月29日(日) この頃になると、私はひたすらダウン。ダンナとおちびだけ城内へ。あれは絶対に人間であると言っていたら、この日はいたらしい。『サン・フランチェスコ像』。案の定、娘がコインを渡そうとしたら、手に持っていた鈴を鳴らし始めたらしい。すると、周囲の人たちが一斉にお財布を取り出したので、要らないと言って逃げ出したそう。やっぱり・・・
もっと書けば、おそらくはサンタ・キアーラのミュージカルがやっていたので、その役者さんだろう。その像がいない時、物乞いをして座っている男の人がいた。思うに、彼がその像である。なんでそう思ったかというと、イタリアには物乞いの人たちがたくさんいる。彼らはいつも決まった場所、決まった時間に出勤している。職がないとか、障害があるとか、すこぶるサバサバしている。道を尋ねている人がチップを渡すようにコインを渡していたのを見て、何となくそう感じた。が、しかし、アシジの物乞いはいたりいなかったりで、本物ではない。
毎晩、眠れない。1キロ以上離れているはずなのに、夜中の2時ごろまでバンドの音が聴こえる。窓を閉めたら暑くて眠れない。窓を開ければバンドの音。窓を開けたり閉めたり、空を見る日が続く。
が、しかし、空がおかしい。
食事を終え、玄関からジンミ(犬)に挨拶して部屋に戻ろうとして空を見上げた時、常夜灯のようなものが見えた。なんと、月の出。山陰から明るい満月が顔を覗かせる。あまりにも明るい月だったので、そのまま昇って行くのを見ていた。でも、おかしい。9時ごろ。いつもだったら、食事をしていると見える。念のため部屋に戻って見てみたけど、部屋からは見えない。ということはいつもより遅い月。
静か。

8月30日(月) 観光の嫌いな父さんは、結局、ローマへもフィレンツェにもほかの町にも行かず、日課としてひまつぶしに城内へ向かい、午後はプールで泳いでいる。プールと言っても、おとなから子どもまで水泳キャップを被って泳いでいる。
この日は最後の日だったので、ヌオーバ教会へ行き、タクシーでカルチェリの庵。ヌオーバ教会は近すぎてどこにあるのか気づかなかった。カルチェリの庵は4キロという。サン・ダミアーノのことがあったのでタクシーでしょう、さすがに。正解。
カルチェリの庵は、聖なる山、と言ったほうがよい。教会の建物を抜けて、山道を歩く。突き当たりで、ドイツの巡礼者の一行がミサ。左側にドイツ人、右側にイタリア人。後ろのほうに座っていたら、途中の十字架のところに登って記念写真を撮っていた親子連れが来たので、ミサを途中で抜ける。これは言葉では説明できない。
ミサは明るく、ギター伴奏の賛美歌。
ゲートに戻る前に、崖のほうへ。もしかすると映画で見た場所だったのかもしれない。神聖な場所なのだろう。穴の横に座っていたら神父さんとシスターの三人連れ。一人のシスターは微笑み、一人のシスターは怪訝な顔。
さらに、下の穴。苔。パワー。山のパワー。手がほてる。額に手を当てる。
予定の時間より早くゲートへ戻り、ほかのファミリーと一緒にタクシー。
夏のアシジは、「サックリフィス、シー」。
サンタ・キアーラの前の舞台が少しずつ仕舞われているのを見て、あのバンドの音源はここだと確信。
夜、食事をしている時、稲妻。音が聴こえない。光だけ。一体どこで光っているのだろう。雨が降り出すかと警戒したけど、音も聴こえない。空が広いことを知る。音のない落雷というものを初めて見た。
満月はわがままで、突然月の出の時間が変わる。アシジ・・・ウンブリア。低い山、広い空。

8月31日(火) 昼間のペルージャ空港は、さらにローカルだった。夜中の道を空港から出るよりも、空港へ向かう道はまるで空き地の中へ向かうかのよう。それでいて、バルセロナ行きの飛行機。国際空港。ヨーロッパ。

9月1日(水) ミラノからはゲームをしているうちに成田。空港で知人に遭遇。寝不足ぼさぼさ。あーつらい。
途中、機内で、何気なく娘が開けた窓から真横に月が見えた。雲の上。
帰りにオトくんを迎えに動物病院。オトくん、興奮。次回は連れて行ってやりたい。
戻る早々学校から電話。サイトは消えていた・・・日常。

ナホム書 3. 19

見事にダウン。
「サックリフィス、シー」。
観光と巡礼の違い?
コムネ広場のTシャツ屋でいきなり子どもが泣いて飛び出して来た。親が怒って、イタリア語で、「xxxxx、フランチェスコ」と捨てゼリフ。まだ3つくらいの子どもだった。いたずらしたのね。
サンタ・キアーラのミュージカルはうるさかったし、タクシーは、ジャッポーネ優先だし、働く人は不機嫌。イタリアの老人の旗持ちツアー。観光バスの先頭に乗る大きい神父さん。修学旅行生のような若者。でね、いっつも誰かがマイクを持って、「サックリフィス、シー」。疲れた。

空は、シスター・ムーン、ブラザー・サン、見事に二つ同時に存在していた。巨大な月の誕生。音のない稲妻。静かな空とうるさい城内。倒された私。

投稿者 Blue Wind : September 9, 2004 10:13 AM | トラックバック
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