May 03, 2004

この街に子らのいる日の過ぎゆかば旅立ちてゆくわた帽子かな

インドとか貧しい国だったら、お砂糖を3日間我慢してマザーのところへ持っていったらすごい愛情なんだけど、うちのむすめがおやつを隣の子に持って行っても値打ちないもんね。それよりも自転車を盗まれて父さんに叱られるのいやだからキックボードで平然と遊びに行ってしまう。(盗んだほうを叱れよ。)こうやって男の子に意地悪されているうちに、女の子たちは強くなり、5年生くらいになると女の子のほうが大きいから、喧嘩でも何でも負けていないらしい。おそらくはこれが大学生くらいになると、もっとはっきりするんだろうな。何となくわかってきた。なんで、今の女の子たちやけに強いのか。女の子たちに無視されてバカにされて、男の子はガキのまま成長してしまうのだろう。
先生に言っても無駄だから。「加害者のお子さんの親御さんの気持ちがどうたらこうたら」ってなる時代。無駄無駄。言っても無駄。だから、無視するか、自分で言い返すとか、皆で対抗手段を考えるとか、きっちりしてる。世相なんだな。相手の気持ちとか立場を考える風潮は間違ってはいないんだろうけど、結局、わかればわかるほど無視するしかない。だって、どうにもならないから。

憤り激しくもまたすべなくば無視して遊ぶあっけらかんと
口喧嘩負けていないと集団で徒党を組んで歩く廊下か
暴力を怒ってみてもきりなくば気持ち悪いと逃げ出すが勝ち
一線を画して班を変えてみてあれにこれにと防衛戦か
先生が謝る時代説教もむなしとわかる地獄耳かな
加害者の親の気持ちを考えて心の蓋を閉し目を塞ぐ
見ないふりするのが一番そのうちに何とかなるさと諦めモード

ルカによる福音書 15. 31-32

生き返るのを待てってか?あーあ。確かにそのほうがやさしい子になるよね。

子育ては我慢比べのひねもすはわがこころだに癒して過ぎゆ
苛立ちを子に救われて母親はのんきに歌を詠んで過ごせり
子の世界すでに近眼遠のけば忘れた頃に子は育ちゆく
この街に子らのいる日の過ぎゆかば旅立ちてゆくわた帽子かな

テモテへの手紙 2. 1-13 キリスト・イエスの兵士として

『キリストは御自身を
     否むことができないからである』

たしかに・・・

1年から6年まで1クラスしかないまま、ずっと持ち上がり。逃げ場ないもんね。諦めるしかない。のんき、のんき。しかも、家も近所、職住接近。どーにもならん。加害者の親のほうが苦しい。子ども叱って謝って、不幸に泣いて、か。

子のために頭さげゆく父親のうしろすがたに子は連れられて
母の死をのりこえゆかめ旅立ちは小鳥のようにさえずる空へ
オトくんがなっちゃんには吠えないとおちびが吠えた春うららな日
くるくると時間はまわる公園は花の季節が変わりゆくだけ
聖霊の立ち昇る日はみこころの風は吹く吹く子らのまわりに

マルコによる福音書 9. 8

なるほど。自転車3回盗まれて、お砂糖3日分かも。自転車3台寄付ということではなく、盗まれても忘れること3回。鬱々するな。使わない自転車ならごろごろあるし、盗難自転車なんてごろごろ捨ててあるから。物騒な時代。父さんが謝り続けて5年。みんなが我慢して8年。壮絶。なっちゃんがいい子になったら、癒される。期待しよう。子どもは大きくなってみないとわからん。どーやって考えても癒しがほしいのはわたしだ。

世の中うるさい人たちがいるから、少し補足しておこう。なっちゃんが家の前から盗んだという証拠はないけど、「なっちゃんが勝手にまほちゃんの自転者乗ってたよ」という報告は多い。事情を知らない父さんは、「まほの自転車盗まれた」と言って怒っている。そこに、捨ててあるのを発見してくれた善意の人から報せが入る。
子どもの世界とおとなの世界では解釈が違う。おとなの世界だったら犯罪だということをなっちゃんは日課にしていたために、怒っても無駄なのはみんな知っている。ややこしい。

投稿者 Blue Wind : May 3, 2004 03:06 AM | トラックバック
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