November 09, 2011

来年になれば・・・

ひさびさの休みという気がする。

大学受験の娘の送迎が週5回、台風とともにやってきた姑さんからの呼び出しの嵐、900グラムの赤ちゃんを産んだ職員の代わりの仕事量の増加、その他諸々・・・・

運転していても眠くなるほど、きつい。

来年になれば、と、近頃よく思う。

来年になれば、娘の受験も終わり、おばあちゃんも落ち着き、新しい職員も仕事を覚え、またぐうたらな主婦業に戻れるのではないかと想像する。

この前、久しぶりに近所の高齢者宅に呼ばれたら、朝から晩まで韓流ドラマを観て、その合間に家事をするという生活。あんなに朝から晩まで放送されているのかと今更ながら驚いたが、買い物すらドラマの合間にしなければならないほどで、1日があっという間に終わってしまうという言葉に嘘はなかった。忙しいわたしのことを心配して、帰りに夕飯のおかずまで用意してくれて、実家を思い出す。わたしにはすでにそうやっておかずを持たせてくれる親はいないので、懐かしい気がした。

***

夏に姑さんが来て以来、毎日のように呼び出され、呼び出しを無視すると仕事先まで電話やファックスが入る。妊娠中の職員がお昼休みに昼寝をしていると、ずっと電話が鳴りっぱなしだったと言っていた。夜は夜で、娘の送迎がある。合間に買い物をして、夕飯は毎日遅い。このところは10時過ぎというのも珍しくはない。

午前中、家にいたら、妊娠中の職員が出血したので、千葉県の病院まで送っていけとダンナから電話があった。急いで迎えに行ったら、元気そうなのであまり心配していなかったが、そのまま緊急入院になり、そこでは低体重児の出産はできないとのことで、転院先を探すことになった。わたしも妊娠中に同じようなことがあり、大したことはなかったので大げさに考えていなかったが、彼女の場合は、出血が止まらないので、結局、900グラムの赤ちゃんを出産することになってしまった。

実家が千葉県なので、千葉の病院で産むことにしたそうだが、出血しているのにタクシー代を惜しんでバスと電車で行くつもりだったらしい。それで仕方なく、わたしが呼び出されたのだが、後になって聞かされた話によると、トコトコトコトコ鳴るお腹の中の子どもの心音を聴き、元気な彼女を見届けてわたしが帰った後、家族が駆け付けたときには子どもが衰弱し始め、もし、バスや電車でのんびり行っていたら流産していたと医師に告げられたらしい。

入院のため、彼女とはしばらく連絡が取れなかったので、そういう話は後から知ったことだが、わたしはもっとのんきで、彼女のおかげで仕事からもおばあちゃんから久しぶりに解放され、せっかく千葉県まで行ったので、帰りに東京芸大の取手キャンパスを見学し、しょぼいキャンパスにがっかりしながら、教会へ行き、彼女のことがなければ教会へも行けない生活を考えながら、また仕事に戻った。

たまに届く教会からの連絡メールだけが唯一のつながりのような生活だが、誰もいない教会で、彼女と赤ちゃんの無事を祈る時間を過ごす。ほんの数分のことだが、わたしが教会を見捨てても、神さまはわたしを見捨てていないのだと感じた。

見捨てる・・・・・

いやな響きだが、皆が一生懸命に活動をする中、それを知りながら何もしない。御ミサにも行かない。無理をすれば行ける気もするのだが、無理をしないと行けないので、無理はしない。

高速道路の渋滞中、おばあちゃんから電話があり、「今、高速道路だから」と言って電話を切っても、また電話。(わたしを殺す気か?)

それでもお誕生日のお祝いをしたら、近頃、あまりおばあちゃんから電話がかかってこなくなった・・・

***

来年になれば、のんびりできるかな・・・・

(マラキ書、最後のページ)

投稿者 Blue Wind : 03:23 PM | コメント (0) | トラックバック