Love Theory

■ 擬似恋愛

 

★100回、「アイ・ラブ・ユー」と言われても、好きにならないのはなぜ?

「擬似恋愛」というものがあります。患者さんが、話を聞いてくれる医者やカウンセラーに恋愛感情を抱くことは稀ではないのです。大抵は、性にまつわる悩みをもつ人が多い・・・このため、相手の話を聞き、相手を受容しているうちに、「擬似恋愛」という恋愛関係に近い感情が発生してしまいます。
カウンセラーは自分の中の感情を常にスーパーバイズする訓練を受けています。自分の感情を分析することにより、相手の内面感情を知る手がかりにする。これは、案外、危険なのです。相手の欝の中へ、或いは、妄想の中へ飛び込むと、それこそ移ります。だから、常にチームとなりそこからの脱出作業が必要になります。

これをヴァーチャルで考えてみると、「アイ・ラブ・ユー」という言葉が伝達され、相手の気持ちを知る。そのように言われてしまうと、誰でも相手の言葉に惹かれてしまうと思うのです。でも、そういう言葉が消えた瞬間、きっと気持ちも消失してしまうことが多いのではないでしょうか?
「好き」と言われて、何となく相手のことが自分も好きになったような気になってしまう。案外、恋愛や交際は、こういうことがキッカケで始まることが多いので、あながちすべての恋愛を否定するわけではありませんが、言葉が消えた瞬間、気持ちが消えるということも充分考えられます。
すると、この辺から「駆け引き」が発生するようになります。今まで「好き」と言っていたのに、突然、何も言わなくなる。すると、相手のことがとても気になります。そこで追い討ちをかけるように、今まで自分に「好き」と言っていた相手が他の人に「好き」と言ってるとなると「嫉妬」が発生します。
相手が自分から去るという喪失感から発生した嫉妬なのかもしれませんが、いずれにせよ、一種の駆け引きなのでしょう。

カウンセラーは、ここで立ち止まることが出来ます。つまり、相手から「好き」と言われた瞬間、自分も相手のことを好きになる。だけど、この時に発生した「好き」という感情は、実は自分の心からの「好き」という感情ではなく、相手の気持ちが伝わってきたに過ぎない。ちょっとややこしいのですが、自分が本当に好きで相手を好きになったのではなく、単に、相手の「好き」が伝わってきたに過ぎません。つまり、自分では本当に相手のことが好きではないのに、好きと言われたことにより、相手が好きだという勘違いが、自分の中に発生してしまうわけです。
「嫉妬」に関しても、同様。考えてみよう・・・もしも、自分が本当に相手のことが好きではないのに、それでも焼きもちが焼ける?
焼けるんです・・・
「逃がした魚は大きい」みたいなものかもしれません。相手に逃げられたという感情が嫉妬となっているに過ぎません。だから、相手を追いかけてしまう。だけど、好きだから追いかけているわけではないのです。相手を束縛したいという本能が人間にはあるのかもしれません。欲望というのは、多くの嫉妬や独占欲と連結しています。
人間にはさまざまな種類の愛が存在しますが、恋愛の場合、常に、本能と連結しているために、愛と欲望が混在しています。このため、相手を束縛したいという気持ちは、実は愛ではなく、欲望に端を発しているケースがほとんどです。いわば、生殖に結びついた心の行動なのかもしれませんね。
恋愛で、ゆらゆらとして面白いのは、こういう駆け引きみたいな部分なのかもしれません。行き過ぎなければ楽しいものです。
でも、こういう感情は、得てして長続きしたことはありません。大抵は、倦怠感が訪れ、退屈してしまいます。つまり、神経インパルスが常に一定方向に発信されていることにより、慢性化し、より強い刺激が必要になってきてしまうせいかもしれません。
常に、弛緩と緊張を繰り返さないと、常に過剰さを求めるようになってしまうだけなのかもしれません。こういう状態に陥ったら、すでにその恋愛は末期を迎えているのかもしれません。
欲望では、恋愛は維持できないから・・でしょうね。

純粋な相手を思う愛と、駆け引きめいた欲望が根底に存在しているエロスとは種類が違います。そのことに気が付かないと、人間はいつまでも同じ過ちを繰り返すだけなのかもしれません。

若い頃・・・「なんでわからへんのんや」と言われたことがあります。彼は、私を愛してくれていましたが、その愛は、実は私が求める種類の愛ではない・・・
そのことを説明できず、とても苦労した覚えがあります。でも、もしかすると、私が求める種類の愛が存在していたのかもしれません。でも、あまりにも強い欲望と嫉妬により、そのことが単に見えなくなっていただけなのかもしれません。
互いに傷つけあうだけの、激しい恋愛・・・
振り返れば、楽しい想い出なのかもしれませんが、彼が、私の言う意味に気が付いた時には、すでに私は新しい愛に出会ってしまっていました。
「アイ・ラブ・ユー」と何度も言われるより、相手に自分が必要とされている感覚が、私には大切なのです。必要とされてると思った瞬間、何故か自分の中のエゴイズムは消えてしまいます。
恋愛は、エゴとの闘いなのかもしれないです・・・

 

 


Rin's New-Wind Web(C)All Rights Reserved.